改元

改元

[256] 元号を改めることを改元 (かいげん) といいます。 新元号何々に改めることを何々改元何々(の改元)といいます。

日本の直近の改元事例については平成改元令和改元

[2] 改元元号システムで旧元号と新元号をつなぐ結節点です。 元号改元日は、原則として当地の政府が決定します。 改元の理由は色々あります。 現代日本では、皇位継承があったとき改元されます。

改元と紀年法

[50] 最も広義には、 紀年法を改めることを一般に改元といいます。 改元は新旧紀年法の関係より次のように分類できます。

[51] なお、の「 (はじめ) 」とはの意です。

[49] 改元は広義の改暦の一種ともいえます。

[7] 非元号の紀年法の改元について、民国紀元フィクションの紀年法

建元

[5] 新たに元号を定めることを建元 (けんげん) といいます。

[48] 建国などで既存勢力の元号を使う必要がなくなり、 独立勢力であることを示す必要が生じると、 新たに元号が建てられました。

[83] 建元は旧支配勢力の元号からの改元の一種、 あるいは在位紀年など他の紀年法からの改元の一種とも捉えられます。 干支紀年からの変更と捉えられる場合もありますが、 干支紀年元号と併用され続けたため、 改元ではなく建元という表現がより相応しそうです。

[99] 満州国は建国と同時に建元しました。 元号を定め、開始日を西暦で指定することにより行われました。 大同

[81] 日本では大化建元の後中断混じりの期間があり、 大宝建元後は元号制度が継続しています。 日本の元号

[82] 弱小政治勢力により建元された元号は、 後の歴史家により私年号に分類されることが多いようです。

[3] なお、新規建元でない改元も、新元号制定の側面を捉えて建元ということがあります。

中断元号の再開

[523] 普通は元号は一旦改元されると元に戻されることはありませんが、 複雑な政治状況下では元の元号に戻されることがあります。

g
地域・政権
1
改元前、復活後
2
改元後 (中断中)
note
備考
g
後漢
1
中平
2
光熹昭宁永汉
g
西晋
1
永安
2
建武
g
東晋
1
隆安
2
元興
g
東晋
1
元興
2
大亨
g
前涼
1
建興
2
和平
g
2
永新
1
元和
g
京都
1
元弘
2
正慶
note
日本の元号
g
北朝
1
観応
2
正平
note
日本の元号
g
渤海
1
大興
2
宝暦
note
>>512
g
後梁
1
乾化
2
鳳歴
g
後晋/後漢
1
天福
2
開運
g
2
建文
1
洪武
note
>>524
g
関東
1
寛正
2
延徳
note
延徳
g
1
光緒
2
保慶
g
蒙古
1
共戴/モンゴル国紀元/モンゴル人民共和国紀元
2
民国紀元
note
共戴紀元
g
中華民国/中華帝国
1
民国紀元
2
洪憲
note
>>525 1916年
g
中華民国/
1
民国紀元
2
宣統
note
張勲復辟 1917年
g
/中華民国
2
民国紀元洪憲民国紀元
1
宣統
note
張勲復辟 1917年
g
沖縄奄美吐噶喇小笠原伊豆
1
昭和
2
西暦
g
/中華民国/満洲国/満洲国臨時政府
2
民国紀元洪憲民国紀元大同康徳
1
宣統
note
満洲国臨時政府設立 2004年

[4] この他にも隣国との攻防で国境線が行き来した場合には、 国境地域では両国の元号への変更が繰り返されたと考えられます。

[512] 大興 (渤海) - Wikipedia ( 版) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%88%88_(%E6%B8%A4%E6%B5%B7)

閻万章の考証によれば大欽茂は大興37年(774年)に宝暦(唐の宝暦とは別)に改元したが、晩年に再び大興を使用するようになったとされる。

[524] 建文 - Wikipedia ( 版) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BB%BA%E6%96%87

建文の元号は、建文帝から帝位を簒奪した永楽帝によって非公式化されていた時期があった。すなわち、永楽帝の即位後、建文4年7月1日に、建文元年を洪武32年、建文2年を洪武33年、建文3年を洪武34年、建文4年を洪武35年とし、洪武35年の翌年を永楽元年とした[1]。その後、万暦帝によって万暦23年(1595年)に建文の年号が復活された[2]

[525] 中華帝国 (1915年-1916年) - Wikipedia ( 版) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E8%8F%AF%E5%B8%9D%E5%9B%BD_(1915%E5%B9%B4-1916%E5%B9%B4)

1916年は民国5年ではなく洪憲元年とされた。

年号「洪憲」は3月23日に廃止され中華民国暦が復活した。

既存元号への合流

[526] 普通元号による元年から始まりますが、 特殊な状況では2年以降の途中のから開始されることがあります。 次のような場合があります。

[6] 当該地域住民日時利用の観点では改元となりますが、 手続き上は地域併合などとなり、 明示的な元号の変更手続きを伴わないのが一般的です。

元号の終了

[559] 元号の終了には次のようなパターンがあります。

  • [560] 改元や新たな紀年法の採用により終了する。
  • [562] 適用地域全体が他勢力の支配下に入って終了する。
    • 平和的移行なら、その時期が明確にできることもある。
    • 戦乱で滅亡した場合などは地域内でも他勢力侵攻に時差があったり、 亡命政権が存続したりで終了時期を確定できないことが多い。
  • [563] 適用地域の一部が他勢力の支配下に入って、その地域においては終了する。
    • 時期が明確にできたりできなかったりするのは前項の通り。
  • [564] いつの間にか自然消滅する。

[1] 日本の元号制度は、 第二次世界大戦後に終了し西暦または別の紀年法に切り替えることを主張する人が現れましたが、 国民の大多数は元号存続を支持したため、現在まで続いています。

[15] 支那の元号制度は、清国滅亡後に民国紀元が採用されることで終了しました。 ただし民国紀元元号の一種とする考え方もあります ( 元号 )。 一時中華帝国成立により洪憲元号が建てられましたが、 民国紀元に復しました。 その後中華人民共和国が成立し中華民国が大陸から撤退したことで、 公元 (西暦) に移行しました。

[20] 満州の元号制度は、 清国滅亡後中華民国民国紀元を経て満州国元号が 2つ建てられましたが、 満州国の滅亡後再度中華民国を経て中華人民共和国に至り、 公元 (西暦) に移行しました。

[22] 台湾の元号制度は、 日本統治時代の日本の元号から中華民国統治時代の民国紀元への移行で終了しました (が民国紀元元号の一種とする説もありますから、 現在も存続中ともいえます 元号 )。

[26] 朝鮮半島の元号制度は、 日本統治時代の日本の元号から米国ソ連の統治時代の西暦への移行で終了しました。 ただし朝鮮民主主義人民共和国では主体紀元建元され、 これを元号とする説もあります 元号

改元の理由

[599] 支那式在位紀年元号改元の理由は4種類に大別されています。

[74] 代始改元 (称元) は、 新しい天皇皇帝国王将軍即位践祚によるものです。 ただし、必ずしも即位践祚の日に行われるものではなく、 歴史的には翌年に行われることが多かった >>73 ようです。

[75] 祥瑞改元は、吉事を祝うものです。 代始改元にも祥瑞改元の要素が含まれるといわれます。 日本では奈良時代頃によく行われました >>73

[67] 災異改元は、 凶事を避けるためのものです。 地震戦乱彗星などの出現によって行われました。 江戸時代には中井竹山藤田幽谷石原正明広瀬淡窓らが却って混乱を招くとして批判しました。 >>298

[69] 革年改元は、 讖緯説三革 (革令: 甲子年, 革運: 戊辰年, 革命: 辛酉年) を踏まえて行われたものです。 日本では平安時代以来、 易経により革命が起こるとされた辛酉年に革命勘文により改元が提案され、 実施される慣例となっていました。 後には同じく革命の年である甲子年にも実施されました。 >>68 元は菅原道真左遷の理論だったと言われています。 迷信に過ぎないとする者や条件を満たす年ではないと判断する者もありましたが、 一応改元するに越したことはないとの判断が重ねられ、 江戸時代までほとんどの年次に実施されたようです。

[602] 近代においては一世一元の制が各国で採用され、 代始改元以外は行われなくなりました。 元号名が定められることを除けば即位紀年に近い運用となっています。 一世一元

改元期日

[8] 改元をいつ実施するか、 いつ実施されたとみなすか、 改元前後の日付を新旧どちらの元号で表記するべきか、 といった改元の時期を巡る問題は元号システムの根幹でもあってかなり複雑です。

[9] 暦法 (旧暦グレゴリオ暦)、 年度標準時時差改元のタイミングとの関係でも問題が生じてきます。

改元時期

元号年と年内連番

[160] 平成年第号のような表記については年内連番と改元の関係

元二年

元二年

改元の手続き

元号選定、各種儀式、法的措置、工業標準改正などについては改元手続き

改元未遂

[80] 改元の機運が高まっても改元に至らなかった事例は歴史上いくつか知られています。 改元手続きが進んでいても途中で中止されたこともあります。

[196] 結果改元されたとしても、何度か延期されていたこともあります。

[189] 近年では東日本大震災の後、 一部の人達が改元の必要性を指摘しました。 改元デマも生じていたようです 安久 一世一元だとしても、 世が乱れると改元待望論が出てくる伝統は引き継がれているようです。

工業標準の改元

[188] 改元に伴い改正される (可能性または実績のある) 工業標準

[107] マイクロソフト標準キャラクタセットにも元号合字が含まれますが、 マイクロソフト社は令和改元時に新元号を追加しないと発表しました。 平成31年新元号

[106] JIS X 0213 にも元号合字が含まれますが、 誰も使っていない規格ではないかとみられています。 令和改元時に改正されなければ、 その傍証となります。

[12] JIS X 7108 / ISO 19108 にも暦法の例示として明治以後の日本の元号の一覧があります。 元号一覧

[204] 他いくつかの事業者固有の文字コードにも元号合字が含まれることがあり、 平成改元令和改元で追加されました。 元号コード

[108] 工業標準とはなっていませんが、 各システム元号コードにも新元号が追加されています。 元号コード

計算機システムにおける改元

[13] 日付を扱う計算機システムは、改元の情報を保有し、 前後で年号表記を切り替える必要があります。 過去の情報を保持するのはもちろん、 改元があり次第その情報を追加する必要があります。 ロケールの更新

[14] 少なくても日本国内のシステムで元号表記に対応したものは、 改元に即座かつ低コストで対処できる必要があります。 改元日本では1000年以上続く元号システムの根幹であり、 それに対応できないのは欠陥です。

[16] 次のような点に留意が必要です。

[31] 残念ながら、現実には改元への対応コストが大きかったり、 時間がかかったりするシステムも少なくないようです >>30平成から平成31年新元号への改元の場合、 前の改元からわずか30年しか経過していないはずですが、 前の改元でその場しのぎな対応をしていたり、 平成になってから次の改元のことを考えずに作ったりしている粗悪なシステムがあるようです。

[32] 昭和から平成への改元では、 昭和のままのシステムが何年か残っていたり、 手書き用の書式に昭和と印字されていたり平成の選択肢が抜けていたりするのを記入者が訂正するような運用でカバーがありました。 平成からの改元では電子化ネットワーク接続されたシステムが多く、 こうしたその場での対処は難しくなっているかもしれません。

[139] 申請書等の選択肢では、必ずしも直近までのすべての元号が提示されるわけではありません。 例えば平成初期の小学生保護者生年月日欄には昭和までの選択肢はあっても平成が省略されていることがありました。

改元特需

[33] 江戸時代江戸では、 改元直後に新元号を紙に書いて売り歩いたという記録がいくつか残されています。 >>35 普及版 p.599

[36] 正規ルート ( 改元手続き ) 以外でも、いちはやく知りたい、 記憶が定着していない改元直後でも漢字も含め正確に知りたい、 といった需要があったのでしょうか。 あるいは記念品的な意味もあったのでしょうか。

[37] 平成最後の頃には平成記念グッズがいろいろと売り出されました。 令和改元

[38] 令和の新元号発表後には、 令和に因んだグッズや令和発表墨書を使ったグッズなどが売り出されました。 売り物以外でも令和墨書の複製を印刷して貼り出すなど、 新元号人気も相まって代替わりの祝賀ムードを盛り上げました。 令和改元

[40] 平成最後の日の日本国東京都渋谷では、 改元カウントダウンのため集まった人々に向けて自書の 「平成」の書き付けを売る (書家でもなんでもない普通の) 人がいたことが確認されています。 令和改元

[41] そんな人が江戸時代の事例を知っていたとは思えませんが、 改元という「断絶」 のイベントの中で日本の歴史の連続性を感じることができる興味深い一致といえます。

改元日の一覧

元号、改元日、読み方などの一覧表や換算ソフトウェアの実装状況などは元号一覧

作品

[10] 改元の作品

架空の元号

研究史

日本の元号の研究については日本の元号

関連

改号

メモ

[34] 宝亀の乱 - Wikipedia () https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%9D%E4%BA%80%E3%81%AE%E4%B9%B1

[39] 3.1.1 年号の追加 : SEWB+/標準サブルーチン ライブラリリファレンス () http://itdoc.hitachi.co.jp/manuals/3020/30203B8610/B860217.HTM

[137] 佐賀)大正・昭和の改元、即位の資料展 県公文書館で:朝日新聞デジタル () https://www.asahi.com/articles/photo/AS20190403003217.html

[141] ―新元号は「令和」!「改元元年」にちなみ「各世代の結婚観に関するアンケート調査」を発表―結婚を決めた理由トップは昭和・平成世代変わらず「運命を感じたから」|ワタベウェディング株式会社のプレスリリース () https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000368.000011086.html

[142] 「改元元年」とかいう謎ワード