日本の旧暦

旧暦 (日本)

[29] 旧暦は、明治5年まで日本で用いられていた太陰太陽暦と、 それを過去あるいは明治6年以降に延長したです。 中国式太陰太陽暦の一種です。

[36] 改暦から100年以上経過した現在、日常生活では使われなくなりましたが、 一部の行事やカレンダーの記述、六曜の根拠などとして根強く使われ続けています。

呼称

[132] 全体的には「旧暦」と呼ぶのが最も一般的です。 当用漢字字体表以前は「舊暦」とも表記されました。

[133] 明治5年までのものを「天保暦」と呼ぶなど、実施時期ごとの「版」 にそれぞれの名前が付けられています。 (明治6年以降の旧暦天保暦と呼ぶのは不正確かもしれません。)

[134] 曖昧でない時には種別である「太陰暦」、より正確には「太陰太陽暦」 で呼ぶこともあります。「陰暦」と略されることもありました。 厳密にはこうした名称は中国の旧暦なども含んでいます。

[148] 後述の通り明治初期の公式なには旧暦が併記されていました。 その欄名は「舊暦」でした。官報上では陰暦と呼ばれることもありました。 沖縄返還前の琉球政府の法令では「旧暦」と呼ばれていました。

[198] 和暦と呼ばれることもありますが、元号表記のことを和暦と呼ぶこともあり、 また普通明治6年以降の和暦グレゴリオ暦としますから、 明治5年までの暦法のことを指すのに和暦というのは不正確です。

[135] 英語では「Kyuureki」、「Japanese Calendar」、「Japanese Classic Calendar」 などと呼ばれることがありますが、広く通用するのかは不明です。

[136] 本来「日本の暦」(や「和暦」) という名前で参照されるべきものは、 明治5年までは旧暦、明治6年以降はグレゴリオ暦を組み合わせたものでしょう。

暦法の定義

[19] 平山清次が「天保暦の準據せる暦法原則を今の術語によりて記載」>>18 したものが現在の旧暦の説明の原典と考えられています >>22, >>20

(一) 太陽と太陰の黄經の相等しき時刻をとす。 (定朔)

(二) 各宮の原點に太陽の在る時刻を中氣とす。 (定氣)。

(三) 暦日は京都に於ける地方眞太陽時午前零時に始まる。

(四) 暦月は朔を含む暦日に始まる。

(五) 暦月中冬至を含むものを十一月、春分を含むものを二月、夏至を含むを五月、秋分を含むを八月とす。

(六) は中氣を含まざる暦月に置く。中氣を含まざる暦月必ずしもみな閏月とならず。

明治五年改暦以後同四十二年迄、太陽暦に附して頒布したる太陰暦も亦、此原則に據りたるものなり。但し第三項の日の始は明治二十年迄は東京に於ける地方平均太陽時午前零時を採り、以後は中央標準時午前零時に改めたり。

暦法及時法 二 太陰暦 >>18 46ページ

[23] >>22 は更に

(七) 月番号に跳びがあってはならない

... との「当然の条件」を補っています >>22。 (この条件は旧暦2033年問題に関わります。)

[279] 加えて、旧暦2033年問題のためのパッチ

(八) には、閏11月を置く

... を加えたのが、現在の旧暦事実上の標準となっています。 旧暦2033年問題

[294] 更に厳密に定義するなら、次の基本条件も加えるべきでしょう。

  • 暦年暦月に分ける
  • 暦月暦日に分ける
  • 暦月暦日には番号を与える
  • 日番号に跳びがあってはならない
  • 暦年のはじめの暦月は1月とするが、特別に正月と呼ぶ
  • 朔を含む暦日を1日とするが、特別に朔日と呼ぶ
  • 閏月の月番号は前月と同じとする

[154] なお、厳密には、天文学の発展により、 明治以前の旧暦の計算 (天保暦) と現在の旧暦の計算は異なっています >>153

[150] 計算で用いる時刻については、日本標準時も参照。
[21] >>18 は昭和8年/1933年12月5日発行 >>18 ですが、第2章末には 「日本百科大辭典より轉載」と注記があり、同著者の原稿の再出版と思われます。 また >>22 は“平山清次 (1912) の『日本百科大辭典』「太陰暦」の項” (第6巻、三省堂出版) から同文を引いています。 暦文協見解 >>121 も「旧暦ルールの条文化」を1912年の平山による日本百科大辭典第6巻としています。
[251] 平山清次は1912年当時東京帝国大学理科大学助教授で理学博士だったようです。 後に教授となり、更に東京天文台にも勤めています。 神宮暦編暦に携わっていました。
[153] 旧暦 - Wikipedia ( 版) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A7%E6%9A%A6

旧暦の計算は、江戸時代までは京都における真太陽時により暦の計算に必要な中気・朔の日時を経験的に知られていた定数や周期に基づいて求めていた。そのため閏月の付加や毎年変化する大小月(30日の大月、29日の小月)も毎年計算していた。

現在の「旧暦」で使っている時間帯は日本標準時(UTC+9)で、これは東経135度の平均太陽時とほぼ等しい。これに対し京都の経度は東経135度46分で、UTC+9:03に当たる。さらに均時差により最大±15分の時差が生まれる。また、天体の位置も天体力学(位置天文学)に基づく式で計算している。このため、江戸時代の天保暦によって計算した日付と現在の旧暦とでは日が1日前後したり月名が変わったりする場合がある。

表記

[213] 旧暦であることを明示して日付を示す場合、 「旧暦2015年6月1日」のように最初に「旧暦」を付けます。 「旧1月2日」のように「」のみつけることもあります >>214旧正月旧盆のように、旧暦に基づく行事を区別するときにも最初に 「」を付けます。

旧暦からグレゴリオ暦への改暦

[224] までで (現在で言う) 旧暦は用いられなくなり、 からグレゴリオ暦日本の暦となりました。

詳細は日本の改暦を参照。

[225] 改暦により旧暦明治5年12月は2日だけとなるため、11月30日および11月31日とすることが定められましたが、 すぐに取り消されました。日本の旧暦で31日が生じる予定となったのはこの時だけです。

改暦ノ布告参照。なお越南の旧暦には31日が存在したことがあるようです。

改暦後の公的な旧暦

[16] までは陰暦 (旧暦) が併記されていました >>17

[226] その後現在に至るまで、旧暦の計算に必要な値は暦要項などに掲載されていますが、 旧暦自体は示されていません。

[328] ただし朝鮮の事情は朝鮮半島の旧暦を、 臺灣の事情は農暦を参照。

[38] 最近まで海上保安庁が旧暦を発表していたと言及されることがありますが、 からまでの情報がWebサイトに掲載されている >>37 のみであり、旧暦を管理していたというよりは参考情報として掲載していただけのようです。

[66] 従って、現在日本国内では「公式」な太陰太陽暦の計算は行われていません >>65以降のカレンダー等に掲載されているものは、 旧暦の計算法に従い独自に計算されたものです。

[144] >>143

文部省告示第二百三十五號

明治四十二年暦ヨリ陰暦ノ月日ヲ記載セス

明治四十一年九月三十日 文部大臣 小松原英太郞

[145] 実際には明治42年暦にも記載されていました >>17
[155] 旧暦 - Wikipedia ( 版) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A7%E6%9A%A6

ただし国立天文台は、毎年2月のはじめの「官報」に「暦要項」を告示、翌年の「二十四節気および雑節」、「朔弦望」(朔=ついたち、望=15日など)などを提示している(すなわち、「30日の大月、29日の小月」の計算と提示は「公的」に行われている)。

暦の差異

[67] 太陽暦採用以前に日本で用いられた太陰太陽暦にはいくつかの種類があります。 過去に用いられていたものは、それぞれの年の時点で採用されていた暦の計算法に基づき政府 (朝廷幕府の担当機関) が計算したものです。

[33] 現在「旧暦」という場合、天保暦実施以前の日付は当時の日付なのか、 天保暦を過去に延長したものなのか不明瞭です。 本来は当時実施されていた暦に基づくべきですが、 現在公開されている変換ソフトウェアやサービスの類の中には、 現在から前後数十年程度しか扱えないものや、扱えても現在の計算方法を過去に延長しただけのものも多々あります。

[68] 変換ツールには計算だけで対応関係を記述しようとしているものもありますが、 数度の改暦や、多数の例外処理 (意図的あるいは誤りによるその年限りの処理) に対応しなければならず、正確に実装するのは難しいようです。

差異については後述。

[48] 768年/神護景雲2年3月が大の月小の月かは議論があり、 日本暦日原典の版により掲載されている値が異なっています >>49, >>50

[52] 旧暦1884年4月と旧暦1908年9月は計算上の値と当時の実際の旧暦とが異なっています >>13

地方の暦

[34] 中世には地方京暦とは異なるが発行されていて、 日付がずれていることがありました。

[76] 鹿島暦 (かしまごよみ) は、 京暦では平安時代末期から室町時代中期まで行われていた閏8月退閏が1604年/慶長9年まで引き続き行われていて、 京暦とは閏月の配置が異なっていました >>22。 1564年/永禄9年、1585年/天正13年、1604年/慶長9年が該当します >>91

[77] 1374年/応安7年旧暦3月は京暦三島暦で異なっています >>25, >>22, >>81京暦3月4日は三島暦3月3日でした >>22, >>81

[78] 京暦系の大宮暦は1583年/天正11年閏1月を置き、 三島暦系の「美濃の暦」では1582年/天正10年閏12月を置いたため混乱が起こり、 織田信長京暦を廃止しようと試みたようで (本能寺の変により実現せず)、 大宮暦は発行停止となる騒動がありました。 >>81, >>22, >>84, >>89, >>90

[82] 旧暦1617年/元和3年6月にも日付が1日ずれていました >>22, >>81朝廷京暦江戸幕府三島暦で日付が異なるために大きな問題となったといいます。

[85] >>78>>82 は地域によって、また朝廷武家幕府との間で用いているが違って特に混乱が生じていたようです。

[87] 1468年/応仁2年には南都暦が1日ずれていたようです >>86

[88] 1563年/永禄6年には大坂暦丹生暦の相違により大坂暦が禁止となっています >>86

[108] なお、源平の戦いの時代や南北朝時代幕末期には政権が分立し、 地域や支持勢力により異なる元号が同時期に使われていましたが、 が異なっていたという話は聞きません。

琉球

[79] 琉球王国支那王朝への朝貢開始以来、 支那王朝の暦を使っていました。 福建で造暦法を学び、 以後琉球国内でが作られるようになりました。 これは日本薩摩藩属国となった後も継続されていましたが、 明治時代沖縄県が設置され、 以後日本の暦が用いられるようになりました。 琉球暦

台湾

[248] 清國時代の台湾は当然農暦を使っていたと思われますし、 中華民国統治下の現在の台湾農暦を使っています。 農暦

[340] しかし大日本帝国時代の台湾内地と同じ旧暦を使っていたと思われます。

朝鮮

[242] 李朝時代までの朝鮮半島は、支那王朝の属国であり、 基本的には支那農暦を使っていたようです。

[341] 大日本帝国時代の朝鮮内地と同じ旧暦を使っていたようです。 朝鮮半島の旧暦

改暦後

[72] 1947年のグレゴリオ暦から始まるグレゴリオ暦から始まるは、 それぞれ旧暦閏2月、3月とも計算できますが、神宮暦では旧暦3月と3月としています >>70

[73] グレゴリオ暦から始まる神宮暦では旧暦閏7月とされていますが、 7月の誤りと考えられています >>70

[257] 明治44年の民間のには、旧閏6月を置かずに以後1ヶ月ずつずれているものがありました >>256, >>157

[158] その他にも太陽暦改暦以後に民間で発行された旧暦は、 神宮暦や他の旧暦とずれているものがいくつもあります >>157

[131] 旧暦は天体観測の結果により定まるため、将来の暦を正確に推測するのは、 困難です。

[24] 自転速度や誤差により旧暦に影響する可能性がある日として、 旧暦2033年問題以外に次の日が指摘されています。

[151] 暦の換算によく用いられるソフトウェア qreki とその派生物は、これらについて「可能性がある」結果 (つまり実際とは異なる可能性が高い方の結果) を出力することが知られています。 qreki は色々な言語に移植され (内容を十分理解しないまま) あちこちで使われているため、意外と影響力は大きいように見受けられます。 近年ではYahoo!カレンダースマートフォンアプリなどでも採用されているようです。

qreki と比較表 (>>97) を参照。

[338] には2種類の旧暦が出回ったため、 結婚式業者などに若干の混乱が見られたようです >>339, >>216, >>217, >>6


[342] 旧暦の計算に用いる値は、 日本政府国立天文台が前年2月に発表する暦要項に掲載されたものとするのが普通です。 事前の予測に基づくものや、一般化された計算を行う変換ソフトウェアの計算結果が「正しい」 かどうかは、暦要項の発表により確定することとなります。

[339] こんにちは!お日柄の六輝について詳しい方、どうか知恵をお貸... - Yahoo!知恵袋 (2015/12/1214:36:26 ) https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11153525981

2017年の3月に結婚式をしようと考えているのですが、カレンダーによって大安だったり仏滅だったり違い戸惑ってい ます。

2017年3月12 先負と仏滅

2017年3月20 赤口と大安

2017年3月26 仏滅と大安

と違います。

[216] カレンダー「2017年問題」大安が仏滅に? ブライダル業界大慌て - withnews(ウィズニュース) (長谷川健 著, 版) http://withnews.jp/article/f0160113000qq000000000000000W02j0401qq000012911A

全国534の婚礼施設、婚礼関連の専門学校などで構成している公益社団法人「日本ブライダル文化振興協会」には、複数の施設からこの期間の六曜を確認する相談が寄せられています。担当者は「ブライダル業者の方としては2通りの暦をお示しすることしか現段階ではできない。毎年2月の最初の官報で、国立天文台から翌年の暦要項(れきようこう)が発表されるので、新月の日を正確に確認できるのはその時となります」と話しています。

国立天文台やカレンダーの専門業者・関連団体などでつくる一般社団法人「日本カレンダー暦文化振興協会」(暦文協)事務局の松原順さんも「暦文協では独自の暦計算で26日を旧暦2月1日とします。ただ、明石を基準とするか京都を基準とするかなど、暦には色々な解釈はありうる」と説明。松原さんによると、協会にはブライダル業者以外に神社関係者からも問い合わせが来ているそうです。

[217] 新着情報 | 【公式】ザ・グランドティアラ岡崎 ( 版) http://www.grandtiaraokazaki.com/news/detail.php?seq=15&

タイトルに表しましたように2017年2月26日~3月27日の六輝が2種類位存在します。例えば2017年3月1日が大安のカレンダーと仏滅のカレンダーが存在するのです。ちなみに私の携帯電話のアプリのカレンダーでは仏滅になっています。これは旧暦の2月1日が新暦の2月26日なのか、27日なのかで変わってしまったようです。ザ・グランドティアラ岡崎では3月1日が「仏滅」のカレンダーでご案内してまいりました。これは2月27日が旧暦の2月1日であった場合の計算によります。しかし、最新の天文台の計算によると、2月26日23:59に新月になるようで、このとおりだとすれば2月26日が旧暦の2月1日になります。すると3月1日は「大安」ということになります。

[6] え?2017年3月1日は大安?仏滅?~カレンダーの「2017年問題」について~ | UK京都 上野旭昇堂 (2016年8月23日 ) http://uk-kyoto.co.jp/2016-08-rokuyo/

2017年は、新暦2月26日23時58分に月齢が0.0となり

このときが、旧暦の2月1日となります。

しかしもともと、計算上の月齢と、実際の月の満ち欠けは、

必ずしも一致しません。

上記の「23時58分」は、国立天文台が

実際の月の満ち欠けを観測し、計算上の

月齢を修正した結果なので、当社が扱うカレンダーの

ほとんどのメーカーさんが、この基準でカレンダーを作っています。

しかし、WEBや一部のプログラムでは、この月の計測結果の誤差を

反映していないものがあり、

「2月27日が旧2月1日」となっているものがあるので

2通りのカレンダーができてしまうのです。

[5] 旧暦2017年問題 (#3530041) | 旧暦2033年問題は確実に近づいている | スラド () https://srad.jp/comment/3530041

旧暦2017年問題 [uk-kyoto.co.jp]ってのが去年ありましたね。

月齢判断基準のゆらぎ(丸め誤差)のせいで、3月1日が大安または仏滅になるという。

このバグにおもいっきり該当して、大慌てで対処しました。

正しい計算式を見いだそうとしたけど、統一的な定義が無いし権威ある団体が決定してるわけでもなかったので、この月だけ限定の特別処理でしのぎました。

[14] 国立天文台も民間の暦も正しい計算結果を出しているところが多いのに、 定義がない旧暦が悪いみたいな言い訳はどうかと。 正しいの計算を自力でできる知識がないなら、 いくらでも流布している計算済みのを使うべき。 せめて一般的なと照合して計算式が正しいのか確認してから使うべき。 (qreki のような正しい計算ができないことが知られているコードをろくに検証せずに流用した?)

旧暦2033年問題

[92] 旧暦-について、 閏月をどこに配置するか従来の規則で決定できないという問題があります。 産学官の有識者で構成される団体である暦文協は、 閏11月を推奨するとの見解を表明しました。 多くの旧暦は閏11月を採用しています。 旧暦2033年問題

[3] --についても影響してきます。 旧暦2033年問題

元号や西暦との関係

[273] 元号の項を参照。

長暦、対照表と変換ツール

[314] 旧暦に限らない一般的事項は、暦の換算を参照。

全日付対照表

[95] >>94 に-666年から2100年までのすべての日の旧暦先発グレゴリオ暦の対応の一覧表があります。 以降で紹介する対照表や変換ツールで日付が異なる箇所はすべて日本暦日原典に従っています。

文献

[246] 日本長暦

[247] 皇和通暦

[106] 三正綜覧 >>107 は西暦紀元前214年以来の和暦、 中国暦、ユリウス暦、グレゴリオ暦の対応表です。 日本暦日原典出版以前は規範性の高い対照表として用いられていました。 近代デジタルライブラリーで閲覧できます。

[31] 日本暦日原典 >>25, >>41 には445年から1872年までのデータが掲載されており、 「新旧暦対照表の中でも最も信頼性が高いもの」>>27 とされており、多くの書籍や研究、対照表で参照されています >>41。 大半はデータですが、後半の「暦法編」に日本の暦について詳しい説明があります。

[75] 日本暦日原典は第4版まで出版されていて、 改版の度に新たな研究成果による修正が加えられています。

[192] 日本書紀暦日原典は、日本暦日原典と同著者によるもので、 日本書紀に記載のある暦日 (-666年以降) のデータを掲載しています。

[74] 暦の百科事典 >>69 にはに関連する記事多数の他、 593年-2100年の旧暦のデータが掲載されています。 1872年までは日本暦日原典 (>>31) 第3版に基づいています >>69

[32] 暦の大事典 >>22 (2014年初版第1刷) には日本を含む各地の暦についてかなり詳細な解説があります。 巻末に593年-2000年のデータが掲載されています。

[64] 日本暦日便覧には692年-1872年のデータが掲載されています >>63

[71] 20世紀暦―曜日・干支・九星・旧暦・六曜 >>7021世紀暦―曜日・干支・九星・旧暦・六曜 >>121 は、 それぞれ20世紀と21世紀の旧暦のデータを掲載している書籍です。 20世紀は官暦 (「太陽暦」「明治暦」「大正暦」「昭和暦」) および「神宮暦」を出典としていますが、原典にないデータは編集部によって補っています >>70

[334] 21世紀分については、予測されるデータに基づく計算のため、 異なる計算結果の可能性も提示されています (>>24)。

[109] 海上保安庁は1997年から2010年までの情報をWebサイトに掲載しています >>37

[51] Webサイト 和暦(わごよみ) >>47 の対照表は、 日本暦日原典の計算式を元に、 その注記等に基づき修正を加えたものです >>40。 637年から889年は日本暦日原典の「進朔可能性大」の注記に基づき日本暦日原典とは異なる値を採用しているようです。

[46] その他多くの対照表が出版、公開されています >>13, >>93, >>238

[191] 貴重資料-NAOJ Library (Junko Oguri 著, 版) http://library.nao.ac.jp/kichou/open/003/

「日本長暦」は日本書紀の神武東征甲寅の年(神武紀元から7年前の10月5日の干支)から貞享2年までの約2300年間の毎月の朔日の干支を計算したものである。

ソフトウェア

[9] qreki >>8 というスクリプトが色々な言語に移植されて広く使われています。 このスクリプトは先発グレゴリオ暦 (0年あり) を入力とし、 旧暦 (中央標準時に基づく先発天保暦?) と六曜を出力としています。

qreki の項に派生ソフトウェアの一覧があります。

[61] qreki旧暦の定義に基づき計算しているようです。 ドキュメントによると、 暦の百科事典 >>69 により出力を検査しています >>27

[26] qreki とその派生ソフトウェアは広く採用されていますが、 開発停止後長い期間が経過し、既に正しい結果を返せなくなっています。 新たに利用するべきではなく、既存のソフトウェアも修正または破棄するべきです。 qreki


[35] WHEN.EXE >>39旧暦を含む様々な暦の表示・変換に対応しています。 暦の百科事典 >>69 (1986) と日本暦日原典 >>25 第4版 (1992) に基づいています >>39。ドキュメントは暦 (日本史小百科) >>28, >>62日本暦日便覧 >>63 も参照しています >>39

[55] DateTime::Calendar::Japanese >>53Perlモジュールの実装ですが、依存モジュールの非互換変更により動作しなくなっているようです。 >>54 はそれが修正されているようで、動作します。

[193] HuTime >>156 は、 日本書紀暦日原典日本暦日原典官暦神宮暦に基づき旧暦西暦とを対応付けています。

[118] Kyuureki >>117>>95 の変換表を使った先発グレゴリオ暦旧暦の変換用のPerlモジュールです。

[120] kyuureki.js >>119>>95 の変換表を使った先発グレゴリオ暦旧暦の変換用の JavaScript ライブラリーです。

[139] ruby 和暦ライブラリ >>138 は、 >>95 の変換表を使った旧暦対応を含む Ruby ライブラリーです。

[110] その他各言語ソフトウェアライブラリーWebアプリケーションなどが存在します >>58, >>268, >>313, >>329, >>330

比較

[98] 各対照表・変換ツールの出力は多くの日付に差異があります。 >>96>>97 はそのうちのいくつかと先発グレゴリオ暦との対応関係が異なる部分を表にしたものです。 >>96 から特に差異が大きいものを除外したのが >>97 です。

[111] 各対照表等のカバーする範囲は様々です。開始時期としては -710年 (神武天皇生年)、 -666年 (神武東征年)、-659年 (神武天皇1年)、 推古天皇1年、大化元年、江戸時代初期などがあります。終了時期としては明治5年末、 出版日前後、2100年などがあります。ソフトウェアによっては過去または未来に無限に計算できるものもあります。 逆に20世紀や21世紀の前後十数年程度しか対応しないものもあります。 表にしてもソフトウェアにしても、実際に旧暦が用いられていた時期から離れるほど、 対応関係は怪しいものとなりますし、実用性も低いと思われます。

[113] 変換ソフトウェアの多くは、過去や未来の広範囲をカバーしていても、 そのうち正しい値を出力できるのはごく一部の時期に限られているようです。 特に天保暦の計算規則に日付を当てはめているだけのような実装は、 過去に実施された暦と多くの年でずれが生じています。 計算式のみで旧暦とグレゴリオ暦の変換を行うのは不可能です。

[114] 古代の日付は研究者間でも議論があり、日本暦日原典だけでも版によって異なる箇所があります。 それを引用または孫引きした対照表や変換ソフトウェア、あるいはそれ以外の研究成果から訂正を加えたものなど様々なバリエーションが存在しています。現状では古代の日付の変換は信頼できるものと考えない方が良いでしょう。

[116] 近世の暦は当時のものが現存することもあり、どの対照表も同じ値になっているようです。 江戸時代最初期までは地方の暦が異なることがあったようですが、 いずれも京暦を採用することで一致しているようです。

[115] 明治6年の改暦後しばらくして旧暦の併記も廃止されているものの、 その後の日付はほとんどの対照表で値が一致しているようです。 旧暦2033年問題も、閏11月を置き他は順に配置することでほぼ一致しています。

[112] 表によって西暦先発グレゴリオ暦で表記しているものとユリウス暦で表記しているものがあり、 注意が必要です。

[172] 閏月と通常の月を区別しない杜撰な対応表もあるので、注意が必要です。

中国暦との差異

[140] 日本の旧暦は中国の暦を輸入したものでしたが、日本本土 (琉球を除く。) の暦は中国での計算方法の改訂に時折追随しつつ、 日本での観測結果に基づき独自に計算したものですから、 中国の暦とは一致しないこともありました。

[142] 明治22年/1889年 (日本は改暦後) の官報は、 国の暦と日本の陰暦が異なる旨の注意を促しています >>141

東京天文台と清国順天府観象台の経度が23度17分異なっていました >>141

[45] >>44 によると、近年でも中国の農暦と日本の旧暦が異なることに気付かずに中国の旧暦を日本で出版することがあるようで、注意が必要です。

[261] 農暦が記載された外国で入手して日本で使っている人もいます >>260 が、差異に気づいているのかどうかは不明です。

[227] なお、越南旧暦も中国式太陰太陽暦ですが (越南暦参照)、 計算上の時差により、やはり農暦旧暦と日付が異なることがあります。

[260] MITの暦 - 台湾沖縄透かし彫り ( 版) http://taiwanokinawa.hatenablog.com/entry/2015/12/31/100436

このところ、翌年の暦が売り出されるタイミングで台湾を訪れるチャンスに恵まれていて、MIT(made in Taiwan)の暦を手に入れることができている。日本など海外から入ってくる暦もまだまだ多いが、台湾製の暦も増えているように思う。

暦を選ぶときのポイントは第一に、旧暦(農暦)が刷ってあること。旧暦で行事が行われている沖縄では、旧暦がないと生活リズムをつくることができない。先日、台南の林百貨で暦を選んだときは、店員さんにわざわざ中を開けてもらい、確認してから購入した。

文脈

[230] 現在では旧暦はほとんど使われません。

[231] 現在でも地方により、また行事により、 旧暦によって祭事等の実施の日を決めることがあります。 特に沖縄では旧暦が強く意識されていることが知られています。

[232] 旧暦から求まる六曜を記載するカレンダーも少なくありません。 旧暦日付を併記するカレンダーも珍しくはありません。 結婚式等の日次の決定には六曜が参照されることがよくあります。

[233] 太陽暦より旧暦の方が良いなどと主張する人はあとを絶ちませんが、 あまり合理的な根拠を示している人はいないようです。 実際に太陽暦ではなく旧暦を使っている人がいるのかどうかは大変怪しいです。

[295] ほぼ毎日何らかの旧暦に関するWebページ (季節の話題の記事など) が作られる程度には、 まだ旧暦も関心を持たれています。

作品

[296] 旧暦が話題に登場する作品:

月名

[320] 日本の月名のことを旧暦の月名のような言い方をする人もいます。 しかし日本では昔から月番号が正式な月名であり、 改暦によって月名から月番号に切り替わったわけではありません。 本項の旧暦と直接結びついたものではありません。

日本の月名を参照。

[321] 月遅れのことを旧暦ということがあります。 改暦により行事の日取りが旧暦から月遅れに移行して旧暦に近い時期を保ったことを曖昧に表現したものと思われます。

日界

[15] かつての日本では、 現在とは違って正子 () 以外を日界の境界とする風習があり、 それを指して旧暦と呼ぶことがあります。

[80] 古いという意味で確かに旧暦といえなくもありませんが、 現在日本で一般にいう旧暦、 すなわち本項にある明治の改暦以前のという意味の旧暦としては、 日界は昔から正子だったので、 そうでない日界旧暦ではありません・

メモ

[4] 国立天文台 | 質問3-5)「旧暦」は現在の暦より季節に合っているの? ( ( 版)) http://www.nao.ac.jp/faq/a0305.html

[7] Wikipedia:表記ガイド - Wikipedia ( ( 版)) http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E8%A1%A8%E8%A8%98%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%83%89#.E5.B9.B4.E6.9C.88.E6.97.A5.E3.83.BB.E6.99.82.E9.96.93

[10] 和暦(宣明暦)について 【OKWave】 ( ( 版)) http://okwave.jp/qa/q3758502.html

[11] 幕末期の暦と時刻の違いによる混乱 - かつて日本は美しかった ( ( 版)) http://d.hatena.ne.jp/jjtaro_maru/20130104/1357288107

[12] 暦Wiki/歴史 - 国立天文台暦計算室 ( ( 版)) http://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/CEF2BBCB.html

[43] 正倉院文書調査 syoho15-saiho ( ( 版)) http://www.hi.u-tokyo.ac.jp/publication/syoho/15/saiho_shousouin%20monjo.html

[57] 鎌倉時代の暦日変更 ( ( 版)) http://www.asahi-net.or.jp/~jc1y-ishr/Kyuureki/Kamakura_Rekijitsuhenkou2.html

[99] 新暦と旧暦を対照できる資料を調べる | 調べ方案内 | 国立国会図書館 ( ( 版)) https://rnavi.ndl.go.jp/research_guide/entry/theme-honbun-400108.php

[100] 公卿類別譜(公家の歴史)-和暦・西暦対照表〔インデックス〕 ( ( 版)) http://park.geocities.jp/okugesan_com2/

[101] 月の大小 - CyberLibrarian ( ( 版)) http://www.asahi-net.or.jp/~ax2s-kmtn/ref/month_ls.html

[102] 西暦・和暦対照表 - CyberLibrarian ( ( 版)) http://www.asahi-net.or.jp/~ax2s-kmtn/ref/year_jw.html

[103] 「和暦-西暦変換」エクセルの詳細情報 : Vector ソフトを探す! ( ( 版)) http://www.vector.co.jp/soft/winnt/edu/se497750.html

[104] ( ( 版)) http://www.media.saigaku.ac.jp/bulletin/pdf/vol1/human/08_yuasa.pdf

[105] ( ( 版)) http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/metadb/up/kiyo/AN10113157/nk_19_37.pdf

旧暦

[122] 公卿類別譜(公家の歴史)-和暦・西暦対照表〔インデックス〕 ( 版) http://park.geocities.jp/okugesan_com2/

本表とウィキペディアの相違箇所。

延暦9年2月・3月

延暦10年4月・5月

大同2年9月・10月

弘仁元年10月・11月

弘仁9年4月・5月

弘仁14年9月・10月

[159] お盆 - Wikipedia ( 版) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E7%9B%86

太陰太陽暦である和暦(天保暦など旧暦という)

[160] 日中暦日相違、「後の月」考 ( 版) http://www.asahi-net.or.jp/~jc1y-ishr/Kyuureki/RekijitsuSoui.html

[161] 江戸時代暦復元プロジェクト:貞享暦~天保暦 ( 版) http://www.asahi-net.or.jp/~jc1y-ishr/Kyuureki/EdoCalendar/

[162] 旧暦/グレゴリオ暦対照表 ( 版) http://www.asahi-net.or.jp/~jc1y-ishr/Kyuureki/

[163] 琉球王朝の頃、どのような暦を使っていたか知る手掛かりとなる資料があるか。また、その暦は薩摩藩と関係が... | レファレンス協同データベース (国立国会図書館 著, 版) http://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000085357

上記資料から、沖縄の暦は進貢していた中国との関連が深いことがわかる。例えば、1465年琉球で初めて暦を作成した金鏘や、1674年暦を作成し広めた楊春栄は中国で暦法を学び、暦官として造暦を司っている。但し、第一尚氏王統時代には薩摩の侵攻と明清交代期であった影響で、和暦も使われたとの記述もある。また薩摩の侵攻後は琉球・薩摩両者の間で暦の併用、交換を行っていたことが当時の史料から確認できる。

1663年清の公暦である「時憲暦」を国内で刊行、1718年には「時憲暦」を沖縄に合わせて修改した暦「撰日通書」が作成され、一般に用いられたとされる。その他、民間で作られた暦として「選吉必鑑」や「選日宝鑑」、「廸吉全書」などがある。

[164] ( 版) http://www1.cts.ne.jp/~koyomi/kikou2-20.html

〈中国暦の流通〉沖縄は明・清両王朝の正朔を受けるという冊封(さくふう)関係にあり、福建省まで

暦を受取りに行って毎年100部の暦が授けられた。しかし、年内未着の場合に備えて独自の「琉

球暦」を造暦し、康熙57年(1718)には『選日通書』(「通書」は雑書と同じ意味)と改名した。これを可

能にしたのは、清の頃に何年か先までの暦を記した官撰の「万年暦」が刊行されていたためでる。

〈砂川(うるか)暦〉これは宮古島城辺町(宮古島市)砂川地区で使用された暦。流刑地であった宮古

島に流されてきた知識人などの協力もあって、幕末以来、近年までおよそ100年続いた。現在は

神宮館の暦を用いている。

[165] ( 版) http://www.chikyu.ac.jp/sociosys/PDF/okamoto-repo-2006.pdf

史料4:原田禹雄訳注『周煌 琉球国志略』巻四下、節令

『隋書』に、「月のみちかけを眺めて、時節を数え、草が茂り枯れるのをうかがって、一年とする」

と、ある。思うに、これはすべて、まだ中国と通じなかった昔のことにすぎない。現在は、代々(中国

皇帝より毎年頒賜される)暦に謹んで従い奉っている。(琉球の)貢使が北京に着くと、必ず往って時

憲書を賜って、それを奉持して帰国する。そして、琉球国内では、特に通事官を置き、あらかじめ『万

年暦』によって、推算応用する《(暦の)書面には、「琉球国の司憲書官は、謹んで教礼に従い、選日通

書を印刷製造して、仮に国内に施行させ、(中国の)天朝が(時)憲書を頒賜あそばされるのを、お待

ち申し上げるものである。頒賜された(時)憲書が、わが国に到着次第、国をあげて、すべて(時)憲

書を用い、ともに一王(皇帝)の正朔(暦)に、謹んで従い奉ることができるのである。これぞ、千億

万年も王(皇帝)の導きと、教化を尊ぶという意味なのである」と、書かれている》。

[166] 改暦 - Wikipedia ( 版) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%B9%E6%9A%A6

貞観4年(862年)から採用された宣明暦は最終的には貞享元年(1684年)まで、823年間の長きに亙って使用されることとなったが、その間に本来の暦算結果によって編纂された暦に対して、月の大小や閏月の配置を変更することで意図的に暦の日付や干支を変えることが行われた。こうした変更のことも「改暦」と称した(ただし、宣明暦の前の大衍暦時代にも1度だけ改暦が行われている)。そのため、今日において暦法の正規の計算方法に従って過去の暦日を算出した場合においても、意図的な「改暦」によって実際に実施された暦と違う場合がある。それどころか、暦の頒布が完了した後で「改暦」が行われたために、現存する暦の日付と実際に行われた暦の日付が異なるという事態も発生し得た。

[167] 改暦 - Wikipedia ( 版) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%B9%E6%9A%A6

信長は陰陽頭土御門久脩を安土に呼び出して尾張の業者と論争をさせたところ決着が付かず、最終的に信長の判断で閏月を12月に置くように決定して朝廷に要望を行った。信長はその後、近衛前久を通じて朝廷との調整に当たらせていたが、毛利輝元討伐のために上洛した6月1日(6月20日)に再度この話を公家衆に持ち出した。このため、勧修寺晴豊は日記に「無理なる事と、各申すことなり」と記している。翌日、本能寺の変が発生して信長は横死したこともあり、この件は有耶無耶のうちに終わった。だが、このために三島暦を用いていた北条氏や上杉氏、里見氏などでは京都とは違う閏月を採用したため混乱が生じ、特に信濃国では北部の真田氏・蘆田氏が三島暦を、南部の諏訪氏・小笠原氏が京暦を採用したために、同じ令制国内で2つの月が存在するという異常事態となった。

[168] 薩摩暦 ( 版) http://www.uchiyama.info/oriori/shiseki/playback/koyomi/

薩摩暦では中世以来、独自の暦を作ってきたと言われているが、この貞亭改暦以降、幕府の天文方に藩士を派遣して天文暦学を学ばせた。

薩摩の開明政策を推し進めた島津家第25代島津重豪は、安永8年(1779)、天文観測所である「明時館」を創設した。ここでは、渾天儀、枢星鏡、ゾンガラス(サングラス)などを使って天文観測が行われ、薩摩ではその成果をもとに独自の「薩摩暦」を作成しており、幕府から特別に藩内の暦を作ることを許されていた唯一の藩でもあった。なお、いつ幕府の許可を得て、いつから藩内の作暦を始めたかについては諸説がある。

[169] 旧暦の仕組み ( 版) http://homepage2.nifty.com/o-tajima/rekidaso/calendar.htm

[170] 暦API ~ 旧暦、六曜を取得できるAPIを無料で提供しています。 ~ ( 版) http://koyomi.zing2.org/

[335] 変換結果を見ると中身は qreki の模様。

[171] 和暦から西暦変換(年間朔日) - 高精度計算サイト ( 版) http://keisan.casio.jp/exec/system/1239884744

[174] 三正綜覧も良いけど… - 衒学屋のブログ -Gengakuya's Web Log- ( 版) http://pedantry.hatenablog.jp/entry/2012/09/27/000000

福尾正彦陵墓調査官によると、聖武天皇の業績を調べるうち、命日の「天平勝宝八年五月二日」は太陽暦で「七五六年六月八日」に当たるのに、同庁の資料には一日早い「七五六年六月七日」と間違って記載しているのに気付いた。歴代天皇の命日を再計算したところ、後嵯峨天皇の「文永九年二月十七日」も、一日遅い「一二七二年三月二十五日」となっていた。

換算過程を示す記録はなかったが、一八八〇年に内務省が発行した旧暦と新暦の対照表「三正綜覧(さんせいそうらん)」で計算したところ、やはり一日ずつずれた。「三正綜覧には天平勝宝八年四月が小の月(二十九日)、同年五月は大の月(三十日)とあるが、実際は逆で、聖武天皇の命日が一日ずれる。三正綜覧の基になった改暦当時の対照表に間違いがあり、そのまま引き継がれたのだろう。新暦と旧暦の換算は難解で、むしろ計算機がない時代に二つしか誤りがないことに驚いた」と福尾調査官。

[177] 『看聞御記』に見えた新月の観測と 『三正綜覧』の1誤謬 (小川清彦著、 版) http://fomalhautpsa.sakura.ne.jp/Science/OgawaKiyohiko/sanseisoran.pdf

これは永享 5 年 (1433)8 月の大小 2) を論じたもので

あるが『三正綜覧 3)』によると 8 月は大である。この事を頭に入れておいて文意

を探ってみるとどうしても解釈不可能なのであった。しかるにその後、8 月は小

であったことが確められた。

[178] 日本暦学史案内 ( 版) http://www.asj.or.jp/geppou/archive_open/1981/pdf/19810105.pdf

[179] 日付と干支の問題 ( 版) http://repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/24451/KJ00005088683.pdf

[180] 和銅年間における日唐の暦日の相違 ( 版) http://optik2.mtk.nao.ac.jp/~somamt/gendai3/094-099MWatanabe.pdf

[181] 守常ブログ データー集 ( 版) http://www.u4ren6.com/Moritsune/Moritsune.html

岡田芳朗教授は、三代将軍徳川家光が、将軍宣下の御礼のために上洛したとき、関東と関西とで日付が一日違っていて大騒ぎになったという話(『陰暦と日本人』実業之日本社刊1978)を記るしている。家光が将軍になったのは元和九年(1623)七月で、幕府は八月に御料一万石を奉っているから、この頃のことと思うが『徳川実紀』にも出ていないので私はこの話を知らない

[182] 日本書紀朔日考 ( 版) http://www.u4ren6.com/Moritsune/Moritsune.html

[186] 『日本書紀』の編纂における暦日の設定 ( 版) http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/15999/20141016124412120581/nk_19_37.pdf

[187] 春秋左氏伝の暦日研究 ( 版) http://wwwd.pikara.ne.jp/tomoro-chan/

なお、本書で

は、ごくまれに(ほとんど参考程度に)「日本書紀暦」というものがでてくるが、これは小川清彦氏の「日本書紀

の暦日について」を参考にして、儀鳳暦をプログラムしたものである。置閏を12月に固定しない点を除けば、夏暦

に近い暦法である。これについては、内田正男『日本書紀暦日原典』(雄山閣)に詳細な記述がある。

[188] 日本書紀の暦日について (小川清彦著、 版) http://fomalhautpsa.sakura.ne.jp/Science/OgawaKiyohiko/shoki-rekijyutu.pdf

[189] 日本書紀の暦日の正体 (小川清彦著、 版) http://fomalhautpsa.sakura.ne.jp/Science/OgawaKiyohiko/rekijitu-shotai.pdf

[190] れきちにおける和暦|れきち|歴史|コンテンツ|せんせん (のりひと 著, 版) http://www.sen2.net/contents/history/rekichi/wareki.html

[194] HuTime - 時間基盤情報-暦変換(和暦(明治以降の旧暦)-明治43年~昭和21年) ( 版) http://www.hutime.jp/basicdata/calendar/calendars/OldJapaneseTable03.html

和暦(明治以降の旧暦)を構成するにあたり、官暦に旧暦の掲載がない期間(新暦:明治43年~昭和21年)の旧暦の各月の朔および二十四節季(中気)の日時を新暦で示しています。また、月の大小を示すため、期間の前後(旧暦:明治42年11月および昭和22年1月)についても、併せて掲載しています。原則として官暦に記載されている日時を掲載していますが、色つきの値は、朝鮮総督府観測所編纂『日用便覧』に掲載された値です(官暦に値が掲載されていない期間)。朔と中気が同日となった場合は、前例(官暦に掲載されていた旧暦)にならい、時刻の前後にかかわらず新しい朔望月にその中気を含めます。置閏法(月の配置)は、「天保壬寅元暦」に従っています。

[196] 和暦・西暦対照表〔インデックス〕-公卿類別譜(公家の歴史) ( 版) http://www.geocities.jp/okugesan_com/taishohyo/index.html

2014年10月10日 追記 本サイトの月の大小のデータは、日本暦日原典を基に作成しています。

ウィキペディアの月の大小の値は、日本暦日原典・三正綜覧とは 一致しない部分が数箇所ありました。多くの計算サイトがウィキペディアのデータ(ウィキの元データは、 おそらくは「大日本年表」辻善之助または、「本朝統暦」安藤有益)を元にしているようなので、 計算結果の違いは、自己責任で判断してください。

本表とウィキペディアの相違箇所。

延暦9年2月・3月

延暦10年4月・5月

大同2年9月・10月

弘仁元年10月・11月

弘仁9年4月・5月

弘仁14年9月・10月

[199] 景初 - Wikipedia ( 版) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%99%AF%E5%88%9D

平勢隆郎は、魏書明帝紀には景初改暦時に伴う正月の変更(青龍4年は11月で終わるため)によって本来は存在しない筈の青龍4年12月の記事が実際には存在していることなどを指摘して、景初改暦の際にその暦元として採用された壬辰と同じ辰の年(丙辰)である前年の青龍4年(西暦236年)に遡及させて景初元年としたものの、その後魏晋革命の影響によって元に戻されたために正史の記事に混乱が生じたり、正史に基づけば本来はある筈のない「景初4年」銘の三角縁神獣鏡が存在したりする(同説に基づけば、景初は4年まで存在するため)とした説を唱えている[1]

[200] 中国農暦 chinese calendar 中国万年暦 ( 版) http://www2s.biglobe.ne.jp/~yoss/worldtime/radnelac%20ranul%20esenlhc.html

日本の 旧暦で使っている時間帯は東経135度日本標準時( UTC+9 )、改暦前の天保暦は京都の経度、東経135度

46分、( UTC+9:03 )を使用しているため現行の旧暦とはわずかに異なる。

[201] 旧暦の1700年問題 旧暦の2033年問題を解決するヒントがここにある (Katsuji YAMAMOTO 著, 版) http://homepage2.nifty.com/yamakatsu/cal_kyuureki_1700.html

[202] 和暦西暦変換 - WWW pages by Toshihito Ishida ( 版) http://www.nhao.jp/~ishida/wiki.cgi?page=%CF%C2%CE%F1%C0%BE%CE%F1%CA%D1%B4%B9

もう一つちなみに、Wikipediaの赤穂事件の記述には、対応する西暦の日付としてグレゴリオ暦に改暦した後のことなのに、なぜかユリウス暦の日付が書かれています。

[203] KAKEN - 日本古代の時間制度・観念と初期陰陽道に関する研究(22520700) - 2012年度研究実績報告書 ( 版) https://kaken.nii.ac.jp/d/p/22520700/2012/3/ja.ja.html

[204] KAKEN - 日本古代の時間制度・観念と初期陰陽道に関する研究(22520700) ( 版) https://kaken.nii.ac.jp/d/p/22520700.ja.html

[205] when_exe/calendars.rb at master · suchowan/when_exe ( 版) https://github.com/suchowan/when_exe/blob/master/lib/when_exe/region/japanese/calendars.rb

[206] HuTime - 時間基盤情報-暦変換(和暦(明治以降の旧暦)) ( 版) http://www.hutime.jp/basicdata/calendar/calendars/OldJapanese.html

補助的に、以下の資料も参照しています。

朝鮮總督府觀測所ほか 『日用便覽』 (大正12年(第15次)~昭和19年(第26次))

京都大学附属図書館、国立国会図書館(デジタルコレクション)、National Library of Korea(Digital library)、東京大学柏図書館蔵

[207] HuTime - 時間基盤情報-暦変換(和暦(明治以降の旧暦)-日用便覧について) ( 版) http://www.hutime.jp/basicdata/calendar/calendars/OldJapaneseTable04.html

[208] HuTime - 時間基盤情報-暦変換(和暦(明治以降の旧暦)-日用便覧について) ( 版) http://www.hutime.jp/basicdata/calendar/calendars/OldJapaneseTable04.html

『日用便覧』は、朝鮮総督府観測所(後に朝鮮総督府気象台)が編纂したもので、官暦と同様に毎日の曜日、干支、日出・南中・日入および月出・月入の時刻などが掲載されたものです。官暦では、「明治41年9月30日文部省告示第235号」により、明治43年以降は旧暦の掲載が無くなり、さらに大正12年からは二十四節季の日時も一部しか掲載されなくなります。一方で、日用便覧ではこの期間も二十四節季の日時が掲載され続ました。

[209] 旧正月の日付が違います 中国と日本 - 琉球新報 - 沖縄の新聞、地域のニュース (1997年2月7日 11:30 付け、 版) http://ryukyushimpo.jp/news/prentry-88440.html

過去50年間でこのような食い違いがでたのは、1951年、54年、58年、66年、88年に続いて今年が6回目。

[210] 旧暦と沖縄の年中行事|旧暦と沖縄の年中行事|沖縄観光情報WEBサイトおきなわ物語 ( 版) http://www.okinawastory.jp/special/tokusyu_1002/0600007025.html

本土復帰前に琉球政府によって「新正月一本化」が推奨され、現在沖縄では新正月が主流となっていますが、一方で、神仏への御願のために旧正月と新正月の両方を祝う家庭もあります。

[211] 前川守賢 - Wikipedia ( 版) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%8D%E5%B7%9D%E5%AE%88%E8%B3%A2

前川 守賢(まえかわ しゅけん、1960年1月28日 - )は沖縄民謡歌手である。

父・前川守康(漫談師)の次男として名護の劇場にて生まれる。誕生日が旧正月だったことから、命名まで「元(げん)ちゃん」と呼ばれたが、今なおこの名が愛称として呼び親しまれている。

[215] [無料] 旧暦カレンダー | Android(アンドロイド)情報の総合ポータル - AndroWire ( 版) http://androwire.jp/apps/jp.knz1962.lunarcalendar.app/%E6%97%A7%E6%9A%A6%E3%82%AB%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%BC/

使用しているスマホやタブレットのタイムゾーン設定に従って旧暦を計算していますので、時差の関係で日付けが1日ずれる場合があります。タイムゾーンを日本標準時に設定することで日本の旧暦を知ることができます。

[218] 鹿島暦の籤 suchowan's blog/ウェブリブログ ( 版) http://suchowan.at.webry.info/201504/article_5.html

一番うけたのは細井さんの「鹿島暦では閏月を籤で決めていた」

というエピソード[1]

朔旦冬至後最初の閏月が閏八月[2]になるのを避けるため、他のどの

月を閏にするかを籤で決めたとのこと。

[1] 桃裕行「神託で閏月をきめること」 http://id.ndl.go.jp/bib/687602

[219] (第124号) ~伝統ある奈良の暦~ 南都暦 (平成10年9月1日号)|三島市 ( 版) https://www.city.mishima.shizuoka.jp/ipn000109.html

[220] 国立国会図書館 「日本の暦」―日本全国の地方暦 ( 版) http://www.ndl.go.jp/koyomi/rekishi/03_chihou.html

三島暦は、独自に編暦されたもののようで、京暦との暦日の相違が何度か記録されている。最も古いのは、義堂周信(ぎどうしゅうしん 1325~88)の『空華日工集(くうげにっくしゅう)』の応安7年(1374)3月4日の条に、1日の違いが記されている。

[221] 三島茶碗文化振興会 ( 版) http://www3.tokai.or.jp/mishima-chawan/3.html

古文献中に三嶋暦の名が最初に見えるのは、南北朝時代の禅僧義堂周信(1325~88)の日記『空華日工集』の応安 7年(1374) 3月 4日の条であります。「熱海に浴す、けだし三嶋暦は、この日をもって上巳節[ 3月 3日のこと]となす…」とあります。奇しくもこの記事により、三嶋暦の日付が京暦と相違していることが露呈しております。

[222] 旧暦の仕組み ( 版) http://www.geocities.jp/izumokaegaki/kyuureki/2_nihon.htm

468 応仁2 京暦の作暦が遅れ、南都暦が独自で作暦。両暦の間に1日相違ができる。

[223] ( 版) http://www.d1.dion.ne.jp/~ueharas/seiten/gt39/kyureki6.htm

旧暦を新暦に押し込める方法

[229] 琉球王朝の暦日 suchowan's blog/ウェブリブログ ( 版) http://suchowan.at.webry.info/201410/article_1.html

when.exe では、琉球王の薨去の日付を『コンサイス世界年表』から

とっています。[1]

| 尚真王 大永 6(1526) 12 11 62歳

という具合です。この「大永」は日本の年号です。一方、朔閏表は

島津の薩摩入りまでは中国、以降は日本の朔閏表を用いていました。

今回、確認したところ、もともとの日付は中国暦日で表現されていた

ものを、『コンサイス世界年表』が月と日はそのまま保持して、機械的に

年を中国の年号と年次から日本の年号と年次に置き換えていたことに

気付きました。

[235] 館長連続講演会「暦とくらし-日本編-」 千里ニュータウン+万博+∞…=吹田市立博物館!/ウェブリブログ ( 版) http://sui-haku.at.webry.info/201301/article_6.html

学友の安藤隆雄君が明治改暦の時の旧暦と新暦を持参し、紹介してくれました。旧暦は使われず回収されたため、古本の市場にもあまりでまわっていないそうです。

アルプスの少年

2013/01/20 18:09

琉球王国は日本と中国の年号をつかいわけていたそうです。暦も時憲暦をつかっていました。いまでも旧暦の記載がある『沖縄琉球暦』が重宝がられているようです。

アルプスの少年

2013/01/20 18:20

[236] NAGI-P SOFT: EraConv Information ( 版) http://www.nagi-p.com/v1/ercv.html

[237] 新年快樂!春を迎えに。旧暦で暮らす。 – Hitomi Arai web ( 版) http://hitomiarai.info/2016/02/09/newyear/

以前は、旧暦手帳を3年?いや、4年だな

使っていたこともあります。

今は他の会社でも旧暦手帳が出版されているようだけど

当時はそんな選択肢はなかったんじゃないかな。

私はずっとここのサイトのを使っていました。

バースデームーンのワークショップも受けたことある。

tsukinokoyomi

メインで書かれているのが、旧暦で、右端に新暦(グレゴリオ暦)が書かれているので

よく、仕事の打ち合わせのときに

「みぃさん、それ違いますよ日付!!!」

とか言われていました。

日本にいたときは、家の横で家庭菜園

(といっても100坪もある)をしていたし、

ハーブの採取も暦を確認してから行っていましたから

お月様の運行はやはり気になって、

旧暦にどっぷり浸かっていました。

[239] プロジェクト‐ノート:紀年法 - Wikipedia ( 版) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%AF%E3%83%88%E2%80%90%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88:%E7%B4%80%E5%B9%B4%E6%B3%95

宣徳暦時代には御暦奏の儀が終わった(本来はこれによって来年の暦が確定する)後で物言いがついて改暦(この場合は閏月などの変更)が行われる場合もあり、この場合の宣旨などは現存していない場合も多いために、暦として伝わっている日付の配置と実際の日付の配置が違っていても分からない可能性があるという信じられない事例(というより、最早地雷か?)も存在するために研究されている方も苦労されているようです。

[241] 『続日本紀』淳仁天皇即位前紀の成立段階―暦日の観点から ( 版) http://ci.nii.ac.jp/els/110009557514.pdf?id=ART0010003706&type=pdf&lang=en&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1455284198&cp=

[243] 新聞記事文庫 : 神戸又新日報 1923.3.25 ( 版) http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/ContentViewServlet?METAID=00737729&TYPE=HTML_FILE&POS=1&LANG=null

農商務省は過般の省議で本年以後米穀に余剰を生じ買付の必要ある場合には実収高の発表を俟たずして第二回米収穫予想高に基き買付方針を定め成るべく新米出廻りの期殊に農家が最も資金を要する旧正月前に於て買付に着手する事に決定したと云う(東京電話)

[244] 天正十年改暦問題 - Consume Mind ( 版) http://seesaawiki.jp/consume_mind/d/%C5%B7%C0%B5%BD%BD%C7%AF%B2%FE%CE%F1%CC%E4%C2%EA

[245] ( 版) http://fomalhautpsa.sakura.ne.jp/Science/OgawaKiyohiko/senmyoreki.pdf

『便覧』は『後鳥羽院御集』に「四月十四日庚申御会」とある記録などに拠っ

たもので、これならば 4 月丁未朔となり、5 月も自然丁丑朔となるから、推算と

一致していたわけである。

しか

然るに『皇和通暦』及び『三正綜覧』は『吾妻鏡』に

拠って上の如く決めた。管見によれば、この『吾妻鏡』の暦日は京暦とは別な関

東で造られた暦(三島暦?)に従ったものではなかったろうか(ただしそれはこ

の場合には推算を誤っていた)。『吾妻鏡』の暦日をこの観点から再検討を試みる

のもあながち無用の業ではなかろうと思われる。

応仁 2 年閏 10 月(1468)『碧山日録』に「応仁二年正月十二日癸酉。天文博士

所制之暦 以十月為閏、辺邦所出之暦、以十二月為閏、不知何善、正其真、以為

数也、余以順九逆五之数、校焉、則十月為宜、閏十月一日丁巳、南京暦 奈良

幸徳井 錯失律数、以十二月為閏、不可取焉」とある。こんな判定法を振り回さ

れても迷惑であろうが、当時頒暦が未だ統制されていなかったことを示すものと

してこの記事は頒暦史上有用な参考資料となるものであろう。

応仁 2 年閏 10 月(1468)『碧山日録』に「応仁二年正月十二日癸酉。天文博士

所制之暦 以十月為閏、辺邦所出之暦、以十二月為閏、不知何善、正其真、以為

数也、余以順九逆五之数、校焉、則十月為宜、閏十月一日丁巳、南京暦 奈良

幸徳井 錯失律数、以十二月為閏、不可取焉」とある。こんな判定法を振り回さ

れても迷惑であろうが、当時頒暦が未だ統制されていなかったことを示すものと

してこの記事は頒暦史上有用な参考資料となるものであろう。

[249] 古代日本の曆に就て(10) (S・I 著、 版) http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/168118/1/tnk000236_045.pdf

[250] 古代日本の曆に就て(1) (S・I 著、 版) http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/167940/1/tnk000226_102.pdf

[252] 天保暦 - Wikipedia ( ( 版)) http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E4%BF%9D%E6%9A%A6

[253] suchowan's UniWiki Calendar/When/Exe/暦説明/本編/日本/補足/天保暦置閏法の謎 ( ( 版)) http://hosi.org/u/wiki.cgi?Calendar%2FWhen%2FExe%2F%E6%9A%A6%E8%AA%AC%E6%98%8E%2F%E6%9C%AC%E7%B7%A8%2F%E6%97%A5%E6%9C%AC%2F%E8%A3%9C%E8%B6%B3%2F%E5%A4%A9%E4%BF%9D%E6%9A%A6%E7%BD%AE%E9%96%8F%E6%B3%95%E3%81%AE%E8%AC%8E

[262] 質問3-5)「旧暦」は現在の暦より季節に合っているの? | 国立天文台(NAOJ) ( 版) http://www.nao.ac.jp/faq/a0305.html

[263] 平安時代の信仰と宗教儀礼 - 三橋正 - Google ブックス ( 版) https://books.google.co.jp/books?id=93jj4xf6q94C&lpg=PT572&vq=%E9%95%B7%E6%9A%A6%E4%B8%89%E5%B9%B4%E3%81%AE%E6%9A%A6&hl=ja&pg=PT572#v=snippet&q=%22%E9%95%B7%E6%9A%A6%E4%B8%89%E5%B9%B4%E3%81%AE%E6%9A%A6%22&f=false

春記長暦二年十一月廿七日・十二月一日・十五日・同三年十月一日条、 百錬抄長暦三年五月廿三日条などによれば、 長暦三年の暦について、暦博士賀茂守道のものと宿曜師證昭のものとでは月の大小雑注に違いがあり、 それは両者が共同して暦を作ることをしなくなったためであった。なお、 この前後から後述する日蝕・月蝕の予測についても陰陽道と宿曜道 (及び算道) が異なる勘申をするようになり、対立の構図が明確になっていく。 齋藤勵王朝時代の陰陽道 (日本文化名著選、創元社、一九四七年) 第六章「暦道と暦占と」参照。

[264] Akou-Roushi's Uchiiri is in 1702 or 1703? ( 版) http://nanyanen.jp/history/yeargap.html

[267] 長暦 (暦) - Wikipedia ( 版) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E6%9A%A6_(%E6%9A%A6)

[272] 『日本書紀』 の暦日 ( 版) https://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/15983/20141016124403805074/nk_16_1.pdf

[282] 2016年度旧暦勉強会<大阪会場>ご案内 | NPO法人 南太平洋協会 ( ()) http://aspa-osaka.com/info/1372

講師:松村賢治氏(当会理事長・建築家・「旧暦と暮らす」著者)

会費:ASPA会員とその家族→無料、ASPA旧暦愛用者→500円一般→1000円(テキスト代)

*参加者の方には、ASPA2016年度版旧暦カレンダー1Pプレゼント!

[283] おりおりに和暦のあるくらし | 旧暦くらし研究会, RARI YOSHIO | 本 | Amazon.co.jp ( ()) http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/404853792X/wakaba1-22/

[284] 地方の神社の氏子ですが、神社祭礼をこれまで旧暦で催行していました... - Yahoo!知恵袋 () http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14160995114

地方の神社の氏子ですが、神社祭礼をこれまで旧暦で催行していましたが、現代に合わなくなり新暦(土日催行)に改めようとしています。

春祭りは移動しましたが、春祭りと一緒にやっていた祈年祭は変更できないと宮司に言われ、現在同時期に二つの祭りを別々の日に催行するに至ってしまいました。

[285] Windows 10 Mobileの「Outlook カレンダー」なら簡単に旧暦や六曜、干支を確認できる - マルわかり!Windows 10 Mobileガイド - 窓の杜 (株式会社インプレス著, ) http://forest.watch.impress.co.jp/docs/serial/w10mguide/1010387.html

「Outlook カレンダー」には、日々のスケジュールとは別に情報を追加する“その他のカレンダー”機能が用意されている。例えば英語用なら“グレゴリオ暦”や“イスラム暦”、日本語用なら“旧暦”“六曜”“干支”の3種類が追加可能だ。

[288] 「MY三嶋暦」児童が制作 三島・北上小で講座|静岡新聞アットエス () http://www.at-s.com/news/article/local/east/279287.html

三島市立北上小の6年生71人は6日、かつて三島で製造されていた「三嶋暦」の出前講座を受講した。仮名文字で刷られた暦としては日本最古とされる三嶋暦に理解を深め、身近な自然の移ろいを書き加えた「MY三嶋暦」を制作した。

三嶋暦の伝承に取り組む三嶋暦の会と市主催の三島若者元気塾のメンバー8人が講師を務め、暦の仕組みに加えて三嶋暦が源頼朝や徳川家康らに重宝された歴史などを解説した。旧暦や新暦、月の満ち欠けなどが書かれたMY三嶋暦を手にした児童は、5日ごとの「七十二候」の9月の欄に「風が涼しくなった」「コオロギの鳴き声が聞こえはじめた」などの感想を思い思いに絵で表現した。

[291] 暦制史 - Uyopedia () http://uyopedia.a.freewiki.in/index.php/%E6%9A%A6%E5%88%B6%E5%8F%B2

[292] 樺太日記162:1912年11月10日大正二年の暦の特徴は?: てんき屋の風船な日々 () http://ezo-engosaku.seesaa.net/article/399165983.html

1912年(大正元年)11月10日 樺太日日新聞

●大正二年の新暦が頒布さる

大正二年の暦は例年の如く 十一月一日 伊勢の神宮神部署から宮中へ献本の上 一般に頒布された

先づ変更された大祭祝日は何んな風に暦に載って居るかと見るに 表紙や表題には『大正二年暦』又は『大正二年略暦平年 癸丑』と立派に出ているが 何しろ百九十万といふ印刷部数である為 大祭祝日の変更勅令の発布になった九月四日には既に七分通印刷した時であったから 休日表には今年と同じく元の儘で出て居て 別に『印刷改訂』の貼紙がしてある

[297] ●佐野乾山に関する真贋論争 ( ()) http://homepage2.nifty.com/hokusai/sano/ronsou.htm

当時は旧暦なのにいたるところに太陽暦が出てくる。たとえば「元文初夏六月」の一節、初夏とは旧暦四月の別名である。はっきり「六月」と書いた一枚にアジサイとツバメの絵があり”初夏の水面にうつすあで姿いろとりどりにきそうあじさい”の歌がある。これは太陽暦を読んでいる。

[306] 厄払いの時期は旧暦に則り1月28日以降にしたほうがいい (NEWS ポストセブン) - Yahoo!ニュース () http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20161219-00000006-pseven-life

日常生活と違い、神事は今も旧暦で行なわれる。日常生活では新暦1月1日が正月で、その日に神社に参拝することが初詣となるが、旧暦の2017年の正月は新暦の1月28日。だから、その日にお参りすれば本当の初詣をしたことになる。

初詣はまだしも厄祓いは旧暦に則った方がいい。厄年は数え年で数えるので、誕生日ではなく、年の始めから厄年に入る。1月28日以降に厄払いをしよう。

[307] 沖縄自慢 第一牧志公設市場 公式サイト () http://kousetsu-ichiba.com/

■休日

毎月第4日曜日

(12月は除く)

正月:1月1日、2日、3日

旧正月:旧暦1月1日、2日

旧盆:旧暦7月16日、17日

[308] 生活には旧暦が色濃く残る。ウミンチュの町 | 沖縄本島・南部の暮らし () http://ambialetmusic.com/life/

月の満ち欠けで一年を過ごし、潮の満ち引きで海の状況を判断し漁に出るウミンチュたちの存在が大きい糸満では、新正月より旧正月を盛大に祝う地域が少なくない。もちろん新正月も祝うので子どもたちは、2回もお年玉が貰えると大喜びだ。旧正月だけでなく、糸満バーレー、糸満大綱引などの祭りも旧暦で行われる。

この日は糸満市だけ学校も半ドンになり、旧暦文化を子どもの頃から体験させられるのだ。

[309] 今日は節分! ~旧暦の大晦日です~│プロサポート-スタッフ日記- () http://prosupport.gunmablog.net/e379602.html

[310] 二十四節気「立春」。今年も春は着実に近づいて 〈tenki.jp〉|dot.ドット 朝日新聞出版 () https://dot.asahi.com/tenkijp/suppl/2017020400014.html

春が立つと書いて「立春」。旧暦ではこの日が一年の始めとされ、八十八夜や土用など、雑節の基準日にもなっています。

まさに春到来の予兆が感じられるような二十四節気「立春」を迎えました。暦便覧には「春の気立つをもってなり」と記され、天文学的には太陽が黄経315度の点を通過するとき。旧暦の新年もちょうどこのころで、立春に最も近い新月の日となります。

[311] 同じ文章で何の断りもなく2つの異なる説明が混在しているが、朝日新聞は校正とかしてないのか?

[312] 未依のブログ: 旧暦の新年のはじまり () http://mii315.blogspot.jp/2017/02/blog-post_4.html

2017年2月4日土曜日

旧暦の新年のはじまり

まだ去年の運気なのよ。

とご説明していましたが

旧暦では

2017年にようやく突入しました。

占いの上での2017年は本日が

スタートです。

[315] 小渋川 - Wikipedia () https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%B8%8B%E5%B7%9D#cite_note-17

文献によっては単に「7月」ではなく「旧暦7月」とするものもある。『小渋川水系に生きる -人と水と土と木と-』では「明治31年7月(旧暦)」としたうえで、7月21日の夜に山抜けが起きたとしている[5]。ここでは新旧には触れず、単に「7月」とした。

[316] 明治31年にもなっての出来事なのに旧暦新暦かわからないとは、 地方の住民の生活でいかに旧暦が根強く使われ続けていたのかがうかがえます。

[317] タックインでファンタ:旧暦 () http://kiyomiyaoffice.ashita-sanuki.jp/e1001430.html

昭和生活を目指すなら、旧暦でしょ。社会とのつながりも殆どないので、1月ずれても問題なし、季節がずれてる昨今だが、旧暦生活(と言っても何をして良いやら)しましょ。旧暦関連の本をまず読んで、行事を考えて、行動しますお。

[318] まあ昭和といっても長い時代だからいろいろですけど... 旧暦の一掃が進んだ時代ですよね。 なんだかんだでまだ旧暦を使っていた明治時代とは違って、 昭和の人達は生まれたときから新暦がある世代ですし。 ほんとにそれで昭和生活とやらが実現できるんですかねぇ。

[319] グレゴリオ暦 - Wikipedia () https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%82%B4%E3%83%AA%E3%82%AA%E6%9A%A6#.E3.82.B0.E3.83.AC.E3.82.B4.E3.83.AA.E3.82.AA.E6.9A.A6.E5.B0.8E.E5.85.A5.E3.81.AE.E7.B5.8C.E7.B7.AF

2010年(平成22年):(非公式)この年をもって海上保安庁海洋情報部による非公式な新暦旧暦の対照表の公表が終了した(海洋情報部による暦関連の業務は、天測暦他の必要性によるもので、旧海軍水路部の明治以来のものである)。

[322] 「旧暦が試験に出る」:干瀬のまれびとの座 ( ()) http://hisenomarebito.ti-da.net/e9761021.html

過去、何度も今日は旧暦では何月何日かを問う問題を出してきました。

それは、授業中に何度も、旧暦でものを考えることの重要さを説いてきたからです。

今期もそういう話はしてきましたが、毎度おなじみの問題にするかどうかは、別の話(笑)。

ちなみに、また出るかもと学生たちの間に情報が回っているわりには、正答率は高くないのですよね。。。

[323] 旧暦日付を問う試験問題に何の意味があるのだろう。 この書きぶりだと諸条件を与えて計算させる問題というわけではなさそうだが、 だとすると1日限りの知識を暗記させる問題か。 実際効果が薄いとわかっているのに、 こだわり続ける意図はいったい...

[324] 「京の年中行事」を検討 京都市選定の「無形文化遺産」 : 京都新聞 (京都新聞著, ) http://www.kyoto-np.co.jp/politics/article/20171031000211

審査会では、現在の新暦になった明治の改暦以降、旧暦に基づく年中行事が廃れ、本来の趣旨を理解する人が減っていることが課題に浮かび上がった。委員からは「行事の日時が多少ゆらぐのを容認しないと続いていかないが、本来の姿や意味合いを伝える工夫が必要」との意見が出た。

[325] NengoCalc (Matthias Schemm著, ) http://www.yukikurete.de/nengo_db.htm

[326] Vergleich der Tabellenwerke von Tsuchihashi und Zoellner: () http://www.yukikurete.de/shadows/datenbasis.pdf

[331] Japanese imperial calendar · Issue #560 · MenoData/Time4J () https://github.com/MenoData/Time4J/issues/560

[332] 平安朝『蜻蛉日記』の時間叙述 () https://www.jstage.jst.go.jp/article/timestudies/4/0/4_1/_article/-char/ja

[333] 天正十年改暦問題 - Consume Mind () http://seesaawiki.jp/consume_mind/d/%C5%B7%C0%B5%BD%BD%C7%AF%B2%FE%CE%F1%CC%E4%C2%EA

[343] Kyoto University Research Information Repository: 古き曆の跡を訪ねて : 本邦天文曆學史覺書(1) () https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/handle/2433/168641

[344] Kyoto University Research Information Repository: 古代日本の曆に就て(1) () https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/handle/2433/167940

[345] Kyoto University Research Information Repository: 古代日本の曆に就て(2) () https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/handle/2433/167961

[351] mk-mode SITE : カレンダーCSVデータダウンロード () https://www.mk-mode.com/rails/calendar/csv

[1] 新元号にも対応、ビックカメラの2019年カレンダーが無料配布中 (取材中に見つけた○○なもの) - AKIBA PC Hotline! (株式会社インプレス著, ) https://akiba-pc.watch.impress.co.jp/docs/wakiba/find/1153884.html

新たに旧暦表示も追加されています。

[30] 我が青春の北朝鮮 (茨城県 田所喜美 ) http://www.heiwakinen.jp/shiryokan/heiwa/19hikiage/H_19_301_1.pdf

私は、昭和三(一九二八)年の旧暦一月二十四日に、茨城県土浦市の在の大字毛野の母の遠縁の産婆の家で生まれた。新暦では、恐らく二月末か三月の初めであろうか。役場への出生届は三月二十七日生まれとなっているが、本当の誕生日では

ない。高島易断所総本部編纂の「昭和三年家庭暦」を見れば、正しい誕生日が分かるのだが、いまだその機会がない。

[56] 旧暦の日付が違う?(2001年の騒動)(No.0150) (M.Suzuki著, ) http://koyomi.vis.ne.jp/reki_doc/doc_0150.htm