[1] 好徳 (旧字体: 好德) は、日本の私年号の1つです。
[14] 用例が1点知られています。
[125] 現存本土寺過去帳には、天正本と明暦本があります。 著しい相違がありますが、共通祖本が存在したと考えられています。 >>6 /238
[20] 日本私年号の研究が私年号とも私年号的諸資料とも認定しなかった理由はよくわからない。 単独の資料の用例のみで異本との比較で誤記と明らか (だと判定した) かつ過去の研究者が私年号扱いしていないからか?
[21] 宝徳、明徳、弘徳と3説あって一応弘徳が最新説? 自明に誤りとはいえず議論になっていたという研究史上の位置を考えれば、 今後は私年号として扱ってよかろう。
[15]
3説ある中では明徳説が有利そうに見えますが、明と好の関係を説明できていないことが、
この説に確定させる上での障害となっていそうです。
誤りにしても、なぜ誤ったかのか、説得力ある変化経路が提案される必要があると考えられます。
[130]
の石井英雄の論文は、
>>121 を引用し、
[131] 推定の根拠は明記されていませんが、 >>116 と対比し、 明徳以来の過去帳があったと読み取っているので、 同一のものを一方が誤ったと判断したようです。
[118] 昭和42年の日本私年号の研究は私年号的諸資料の章において、 好徳を私年号とも私年号的諸資料とも立項せず、 本文中で説明だけしています。 >>114
[119] それによると、 >>115 の用例が知られるものの、 >>117 から明徳の誤りと考えられ、記載された霊銘忌の元号ごとの個数からもそれが証明されます。 >>114
[122]
の自治体史は、
本土寺過去帳
への注釈で、
「
[123]
それに隣接して
「
[133] 本土寺過去帳祖本成立の好徳に関連して次のような記述もあります。 >>6 /238
[11]
しかしこの直前でも「
[16] ここでは先行研究は引用されていますが、日本私年号の研究説は参照されていません。 本土寺過去帳を主題とする論文ではないので、見落とされたのでしょう。 弘德を私年号として参照しているのは、辞典類か何かから拾ったのでしょう。