宏和

弘和

元号名

宏知, 宏和

用例

[15] 清国の書籍に用例が見えます。

日時事例

  • [13] 吾妻鏡補
    • [14] 「辛酉,永德元年,工新葉宏和元年前洪武九年十二月俱來貢。十三年復貢,無表,但持其征夷將軍源滿奉丞相書至,詞頗慢,見明史黍續。」 >>12
    • [19] 「壬戍二年,撰先後拾遺。岳名岥南軍。宏和二年」 >>12
  • [17] 紀元編

諸説

[22] 清国の日本史研究や元号研究で宏和, 宏知といった元号が使われました。

[23] 文脈から日本の公年号である弘和を指すことが明らかで、 それ以外の解釈の余地がありません。

[24] 弘を宏とするのは清国で行われた避諱であり、 したがって宏和が避諱元号であることは明らかです。

[25] 宏知は更に和を知としたものですが、 これを避諱するべき理由は知られていません。 和と知は字形が紛らわしく、 他の元号名にもこの種の誤りはしばしばみられることから、 これも誤記の可能性が濃厚といえます。

研究史

[20] 清の日本史書 吾妻鏡補 は、 明らかに弘和のことを宏和と書いています。 >>13

[21] 清の元号一覧書 紀元編 は、 宏知を掲載し3年継続としています。 >>17

[4] 昭和42年の 日本私年号の研究 には、 私年号ではない私年号的諸資料として宏知が掲載され、 次のように説明されています。 >>3

[9] 先行書の誤りを指摘する紀元編 にもまた誤りあることを 日本私年号の研究 は指摘しているのですが、その 日本私年号の研究 もまた 和 と 知 の混同を引き起こしているのであり、 ままならない現実を感じさせます。

用例

[1] 板碑概説, 服部清五郎, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1918330/1/390?keyword=%E5%BC%98%E5%92%8C (要登録)

メモ