[68] 私年号と同義または類義の用語に異年号、 逸年号、偽年号、 僭年号、 私製年號、 仏年号、 古代年号、 九州年号、 地域年号といったものがありました。
[1] これらの用語は中世以来続く日本の私年号の研究の中で、 ときに主観的、思想的、政治的な判断とともに、 ときに古代年号と日本中世の私年号を一緒くたにし、 ときに制定・利用者について特定の学説と結び付いて使われてきました。 それぞれの語によって表される範囲にもばらつきがありました。
[809] 逆に、研究者が含むところなく私年号という語を使っていても、 “政府や学界に認められていない元号だけど隠された真実の歴史は云々”といった陰謀論に染まり、 “「私」年号と過小評価されている”と怒っている人は現代でもいたりします。
[805] また、明確な用語を与えられることなく曖昧に指し示されることもよくありました。
[921] こうした用語の混乱は、 当該元号の性質がよくわかっていなかった (今でも十分よくわかっているとはいえない) こと、 様々な来歴や使われ方の雑多な元号群の括りであることに起因します。
[807] 近代の研究者は異年号という語をよく使いました。また、私年号という語もよく使いました。 しかしそれらの定義や分類は必ずしも明確ではなく、 近世以来の他の様々な用語と共に使われていました。
[65]
昭和時代に日本の私年号研究を大成した
日本私年号の研究
は、
公年号に対して各種の異年号 (私年号、古代年号など)
があると整理しました。
[95]
例えば公年号のバリエーションである白鳳を私年号の代表例に挙げるものがあります。
日本私年号の研究
の定義では誤りとなります。
[227]
公年号たる神亀の誤記といわれる白亀が私年号に分類されることがありますが、
適切とは思えません。
日本私年号の研究
の定義では誤りとなります。
[806] 日本私年号の研究 以来この種の元号の様々な呼称の内「私年号」 の圧倒的な優位性は動かぬものとはなったとはいえ、 日本私年号の研究 の提唱した異年号、私年号等の定義と分類は一部でしか採用されませんでした。 その後の研究状況の変化により、今ではそのまま採用できなくなっているのも事実ですが、 かといって新たな定義や分類・整理の方法が提唱されているわけでもありません。
[157] 江戸時代中頃以前において、 公年号と異なる元号を一括して表現したものはありませんでした。 >>156
[158] 江戸時代の塩尻は、 皇年代記 にある古代年号を記載しつつ、 単に「いぶかしき事」 としたに留まり、 一括した名称を与えていません。 >>156
[159] の 和爾雅, 貝原益軒は、 はじめて日本偽年号の呼称を用いました。 古代年号が後世の偽作と考え、 この名称を用いたと思われます。 >>156
[160] 万葉緯 ( - ) は、 >>159 を転記し、 古代之年号, 往古年号と呼びました。 古代年号を偽作と断定することを避けたからと推測されます。 の 百瀬川, 大田南畝も往古年号と呼んでいます。 >>156
[161] の 和漢年契 は、日本と漢土を比較したもので、 「我邦無僭偽」 であるとしています。そして、 公年号と区別して古代年号も掲載していますが、 その総称は設けていません。 >>156
[171] 文化年間頃には、 逸号、 往古年号、 異年号などと呼ばれました。 >>156
[162] - の 逸号年表, 藤貞幹は、 古代年号を掲載し、逸号と呼んでいます。 これは正史に逸した年号と考えてのこととみられます。 >>156
[163] の異年号考, 穂積保は、 中世私年号などを掲載し、 異年号と呼んでいます。公年号とは異なるとの意味で使用されています。 >>156
[244] - に刊行された 紀伊国名所図会 は、 天靖や大道を後南朝の元号と考え、 「私に建てたる號」 という言葉で説明しました。 >>243
[164] の 紀元通略, 羽倉簡堂は、 古代年号を掲載し、 古代年号と呼んでいます。 >>156
[165] の 襲国偽僭考 は、 既に九州年号なるものがあるとし、 往古年号が九州年号たることを裏付けようとしました。 >>156
[166] の茅窓漫録は、 古代年号を 「和漢異年号」 「和邦異年号」 と呼んでいます。 公年号ではないと考えてのものと思われます。 >>156
[167] の偽年号考は、 中世私年号を、 僧侶がみだりに創作使用したと考え、 偽年号と呼んでいます。 >>156
[249] 偽年号考は、 福徳, 弥勒, 命禄の3種の偽年号を紹介していますが、 これらが伊豆・相模より東にのみみられることから、 關東の僞年號と称するという、 と説明しています。 >>248
[168] 異号年表, 色川三中は、 異号と呼んでいます。 中世私年号が注意されるようになったため、 古代年号との総称に異年号が適当と見たためであろうと考えられます。 >>156
[252] 伴信友が逸号年表に古代年号や中世私年号などを加筆した逸号年表補考は、 文中で異年号と呼んでおり、異年号考を踏襲したと推測されています。 >>156
[1926] 伴信友は、自身の年号の論では 「妖僞言せる年號」、 「妖僞年號」 といった表現を使いました >>1731。
[15]
伴信友は白鳳、大長などは実在の公年号とし、
法興もその類として扱い、
古代年号、
(
[1368] 江戸時代の研究者飯田忠彦 (-) の後南朝史書 野史 (成立, 漢文) は、 天靖について「私建元曰天靖元年」と書いています。 >>1369
[169] 明治時代の 靖方溯源 は、 古代年号を異年号と呼んでいます。 >>156
[170] 明治時代の 逸年号考 は、 古代年号と中世私年号を逸年号と総称し、 文中では「異しき年号」「異年号」と説明しています。 >>156
[784]
明治時代の吉田東伍は、
大道のことを
「私称濫用」
と評しました。
[48] 澤柳大五郎は、 論文の表で 「(私)年號」 の銘文として法興・法興元、 寳元、 永昌を挙げました。 本文で 「私(疑)年號或は外國年號」 であって公年號でないものとしました。 >>1939 「外国年号」とは唐の元号たる永昌を指します。 残る3例を私年号または疑年号と呼んだのでしょう。 この論文の文脈上、 日本政府の制定したものを公年号と呼んで、 唐の元号はそれに含めなかったものと思われます。 表では簡略して私年号に括ったものと思われます。
[245] 後に私年号研究の権威となる久保常晴は、 昭和7年の最初期の論文で命禄を私年號と呼んでいます。 >>568 その直後昭和9年の論文では、他の事例も含めて異年號を総称的に用いています。 >>1282
[247] また、昭和9年の論文は、紹介した異年号のうち、 関東中心に分布する福徳, 弥勒, 命禄は 「關東の私(異)年號」 と総称されている、と述べています。 (結果として永喜, 大道などが除外されています。)
[246] 昭和39年と昭和41年の久保常晴の論文は私年号を題名としつつ、 取り上げた事例が異年号と私年号のどちらに当たるかを判別しています。 その区別の定義は明示されておらず、所与のように扱っています。 >>162, >>796
[172] 昭和42年の 日本私年号の研究 は、 近年もっぱら用いられるのが私年号との呼称である、 としています。 その上で、総称を異年号とし、その細分類を私年号, 古代年号などとする体系を定義しています。 >>156
[812] 昭和時代後期の国史大辞典の解説 (執筆者は千々和到) は、 私年号で立項し、 「偽年号・異年号・逸年号などともいう。」 としています。 >>811
[813] 国史大辞典によると私年号とは 「朝廷の定めたものでない年号」 のことであり、 その中には
も含まれていると考えられるとしています。 >>811 つまり、意図的に作られたか偶発的に生じたかは問わず、 同時代的に作られたか後の時代に遡って作られたかも問わない広い定義になっています。
... に大別しました。 >>223, >>60 前者は古代年号の類であって、後者は狭義の私年号に当たるものです。
[102] 更にこの2分類に
... を補い、それが時間経過により一に、
空間的伝播により二が生じたのではないかとする指摘もあります >>60。
ただこれは成立要因の分析であって、分類の1つとするには適さないかもしれません。
[50] 前川清一は熊本県の私年号を検討し、関東私年号とも比較しつつ、 次のような見解を示しました。 熊本県でも私年号は混乱期に見られます。 そして私年号は「案外」、福祉元年のように共同体の中で人々の一致した願いを表現したもので、 征露のようにあまり抵抗もなく使用されたきらいがある、 としました。そして、私年号から教養ある人物の存在が窺われるとしました。 >>223
[288] 近代諸元号現象 は、 ごく一地域など国家でない限定された共同体内で流通した元号を私年号 (異年号, 偽年号) というとしています。 >>431
[8] そして発生の多くは3分類できるとしています (が出典は明示されていません)。 >>431
[103]
新版元号事典は、
私年号の建元事由としてよくいわれるものの他に、
四「曽祖父が生きていた○年頃、祖父の時代の第○年目」という呼び方が固有化したもの、
を挙げました。 >>60
具体例は不明で、古い時代でこの類型に当たる事例があるのかわかりませんが、
近年では戦後や命知などが該当するでしょうか。
元号の定義に関わる境界的現象といえます。
[93] 平成時代の日本の元号研究の権威である所功らによって刊行された 日本年号史大事典は、 「異年号 (私年号・偽年号・逸年号)」 を民間で私的に作られた年号であると説明し、 日本私年号の研究以来「私年号」という呼称が一般的になったようだと述べています。 それ以後本文では「私年号」の語を使っています。 >>40 普及版 p.338
[94] ところが所功らのより新しい著書 元号―年号から読み解く日本史― は、 法興を私年号と紹介する一方で、 「私的であれ該当時期にあったとは認め難い、 かなり後代に作られたとみられるもの」 を異年号や偽年号といい、 一部で古代年号や九州年号と呼ばれている >>83 p.53 と説明しています。 この間、異年号の分類の研究にこれといった進展はありません。 両者でなぜ異なる説明となったのか不明ですが、 いずれにしても未だに用語の定義が不安定であることがわかります。
[24] 平成31年の元号に関する論文で、 「中国内の正統王朝以外が非公式の独自年号、 すなわち「偽号」を用いることがあったが、 偽号、別の表現を用いれば「私年号」は 」 と書いているものがあります >>124。
【東国】より
元号については,頼朝のときの治承5,6,7年,幕府最末期の元徳3,4年など王朝の元号と異なる元号(異年号)が使用され,
出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版
[72] Japanese era name - Wikipedia () https://en.wikipedia.org/wiki/Japanese_era_name#Unofficial_era_name_system
[801] 北下総地方史 : 茨城県結城・猿島・北相馬郡域, 今井隆助, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9640557/1/77?keyword=%E7%A7%81%E5%B9%B4%E5%8F%B7 (要登録)
[803] 武蔵野 8(4), 武蔵野文化協会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/7932453/1/15?keyword=%E7%A7%81%E5%B9%B4%E5%8F%B7 (要登録)
私称年号
[3] 私年号(しねんごう)|Historist(ヒストリスト), https://www.historist.jp/word_j_shi/entry/034456/
朝廷が正式に定めた年号以外の実際に用いられた年号。平安末期の保寿(ほうじゅ)(1167年頃)が狭義の私年号の最初とされる。なお広義には,朝廷が正式に定めた年号以外のすべての年号をさし,異年号・偽年号・逸年号をも含む。 (山川 日本史小辞典(改訂新版), 2016年, 山川出版社)
[146] https://toyo-bunko.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=5688&item_no=1&attribute_id=22&file_no=
偽元号
[150] Wikipedia:削除依頼/渤海史の偽史関係 - Wikipedia, , https://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E5%89%8A%E9%99%A4%E4%BE%9D%E9%A0%BC/%E6%B8%A4%E6%B5%B7%E5%8F%B2%E3%81%AE%E5%81%BD%E5%8F%B2%E9%96%A2%E4%BF%82
偽年号
Graduation Theses and Reports A Study of "Shinengo" (Unofficial Name of an Era) in the 15th and the 16th Centuries
... となっています。 >>255
[257] 私年号のローマ字表記の Shinengo に、英語の説明 Unofficial Name of an Era が併記されています。
[258] この表記だと era の unofficial name つまり元号の非公式な名前、と読めます。 公年号の別名称ならこれでいいのでしょうが、公年号と異なる時期を表す一般の私年号だと unofficial を era に掛けるべきで、不適切に思われます。
[259] 「私」を unofficial と訳すことにも議論の余地があります。
[260] このような訳語は著者の言外の認識を表している可能性もあるものの、 掲載誌の方針のため投稿直前によく考えずに英訳しただけの可能性もありそうです。
[262] 平成時代の日本の代表的な元号研究者の一人である Masaharu Mizukami は、 の英文記事で、
Era names which lack valid political backing are called unofficial era names, or shi-nengo in Japanese. In Japan, official era names have been used continuously without interruption from the Taiho Period (701-704) until the Heisei Period today.
... と説明しています。 >>261
[263] すなわち妥当な政治的後ろ盾のない元号名が unofficial era name と呼ばれ、そうでないのが official era names である、としています。 正統的権力によって制定された公年号の補集合が私年号である、 という考え方と unofficial / official という修飾語がよく整合しています。
[271] 令和8年8月時点で各言語の Web ページで私年号関係用語がどう表現されているかを Prism (GPT) に調査させた結果は次の通り。
[272] 主要な非日本語資料では、同じ日本語概念でも「意味を訳す」「ローマ字・音写で残す」「両者を併記する」という三方式があります。
| 日本語 | 英語 | 中国語 | 韓国語 | ロシア語 | ドイツ語 |
|---|---|---|---|---|---|
| 元号・年号 | era name / Japanese era name / nengō | 年號 | 연호、넨고 | девиз правления (統治標語) | Äraname / Nengō |
| 公年号 | official era name | 公年號 | 공식 연호 | официальный девиз правления | offizielles Nengō |
| 私年号 | unofficial era name / personal era name / private nengō / shinengō | 私年號 | 시넨고/개인 연호、または 사연호 | частный девиз правления | private Nengō |
| 異年号 | inengō (音写) | 異年號 | 이넨고 (音写) | особые, необычные нэнго (特殊・異例の年号) | |
| 偽年号 | ginengō / false nengō | 偽年號 | 기넨고 (音写) | поддельные, ложные нэнго (偽造・虚偽の年号) | |
| 逸年号 | itsunengō | 逸年號 | 이쓰넨고 (音写) | неофициальный девиз правления (ицунэнго) | |
| 九州年号 | Kyūshū nengō | 九州年號 | 규슈 넨고 | (音写) | Kyūshū-Nengō |
| 古代年号 | 古代年號 | 고대 사연호 | древние неофициальные девизы | archäologische Ärabezeichnungen (考古学的年代名称) |
[273] 全体的には、非日本語記事の説明は四系統に分かれます。
[278] ただし、多くは日本語版Wikipediaや久保常晴の研究を翻訳・再構成したものです。
[279] 中国語版Wikipedia 日本年號列表 >>265 : 各私年号について、
を表形式で整理しています。非日本語資料では最も網羅的です。ただし日本語研究、特に久保常晴の整理に大きく依存しています。日本語研究上の細かな概念差はあまり説明せず、一覧分類として使用しています。
[280] 英語版Wikipedia Japanese era name >>264 : 神社・寺院の古文書や金石文に現れる unofficial era names と説明し、四十以上が確認されるとします。法興・朱雀・延徳・弥勒・命禄・征露などを例示し、使用年代が不明確なことを重視しています。私年号を上位概念とし、異年号・偽年号をほぼ同義語として並べます。逸年号だけを七〇一年以前のものとして区別します。
[281] 中国語版Wikipedia 大和(私年號) >>266 : 私年號(逸年號、偽年號)と逸年号・偽年号を私年号の括弧内類語として扱い、区別を平板化しています。
[282] 韓国語版Wikipedia 일본의 연호 >>267 : 私年号を「個人年号」と直訳し、神社・寺院の古文書や碑文に現れる非公式年号と説明します。四十以上が確認され、年代範囲が不明確だとし、法興・朱雀・延徳・弥勒・命禄・征露を例示しています。内容は英語版とほぼ同じで、独立した韓国研究というより翻訳的記事です。
[283] 今日のAI Wiki 사연호 >>268 : 日本の私年号を時代別に整理し、
と説明しています。私年号を日本語音写せず、漢字語の韓国音「サヨノ」に置き換えます。かなり詳しい一方、AI生成サイトで出典がほぼありません。
[284] ロシア語版Wikipedia 日本の元号による紀年 >>269 : 私年号を「частные девизы правления=私的な統治標語」と訳し、中世の地方領主・神社・仏教寺院が使用したと説明します。異年号は「特殊・異例」、偽年号は「偽造・虚偽」と価値判断も訳出します。総数を約九十とする点が英語・韓国語版の「四十以上」と異なります。これは古代年号や異年号を広く含める定義の違いと考えられます。ロシア語の日本学文献、コンツェヴィチの事典を典拠にしています。
[285] ドイツ語版Wikipedia >>270 : private Nengō / inoffizielle Bezeichnungen einzelner Perioden 「私的年号」と「個々の時期の非公式名称」を併記します。後世史料で疑わしいもの、抗議運動が広めたものという説明が加わります。
[28] に出版された地域史料集は、
私年号とは、天皇が定めた年号 (昭和までの公年号) と平成を除く年
号以外のものを、仮に私年号とする。
... と述べています。その直後で日本私年号の研究を引用しているにもかかわらず、 独自の「仮」の定義を採用しています。 >>27
[29] ここでは昭和までと平成を区別し、昭和までは公年号であるとし、 平成が公年号であるのか否か曖昧な書き方としています。これは、 昭和までが詔勅の形で制定されていたのに対し、 平成が政令での制定に過ぎないことを、 平成は「天皇が定めた」とは言えないという筆者 (前川清一) の考えがあると推察されます。
[32] ただし、この定義の直後で、元号名が公年号で存在するはずがないから、 私年号ではないかと疑った、という旨の記述が出てきます。 更に読み進めると公年号の誤刻の疑いを検討し、それを否定し私年号と結論付けています。 >>27 >>28 の定義によれば公年号でないなら直ちに私年号となるはずなのに、 実際には公年号でも私年号でもない選択肢があるようです。
[217] 安定した政権の元号であれば制定の記録が残されていることが多く、 正しい表記も明らかです。 しかしそれ以外にも、
... などが存在しています。 こうしたものの総称が異年号であり、 その中でも特に (公年号のバリエーションや非実用ではなく) 私的に実用されたとみられるものが私年号とされることが多いです。
[225] >>224 の各分類は互いに排他的ではありません。また、便宜上、 元号すなわち一種の紀年法たる要件を満たさぬものも含まれます。
相当量の私年号が古代年号として今にその記録が残されている。
と書いており >>136 #page=1、 この段階ではまだ昭和42年の異年号の分類体系が未成立だったことがわかります。
[138]
また、この論文では、
「
[139] 更に、次のようにも述べています。 >>136 #page=20 #page=21
[154] 昭和42年の 日本私年号の研究 は、まず冒頭で対象となる元号群が江戸時代以来の研究者によってどう呼ばれてきたかを概観し、 それを再整理した新たな分類を提示しています。 >>156
[173] 日本私年号の研究の分類法は次の通りです。 >>156
[180] この体系のそれぞれの性質 (の久保常晴の理解) は、それぞれの項を参照。 この名称を選択した理由は次の通りです。 >>156
[210] 仮作年号については、 烏鵲と魚鳥「など」を挙げるだけであり >>156、 それ以上は本書では触れられていません。
[211] 更に、学界の一部で私年号または私年号かとされる私年号的諸資料や、 中国文献に見える年号で私年号と既にまたは将来誤られる可能性ある数種の年号を、 私年号と認められない理由を明らかにする >>156 としています。これらは公年号ではありませんが、第一類から第五類の枠外の扱いとなっています。
[212] 日本私年号の研究は学界内外に大きな影響を与えましたが、 日本私年号の研究が提起した新しい分類法は、 昭和時代後期から平成時代初期の一部の私年号研究で踏襲されたのを除くと、 広く採用されるには至りませんでした。
[213] 私年号という用語自体は日本私年号の研究の功績もあってより普及したものの、 その問題提起した多様で曖昧な概念定義の混乱という問題は改善されないまま令和時代に至っています。 これは、当分類法の優劣が議論された結果として受け入れられなかったのではなく、 単に惰性的に従来の用語法が使われ続けているに過ぎません。 日本私年号の研究 ほどの名声をもってしても、社会的に何となく広まっている用語と概念を覆すのは容易ではないのです。
[214] 日本私年号の研究 は、先行研究、特に江戸時代の分類が、その呼称と学説上の評価が直結していること (例えば逸年号 = 正史からの欠落、偽年号 = 偽り、など) を指摘し、これを踏襲した分類定義を行っています。その一方で、 「同音異字」「一字異音」 のような一見すると構造的な分類も設けています。ただし、それらも 「作為された」のような学説的評価が定義に内在されています。
[215] 従って、先行研究と同様の限界、すなわち分類法の根拠となる学説自体が論議の対象となるとき、 従来の用語と分類も日本私年号の研究の分類法が通用しなくなるという問題を抱えています。 例えば、ある元号が「公年号の使用に反感を持」って作られ使われたものか、 それとも改元デマの一時的な流言に過ぎないのかが論争となるとき、 その元号は私年号と言い得るかどうかも同時に問われることになります。
[216] 一般に私年号とされるものの大部分は、資料不足のためその性格が不明瞭で、 久保常晴がいったん推定的な結論を得たものであっても、 その後の研究で覆された事例がいくつか見られます。 資料不足が偶発的事例ではなく本質的制約である以上、 上位の総称的な分類の定義に、 まさに議論の対象となり得る判断基準を組み込んでしまうのは、 実用的ではないのかもしれません。
[10] 昭和時代の日本国岩手県の歴史研究者司東真雄は、 岩手県の金石文の異年号を次のように分類しています。 (実例を示すだけで、説明はありません。) >>11, >>12
[7] 関連: 文徳, 自由自治, 征露, スローガン的元号
[253] 近代まではまだ同音異字年号という明確な概念はなかったものの、 それに相当するものと研究者に認識された異年号はいくつかあります。
[254] 近代には、命禄は弥勒の同音異字の別名のように考えられました。 現在では否定されています。
[55] 昭和42年の 日本私年号の研究 は、 異年号の一種として同音異字年号なる分類を設けています。
[127]
要するに、公年号からその軽視の風潮の現れである仮名書年号が生じ、
更に公年号を無視する態度から意味を改変する同音異字年号に発展し、
ついには公年号にも紐づかない私年号が生じるに至った、
という全体の流れの中に位置付けています。
[134] ここでは、 公年号を改作したもの、つまり公年号と同じ元年と字音を持ち、 文字だけが異なるものが同音異字年号に分類され、 元年の異なるものは私年号と分類されることになります。
[135] なお、仮名書年号や同音異字年号が初出以後も使われ続け、 私年号が発生するようになっても並存し続けることについては、 特に何も言及がありません。
[20] の板碑研究者石村喜英の論文は、 板碑の私年号の解説ですが、 日本私年号の研究や板碑系の異年号の研究を踏まえつつ、 実例を提示しています。 >>251
[21] 当論文では、
... と思われるものを、私年号から「
[25] 加えて、永ワのように漢字と片仮名が混じったものも、 「同音異字表記」 としています。 >>251 (同音異字年号に分類されるかは不明瞭ながら、私年号からは除外されています。)
[35]
昭和42年の
日本私年号の研究
は、
異年号のうち、
私年号ではない分類に属するものを
[36]
そのうち、
[51] すなわち、公年号軽視の風潮により仮名書年号、同音異字年号、私年号に発展したとする久保常晴の説において、 一字異音年号はうまく説明が付かない不明な元号群という位置付けになっています。
[52] また、形式的には同音異字年号に含まれるはずのものを中心に、 誤記の可能性が強いと認定されたものも、本書の構成上は一括して扱われています。
[229] それとは別に、結論において白鳳と朱雀も一字異音年号とされています。
>>71 p.
[53] 要するに日本私年号の研究の分類モデルでうまく説明がつかなかった元号群がここに属しています。
[231]
なお、勝山日記が享を亭と表現しており、
この本のくせと年号の知識から享と読み得るのであり、
編者自身誤っている場合も相当多く、
同音異字・一字異音の中のある部分はかかる場合のものもあろう、
としています。
>>71 p.
[193] 日本私年号の研究の私年号的諸資料で挙げられたもの (私年号と認定していないもの)
[241]
これら (少なくても立項されているもの) の
「
[242] 単独立項するか否かの基準が見えにくいのですが、過去論文を遡ると想像が付きます。 昭和39年論文時点では私年号的諸資料なる区分はなく、すべて同列に扱われ、 永然の中に日本私年号の研究とほぼ同内容の解説があり、 諸例が提示されていました。永然が立項されているのは、先行する辞典類へ私年号としての掲載があったためとみられます。 つまり、従来私年号扱いを受けてきたものを並べたうちで、 私年号から「削除」されるべきと判断された永然が、その解説ごと私年号的諸資料に移動されたのです。 本文中の諸例はもともと私年号扱いされておらず、 わざわざ独立させるまでもないと判断されたのでしょう。
[287] 同書の分類では異年号のうち同時代的に使われたものが私年号、 遡って作られ「古代年号」等の呼称でまとめられてきたものが古代年号と分けられますが、 正法は形式的には後者に当てはまるものの、歴史的に古代年号の扱いを受けていなかったことから、 「古代年号的」という謎分類に入れられたようです。
[289] 歴史的経緯を踏まえると古代年号は大宝頃より前を指す分類とするべきでしょうから、 奈良時代を表すという点でも古代年号に分類するのは不適切でしょう。 古代年号やその他を含む「遡及的私年号」の分類を新設するのが妥当でしょうか。
[91]
近年の新興宗教の中には、国を越えて信者が広がっており、
かつ独自に紀年法を用いるものも見られます。
そうした紀年法は、国をまたがって使われる元号と言える場合もあるかもしれません。