日本の標準時

日本の標準時

[48] 現在日本国では、全国UTC よりも9時間進んだ時刻 (中央標準時 +09:00) を用いています。一般にこれが日本標準時 (JST) といわれています。

呼称

[49] 日本国で用いられている UTC よりも9時間進んだ (+09:00) 時間帯 (タイムゾーン) (>>6) は、 法令上は中央標準時と呼ばれています >>8

[29] 一般的にはこの時間帯は次に示す様々な名称で呼ばれています。

[975] 中央標準時の呼称
[181] 東京時間東京標準時というと、現在では中央標準時のことを指すのが普通ですが、 明治時代東京時といえば東京地方時を指していました。

[1001]日本」は、現代日本においては「にほん」とも「にっぽん」 とも読まれます。日本標準時日本時間の「日本」については、 「にほん」と読むのが優勢であるように感じられます。

[1003] 「にほん」標準時、「にほん」時間
[1014] 「にっぽん」標準時、「にっぽん」時間
[1013] 「にほん」標準時と「にっぽん」標準時の併記

[1010] Wikipedia の「日本標準時子午線」の記事は、 当初「にっぽん」としていましたが、 明石市立天文科学館の文書 (『「子午線のまち・明石について」考えよう!』(副教材)、明石市立天文科学館、2009年) を出典に「にほん」に変更されました >>1011

[1019] 大東亜戦争時代のシンガポール (大日本帝国南方占領地昭南特別市) では、英語日本Japan ではなく Nippon と表記していました。当時の新聞には「Nippon standard time」や「Nippon time」 のような表現が見られました >>1020, >>1021


[51] tzdata (とそれを採用する多くの OSプログラミング言語など) では、 Asia/Tokyo という識別子が割り当てられています >>159

[245] ただしこの識別子は、過去に実施された夏時刻制 (>>11) や標準時実施以前の東京地方時も含んだものですから、 厳密には「中央標準時」とは異なります。

[191] 時間帯を選択させるソフトウェアUI などでは、 「東京」、「東京大阪」、「東京ソウル」、 「東京 (標準時)」などと表記されることがあります。

[193] 歴史的経緯を無視すれば日本標準時韓国標準時などと同じですが、 ひとまとめにすると政治的に問題視されることもあり >>192、取り扱い注意です。

変遷の概略

[473]

t
時期
石垣
石垣
那覇
那覇
長崎
長崎
竹島
竹島
大阪
大阪
京都
京都
小笠原
小笠原
南鳥島
南鳥島
東京
東京
岳温泉
岳温泉
札幌
札幌
豊原
南樺太
択捉
北方四島
千島
その他の千島国
t
東京
+09:19:01
京都
+09:03
t
東京
+09:19:00.5
京都
+09:03
大阪
+09:01:55
t
東京
+09:19:00.5
京都
+09:03
札幌
+09:25:31
大阪
+09:01:55
t
東京
+09:19:00.5
京都
+09:03
札幌
+09:25:31
大阪
+09:01:55
長崎
+08:39:29
t
東京
+09:19:01.13
京都
+09:03
札幌
+09:25:31
長崎
+08:39:29
大阪
+09:01:55
t
石垣
+09:00
那覇
+09:00
京都
+09:00
東京
+09:00
択捉
+09:00
千島
+09:00
小笠原
+09:00
札幌
+09:00
岳温泉
+09:00
長崎
+09:00
大阪
+09:00
t
石垣
+08:00
那覇
+09:00
京都
+09:00
東京
+09:00
択捉
+09:00
千島
+09:00
小笠原
+09:00
南鳥島
+09:00 ( 編入)
岳温泉
+09:00
札幌
+09:00
長崎
+09:00
大阪
+09:00
t
石垣
+08:00
那覇
+09:00
京都
+09:00
東京
+09:00
択捉
+09:00
豊原
+09:00
千島
+09:00
小笠原
+09:00
南鳥島
+09:00
札幌
+09:00
岳温泉
+09:00
長崎
+09:00
大阪
+09:00
竹島
+09:00 ( 確定)
t
石垣
+09:00
那覇
+09:00
京都
+09:00
東京
+09:00
択捉
+09:00
豊原
+09:00
千島
+09:00
小笠原
+09:00
南鳥島
+09:00
札幌
+09:00
岳温泉
+09:00
長崎
+09:00
大阪
+09:00
竹島
+09:00
t
石垣
+09:00+10:00
那覇
+09:00+10:00
京都
+10:00
東京
+10:00
札幌
+10:00
岳温泉
+10:00
長崎
+10:00
大阪
+10:00
t
石垣
+09:00+10:00
那覇
+09:00+10:00
京都
+09:00
東京
+09:00
岳温泉
+09:00
札幌
+09:00
長崎
+09:00
大阪
+09:00
t
石垣
+09:00+10:00
那覇
+09:00+10:00
京都
+10:00
東京
+10:00
岳温泉
+10:00
札幌
+10:00
長崎
+10:00
大阪
+10:00
t
石垣
+09:00+10:00
那覇
+09:00+10:00
京都
+09:00
東京
+09:00
岳温泉
+09:00
札幌
+09:00
長崎
+09:00
大阪
+09:00
t
石垣
+09:00+10:00
那覇
+09:00+10:00
京都
+10:00
東京
+10:00
岳温泉
+10:00
札幌
+10:00
長崎
+10:00
大阪
+10:00
t
石垣
+09:00+10:00
那覇
+09:00+10:00
京都
+09:00
東京
+09:00
岳温泉
+09:00
札幌
+09:00
長崎
+09:00
大阪
+09:00
t
石垣
+09:00+10:00
那覇
+09:00+10:00
京都
+10:00
東京
+10:00
札幌
+10:00
岳温泉
+10:00
長崎
+10:00
大阪
+10:00
t
石垣
+09:00+10:00
那覇
+09:00+10:00
京都
+09:00
東京
+09:00
岳温泉
+09:00
札幌
+09:00
長崎
+09:00
大阪
+09:00
t
石垣
+09:00
那覇
+09:00
京都
+09:00
東京
+09:00
岳温泉
+09:00
札幌
+09:00
長崎
+09:00
大阪
+09:00
竹島
+09:00
南鳥島
+11:00
t
石垣
+09:00
那覇
+09:00
京都
+09:00
東京
+09:00
岳温泉
+09:00
札幌
+09:00
長崎
+09:00
大阪
+09:00
竹島
+08:30
南鳥島
+11:00
t
石垣
+09:00
那覇
+09:00
京都
+09:00
東京
+09:00
岳温泉
+09:00
札幌
+09:00
長崎
+09:00
大阪
+09:00
竹島
+08:30+09:30
南鳥島
+11:00
t
石垣
+09:00
那覇
+09:00
京都
+09:00
東京
+09:00
札幌
+09:00
岳温泉
+09:00
長崎
+09:00
大阪
+09:00
竹島
+08:30
南鳥島
+11:00
t
石垣
+09:00
那覇
+09:00
京都
+09:00
東京
+09:00
岳温泉
+09:00
札幌
+09:00
長崎
+09:00
大阪
+09:00
竹島
+09:00
南鳥島
+11:00
t
石垣
+09:00
那覇
+09:00
京都
+09:00
東京
+09:00
小笠原
+09:00
南鳥島
+09:00, +10:00, +11:00
岳温泉
+09:00
札幌
+09:00
長崎
+09:00
大阪
+09:00
竹島
+09:00
t
石垣
+09:00
那覇
+09:00
京都
+09:00
東京
+09:00
小笠原
+09:00
南鳥島
+09:00, +10:00, +11:00
岳温泉
+09:00, +08:00
札幌
+09:00
長崎
+09:00
大阪
+09:00
竹島
+09:00
t
石垣
+09:00
那覇
+09:00
京都
+09:00
東京
+09:00
小笠原
+09:00
南鳥島
+09:00, +10:00, +11:00
岳温泉
+09:00, +08:00
札幌
+09:00
長崎
+09:00
大阪
+09:00
竹島
+10:00
t
石垣
+09:00
那覇
+09:00
京都
+09:00
東京
+09:00
小笠原
+09:00
南鳥島
+09:00, +10:00, +11:00
岳温泉
+09:00, +08:00
札幌
+09:00
長崎
+09:00
大阪
+09:00
竹島
+09:00
t
石垣
+09:00
那覇
+09:00
京都
+09:00
東京
+09:00
小笠原
+09:00
南鳥島
+09:00, +10:00, +11:00
岳温泉
+09:00, +08:00
札幌
+09:00
長崎
+09:00
大阪
+09:00
竹島
+10:00
t
石垣
+09:00
那覇
+09:00
京都
+09:00
東京
+09:00
小笠原
+09:00
南鳥島
+09:00, +10:00, +11:00
岳温泉
+09:00, +08:00
札幌
+09:00
長崎
+09:00
大阪
+09:00
竹島
+09:00
t
石垣
+09:00
那覇
+09:00
京都
+09:00
東京
+09:00
小笠原
+09:00
南鳥島
+09:00
岳温泉
+09:00, +08:00
札幌
+09:00
長崎
+09:00
大阪
+09:00
竹島
+09:00
t
石垣
+09:00
那覇
+09:00
京都
+09:00
東京
+09:00
小笠原
+09:00
南鳥島
+09:00
岳温泉
+09:00
札幌
+09:00
長崎
+09:00
大阪
+09:00
竹島
+09:00
t
現所属
石垣
日本国
那覇
日本国
長崎
日本国
大阪
日本国
京都
日本国
小笠原
日本国
南鳥島
日本国
東京
日本国
岳温泉
日本国
札幌
日本国
t
tzdata
東京
Tokyo

中央標準時

[390] 日本中央標準時は、 UTC より時刻です。

[420] 日本明治維新により西洋との交流が盛んになった19世紀末から20世紀の初め頃にかけて、 ちょうど西洋でも交通通信の発達から日時システム (やその他度量衡制度) の国際標準化が進められるようになりました。 日本もそれに合わせて諸制度の改革が行われ、標準時が整備されました。

[6] 明治17年/1884年の本初子午線並計時法万国公会 (国際子午線会議, ワシントン) で英国グリニッジ天文台を基に本初子午線が決定されました。 本初子午線経度計算方及標準時ノ件はこの決定に基づく国内法で、 東経135度子午線の時刻を全国の標準時としました (明治21年/1888年1月1日実施) >>7

[391] この国際会議は、世界の本初子午線を統一し時間の基準を設けることを目的に、 米国大統領が各国代表を招いて開催しました。 日本からは東京大学菊池大麓教授が参加しています。 国内で対応を検討している明治16年の時点で、 グリニッジ子午線が有力候補であることやフレミング氏の時間帯の提案を踏まえて、 (グリニッジ)東経135度の時刻を日本の標準時とする案が出ています。 >>453, >>454, >>389

標準時も参照。

[392] グリニッジ子午線が本初子午線となり、 フレミング案の通り15度ごとに1時間の時差が設けられるとすると、 東経135度子午線が日本のほぼ中央を通ることになります。首都の東京時も標準時となり得ましたが、 東に偏りすぎています。135度子午線なら、千島と沖縄を除き、各地の地方時と30分以内の時差に収まります。 もし本初子午線が他の子午線となっていたら、これほど都合の良い標準時を設定できなかったかもしれません。

[439] 日本標準時の制定は、菊池大麓の他、 中央気象台長だった荒井郁之助の功績も大きかったといいます >>677。 その時期に荒井郁之助らによって日本各地の経度が測量されています。

[17] 勅令上は施行時刻は明記されていません。 しかし宮城旧本丸 >>1103日本各地で標準時施行を知らせるドン (大砲) などの特別時報が発せられており、新時刻 +09:00 におけるの開始が施行の瞬間と理解されていたものと思われます。

[318] tzdataAsia/Tokyo は、 (つまり +09:00 における0時) を境界としています >>159


[58] には標準時ニ関スル件が実施され、 従来の標準時は中央標準時に改称され、新たに西部標準時 (>>9) が導入されました >>8八重山列島宮古列島の標準時がこの時西部標準時に変わっています。

[380] 中央標準時との呼称は、東京大学西部標準時との区別のために提案したものの1つ (もう1つの案は内地標準時) でした (>>366)。

[60] 西部標準時が廃止され、中央標準時に統一されました >>59

[137] 南洋群島の標準時のうち、南洋群島西部標準時は、中央標準時と同じものでした。

[63] 夏時刻については >>11 を参照してください。

[421] 現在は中央標準時日本の唯一の標準時となっています。

[497] 国立国会図書館デジタルコレクション - 官報. 1886年07月13日 (大蔵省印刷局編) <http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2944130/1>

朕本初子午線經度計算方及標準時ノ件ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム

御名 御璽

明治十九年七月十二日

内閣總理大臣伯爵伊藤博文

内務大臣伯爵山縣有朋

陸軍大臣伯爵大山巖

海軍大臣伯爵西郷從道

文部大臣 森有禮

農商務大臣伯爵西郷從道

遞信大臣 榎本武揚

勅令第五十一號

一英國グリニッチ天文臺子午儀ノ中心ヲ經過スル子午線ヲ以テ經度ノ本初子午線トス

一經度ハ本初子午線ヨリ起算シ東西各百八十度ニ至リ東經ヲ正トシ西經ヲ負トス

一明治二十一年一月一日ヨリ東經百三十五度ノ子午線ノ時ヲ以テ本邦一般ノ標準時ト定ム

西部標準時

[9] 西部標準時は、明治29年/1896年1月1日 >>8 から昭和12年/1937年9月30日 >>59 まで、大日本帝国の西部地域で用いられていた標準時です。

[212] 次のように呼ばれることがあります。

[974] 西部標準時の呼称

[62] 東経120度子午線 >>8 の時刻で、 GMT よりも8時間進んでいました (+08:00)。夏時刻制が実施されたことはありません。

[64] 台湾澎湖列島八重山列島宮古列島に適用されていました >>8

[227] 関東州および満鉄附属地でも西部標準時が採用されていました (>>212)。 更に、満州国の標準時支那北京南京上海等を含む地域の標準時とも一致していました。

[586] 西部標準時実施中は沖縄県の区域の中に時間帯の境界があったことになります。 現代からみると不便そうに思えます (実際末期には不便だったようで廃止の理由の1つに挙げられています (大東亜の標準時参照))。 しかし同じ沖縄県とはいえ沖縄諸島先島諸島は距離がありますし、 明治初期には沖縄諸島先島諸島の間に国境を置く案すら清国と交渉が進められていたくらいです。 当時の交通通信の状況や庶民への時計の普及の具合では、 ここに境界線を引くことにそこまで大きな障害は無かったのでしょう。


[366] 帝国大学総長の濱尾新理科大学の協議をまとめ西園寺公望文部大臣に提出、 伊藤博文台湾事務局総裁に送付された文書は、次のように述べていました >>228

[381] 初代理科大学長だった菊池大麓に退き、 かわって山川健次郎理科大学長をつとめていました。 (山川は天文学者ではなく物理学者であり、議論に参加したかは不明。)

[378] 本案は台湾事務局委員の賛同を得て 勅令案が内閣総理大臣に提出され、 裁可されました >>228

[379] 当初勅令案には 「朝鮮王國所在ノ帝國諸官衙ノ標準時ハ西部標準時ニ依ル」 ともありました。しかし内地朝鮮国駐在官との連絡は便利になるとはいっても、 朝鮮国標準時となるわけではないので、 時期尚早であると台湾事務局で判断され、削除されました >>228


[588] 那覇で出版された八重山諸島に関する本は、 当時の諸島の様子を詳細に説明しているにも関わらず、時差時計への言及が一切ありません。 大正時代であっても、著者が島内で時刻について特筆するべきことを見出さなかったということになります。


[65] には西部標準時 +08:00 が廃止され、 旧西部標準時地域には中央標準時 +09:00 が適用されました。をもって とされました >>101

[98] 中央標準時への統合は、国内の時差の不便を解消することを目的としていました。 同時期に南洋群島満州国でも時差の解消が進められていました。

[499] 日本軍台湾駐在部隊は標準時改正に先立つ 中央標準時 +09:00 に移行していました >>498


[106] 大東亜戦争終戦後のには、 台湾総督府により台湾の標準時西部標準時 +08:00 に戻されています (>>103)。

この時標準時が改められたのは、台湾総督府管下、 すなわち台湾本島の他に澎湖諸島新南群島を含むと思われます。 台湾の標準時を参照。

[269] Shanks (2003 >>270) はから日本の一部地域を +08:00、それ以外の地域を +09:00 とし、それ以前を地方時としています。 これは最初の(中央)標準時の制定を見落としたもので、誤りです。


[572] に日本で出版された石原昌家 大密貿易の時代: 占領初期沖繩の民衆生活 >>571 は、第二次世界大戦の前に台湾与那国島西部標準時を用いていたとし、 石垣島との間に1時間の時差があったと述べています。 また、当時与那国島では腕時計も普及しておらず、 時差のことを記憶している人は少ないと指摘しています。

[573] 原文未確認ですが、本書が現地住民の証言に基づき執筆されているのであれば (そしてその記憶が正しいなら)、 公式な制度とは異なる実態があった可能性もあります。例えば、 西部標準時廃止前から沖縄諸島寄りの石垣島では中央標準時が非公式に用いられており、 台湾寄りの与那国島では西部標準時が用いられていた、 ほとんどの住民は時計を持たずそのような違いを意識しなかった、 ということもあるかもしれません。

[213] 第二次世界大戦終戦により西部標準時廃止されたとするもの >>397, >>576 もありますが、明確に誤りです。

[519] 1950年代の米国政府の地図を基に作られたのではないかと推測される地図 >>570 では、先島諸島+08:00、それ以外の南西諸島+09:00 で塗られています。

[521] 米国政府時間帯の図では、版から 版まで、 先島諸島 (尖閣諸島を含む。) が +08:00 で着色されていました。 版以降は +09:00 となっています。 >>520 版を元に描かれたという日本地図でも +08:00 になっています >>549

[522] Shanks (1991 >>150, 2003) は、 先島諸島各地を +08:00 としており、標準時改正が無かったものとして扱っています。 (Shanks (2003) では台湾の標準時中央標準時に統一されていないことになっています。)

[149] tzdata は、Shanks を出典に Asia/South_Ryukyu を1896年以来現在に至るまで +08:00 としていましたが、代表都市不明のため注釈にして保留にしていました >>150

[523] その後 tzdata石垣島を代表都市として Asia/Ishigaki という名前でこれを正式な項目としました。 tzdata を採用していた1990年代の OS などでは、これに対応する時間帯south Ryukyu Islands などとして日本本土と別に表示していました。 >>150, >>151

[525] UNIX USER 誌の連載記事ルート訪問記 >>524 を契機に奈良女子大学鴨浩靖 (かもひろやす) らの South Ryukyu Islands調査隊が事情を調査し、 西部標準時の誤伝であると結論付けて同誌上で報告しました >>150tzdata からも (1970年以後が異なる場合のみ収録するとの方針に反するとして) Asia/Ishigaki は削除されました >>150, >>151, >>152, >>526

[590] ブリタニカ百科事典地図は、時点で未だに先島諸島+08:00 に着色しています >>589

[580] 米国統治時代の先島諸島で、 +08:00 の旧西部標準時が復活していた (そして米国政府の地図はそれを反映していた) 可能性も、 無いとは言い切れません。 琉球の夏時刻制の記録が現在ほとんど見られないように、 初期の一時期のみの実施なら、現在それを語る人がいないとしても、不自然ではありません。 しかし、米国の地図以外にこの説を支持する材料はありません。 右側通行から左側通行への切り替えのように沖縄返還時の話題として取り上げられることがないので、 返還当時は既に +09:00 だった可能性が高いです。

[571] 大密貿易の時代: 占領初期沖繩の民衆生活 - 石原昌家 - Google ブックス () <https://books.google.co.jp/books?hl=ja&id=hVNDAQAAIAAJ>

22 ページ

台湾鬵圈內の与冒霸与那国鳥の諸特撖麵戦前、台湾と与那国島とは同一時間だった。 しかし与那国島から石垣島に行く場合は時計の針を一時間早めた。 つまり、与那国—石垣間には一時間の時差があった。両島間の距離は南北一二七キロ にしかすぎず、現在、時差はなくなっているが、台湾と沖縛とには依然、一時間の時差が ある。これは、戦前、与那国島も台湾同様、「西部標準時」を使っていたからである。 この事実を知っているひとは与那国出身といえども数少ない。戦前、腕時計を持ち歩いていたひと は限られているからである。崎原永著氏(一九二-一卩大正一一年生。沖純療育園長)の

[574] 与那国島民の台湾テレビ電波による東京オリンピック視聴の意味考察 (坂田謙司) <http://www.ritsumei.ac.jp/ss/sansharonshu/assets/file/2012/48-2_02-02.pdf#page=13>

例えば,戦前には与那国島 と台湾は同一時間帯であり,石垣島とは1時間 の時差があったという点からも,同一生活圏に あったことがわかる42)

42) 石原昌家『大密貿易の時代−占領初期沖縄の民衆生活−』晩声社,1982,p22。

[1050] 日本統治時代から台湾には時差がありましたか? - 歴史 解決済み| 【OKWAVE】 (2017-11-23 23:01:52 oska2 ) <https://okwave.jp/qa/q9400478.html>

奄美諸島・琉球列島とともに、東京の標準時間よりも1時間の時差が存在しました。

が、戦時体制になるに従って東京の標準時間に統一されました。

軍部としては、二重の時間は作戦上面倒だったのでしよう。

[1051] 奄美諸島から台湾まで +08:00 だったと主張しているが、 そのような事実はない。

標準時の統一

[138] 大日本帝国領土が拡大した場合、 当初は現地の経度に基づく標準時が用いられていましたが、 時差による混乱も多かったらしく、中央標準時へと統合されてゆきました。

これは経済的な結び付きが強まるにつれて周辺の満州国中華民国南京国民政府にも波及しました。

更には大東亜戦争によって南洋各地へも中央標準時が広がっていき、 事実上の大東亜の標準時となっていました。

夏時刻制

[126] 欧米で実施されている夏時刻を導入するべきとの提案は、 欧米での開始直後から現在まで度々行われています。

[11] 第二次世界大戦の停戦後、 旧大日本帝国の多くの領域では夏時刻制が導入されましたが、 生活習慣に合わないなどの理由でいずれも数年で廃止されています。

大日本帝国における夏時刻導入論

[514] 欧米での夏時刻制実施を受けて、日本国内でも同様の夏時刻を実施するべき、 あるいは日本夏時刻制度を創設するべきといった議論が行われました。 しかし賛成派が主流となることはなく、ついに実施には至りませんでした。

[24] の学会誌天文月報では、 欧州夏時刻実施が曙光利用法案として紹介されています >>713。紹介者はかなり批判的で、科学者を無視して愚策を実施している >>713と怒ってすらいそうですが、 次号では一応賛成意見も紹介しています >>26日本科学者も賛否両論だったのでしょう。 この当時はその他にも夏時日光利用法案夏時法夏期時刻といった訳語が用いられていた >>5 ようです。 summer time 系統と daylight saving time 系統の語がどちらも同時に輸入され、 それぞれもまたどう翻訳するべきか決め兼ねていた様子が見て取れます。

[711] 平山清次の講演で、 1時間ずつ一度に変更するのではなく、短時間ずつ徐々にずらしていく方式を日本で採用することを提案しました >>712, >>715, >>716, >>717夏時刻は (天文台夏時刻に対応さえすれば) いつも通りに時報に合わせて時計を調整するだけで実現可能であり、 (暦法改良度量衡統一と比べて) 大した負担はないと認識していました >>712

[718] この時期にかなり短期間で欧米のほぼすべてで夏時刻が導入され、 平山清次文明国でまだ導入していないのは日本だけだと煽っています。 21世紀にも G8 の中で夏時刻を用いないのは日本だけであり、導入するべきだと主張する人がおり、 なかなか興味深い。

[438] には、 関東州商人夏時刻の実施を提案していました。

[708] 昭和3,4年頃には、鳩山一郎が提案していたようです >>508, >>353, >>706。 本人が内閣書記官長時代に提案したと語っています >>508 が、 鳩山一郎-内閣書記官長を務めていました (内閣総辞職により辞職)。後世の文書は笑いものにされた >>353 としているものもありますが、本人談 >>508 ではそこまでひどい扱いをされたような感じでもありません。夏時刻の提唱者が当初馬鹿にされたという逸話は外国にもあるようで、 まったくあり得ない話でもありませんが、要職についている鳩山の真面目な提案が、 公然と嘲笑されるとは考えにくいものです。

[383] しかしまあ現代でも低俗なマスメディア安倍晋三麻生太郎のような現職の総理大臣を低能だなどと人格攻撃していますから、 当時もそういうことはあったかもしれません。

[512] には、 学会誌夏時刻について各界関係者が賛否両論を述べていました >>508

[683] 国会で、東京交通労働組合飯塚愛之助が15年ほど前 (つまり頃) にサムマー・タイムを主張していた >>682 と証言しています。

[709] には、京都帝国大学山本一淸内閣通年夏時刻 +10:00 の実施を提案していました。 >>417にも、夏時刻実施が世界の趨勢であり早急に実施するべきと主張していました >>424。 (時点では反対していた >>508 ようですがw)

山本は満州国中華民国通年夏時刻 +09:00 を導入するべきと主張していました (そして実現しました)。大東亜の標準時を参照。

[714] 、資源節約のために夏時刻の導入が検討されたものの、 実施には至らなかったといわれています >>667。 (誰がどの程度検討していたのかは不明。)

[744] 新聞報道によると、 軍需省電力小委員会は、夏季時間制度の導入を含む提言書を提出しました >>745

[419] 台湾満州支那香港では第二次世界大戦頃に中央標準時(相当)を標準時に採用しており、 これは夏時刻を通年採用したものと捉えることもできます。

[302] 第一次世界大戦から第二次世界大戦の間に欧州夏時刻は普及し、 アジアでも複数の地域で採用されていました。中国大陸でも都市によっては実施されています。 日本夏時刻GHQ の指示によるものと言われていますが、 日時度量衡の世界的な標準化と改良は当時の時代の流れでしたから、 第二次世界大戦が起こっていなければ日本でも国内からの提案で夏時刻制度が実施されていた可能性はあります。

[508] 夏期時制是非, 天界 (, ) <http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/161975/1/tnk000134_223.pdf>

文部大臣 鳩山一郎氏

私は田中内閣の書記官長時代に, 何かの本でサンマ・タイムのことを知り, 日本でも實施したらどうかと考へ, つぎの次官會議へ僕から提議したもので す. すると, 皆もそれはよい事で, 一つ調べて見てはといふ事になり, まづ 鐡道方面の調査を初めようといふ段になって内閣がつぶれたゝめ自然消滅に 終つたことがありました. サンマ・タイムを實施するとして,一番簡單なの は學校ですが, やるからには各方面とも連絡をとって行きたい.

[353] 横溝正史事典 ( 版) <http://homepage2.nifty.com/a-to/jiten.htm>

特別夏期時間、夏季の間、1時間づつ時計を進めて、早朝の涼しい間を利用して仕事の能率を上げようとする制度。昭和3年書記官長の鳩山一郎が提言したが笑殺された。

[706] 日本にサマータイムは必要なの? | ログ速@2ちゃんねる(net) () <https://www.logsoku.com/r/2ch.net/geo/1116383587/>

61 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2005/12/17(土) 13:10:07 ID:k9bD+vxA [1/1回]

1929/06/27,昭和4/06/27

鳩山一郎がサマータイムの7月実施を提案する。

[667] サマータイム(サマータイム)とは - コトバンク (ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典,知恵蔵,朝日新聞掲載「キーワード」,デジタル大辞泉,百科事典マイペディア,人事労務用語辞典,ワイジェイFX用語集,デジタル大辞泉プラス,大辞林 第三版,日本大百科全書(ニッポニカ),世界大百科事典内言及著, ) <https://kotobank.jp/word/%E3%82%B5%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%A0-69722>

日本は1940年(昭和15)燃料節約のうえから問題にされたことがあったが立ち消えとなった。

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)

日本本土の夏時刻制

[317] 日本本土では、 からまで、 中央標準時 +09:00 を1時間進めた夏時刻 +10:00 が実施されていました。

制度の呼称

[22] 政府内では当初デイライト・セイヴィング・タイム >>634日光節約時間といった名称も用いられていましたが、 最終的に法律上の呼称は夏時刻となりました。ただし夏時間とも表記され揺れていました。

[320] 新聞報道を始め世間一般ではサンマタイムサンマータイムと呼ばれていました。 秋刀魚と掛けた駄洒落のようなものも広まっていたようです。

[296] 新聞では夏時刻制度の時刻のことを「日本夏時間」と表記していたようです >>284

[297]JDT」と略されることもあります (当時から用いられていたのかは不明です)。

実施期間

[18] 夏時刻法 >>13, >>14 によると、次のように夏時刻が運用されていました。

gyear
元号年
year
西暦年
old
曜日
old day
日時
new
曜日
new day
日時
notes
備考
gyear
year
old
5月第1土曜日
old day
new
日曜日
new day
notes
夏時刻 +10:00 開始
gyear
year
old
9月第2土曜日
old day
new
日曜日
new day
notes
標準時 +09:00 復帰
gyear
year
old
4月第1土曜日
old day
new
日曜日
new day
notes
夏時刻 +10:00 開始
gyear
year
old
9月第2土曜日
old day
new
日曜日
new day
notes
標準時 +09:00 復帰
gyear
year
old
5月第1土曜日
old day
new
日曜日
new day
notes
夏時刻 +10:00 開始
gyear
year
old
9月第2土曜日
old day
new
日曜日
new day
notes
標準時 +09:00 復帰
gyear
year
old
5月第1土曜日
old day
new
日曜日
new day
notes
夏時刻 +10:00 開始
gyear
year
old
9月第2土曜日
old day
new
日曜日
new day
notes
標準時 +09:00 復帰

[147] Time ChangesJAPAN は、次のように示していました >>139

[622] tzdataAsia/Tokyo は、 の改訂 >>979 まで、 次のように定義していました >>159

[980] tzdataAsia/Tokyo は、 次のように定義しています >>159

[155] Shanks (1991 >>150, 2003 >>270) は日本のうち Asiya Air Force Base、Atsugi Naval Air Station (US)、Tachikawa Air Force Base、Yokosuka Naval Base (US)、Yokota Air Force Base (US) で夏時刻が実施され、それ以外では実施されていないとしています。 Shanks のデータにおける米軍基地とそれ以外の日本との違いはこの夏時刻のみであり、 Shanks米軍基地のみ夏時刻が実施されたとする何らかの情報を得ていたのかもしれませんが、 不明です。 この時代には他にも米軍基地英軍基地が設置されていたはずですが、 それらには言及がありません。

[156] tzdata は、Shanks を引用しつつ、 日本政府世論調査夏時刻を廃止したとの情報を根拠に、 米軍基地限定とは考えにくいとし Asia/Tokyo夏時刻を適用しています >>159

[158] Shanks ( >>270) と の改訂 >>979 以前の tzdata は、 切り替えの時刻としていました。 その根拠は不明です。夏時刻法と明らかに矛盾しており、誤りと考えられます >>157。 境界を2時とするのは米国式の制度であり、 GHQ米軍基地日本国内とは異なる制度を用いていた可能性も残りますが、 日本本土のみならず米国占領地琉球米国占領地南朝鮮大韓民国でも0時を境界としていたのですから、 Shanks またはその情報源が誤解または根拠なく情報を補ったと推測する方が自然です。

時刻の呼称

[628] 開始日は1日が23時間で構成され、終了日は1日が25時間で構成されました。

[670] 夏時刻法は、実施の期間「の間は、 すべて中央標準時より一時間進めた時刻(夏時刻)を用いる」と定めており、 これに従えば開始日は1時 (午前1時) から始まり24時 (午後12時) で終わると解釈できます。

[19] 同様に終了日は0時 (午前0時) から24時 (午後12時) が存在すると解釈できますが、 その直後の1時間の余分な時間がどう呼ぶべき時刻なのかは、明確ではありません。

[679] 夏時刻法制定時の国会審議では、政府委員は 「四月の第一土曜日に次ぐ日曜日は、午前零時から一時までの一時間が消滅し、九月の第二土曜日の午後十一時から、翌日曜日の午前零時までが、二時間となりますので」 >>495 と言及していました。この日の最後の1時間がどのような時刻なのか、 やはり不明瞭です。

[343] 現代の文献は、24時間制で 24:00〜25:00 のように呼んでいる >>12, >>350, >>666 ことが多いです。ただし、それが当時の呼称であるのかどうか、 より一般的に用いられていたであろう12時間制でどう呼ばれていたのかは、 不明です。

[672] 夏時刻法の条文にそのまま従えば、翌日午前0時-午前1時ということになりますが、 日付が変わってしまうのでは25時間の1日であるとの規定と矛盾してしまいます。 日付は無視して時刻部分だけ「中央標準時より一時間進め」るなら、 2回目の午前0時-午前1時が24時間ぶりに訪れたとも解釈できますが、不可思議です。

[295] 実際には、この時代に普及していたアナログ時計では、 深夜12時に時計の針を1時間動かす方法で夏時刻への移行や復帰が行われました。 「こんやの12時」に時計を調整して復帰するよう指示した当時の記録もあります >>513。 この時計の動きに忠実に従うなら、「午後11時59分」のあと、12時になった瞬間に再び 「午後11時」が訪れたということになります。 ただし、この方式は夏時刻法よりも1時間早く中央標準時に復帰したことになります。

[516] 閏時も参照。

経緯

初回実施

[742] 大東亜戦争終戦の後の帝国議会で、 貴族院議員向山均が電力不足に関する質問内で夏季時間 (サンマー・タイム) の導入を求めたのに対し、 商工大臣小笠原三九郎は検討中だと回答しました >>741。 もっとも小笠原は夏時刻についてピンときていないようで、 当人が推進していたのではなく商工省内で検討もされていたという程度なのでしょう。 小笠原は公職追放により辞職を余儀なくされ、 向山もに議員辞職していますが、 これらが夏時刻に影響を与えたかは不明ながら、 結局には実施されませんでした。

[914] 現代の文献の多くは、夏時刻の実施は GHQ の指示によるものだとしています。 しかしその具体的な指示内容や実施過程に触れているものは、ほとんどありません。

[597] 日本夏時刻の実施は、 GHQ 経済科学局長マーカット少将の覚書、 “日本におけるデーライト・セービング採用についての計画”に端を発するとされています >>598。これが何年のものかは不明です。

[746] 付けの日本政府内部の文書によると、 GHQ からデイライト・セイヴィング・タイム実施の公算が大きく、 日本政府も準備を進めるよう連絡があった >>634 ようです。 具体的な実施日の言及はありませんが、この年の夏、すなわち連絡後早々にも開始することを目指していたのでしょうか。 しかし結局この年も夏時刻は実施されませんでした。


[775] 付け報道によると、 日本内閣夏時刻の実施を決定しました >>774

[747] には、 夏時間に関する件 (関の門は门)閣議決定されました >>632。本件文書はからにかけてのいくつかのバージョンが残っており、 変更点が書き入れられたものもあります。

[748] 細かい点は変更が多いですが、大枠においては最終的な夏時刻法と同じ内容が既に含まれていました。 制度の呼称について、初期の版では日光節約時間 (間の門は门) >>633 となっていましたが、最終版 >>631 では夏時間となっています。 また本制度のの呼称として夏季時夏時 >>633 も検討されていたものの、 最終的に夏時間 (間の門は门) >>631 となっています。 もっとも、それも仮称となっています。 GHQ (米国) の希望で導入された夏時刻制度の呼称が米国式の日光節約時ではなく、 欧州式となった事情は謎です。

[749] 初回実施は、とすることになっていました。 以後の開始は4月10日前後、終了は9月10日前後 (初年は9月11日) とされていましたが、 最終的に4月第1土曜日と9月第2土曜日となりました。

[750] また特に制度上の措置が必要な項目として、期間計算天文台報時、 列車運行、労働時間・給与計算が挙げられていました。後の実施時には、 労働時間について政令で特例が定められましたが、それ以外の法的措置はとられていません。 列車については、国鉄の運行上調整が行われていたようです。 報時はもとより中央標準時によるものとなっていますが、 夏時刻法にはそれを否定しない規定があるため、それでカバーされているのでしょう。 法令上の期間計算については特別な規定がなされなかったのですが、 特に必要ないと判断されたということでしょうか。


[751] 付けの文書 >>616 では、 法律案として整えられた形になっています。要旨は閣議決定と変わっていませんが、 呼称が夏時刻に定まったことがわかります。

[777] 外務省からの夏時刻実施を告知しました >>776

[752] 衆議院川崎秀二が政府案に対する修正案を提示しました >>684。 これは内容としては変更がなく、法律としての体裁を整えるもので、 ここで最終的な初代夏時刻法が完成しました。 国会ではその他にはいくつか実施上の事項について質問があった程度で、 特別反対する意見もなく、スムーズに審議が進んだようです。

[753] そして衆議院ではのうちに >>695参議院では>>690 可決され、 法律第二十九号夏時刻法 >>13 として即日公布施行されました。 その3日後の、初回の夏時刻が実施されました。


[16] 実施後には実態調査が行われました >>316付けのメモ >>315では、夏時刻制を継続するか廃止するか、 夏時刻制と政府執務時間の関係をどうするかが政府内部で検討されていたことがわかります。 結論としては夏時刻制を継続するべきとなったようです。 他に通年夏時刻 +10:00 や、冬時間 +10:00夏時間 +11:00ダブルサマータイムも候補に挙げられています。

[612] 政令第二百八十号 夏時刻終了の際における労働基準法の特例に関する政令 (施行) >>613 は、 夏時刻から標準時への復帰に伴い1日が25時間となるが生じることに関連して、 労働基準法の労働時間の規制を1時間分緩和することを定めました。 この政令頃から検討が行われていたようです >>244

[620] 閏時を含む25時間のとなり、 から中央標準時に復帰しました。

[741] 貴族院第89回予算委員会第2号 帝国議会会議録検索システム (, ) <http://teikokugikai-i.ndl.go.jp/SENTAKU/kizokuin/089/0080/0890008000211214.html>
男爵向山均君

只今の停電に付きましては、尚市販に甚だ怪しげな電熱器が氾濫して居ります、之に關する取締をやつて戴きたいと思ひますが、之に付て伺ひます、「ダム」に付ては失業救濟が大きな目的のやうな御話でございますが、勿論結構でございます、過去に於て我が國の土木技術が非常に遲れたのは、失業救濟に重點を置き過ぎた結果であると考へます、米國から來た色色の土木機械等も十分參考にされて、失業救濟に重點を置き過ぎないやうにして行かれたいと希望を申上げます、それからもう一つ伺ひたいのは此の際夏季時間を利用する準備を始めたらどうか、之に對する用意があるかどうかと云ふことを伺ひたいのであります、若し御答へ戴く方が居らつしやらなければ、其の旨御話願つて、適當な機會に伺ひたいと存じます

國務大臣(小笠原三九郎君)

向山男爵の御懸念になつて居る不良な電熱器が出て居ることは私共も取締らなければならぬと思つて居ります、只今の所商工省で規格を決めて、合格品には「レッテル」を貼つて、優良品を示して其の普及に努めて居る次第であります、尚「ダム」の問題は失業救濟の意味もありますが、寧ろ渇水期に於ける電力の不足其の他を圓滑に補ふやうにと云ふことを主として、同時に下水、治水問題等も併せ考へて居る次第であります、尚もう一つの問題は私ちよつと分り兼ねましたが……

男爵向山均君

「サンマー・タイム」のことです、何とか我々は太陽と共に起き、太陽が出てから怠けて居ることは面白くない、我々は太陽と共に働きたいと思ふのであります

國務大臣(小笠原三九郎君)

其のことでありますれば御趣意に添ふやうに私共も準備を進めて居ります

[774] Newspaper Full Page - Morning Tribune, 10 April 1948, Page 1 () <http://eresources.nlb.gov.sg/newspapers/Digitised/Page/morningtribune19480410-1.1.1>

tokio. April 9. -The Japan* eso Cabinet haJ decided to have daylight saving time in Japan for the fust time, moving clocks up one hour. U.P.

[776] Newspaper Full Page - The Straits Times, 23 April 1948, Page 1 () <http://eresources.nlb.gov.sg/newspapers/Digitised/Page/straitstimes19480423-1.1.1>

DAYLIGHT SAVING tokio. Thursday. The' Japanese Foreign Office an- j n>u. ced yesterday that day-i lipht saving time would beer me effective on May 1. A.P.

初期

[624] 2年目であるは、初めて4月頭からの実施ということで、 開始時期が早すぎると実施前から議論になっていたようです。 には国会でも取り上げられています >>700。 ここで政府委員は「終戦連絡事務局方面から関係方面に交渉」 したが延期とはならなかった >>700 と述べており、日本政府GHQ との間で協議が行われたものと思われます。

[625] 実施直前のには、 衆議院人事委員会が、開始を6月第1土曜日とする法改正を要望することを全会一致で決議しました >>697。しかし、流石に時間がなさすぎたのか、このときは法改正には至っていません。 この決議の本文には含まれませんが、説明で 「そもそもこの夏時刻に対しましては、この前から実は各党各派とも反対であつた」 と述べられており >>697、「この前」がいつのことなのか判然としませんが、 国会の議事録上はスムーズに制定されたように見える夏時刻法が実はそれほど歓迎されていなかったことが窺えます。

[668] 同じくには、 政府機関の執務時間を変更する命令 (総理廳令第18号 政府職員の勤務時間に関する総理廳令(昭和24年総理廳令第1号)の特例に関する件, 総理廳令第19号 大正11年閣令第6号(官廳執務時間並休暇ニ関スル件)の特例に関する件) が制定されました >>629, >>671。 これは、元々執務時間が から である >>673 ところ、 この年限りでからの間は から と変更するものでした。 つまり、一度に1時間分業務開始を始めるのではなく、 二度に分けて30分ずつ開始を始めるというものでした。

[1029] そもそも夏時刻制季節に関わらず表示上同じ時刻に固定できることがメリットだったはずで、 これを徹底するため前年にも政府機関の執務時間は変更しないと確認していたはずでした。 夏時刻実施延期が間に合わなかったための代替措置なのでしょうが、 このような移行期間という形態ながらも執務時間の方を変更してしまうことで、 早くも夏時刻制は破綻が明確になっていたといえます。

改正

[755] 3年目となる法律第三十九号 夏時刻法の一部を改正する法律公布、即日施行され、 夏時刻の開始が4月から5月に改められました >>14

[756] この改正法案は、付の総理府文書に既に現れています。 国会では公聴会も行われ夏時刻自体についても国民から是非の意見の表明がありましたが >>682、それ以上に議論は深まらず、原案通りに成立 >>674 しました。 (改正前の夏時刻法に基づく開始予定日は で、かなりぎりぎりではありました。)

[757] 夏時刻の開始を1ヶ月遅らせることになったのは、 4月初めにはまだ夜も開けきらないうちに活動時刻となること、 前年実績から4月中の節電効果はほとんど期待できないことが理由とされていました。

廃止

[621] 5年目に当たる法律第八十四号 夏時刻法を廃止する法律公布、即日施行され、 夏時刻廃止されました >>15

[626]法律は、国会日本国との平和条約発効に向けた諸法律の審議が行われるのに混じって提出されました。 どうやら夏時刻の廃止は既定路線となっていたようで、 衆議院に提出後直ちに可決 () >>688 されて送付された参議院でも 「労働委員会におきましても早くからこれが廃止をしたいということを考えて準備いたしておりましたことは御了承の通り」 >>693 と説明されていました。

[669] 本法案は内閣ではなく議員の提出という形が採られましたが、 に同内容の法案が3件提出される >>687 という珍事となりました。

  • 夏時刻法を廃止する法律案(井之口政雄君外二十二名提出、衆法第一七号)
  • 夏時刻法を廃止する法律案(中曽根康弘君外七十四名提出、衆法第一八号)
    • 改進党、社会党右派、左派並びに農民協同党等、共産党を除く各党 >>687
  • 夏時刻法を廃止する法律案(船越弘君外十一名提出、衆法第一九号)

共産党が反米色の強い法案を提出したのに対抗して中立的な内容の他2案が提出されたようです。 結局18号と19号が「併合」されて衆議院可決され、参議院へと送られて成立しました。

[675] 共産党は廃止法を通じて米国式制度導入の失敗を総括しようと試みたのに対して、 他党は単純に労働強化につながる結果となったことを廃止の理由としていました >>687, >>688。 いずれにせよ、この議事進行を巡る対立を除けば、 廃止すること自体には異論もなかったようです。

[795] 夏時刻廃止を提案した国会議員中曽根康弘川崎秀二子供である中曽根弘文川崎二郎は、 平成時代に国会議員となり夏時刻の導入を推進しています >>599

[758] 成立公布施行ということで、 今回は夏時刻開始予定のまで1ヶ月の余裕がありました。


[623] には、 政令第百九号 夏時刻終了の際における労働基準法の特例に関する政令を廃止する政令が制定され、 夏時刻終了の際における労働基準法の特例に関する政令廃止されました >>611。この政令頃から用意されていたようです >>615

衆議院 では第 13 回国会に「夏時刻法を廃止する法律 案」が、当時の自由、改進、共産の3党から 同時に個別に提出された。これは敗戦直後の 占領下において、占領軍の習慣に合わせて実 施を強制されていた夏時刻の制度を、独立回 復後に早々に廃止することにしたものである が、全く同一内容、同一字句の3案は、衆議 院でともに労働委員会に付託された。そこで 自由、改進の両党案は併合修正されて(併合 しただけで字句の変更はなし)一案となって 成立し、共産党案は議決不要として処理され た。

運用

[346] 鉄道は、夏時刻実施中も通常ダイヤを(ずらした時間を使って)そのまま用いました。 ただし切替時の長距離列車は特別な扱いがなされたようです。 >>354

[347] 諸外国では切替時に特別ダイヤを用意したり、1時間停車させたりしているようです。 夏時間時間帯の接続を参照。

[345] 夏時刻実施当時は深夜ラジオ放送が行われておらず >>344夏時刻切り替えが放送中に行われたことはないようです。 標準時期間と夏時間期間とでは、番組の編成が一部異なっていたようです >>354, >>351

[1038] 朝日新聞によると (孫引き)、 「気象台は、夏時間では、と注釈しながら解説」していたようです >>429

[1039] 朝日新聞によると (孫引き)、 「銀座の服部時計店の大時計が正午をすぎるまで古い時間でカネをならし見上げる銀ブラたちを戸惑わせていた」 ようです >>429

[740] サンマータイムに関する世論調査 ( 版) <http://survey.gov-online.go.jp/s26/S26-09-26-13.html>

わが国におけるサンマータイムは,昭和23年4月28日に「夏時刻法」として制定された。現在までに施行以来4カ年を経過したわけである。しかし国民一般がこの制度に対する経験を重ねてくるに従って,漸くこれに対する批判の声も高くなって来た。政府としては早急にこの制度に対する国民の意見と態度を把握し,国会における検討のための資料を準備することが必要になって来た。

[284] 賠償条項でアジアに配慮した最終草案明らかに サンフランシスコへ(42) :日本経済新聞 ( 版) <http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK23003_U2A520C1000000/>

1951年当時の日本は夏時間を採用していた。だから国際的なニュースには発生時刻に現地時間に「日本夏時間」を添えて報道することがあった。このニュースもそうだった。

[348] シャイなあんちくしょう : サマータイム ( 版) <http://blog.livedoor.jp/kazu21th2001/archives/50024717.html>

まず、サマータイムの朝一番、サザエさんが時計を1時間進めるのである。

そして、波平が起きてきて、サザエさんが進めた時計をさらに1時間進めるのである。

そして、次に、カツオが起きてきて、時計をさらに1時間進めるのである。

結局、磯野家のサマータイムは、世間より3時間進む、、というオチの漫画があったのである。

[349] サマータイム案を笑え | 六條院日記 ( 版) <http://love.ap.teacup.com/korremitz/125.html>

『サザエさん』では、今日からサマータイムだからというので、サザエさん、フネさん、波平さんがそれぞれ1時間ずつ時計の針を戻したので、カツオくんが「お父さん、ぜんぜん眠くないよ」「すぐになれる」(だったか「だまってねなさい」だったか)というオチがついていました。サマータイムが時計の針を逆進させるという具体的行動で実行されていたのだと判断されます。惟光の生まれる前の話です。

[350] サザエさん―シルバ(37)|遠近回想 ( 版) <http://ameblo.jp/3250ht/entry-12102014338.html>

朝日文庫版4巻〔90頁〕・昭和25年

『家の外の道をお婆ちゃんが竹箒で掃除をしていました。するとそこへ、サザエさんがあわてて駆けつけ、「とけいがとまったんです いまなんじでしょう」と聞いています。お婆ちゃんは「みてきましょう」と答えました』

『サザエさんの家の中です、出勤の準備を済ましたお父さんは、新聞を読んでいます。出勤の準備を済ましたマスオさんは、タラちゃんと遊んでいます。そこへ、サザエさんが入って来て、「まだ7時半だって!」と教えてくれました。まだ、朝食を済ましていないカツオ君は、ご飯を箸で運びながら、「アーよかった」とホッとしています』

『なんとなく気になったのでしょうか、サザエさんは外に出て、まだ掃除中のお婆ちゃんの傍に駆けつけ、「おばあちゃんサンマ―タイムにしてあるんでしょうね」と確かめました。すると、お婆ちゃんは「ハイちゃんと一じかんおくらしてあります」と平然と答えました』

『サザエさん家からの門から、カバンを持ったお父さん、カバンを持ったマスオさん、ランドセルを背負ったカツオ君が、被った帽子も飛んでいきそうな勢いで飛び出して行きました。サザエさんが、心配そうな顔をして見送っています』

昭和23年4月28日に公布された夏時刻法に基づいて、同年5月から毎年4月の第1土曜日24時から9月第2土曜日25時までの夏時間を実施

ですから、サマータイムは、時計を一時間進めるのが正解です。しかし、お婆ちゃんは、一時間遅らせていました。お婆ちゃんが教えてくれた7時半は、正しい時間は既に8時半です。そら急げ、遅刻だ!

お婆ちゃんの大変迷惑な勘違いでした。

[351] 昭和はじめて物語(02) サンマータイムの始 昭和23年: サンキyou広場 昭和世情史 ( 版) <http://sejo-lab.sblo.jp/article/106596399.html>

最後に「HNKで放送終了を一時間繰り下げたような愚は二度と繰り返さぬことだ」とあるのは、せっかくサマー・タイムを実施したのに、放送終了時間を実施前の時間に合わせてしまったのだろう。「愚」だな。

引用:『ものしり事典』(風俗篇上、下/日置昌一著/河出書房/昭和27年12月10日再販発行)

画像:朝日新聞/昭和23年9月2日朝刊

[352] サンマタイム: オラ ケタル ( 版) <http://hida.cocolog-tnc.com/fuji/2005/08/post_27a2.html>

我輩幼少のみぎり、これを体験した。

あれは、小学校の夏に入ったとき、校長先生が全校生徒を集めて(といっても小中学校生合わせて200人弱)「明日からサンマータイムになります。今晩は寝る前に時計を1時間早くしておいてください」

純真無垢な小学生は、言われた通り時計を1時間早くして寝た。その前に姉がやはり早くしたのを知らず。おかげで、当家は前日にくらべて、2時間も早くサンマータイムに入り、誰もこない朝のラヂオ体操に出かけていた。

この文を書くにあたり、調べてみた所サンマータイムは昭和23年から5年続いたとある。たぶんGHQ(占領軍)あたりからの指示だったのだろう。よく「普通の時間にすると、、、、、」なんて言葉を聞いたことがあるから、完全に定着したものではなかったものと見受けられる。

[354] 昭和毎日:昭和23年5月2日 日本でも導入された「サンマータイム」 - 毎日jp(毎日新聞) ( 版) <http://showa.mainichi.jp/comeback/2008/05/post-08d7.html>

「サンマータイム」が導入された1948年5月2日付毎日新聞の記事は以下のとおり

目が覚めたら夏時刻 時計の針は進めましたか

今日(二日)からいよいよ夏時刻、時計の針は進めましたか……

今朝の日の出は五時四十九分、日の入りは七時廿八分--これになれるまでは太陽の高さで時刻をはかると錯覚を起こすことがあります、國鉄以下各私鉄も(二日の長距離列車の一部を除く)きようからいままでのダイヤをそのまま夏時刻にあてはめ、ラジオのプロは朝九時五分から十五分までの気象通報が九時五十分から十時までとなり、九時半から十時までの邦楽の時間がぬけるほかは変りはない、ここで例外は天文台、気象台や学術関係の精密な記録には従来のグリニッチ標準時や日本標準時が使われる、気象台の船舶向け無線気象通報は従来の通りグリニッチ標準時が使用されるので漁船などの夏時刻ではいままでの時間より一時間遅れてキャッチしなければならない、九日の礼文島の金環食も標準時で観測されるので一般の時計では一時間遅れになるわけだ。

[355] 広田せい子の ESSAY 幸せのエッセンス 日本にもあった幻の「サンマータイム」 (hirotaseiko 著, 版) <http://hirotaseiko.blog105.fc2.com/blog-entry-1406.html>

「小学生の頃はサンマータイムといって、土曜、日曜は学校が休みだったのよね。

その代わり、土曜日記を書くのが宿題だったけど、私はいつもさぼっていたから大変よ。

月曜日の朝に大急ぎで書いったっけ・・・・」、

私の言葉にうなづいたのは、18年生まれのすぐ下の妹だけで、20年と22年生まれの妹たちは、

まるで知らないという。

1941年生まれの私は、ちょうど小学1年生の頃からサンマータイムを経験していたことになる。

だとすれば私と同い年の人は、皆覚えているはずなのに、ほとんど誰も知らないのは、どうしてなのだろう。

[356] 夏時間 - Wikipedia ( 版) <https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%8F%E6%99%82%E9%96%93#.E6.97.A5.E6.9C.AC.E3.81.AB.E3.81.8A.E3.81.91.E3.82.8B.E3.82.B5.E3.83.9E.E3.83.BC.E3.82.BF.E3.82.A4.E3.83.A0>

1948年(昭和23年)4月28日に公布された夏時刻法に基づいて、同年5月から毎年(ただし、1949年(昭和24年)のみ4月の)第1土曜日24時(= 日曜日1時)から9月第2土曜日25時(= 日曜日0時)までの夏時間を実施していた(詳しくは夏時刻法を参照)。

[357] 夏時刻法 - Wikipedia ( 版) <https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%8F%E6%99%82%E5%88%BB%E6%B3%95>

実施期間を正確に記すと、条文のとおり、5月の(ただし、1949年のみ4月の)第1土曜日24時(=日曜日1時)から9月第2土曜日25時(=日曜日0時)までである。

[513] <あのころ>明日から元に戻ります サマータイム1年目が終了 - 共同通信 47NEWS () <http://this.kiji.is/147477022399956469?c=110564226228225532>

1948(昭和23)年9月11日、戦後に初めて実施された1年目のサマータイムがこの日で終了した。時計の針を1時間進めて生活していたが、学校で「今夜の12時から元に戻ります」と児童たちは教えられた。連合国軍総司令部(GHQ)の指導により、夏時刻法に基づいてこの年から4年間だけ全国で実施された。

教室の写真あり、時計の針を動かす人、黒板には

さんまーたい

こんやの十二時

からもとへもど

(下部は見えない。)

[555] 防風檣の水温上昇效果 (農業気象 Vol. 7 (1951-1952) No. 3-4 P 140-142, ) <https://www.jstage.jst.go.jp/article/agrmet1943/7/3-4/7_3-4_140/_article/-char/ja/>

観測時刻は夏時刻施行中だが日本標準時に依つたことを附記する。

[556] Nara University of Education Academic Repository: 奈良公園を中心とした氣象状態の分布について(其一) () <http://dspace.nara-edu.ac.jp/handle/10105/5184>

時間はすべてサンマータイム。

[557] 後樂園スタヂアムの夜間照明について (照明学会雑誌 Vol. 35 (1951) No. 1 P 6-13, ) <https://www.jstage.jst.go.jp/article/jieij1917/35/1/35_1_6/_article/-char/ja/>

時刻は何れもサマータイムである

[558] 揖斐川における塩分濃度の調査報告 (農業土木研究 Vol. 20 (1952-1953) No. 5 P 308-313, ) <https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsidre1929/20/5/20_5_308/_article/-char/ja/>

但時間は夏時間

[559] 小地域における濕度・氣温分布と地上被覆(その1) (地理学評論 Vol. 24 (1951) No. 10 P 359-369, ) <https://www.jstage.jst.go.jp/article/grj1925/24/10/24_10_359/_article/-char/ja/>

時間はすべて夏時間で示した

[560] 那須温泉の化学的研究 (第9~10報) (第9報) 湯本温泉元湯の化学組成について (その7) 元湯の錫の含有量 (日本化學雜誌 Vol. 76 (1955) No. 8 P 833-836, ) <https://www.jstage.jst.go.jp/article/nikkashi1948/76/8/76_8_833/_article/-char/ja/>

9月8日 で夏時間が終ったが,9月8日 までは時刻は夏時間で 表わし,9月9日 以後は裡準時間で示した

[561] CiNii 論文 -  育成複二倍体作物とその両親作物との生理生態学的性質の差異に就いて〔第V報〕葉の同化, 呼吸並びに転移作用に就いて () <http://ci.nii.ac.jp/naid/110001736156/ja/>

之等の測定時刻ぼ夏時刻ではない

[584] 竹林乃方丈庵 サンマタイム (竹林泉水著, ) <http://tikurinnnohoujyoann.blog.fc2.com/blog-entry-2656.html>

家を整理していて、70年程前の綴りがでてきた、それはわたしの母の婚儀諸綴であるが、それをりを見ていると、サンマタイム實施に付御通知と書かれた資料に目がとまった。そこには、「サンマタイム實施により1時間繰り下げる・・・・」と書かれていた。

サンマタイムは節分でもないのに、サンマを食べる時間?と思ったが、よく読んでいくとGHQの指令で昭和23年5月2日に実施されたサマータイムのことで、5月2日から導入されることになっていた。結婚式は5月15日だったので、前に連絡した時間を1時間繰り下げて実施するとの緊急の連絡文書でしす。

[312] 時差について - Goo知恵袋 () <http://otasuke.goo-net.com/qa493096.html>

サマータイムも戦後のGHQの力によって実施されましたが、東西に長い日本では非現実的な生活リズムとなってしまう地域がある為に、問題となり数年で廃止された経緯があるので、おそらく今後も実施はされないでしょう。

[666] サマータイム(サマータイム)とは - コトバンク (ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典,知恵蔵,朝日新聞掲載「キーワード」,デジタル大辞泉,百科事典マイペディア,人事労務用語辞典,ワイジェイFX用語集,デジタル大辞泉プラス,大辞林 第三版,日本大百科全書(ニッポニカ),世界大百科事典内言及著, ) <https://kotobank.jp/word/%E3%82%B5%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%A0-69722>

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

サマータイム

日本では 1948年5月の第1土曜日を 23時で打切って翌日曜日の午前0時とし,9月の第2土曜日を 25時までとして実施され,以来毎年行われたが,不評のため 52年に廃止された。

[509] 青いバス停 バスも「サンマータイム」? () <http://contrapunctus.blog103.fc2.com/blog-entry-266.html>

1948(昭和23)年9月12日付京都新聞山城版↓

京阪 バス ではサンマータイムが十二日からまた 元の標準時間に切り替えられたの で従前通りの時間運行に復した、

[510] 声ひろば 2016年6月25日、土曜日|高知新聞 () <http://www.kochinews.co.jp/article/30868>

5.サマータイム

【磯江真知子、74歳、高知市井口町】

祖父は「今日から『サンマータイム』」と言って柱時計の針を1時間進めた。昔を思い出して、つぶやくと息子が「サザエさんで見た」と、「サザエさん」の漫画本を持って来た。

サザエさんが、「サア!今日からサンマータイムダ!」と柱時計を進め、続いて、フネさんも。カツオもランドセル姿で「1時間進めなさいと先生がおっしゃった」と針を進める。4こま目でカツオ、ワカメ、波平さんが寝ている。目を大きく描いて、「ちっともねむくないよ!」。目を閉じている波平が「いまになれるよ」。漫画だから面白いのである。

「サンマータイム」は高知だけの言い方かと思っていたが、漫画本にも載っていたので、日本中がそう思っていたかもしれない。

[585] Web東京荏原都市物語資料館:下北沢X物語(429)~代田が匂う斎藤茂吉の短歌~ - livedoor Blog(ブログ) () <http://blog.livedoor.jp/rail777/archives/50235493.html>

齋藤茂吉の代田への居住は昭和二十二年十一月四日からである。そして、昭和二十五年十一月三日十四日、新宿区大京町二二の新居に移った。

いつしかもサンマ・タイムになりゐたる代田の森空のありあけの月

[403] <あのころ>サマータイムを実施 時計を1時間進める - 共同通信 47NEWS (2017/4/3 08:00 ()) <https://this.kiji.is/221404019779207173?c=110564226228225532>

1949(昭和24)年4月3日、GHQの指導で前年からスタートしていた夏時間がこの年も始まった。

[404] >>403 時計店?で時計を進めるセレモニー?の写真あり。

[1033] <あのころ>サマータイムを実施 時計を1時間進める|BIGLOBEニュース (2018/4/3 08:00 ©一般社団法人共同通信社 ) <https://news.biglobe.ne.jp/domestic/0403/kyo_180403_5792635912.html>

同内容の記事。共同通信は毎年これを配信しているのだろうか。

[754] 椴法華村史 第三編 椴法華発達史(明治元年から昭和30年まで) 第四章 昭和時代(戦後) 第一節 日本の再出発 二 椴法華村の再建 昭和二十三年 ( ()) <https://trc-adeac.trc.co.jp/WJ11E0/WJJS06U/0120205100/0120205100100070?hid=ht031050&word=>

椴法華村でもこの時実施され、いつも早起きの漁師達はあまり影響されなかったが、月給取りと称される役場職員・先生・郵便局員等は、実質的に一時間勤務時間が延長されたような感じであったと云われている。

[210] 奈良公園を中心とした気象状態の分布 について(其一) (1951年 6 月10日 受領、) <http://dspace.nara-edu.ac.jp/bitstream/10105/5184/1/NUE1_3_253-259.pdf>

時間はすべてサンマータイム。

国民の不評

[794] 夏時刻の廃止について、 現在では一般的に GHQ の意向で導入されたものが GHQ の撤兵に伴い撤廃することと説明されています。 また、朝鮮戦争と重なり労働強化につながったため、国民に不評だったとも言われています。 戦争によるインフラの荒廃で生じた電力不足の軽減に一定の効果が見られたものの、 復興が進んで昭和27年には電力事情が好転し >>599 その必要もなくなったことも廃止の一因のようです。

[1036] なお後世の夏時刻再導入派は、 労働強化という印象を持たれているが実際にはそうではなかった、 朝鮮戦争特需の特殊事情によるもので夏時刻導入と直接関係ない、 といったように分析しているようです。

[500] 朝日新聞の「声」欄には 「太陽にはサンマータイムもなく、1時間早く地表に顔を出すので、 奥さん方がきっと主人につらく当たるようになるに違いない」 というような不満の声が掲載されていたようです >>429

[1044] 夜暑くて寝苦しいと言われていたともいいます >>1043

琉球の夏時刻制

[43] 米国支配下の琉球では、夏時刻 (夏季時刻夏季時間日光節約時間夏期時間サンマタイム) が実施されました。

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西暦年
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元号年 (日本本土)
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開始
e
終了
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>>230, 八重山 >>44, 奄美 >>234
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>>232, 八重山 >>44, 奄美 >>236, 沖縄 >>240, >>241
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>>231, 八重山 >>44
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>>195, 八重山 >>44
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実施あり 沖縄 >>242

[197] 時期に微妙な違いがありますが、誤りなのか実際地域により異なったのか不明です。 また終了日だけが示され時刻が示されていない場合、夏時刻最終日を表すのか冬時刻開始日を表すのか不明です。

[239] 1946年と1947年に実施されたのかは不明です。

[968] 八重山民政府告示第30号は、 このより時刻を1時間進めることとしました >>965。 これは南部琉球軍政府マクラム軍政官から、 軍政府に1時間進めた、 との通知があったことによるものでした >>965民政府からの通知文は付になっており、 軍政府が急遽実施したものが住民に知れ渡るまで数日の時間差があったのかもしれません。

[970] 八重山民政府告示第51号は、 をもって標準時に復帰するとの南部琉球軍政府からの通知を周知するものでした >>969。15日に告示されても既に過ぎてしまっているわけですが、 米国南部琉球軍政府からの通知文の日付も13日になっています。

[966] 20世紀末にまとめられたと思われる石垣市年表は、 から まで夏季時刻 (サマータイム) が用いられたとしていました >>44


[238] 1949年、1950年の臨時北部南西諸島政庁や1948年-1950年の沖縄民政府の公報には (すべて調べられたわけではありませんが) 同様の文書は見当たりません。 実施されなかったのか、公報に掲載されなかったのかは不明です。


[972] 米国八重山軍政府は、 より標準時に復帰することを指示しました >>971。 相変わらず当日になってからの通知ですし、 9月11日は月曜日であり、世界的な慣例 (土曜日深夜・日曜日早朝) からずれているのですが、週が開けてから慌てて復帰したということでしょうか。

[967] 20世紀末にまとめられたと思われる石垣市年表は、 から まで夏季時刻 (サマータイム) が用いられたとしていました >>44


[237] 日本本土の実施時期とは、ずれがあります。 1948年の実施時期は南朝鮮と一致します (朝鮮半島の標準時参照)。 東京米軍極東軍司令部が5月に夏時間に移行したのを受けて、 周辺地域も1ヶ月遅れで追随したのでしょうか。

[229] 日本本土での夏時刻実施期間はまだ日本と琉球との民間貿易が認められなかったため、 日本本土や琉球の住民が相互に行き来することは (密貿易を除き) ほとんどなかったと思われ、 夏時刻切り替え期に一時的に時差が生じたとしても、 大きな問題にはならなかったのかもしれません。 日本の国会の夏時刻法案の審議でも、琉球との関係は全く話題になっていないようです。

[583] 日本参議院の審議では、議員が 「今日日本は鹿兒島の奄美大島を含めまして、約北緯三十度、北は北緯四十五度でありますから」 と発言しており、政府委員も特に訂正していません >>582。 この当時奄美諸島には日本政府施政権が及んでいなかったはずですが、 何を意味しているのかはよくわかりません。

[219] 日本本土が夏時刻を廃止した1952年以後、琉球でも同様に廃止されたのかどうかも、 不明です。 日本琉球時差への言及がほとんど見つからないことから、 ほとんど同時期に廃止されているとは思われます。

[689] 琉球での夏時刻実施には、統治者である米国米軍の意思が強く働いていたものと推測されます。 日本本土も大韓民国も、以後夏時刻は実施していません。 大韓民国標準時改正には米軍は反対しています。 つまりこの時期の米軍は同一の時刻を用いることに重大な関心を持っていたと思われますから、 琉球のみで夏時刻を継続したとは考えにくいでしょう。

[234] 公報 一九四八年六月十五日 第三十七號 臨時北部南西諸島政廳 - 政廳 特別告示 >>233

▲特別告示第二號

軍政府長官の指令に依り日光節約時間の件(北部南西諸島軍政府指令一九四八年第六號)を次のように告示する

一九四八年六月一日

臨時北部南西諸島

知事 中江實孝

北部南西諸島軍政府指令

一九四八年第六號

日光節約時間の件

北部南西諸島に日光節約時間制(夏期時間制)を實施するため、 一九四八年六月一日午前零時を期し、本諸島に於ける一切の時間を一時間進める様指令す

一九四八年六月一日

北部南西諸島軍政府長官

砲兵中佐

ヘンリ・ビ・ジョセフ

[236] 公報 一九四八年九月十五日 第四十五號 臨時北部南西諸島政廳 - 政廳 特別告示 >>235

特別告示第四號

北部南西諸島軍政府長官の指令に依り日光節約時間の件(北部南西諸島軍政府指令一九四八年第八號)を次のように告示する。

一九四八年九月八日

臨時北部南西諸島

知事 中江實孝

北部南西諸島軍政府指令一九四八年第八號日光節約時間(サンマタイム)制の件

一九四八年九月十二日午前零時を期し、北部南西諸島軍政府指令一九四八年第六號はこれを廢止し、 本諸島内の一切の時計を一時間遅らせる。

一九四八年九月八日

北部南西諸島軍政府長官

歩兵大佐

ヒユー・デイ・アデア

[240] 沖縄民政府 608_部長会議 1948年9月10日 ( 版) <http://www.archives.pref.okinawa.jp/hpdata/gikaikaigiroku/html/608_%E9%83%A8%E9%95%B7%E4%BC%9A%E8%AD%B0%E3%80%801948%E5%B9%B49%E6%9C%8810%E6%97%A5.html>

サンマータイムは来る十三日(月)より解除元通りになる。

[241] 609_軍民連絡会議 1948年9月10日 ( 版) <http://www.archives.pref.okinawa.jp/hpdata/gikaikaigiroku/html/609_%E8%BB%8D%E6%B0%91%E9%80%A3%E7%B5%A1%E4%BC%9A%E8%AD%B0%E3%80%801948%E5%B9%B49%E6%9C%8810%E6%97%A5.html>

◎サンマータイムの切りかへは来る十三日(月)午前〇時から。

[242] 第9回沖縄群島議会(臨時会)第二部委員会議事録 1951年7月30日 ( 版) <http://www.archives.pref.okinawa.jp/hpdata/gikaikaigiroku/html/08_%E7%AC%AC9%E5%9B%9E%E6%B2%96%E7%B8%84%E7%BE%A4%E5%B3%B6%E8%AD%B0%E4%BC%9A%EF%BC%88%E8%87%A8%E6%99%82%E4%BC%9A%EF%BC%89%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E9%83%A8%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A%E8%AD%B0%E4%BA%8B%E9%8C%B2%201951%E5%B9%B47%E6%9C%8830%E6%97%A5.html>

○新里銀三君 第五条の興行時間は十一時限とあるがサンマータイムの十一時では興行に支障ありませんか。事実田舎等では午前の一時頃までやっているようですが、何んとか出来ませんか。

再導入論

[600] 夏時刻が一旦廃止された後、しばらく再導入を主張する者はいなかったようです。 再び夏時刻賛成派が目立つようになったのが石油危機でした。 その後資源節約ゆとり地球温暖化防止、 京都議定書目標達成、 東日本大震災後の電力不足対策、 東京五輪働き方改革時代に応じて少しずつ主張をすり替えながら、 根強く実施を狙い続けています。

[908] 何度か政府の委員会や国会議員の会合で取り上げられ、 法案提出直前までこぎつけたこともありましたが、 結局いずれも色々な理由でフェードアウトしているようです。

[796] 21世紀に入ってからは、 本来の夏時刻の即時導入は難しいと判断したのか、 夏季営業時間制を日本版サマータイムなどと呼称して小規模な実証実験を繰り返し、 賛成派を増やそうとしているようです。 案の定時差出勤と本来の夏時刻が混同され、 議論が混乱しているようです。

[895] 政財界報道では賛成意見ばかりが目立っていますし、 世論調査でも賛成する国民はどんどん増えていっていることになっています。 20世紀末の fj では賛否両論のように見えますが、 21世紀のブログ2chスラッシュドットTwitter のような Web 上の国民の意見は、反対が上回っているように見えます。 声の大きな賛成派と国民との意見の乖離が、 順調なはずなのになぜか導入が進まない原因なのかもしれません。

[1101] 平成夏時刻推進運動の構図

[821] 石油危機の折夏時刻の実施が提案されました。

[797] 石油危機以前に日本夏時刻の再実施を主張した者がいたのかは不明です。 しかし21世紀夏時刻賛成派につながる流れの源泉は、 石油危機のようです。

[1076] 第一次石油危機の折、夏時刻実施の「機運が生じた」 >>1073 といいます。

[1067] の記事によると、 日本政府通商産業大臣諮問機関産業構造審議会 (会長は経団連会長の土光敏夫) の総合部会 (部会長は東京大学名誉教授有沢広巳) は報告書産業構造ビジョン実現のために: 持続的成長への課題と産業政策の方向 >>1065 をまとめ、 田中龍夫通商産業大臣に提出しました。 本報告書では、「省エネルギ体系化の試案」の1つとして、 「サマータイム」が挙げられていました。 >>1066

[866] 日本政府省エネルギー・省資源対策推進会議石油消費節減対策の推進についてにおいて、 夏時刻の実施が検討項目に挙げられました。

[864] 日本政府通商産業大臣江崎真澄は、国会で、 資源節約のため検討しているが効果は薄そうだとの見解を示しました >>863

[867] 、 再び夏時刻の実施が検討されました。

[869] 総理府世論調査では、 賛成が 42.2%、反対が 35.0%、わからないが 22.9% でした >>868, >>1073。 そのため夏時刻実施の機運は熟していないと判断されました >>1073

[865] 結局日本では実施されませんでしたが、 諸外国では石油危機対策の資源節約を理由に夏時刻を実施した例がいくつかありました。
[863] 衆議院会議録情報 第087回国会 商工委員会 第13号 (昭和五十四年五月八日(火曜日) 午前十時三十七分開議 ) <http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/087/0260/08705080260013c.html>
渋沢委員

サマータイムについての法制化について何か検討があるように伝えられていますけれども、具体的に何かそういう検討の用意があるのかということを含めて、最後にお尋ねいたしたい。

江崎国務大臣

サマータイムにつきましては、週休二日制などと同様にいま前向きに検討しておりますが、ただ、サマータイムは、エネルギー節約という面から言うと、ムードづくりにはなるかもしらぬが、さまで大きな効果は上がらないというのが関係者の一致した見方のようであります。


[1077] 石油危機が去ったことで夏時刻の議論も一度は収まったようですが、 地球環境問題への関心の高まりから、再び省資源の手段としての夏時刻導入が謳われるようになりました。 ちょうど時を同じくして労働時間削減、時短による「ゆとり」 の享受に社会的関心が向けられていました。かつて夏時刻は労働強化に伴うとの激しい反発で廃止に至りましたが、 夏時刻推進者らは夏時刻により「ゆとり」が創出されるとの正反対の理論を構築し、 世論の支持を集めようとしたようです。

[870] 日本政府経済審議会国民生活部会報告で夏時刻実施が提案されました >>868

[871] 日本政府省エネルギー・省エネルギー資源対策推進会議夏期の省エネルギー対策夏時刻実施が提案されました >>868

[1075] 財団法人省エネルギーセンターサマータイムの検討委員会が設置されました。 中上英俊らが関わっていました。 >>1073

[1086] 中上英俊夏時刻導入派の中心人物の一人であり、 に至っても未だに夏時刻導入を主張している >>1085 ようです。

[820] 日本政府国民生活審議会総合政策部会余暇・生活文化委員会報告書、 総合エネルギー調査会総合部会中間報告、 総合エネルギー調査会省エネルギー部会中間報告で夏時刻実施が提案されました >>868

[889] 日本政府地球温暖化防止行動計画は、 「二酸化炭素排出の少ないライフスタイルの実現」のため夏時刻を検討するとしました >>885

[890] 日本政府環境白書は、 「省エネルギーによる環境負荷軽減策の1つとして、二酸化炭素の排出量の抑制に資する社会制度導入」 を挙げ、夏時刻の検討に触れました >>885

[791] 世論調査では、 賛成とどちらかといえば賛成が 35.2%、 反対とどちらかといえば反対が 30.5%、 わからないが 34% でした >>664, >>868

[1078] 財団法人省エネルギーセンター社会制度面調査 (サマータイム) 委員会報告 サマータイム制度に関する調査報告書 が提出されました。 >>1073

[872] 日本政府の新経済計画「生活大国5カ年計画」は、 「省エネルギーの促進や国民の余暇活動の増進を図るため」 夏時刻を検討するとしました >>868

[873] の調査では、 賛成が 43%、反対が 34%、わからないが 23% でした >>868

[874] 日本政府通商産業省資源エネルギー庁長官私的諮問機関サマータイム制度懇談会が設置されました >>868, >>904

[874] 日本政府総合エネルギー調査会基本政策小委員会中間報告で夏時刻実施が提案されました >>868

[875] 財団法人省エネルギーセンター社会制度導入に関する調査研究(サマータイム)委員会報告書 サマータイム制度に関する調査報告書 ―― ゆとりと豊かさが実感できる環境調和型の新しいライフスタイルの実現に向けてが提出されました。 >>868, >>1073

[1079] 社団法人スポーツ産業団体連合会株式会社余暇開発センター日本版サマータ イムスタイルに関する調査研究を、 財団法人社会経済生産性本部日本のゆとりとサマータイムを考える ―― わが国におけるサマータイム制度の導入に関する意見調査・報告書を、 日本労働組合総連合会サマータイムに関するアンケート結果を提出しました >>1073

[905] 通商産業省資源エネルギー庁サマータイム制度懇談会サマータイム制度懇談会報告書を提出しました。 >>1073

[822] 日本のゆとりとサマータイムを考える会が設立されました >>904高原須美子が会長 >>818, >>293深海博明が代表幹事 >>293 でした。 冊子みんなで話してみようサマータイム制度を発行していました >>904

[854] 高原須美子経済企画庁長官を務めていました。 石原慎太郎とも親しかったといいます。

[858] 資源エネルギー庁サマータイム制度懇談会報告書として サマータイム制度に関する提言を公表しました。

[886] 連合 (日本労働組合総連合会) が サマータイムに関するアンケートを実施しました >>885

[1095] 頃に警察庁で勤務していた森川浩平は、 通産省から夏時刻法案に関する協議があり、警察庁の担当者となりました。 夏時刻制に懐疑的だった森川は、庁内各局の業務への悪影響を説き、 警察庁夏時刻反対にまとめました。 また、夏時刻導入により交通事故が減少するとの通産省の主張に対し、 通産省の主張するレジャー外出者の増加に伴い交通事故は遥かに増加するはずだと反論しました。 森川ら警察庁の担当者は説明に来た通産省の担当者と「取調室のような狭い会議室」 で徹底的に議論したといいます。交通事故が減少するとの主張を通産省は取り下げたようです。 (が数年後に推進派はこっそりまた主張に含め出しました。) 森川は、他の省庁でも同様の反対があっただろうと推測していました。 >>1094

[1040] 1996年版の書籍によると、 資源エネルギー庁から、 5月 - 9月に夏時刻を実施することを検討していた >>1037 といいます。

[1080] 財団法人社会経済生産性本部日本のゆとりとサマータイムを考える会は、 太陽の恵みを生かす社会システムの提唱を提出しました。 >>1073

[891] 通常国会時に参議院法制局夏時刻法案を作成しました >>885

[801] 参議院サマータイム制度研究議員連盟が設立されました >>868, >>885自民党田沢智治が代表世話人を務めていました。 遅くてもには夏時刻を実施したいとの資源エネルギー庁の意向により法案の準備が進められ、提出された場合成立する可能性が高いとの報道もありましたが、 結局提出されませんでした。

[876] の調査では、 賛成が 47%、反対が 30%、わからないが 23% でした >>868

[906] この時期の夏時刻導入案は、 通商産業省資源エネルギー庁外郭団体省エネルギーセンターに設置されたサマータイムとゆとりを考える国民会議が主導していました >>904


[423] これまでの日本政府夏時刻推進は資源エネルギー庁が中心となっていました。 そもそも資源エネルギー庁石油危機対策のため設置されましたから、 その対策の夏時刻導入は悲願だったのかもしれません。 しかしになると上位組織の通商産業省や、 環境庁へと中心が変わってきたように見えます。

[878] 日本政府温暖化対策関係審議会合同会議総合エネルギー調査会需給部会中間報告夏時刻が提案されました >>868

[877] 地球温暖化対策推進本部幹事会は、 地球環境と夏時間を考える国民会議設置を決定しました >>885日本政府地球温暖化対策推進大綱を決定し、 地球環境と夏時間を考える国民会議を設置して夏時刻制度を検討することが盛り込まれました。

[893] 慶應義塾大学大学院教授茅陽一座長とし、 経済企画庁環境庁通商産業省を幹事とする地球環境と夏時間を考える国民会議は、 約1年かけて各界関係者からの意見を聴取し、 に最終報告書を提出しました。 報告書は、約2年の準備期間の後、 4月の第1日曜日から10月の最終日曜日に夏時刻を実施することが望ましいとしました >>415

[578] この会議は夏時刻への反対意見も受け付けながらも十分な検討がなされず、 夏時刻導入ありきで議論が進められているとの批判もありました >>550

[894] には、総合エネルギー調査会需給部会中間取りまとめも決定されていました >>885

[627] 総理府世論調査では、 賛成が 53.9%、反対が 25.3% で初めて賛成が過半数となりました >>664, >>415

[1081] 日本のゆとりとサマータイムを考える会監修財団法人社会経済生産性本部制作した 15分の動画おいしい夏時間が教育機関に配布されたようです >>1072

[575] には、 にも夏時刻法案を提出するべく準備が進められていたと新聞で報道されたようです >>550

[410] 日本のゆとりとサマータイムを考える会事務局である財団法人社会経済生産性本部 (会長亀井正夫) は、 全国の地方自治体首長のアンケート結果を発表しました。 それによると、「9割近くが賛成」であり、うち「大いに賛成」が 23.5%、 「条件付きで賛成」が 63.7% でした。回収率は 46.0% でした。 >>293

[1058] しかし新聞報道によると、 「政府首脳」は国民会議報告書に関して否定的な立場を表明し、 政府として2001年実施を目指しているわけではないと述べました >>1057閣僚懇談会では、 真鍋賢二環境庁長官堺屋太一経済企画庁長官与謝野馨通商産業大臣が賛成意見を示したものの、 他の閣僚が慎重意見を表明しました >>1057。 「政府首脳」の見解と閣僚懇談会の内容が入り混じりつつ 「政府首脳」の見解を見出しに取り上げた、 情報の整理としてはひどい記事ではありますが、 おそらく「政府首脳」は政府内で強い影響力を持つ人物で、 夏時刻実施に向かう可能性は低いと記者は判断したのでしょう。

[1059] なお川崎二郎運輸大臣国際線発着時間調整に2年は必要だと指摘したようです >>1057。この記事では当時の川崎の賛否は読み取れませんが、 川崎は後に夏時刻推進の中心人物となっています。

[912] 頃、 夏時刻導入は見送りとなったようです >>911

[900] 環境庁経済企画庁通商産業省地球環境とライフスタイルに関する世論調査では、 賛成が 60% (賛成 13.5%、条件が整備されれば賛成 46.2%)、 反対が 20%、 わからないが 20% でした。回収率は 67.3% でした >>898

[887] 財団法人余暇開発センター新エネルギー等導入促進の基礎調査報告書~地球環境とライフスタイルに関する調査夏時刻を扱いました >>885

[910] 鹿児島大学天文学者森本雅樹は、 鹿児島での経験から経度差が大きな全国一律の夏時刻の実施は不適切であるとし、 反対活動を展開しました。討論会などで市民の意見を集め、 賛成派は実生活の不便を無視して強引に進めようとしていると非難しました。 >>1034, >>904, >>909

[422] 大阪市立科学館Yoshiya WATANABE は、などの文化への影響を懸念すると共に、 大阪市立科学館星を見る会が夜遅い時刻となるため中止を検討していると書いていました >>416

[418] の年初、中央省庁再編により経済企画庁は消滅し、 内閣府に引き継がれました。環境庁は格上げされ環境省となりました。
[1037] () <http://katsu.watanabe.name/ancientfj/article.php?mid=1996Mar18.092519.1257%40sfc.keio.ac.jp>

<サマータイム>(引用:知恵蔵1996 921p) 資源エネルギー庁は95年から5~9月に実 施する方向で検討に入っている。

[1057] 夏時間制度導入: 否定的な立場を明らかに--政府首脳 (1999年5月14日 ) <https://web.archive.org/web/20001203142100/http://www.mainichi.co.jp/news/selection/archive/199905/14/0515m118-100.html>

政府首脳は14日、政府の「地球環境と夏時間を考える国民会議」(座長、茅陽一・慶応大大学院教授)がまとめたサマータイム制度導入を求める報告書に関して、「私は手放しでは喜べない。政府として2001年度実施をめざしているわけではない」と述べ、導入に否定的な立場を明らかにした。同日の閣僚懇談会では、推進論と慎重論が飛び交い、導入には閣僚にも抵抗があることが浮き彫りになった。

政府首脳は「戦後の一時期、唐突に実施されて国民が混乱した苦い経験がある。私自身、暗いうちから勤めに出かけ、疑問を感じた」と自らの体験を披露。「日本は南北に長いのに、全国一律に実施して大丈夫なのか」と指摘し、「地球温暖化防止策の選択肢の一つではあるが、(世論は)まだ賛否両論までも行っていない」との認識を示した。

閣僚懇では、担当の真鍋賢二環境庁長官が「地球温暖化対策になり、大量生産・大量消費社会の転換にもなる」と導入の意義を説き、「明るい時間の有効活用によって、人々の行動の選択肢拡大をもたらす」(堺屋太一経済企画庁長官)「家庭などでの一層の省エネルギーに役立つ」(与謝野馨通産相)などの賛成意見が出された。

これに対し、関谷勝嗣建設相は「(世論調査で)賛成が50%を超えたというが、問題点を考えれば50%では少ない。大いに議論すべきだ」と国民理解の不足を指摘。野田毅自治相も「環境にプラスという前提で聞けば、賛成は5割を超えるが、それだけをよりどころに導入するのはいかがなものか」と疑問を投げ掛けたほか、甘利明労相は閣議後の会見で「マイナス面が議論されていない。もっと議論した方がいい」と、導入すれば労働力強化につながるとの懸念を示した。

また、川崎二郎運輸相は「導入するには、国際航空路線の発着時間の調整に、少なくとも2年は必要だ」と技術的課題もあることを提起した。 【伊藤 智永】

[1072] 環境学習教材 () <http://eco.pref.yamaguchi.jp/study/network/kyozai_vhs08.htm>

ビデオテープ(VHS)

おいしい夏時間(15分) サマータイム制度(夏時間)はどのようなものか、その仕組み、導入の目的、メリットなどについてわかりやすく紹介している。 H10 監修:「日本のゆとりとサマータイムを考える会」 制作:(財)社会経済生産性本部


[1063] 新聞報道によると、 環境省は2003年から夏時刻を実施する方針を決めました。 4月第1日曜日から10月最終日曜日まで1時間進めることを温暖化ガス削減に関する法案に盛り込むことを検討していました。 経済産業省などとも夏時刻導入を目指すことで一致していました。 >>1062

[787] には、国会環境大臣川口順子夏時刻導入を推進すると述べました >>653。しかし具体的な方策には言及しませんでした。

[792] 内閣府世論調査 地球温暖化防止とライフスタイルに関する世論調査 >>897 では、 賛成が 50.9%、反対が 28.8% でした >>664, >>654。 わからないが 20% でした >>868

[789] 国会環境副大臣風間昶は、 環境省夏時刻導入を検討しているものの、 国民の理解が不十分であり時間をかける必要があると述べました >>654

[601] 財団法人社会経済生産性本部生活構造改革フォーラムを設立しました。 茅陽一木元教子が代表となりました。 この団体は、 「日本人の生き方、暮らし方、働き方を見直す突破口としてサマータイム(夏時間制)の早期導入をめざす」 ものでした。 日本のゆとりとサマータイムを考える会深海博明も参加していました。 >>470

[856] 設立発表と同時に公表された国会議員アンケートの結果は、 66.5% (133人) が「賛成」または「どちらかというと賛成」、 28.0% (56人) が「反対」または「どちらかというと反対」 でした。回答率は 27.6% でした。 >>855, >>664 生活構造改革フォーラムは、賛成議員に超党派推進議連の設立を求めました >>855

[788] 地球温暖化対策推進大綱では、 の報告書を踏まえて夏時刻導入について国民的議論を行うこととされました >>385。 前回の大綱に報告書への言及が加わったのみで前向きな変更はなく、 実質的に判断保留とするものでした。

[790] 国会環境大臣大木浩は、 地球温暖化対策のため夏時刻は有効であり推進すると述べました >>651。しかし具体的なことには言及しませんでした。

[793] 生活構造改革フォーラムは、 全国の地方自治体首長のアンケート結果を発表しました。 それによると、 76.3% が賛成 (「賛成」 29.7%、「どちらかというと賛成」 46.6%)、 12.6% が反対 (「反対」 1.8%、「どちらかというと反対」 10.8%) でした。回収率は 29.3% でした。 >>857

[888] 全日本金属産業労働組合協議会 (金属労協) がまとめた文書は、 夏時刻推進の論点を整理し、夏時刻に強く賛同する姿勢を示していました。 この中では日米欧の夏時刻実施時期の統一や、 1時間ではなく2時間や3時間の繰り上げも検討課題として挙げられていました。 金属労協からに 6回の「サマータイム研究会」を開催していました。 >>885 金属労協第47回協議委員会は、サマータイム制度早期導入決議 を採択しました >>898

[899] 内閣府の調査では、 賛成が 63%、反対が 28%、わからないが 9% でした >>898

[809] かそれ以前に、 超党派の国会議員によるサマータイム研究会が設立されました。 加藤紘一が会長、川崎二郎が幹事長でした。 通商産業省サマータイム制度懇談会や民間の日本のゆとりとサマータイムを考える会で議論されている夏時刻について検討するものでした。

[802] 平沼赳夫 (経済産業大臣)、 川崎二郎山本公一中川雅治ら100名以上の衆参国会議員のサマータイム制度推進議員連盟が設立されました。

[948] 内閣府特命担当大臣小池百合子サマータイムに言及しました。 環境省環境税導入を検討していましたが、 日本経済団体連合会はそれに反対し、 対案としてサマータイムを示していました。 小池はサマータイム案を否定はしないものの、 環境税ノーネクタイなど他の方法を重視する見解を示していました。 >>947

[860] 生活構造改革フォーラムは、国会議員のアンケート結果を公表しました。 それによると、 賛成が 76.9% (174人、「賛成」が 47.3%、「どちらかというと賛成」が 29.6%)、 反対が 16.4% (37人、 「反対」が 3.1%、「どちらかというと反対」が 13.3%) でした。回答率は 31.3% でした。 140人が早期実施に賛成したことから、 通常国会法案を提出し、 から実施することをサマータイム制度推進議員連盟に求める、 としていました。 >>823

[813] 日本経団連会長の奥田碩は、 夏時刻を「温暖化防止のため検討すべきだ」と発言しました >>1088

[862] 生活構造改革フォーラムは、 地方自治体首長のアンケート結果を公表しました。 それによると、 80.3% が賛成 (「賛成」が 26.2%、「どちらかというと賛成」が 54.1%)、 10.6% が反対 (「反対」が 1.6%、「どちらかというと反対」が 9.0%) でした。 回答率は 57.1% でした。 この発表でも、通常国会法案を提出し、 から実施することをサマータイム制度推進議員連盟に求める、 としていました。 >>861 もっともこの調査はアンケートとして不適切との批判もありました >>896

[807] 朝日新聞世論調査では、 賛成が38%、反対が39%でした >>705

[811] 朝日新聞社の別の調査では、 酸性が31%、反対が49%でした (回答3372人) >>810

[902] 定期航空協会は、 夏時刻が実施された場合成田空港の運航可能時刻制限と各国空港の発着枠の問題のため国際線の運航に支障が生じる可能性があることや、 運行ダイヤ改正時期の観点から欧州夏時刻切り替えと同時の実施が好ましいことを表明しました >>901

[808] 産経Webの調査では、 賛成が15%、反対が85%でした (1001人が回答)。 >>703

[1091] 財団法人経済広報センターは、 前月に実施したアンケートの結果を公表しました。 賛成および条件付き賛成が64%でした (3919人が回答)。 >>1089

[1097] 末、 夏時刻推進派の中心人物である茅陽一は、 日本経団連後援の講演会 (1時間15分+質疑) を品川で行いました。講演内容は推進派の日頃の主張の通りに夏時刻のメリットを説明したものだったようですが、 質疑はほとんどが夏時刻に反対するものでした。 茅は感情的で稚拙な回答を繰り返すばかりだったといいます。 >>1096

[929] NHK の調査では、 賛成が 45.3% (525人)、 反対が 54.7% (633人) でした >>924

[824] しかし結局法案は提出されないまま、 郵政選挙により立ち消えとなりました (会長の平沼はこの選挙失脚しました)。 >>800

[995] 郵政民営化法案を優先しその他の法案の審議は先送りした、 郵政選挙小泉純一郎が勝利した、 小泉純一郎夏時刻制に興味を持っていなかった >>994 と説明する書籍もあります。 個々の説明は事実ですが (ただし小泉純一郎は後に夏時刻に反対していますが (>>882)、 この時点でどう考えていたのかは不明)、 それを並べてあたかも小泉純一郎夏時刻を潰したかのような印象を与えるのは不適切でしょう。 当時の政治状況において郵政民営化が最重要課題だったために結果的に夏時刻法案が審議されなかったのであって、 夏時刻法案を廃案に追い込むために郵政解散したというのはあり得ません。

[993] この頃北海道でも独自の夏時刻実施に向けた動きがありました (>>547)。

[1062] サマータイム2003年導入へ・環境省 (日付:2001/04/18 ) <https://web.archive.org/web/20010604223738/http://www3.nikkei.co.jp/kensaku/kekka.cfm?id=2001041801092>

環境省は春から秋にかけて時計を一時間進める夏時間(サマータイム)を2003年に導入する方針を決めた。来年の次期通常国会で法制化を目指す。地球温暖化防止の国際取り決めに基づく二酸化炭素(CO2)などの温暖化ガス削減を進めるには、夏時間導入をテコにした省エネ努力が不可欠と判断した。余暇の増加による景気浮揚効果も期待できるとみている。

環境省は温暖化ガス削減を目的に来年制定する関連法案に、夏時間制度の導入を盛り込む。4月第一日曜から10月最終日曜まで標準時より一時間早める案が有力。経済産業省など関連省庁も夏時間の導入を目指すことで一致しており、今後法案の中身を詰める。夏時間は、仕事や学校が朝涼しい時間に始まり日の高いうちに終わるため、企業などの冷房や照明時間が減るほか、余暇に充てられる時間が増す。CO2など温暖化ガスの排出は省エネ効果で年間約44万トン減り、余暇拡大に伴う新規需要は6400億円にのぼると政府は試算している。

[907] サマータイム - 住環境計画研究所 会長コラム 2002年06月01日 () <http://www.jyuri.co.jp/1304/>

改めてサマータイムのことを考えることになった。もう10年以上もこの問題に携わって来た者としてはいささか疲れ気味だが、肩を張らずに気楽に考えてみたいものだと思う。まさに地球温暖化防止は京都議定書調印を約束したわが国にとっては待ったなしの課題である。できることは何でも片っ端からやらないことには、とてもこの約束は達成できない。是非サマータイムも参加させてほしいのだが。それに加えて、夕方の明るい時間での新しいライフスタイルがありそうだ。是非若い人々に魅力ある提案を期待したい。

[385] (平成14年3月19日、地球温暖化対策推進本部, ) <http://www.env.go.jp/earth/ondanka/taiko/all.pdf#page=51>

夏時間(サマータイム)の導入について、「地球環境と夏時間を考える国民 会議報告書」(1999 年5月)も踏まえ、国民的議論の展開を図り、合意形成 を図る。

[705] サマータイム導入賛否二分 本社世論調査 (朝日新聞) - goo ニュース (2005年03月15日(火), ) <https://web.archive.org/web/20050316024412/news.goo.ne.jp/news/asahi/shakai/20050315/K2005031402330.html>

欧米などで広く採用されている「サマータイム」について、73%の人が「知っている」ものの、日本への導入をめぐっては、「反対」39%、「賛成」38%で、二分されていることが、朝日新聞社の世論調査(12、13日)で明らかになった。

賛否の理由をそれぞれ四つの選択肢から選んでもらった。反対する理由で最も多かったのは、「日本の風土に合わない」で、反対した人のうち32%が挙げた。欧米に比べて緯度が低いことが影響しているとみられる。続いて「体調が狂う」が27%。「長時間労働につながる」も26%で、明るいうちには退社しにくいことを心配してか、特に男性の30、40代に多かった。「手間がかかる」は9%だった。

賛成理由は「明るいうちに仕事が終わる」がトップで、賛成した人の35%が挙げた。以下、「省エネになる」31%、「健康によい」26%。「明るいうち」は20、30代、「省エネ」は20代で多い。「先進国の大半がやっている」は6%だった。

[703] YES? NO? 私も言いたい () <https://web.archive.org/web/20050525001340/http://www.sankei.co.jp:80/edit/anke/kekka/050501summertime.html>

Q あなたは、サマータイム導入に賛成ですか? YES 15% N O 85%

Q 日本人の生活サイクルに合うと思いますか? YES 13% N O 87%

Q 経済活性化や省エネ効果が期待できますか? YES 15% N O 85%

最新のニュースについて、ご意見をネット上で募集するコーナーです。22日の紙面で募集したテーマ「サマータイム法案」について、27日までに1001人(男性883人、女性118人)から回答がありました。

[903] 推進派の中心人物茅陽一金属労協北海道夏季営業時間担当者などが寄稿。 株式会社住環境計画研究所提供の図表や生活構造改革フォーラムのアンケート結果などが用いられている。
[1053] 一足先にサマータイム導入 | 日経 xTECH(クロステック) (2006/05/19 日経 xTECH(クロステック)著, ) <http://tech.nikkeibp.co.jp/it/article/Watcher/20060424/236136/>

先日の4月3日,月曜のことです。お客様から,SOSの連絡が入りました。

「突然,バッチ処理開始が1時間早く開始するようになりましたー」。

現場まで,新幹線で急行します。現場に到着し,時間を調べると確かに時間が進んでいます。さらに調べるとサーバーのタイムゾーン設定にJDTという見慣れぬ設定が含まれていました。

「JDTって一体何? 普通のJSTとどこが違うの?」とつぶやきながら調べてみると,どうやら日本夏時間のタイムゾーンのようです。米国産OSなので,夏時間がデフォルトなのでしょうか。お国柄を考慮して下さいとぼやきたくなります。


[936] 日本経済団体連合会 (経団連) と大韓民国全国経済人連合会 (全経連) は、「韓日の観光交流活性化に向けた5大実践事項」の1つとして 「サマータイムの韓日共同実施」を採択しました >>935。 両団体は ソウルで第1回韓日民間観光協力会議を実施していました >>1284

[815] 日本経団連は、経団連会館で幹部と自民党との意見交換会 「2007年自民党と政策を語る会」を実施しました。 経団連は夏時刻の導入を提言し、 自民党中川秀直幹事長は前向きに検討する考えを示しました。 >>812, >>816 これを受けて総理大臣安倍晋三官房長官塩崎恭久も、 提案を歓迎すると述べました >>816。 これらにより導入ムードが一気に高まった >>816 などと報道されました。 もっとも安倍晋三塩崎恭久のコメントは (報道から読み取れる限りは) 当たり障りのない一般的なもので、両者がどれだけ関心を持っていたのかは定かではありません。

[880] 日本政府 (安倍内閣) は骨太の方針2007閣議決定し、 京都議定書目標達成のため夏時刻または夏季営業時間を導入することとしました >>879

[978] 英語Wikipedia はこれに関する報道 >>977 を根拠に安倍晋三夏時刻導入を推進していた >>976 と書いています。閣議決定した方針に盛り込まれている以上首相安倍晋三反対はしていないのでしょうが、 積極的に賛成していたのかは不明です。 出典の報道 >>977京都議定書目標達成に安倍晋三が熱心だとは書いていますが、 夏時刻を推進しているのは政府だと書いていました。

[882] 決定に先立つ、 前首相小泉純一郎は、国の制度としての夏時刻の実施に反対を表明しました >>881

[931] 大韓民国全国経済人連合会 (全経連) はサマータイム導入対策シンポジウムを開催し、 大韓民国夏時刻を実施することを提案しました。 大韓民国全経連日本経団連は、 共同で日韓両国政府に夏時刻実施を働きかけていました。 >>1280

[952] 大韓民国全経連は、 大韓民国政府夏時刻実施を提案しました。 OECD 加盟国の中で夏時刻未実施は日韓両国のみであり、 日本から実施することを検討している、とされていました。 >>1283

[934] 在日韓国人向けの新聞は、 日本経団連全経連の呼びかけに応じて日本政府夏時刻実施を呼びかけた >>933 と説明していました。

[953] 大韓民国では日本が実施するからと説得し、 日本では大韓民国が実施するからと説得して両国同時に導入させようと働きかけていたのでしょうか。

[798] 世論調査 >>652 では、 賛成が 57%、 反対が 29%、 わからないが 14% でした >>868。 しかしこの調査には賛成への誘導があり不適切との批判もある >>828 ようです。

[804] 自由民主党地球温暖化対策推進本部を設置しました。 地球温暖化対策推進本部地球温暖化対策のため夏時刻制度を推進していました。

[814] 地球温暖化などを扱う洞爺湖サミットを契機としてサマータイム制度推進議連が 「再始動」し総会を実施しました。これは自民党の動きを受けて招集されたものだったようです。

[916] 、 議連はから夏時刻を実施する法案を提出することを総会で決めました。

[825] livedoorニュース世論調査では、 賛成が31.54%、 反対が68.45%でした >>819

[826] 日本政府総理大臣福田康夫は、 福田ビジョンを発表しました。 ここには夏時刻制度の導入が盛り込まれていました >>1100

[827] 自由民主党政調全体会議は、 夏時刻法案の提出可否の判断を政調会長谷垣禎一に一任しました。 これにより事実上今国会での夏時刻導入は失敗に終わりました。

[915] 自民党地球温暖化対策推進本部 (委員長は野田毅) は、 夏時刻導入などによる温暖化対策をまとめました。 >>892

[923] 日本政府経済財政諮問会議 (議長は総理大臣福田康夫) が下旬に決定する予定の骨太の方針08原案が報道され、 地球温暖化対策のため夏時刻を実施することが盛り込まれていることがわかりました >>922

[938] 日本公開天文台協会は、 夏時刻実施に反対する声明文を発表しました >>937

[1087] 発言小町アンケートでは、 賛成が13.6%、 反対が85.6%でした >>1042

[1284] 韓日財界、「サマータイム制同時実施」建議へ | Joongang Ilbo | 中央日報 (2006年09月18日17時58分 ) <http://japanese.joins.com/article/j_article.php?aid=79997>

 全国経済人連合会(全経連)と日本経団連は18日、ソウル新羅(シンラ)ホテルで「第1回韓日民間観光協力会議」を開き、両国の観光振興のために北東アジア観光共同体の構築やサマータイム制の同時実施などを各国政府に建議することにした。

  全経連と日本経団連は「サマータイム制は余暇を増やして国際観光振興を促進し、各国の内需にも寄与するはず」と説明した。

[812] ZAKZAK () <https://web.archive.org/web/20070523061820/http://www.zakzak.co.jp/top/2007_05/t2007052133.html>

サマータイム制に前向き…幹事長、経団連と意見交換

自民党は21日午前、都内の経団連会館で、日本経団連の御手洗冨士夫会長ら幹部と政策に関する意見交換を行った。この中で経団連側はサマータイム(夏時間)制を導入するよう提言。これに対し、中川秀直幹事長は「地球温暖化と断固戦うという意味でも真剣な議論を再度起こし、国民的な理解の中で目指していくべきだ」と語り、前向きに検討する考えを示した。

ZAKZAK 2007/05/21

[879] 経済財政改革の基本方針 2007 (平成 19 年 6 月 19 日 閣議決定 ) <https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizai/kakugi/070619kettei.pdf#page=40>

・国民運動の一環として、サマータイムあるいはそれに準じた取組(勤務・ 営業時間の繰上げ)の早期実施について検討する。その実施が残業時間の 延長につながらないようワーク・ライフ・バランスの取組を並行して進め る。

[1283] 全経連「サマータイム制の早期実施を」 | Joongang Ilbo | 中央日報 (2007年07月02日17時47分 ) <http://japanese.joins.com/article/j_article.php?aid=88932>

全国経済人連合会(全経連)は2日、サマータイム制がエネルギー節約、温室ガスの縮小、内需景気および観光交流の活性化、生活の質の向上につながるとし、政府に早期実施を建議した。

  全経連は「OECD国家のうち韓国と日本だけがまだサマータイム制を実施していないが、日本は来年からサマータイム制を実施する案を推進している」と付け加えた。

[1280] G-Search "side B" -日本でもサマータイム導入なるか? (2007年7月19日 (text by す) ) <http://db.g-search.or.jp/sideb/column/20070719.html>

日本同様、サマータイムを導入していない韓国でも『全国経済人連合会(全経連)は11日に開いた「サマータイム導入対策シンポジウム」で、景気活性化とエネルギー節減を目的にサマータイム制度の再導入を提言した。同制度をめぐっては、全経連と日本経済団体連合会(日本経団連)が共同で両国政府に導入を働きかけるなど日韓が足並みをそろえており、今後の動向に注目が集まる。』(NNAアジア経済情報 2007年6月13日)と報じられている。

[425] 国家公安委員会定例会議 () <https://www.npsc.go.jp/report20/06-05.htm>

第1 日 時 平成20年6月5日(木) 午前10時00分 ~ 午前11時20分

第2 出席者 泉委員長、佐藤、吉田、葛西、長谷川、田尾各委員 長官、次長、官房長、生活安全局長、刑事局長、交通局長、警備局長、情報通信局長 首席監察官

第3 議事の概要

2 報告事項

(5)サマータイム制度導入に伴う交通安全施設等の対応について

交通局長から、サマータイム制度推進議員連盟により検討されているサマータイム法案の概要及びサマータイム制度が導入される場合に必要となる信号機等の交通安全施設等の対応について報告があった。

[883] サマータイム反対 小泉元首相 - MSN産経ニュース (2008.6.11 21:32 ) <https://web.archive.org/web/20080615005110/http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/080611/stt0806112137004-n1.htm>

小泉純一郎元首相は11日午後、横浜市内で講演し、春から秋にかけて時計を1時間進めるサマータイム(夏時間)法案について、「反対だ。サマータイムを導入したい企業や役所は勝手にやったらいい。法律で縛る必要はない」と語り、導入は必要ないとの考えを示した。小泉氏はその理由として、時計の時刻を直す際に混乱が生じることなどを挙げた。

[829] 石原知事記者会見(平成20年6月6日)|東京都 (平成20(2008)年6月6日(金) 15:18~15:28 平成20年6月12日更新 ) <http://www.metro.tokyo.jp/GOVERNOR/ARC/20121031/KAIKEN/TEXT/2008/080606.htm>
記者

今日はサマータイムについて伺いたいんですが、ちょっと先週あたりから、政府や財界から、サマータイムの導入で、地球温暖化対策ということで推進する声が非常に高まっているんですが、知事は、サマータイム導入については、どのようにお考えですか。

知事

もうとっくに昔はやっていましたから、日本はね。当然やるべきだと思いますね。私もヨットレースで行ったりすると、夏、太平洋デイライト・セービングタイムとか、あるいはオーストラリアなんかでも、オーストラリア・デイライト・セービングって、夏時間、やっていますよ。日本が何でこれをやれなくなったかというと、成田なんだ、これ、成田。成田の住民闘争などでいろいろトラブルがあって、開港も随分おくれたけども、政府も随分気兼ねしましてね。結局あの飛行場は10時までしか使用しない、騒音の対策のために、ということになったんだけどね。これはやっぱり周辺の方々に、地球規模の大きな問題が起こっているんだから我慢してもらって、11時まであけるということをしませんとね、やってくる飛行機が非常に混乱するのと、いたずらに日本に来る前にそこで1泊して飛び直してくるということになりますからね、非常に無駄なんですよ。これはこの間も関東知事会でその話をしました。神奈川県の知事が事情を知らずに、「やれ、やれ」と言うから、やるのは当たり前なんだけど、「成田の問題なんだ」と言ったら、堂本さん(堂本暁子 千葉県知事)も、「これは私もよく承知していますから、航空需要に関して千葉県は積極的に話に応じる姿勢があります」ということを、私にも言っておられたんでね、これは多分実現するでしょう。また、しなくちゃいけないと思いますな。はい。

記者

積極的に、今後、知事のほうからも何か推進するような…。

知事

いや、それは、あとは政府が言ったらいいことですよ。地球規模の問題なんだから。

[1041] 「サビ残増える」--サマータイム導入6割以上が反対 - CNET Japan (奥山順子2008年06月19日 18時07分 ) <https://japan.cnet.com/article/20375627/>

アイシェアは6月19日、サマータイムに関する意識調査の結果を発表した。

調査では、サマータイム制度の導入について64.9%が反対と回答、年代別にみると30代は71.4%と突出して高かった。

[917] には日本夏時刻の議論は下火になっていました。 自民党政権から民主党政権にかわった混乱の時期であり、 それどころではなかったのかもしれません。 一方大韓民国では引き続き夏時刻導入の動きが活発だったようです。

[884] 民主党衆議院議員篠原孝は、 衆議院外務委員会外務大臣に就任後間もない中曽根弘文 (サマータイム制度推進議連の事実上のリーダー) に質問しました。 篠原が夏時刻よりも夏季営業時間が好ましいと主張したのに対し、 中曽根はあくまで夏時刻への賛成を訴えました。 (ここまでの経緯はサマータイム制度推進議連参照。) >>648, >>1100 他の議員の多くも夏時刻に賛成していたようです >>648

[1099] 篠原が前日に質問通告したところ、 外務省環境省経済産業省とたらい回しにされ、結局外務省が持ち帰ったといいます >>1100。この時点で日本政府内には夏時刻制度所管の部署がなく、 どの省庁も消極的だったようです。

[805] 日本政府首相麻生太郎は、 日韓首脳会議後の記者会見で、 夏時刻を実施する場合日韓同時導入の効果が高く、 日本でも検討を進めると述べました >>188報道ではこの部分が見出しになって強調されているように見えますが、 議事録 >>1 を読むと慎重な検討が必要だとも述べていたようで、 推進というよりは現状認識を説明しただけのようです。

[806] 大韓民国の「政府高官」は、 大韓民国大統領李明博日韓首脳会談夏時刻の同時実施を提案する方向で検討中だと述べました >>932Wikipedia は、日韓首脳会議 (鳩山由紀夫内閣) で日韓共同の夏時刻導入を大韓民国が提案する方向で検討中とされた >>800 としています。しかしこれの日は実際には鳩山内閣発足前ですから、 にあった日韓首脳会談を指していると思われます。 大韓民国知識経済相崔炅煥は、 記者会見で、 日韓首脳会談でこの話題は扱われなかったが、 大韓民国政府内では協議が必要との議論があった >>189 と説明しました。

[930] 結局大韓民国では夏時刻導入は実現しませんでした。 日本との同時導入に合意できなかったことも一因とされていますが、 大韓民国内の準備不足を責任転嫁しているに過ぎないとの批判もある >>190 ようです。

[799] 国会での発言によると、 以前同じく +09:00標準時とする大韓民国とも協議が行われており、 日本夏時刻を実施する場合大韓民国もそれに合わせることに同意していた >>662 といいます。

[1] 日韓首脳会談共同記者会見 (平成21年6月28日, ) <http://www.kantei.go.jp/jp/asospeech/2009/06/28kyodo.html>

韓日同時サマータイム制の実施に関し、時差がない韓日両国が共に実施する方が両国経済に一層役立つと考えるが、これに対する見解如何。

麻生総理

サマータイムについては、昭和20年代に日本も導入した経験があり、ずいぶん明るいうちに夕食の時間になるとの思いをした経験がある。先進国でサマータイム制を実施していない国は余りない。先進国は概して緯度の高いところにあるので効果は大きいと思うが、サマータイムが、ライフスタイルの変革に及ぼす効果、労働環境に与える影響など、まだ総合的な検討が必要であり、韓国において議論が進んでいることも承知しているので、日本の対応を考えていきたい。日本においては、スポーツ団体などが非常に熱心である。日韓両国は、時差もないので、同時に実施すれば効果は大きいと考えている。

[188] 【経済政策】サマータイム:「日韓同時なら極めて効果大きい」 麻生首相…産業協力を進めることを確認 [09/06/29] (NIKKEI NET 2009年06月29日00時15分 ) <https://anchorage.5ch.net/test/read.cgi/bizplus/1246229450/l50>

麻生太郎首相は28日の日韓首脳会談後の記者会見で、夏に時計の針を1時間進める サマータイム制度について「やるなら一緒にやるというのは極めて効果が大きい」と述べ、 日韓同時で導入すれば経済効果が大きいとの認識を示した。

サマータイム制度は夏の日照時間の長さを活用するもので、温暖化ガス削減に効果が あるといわれる。首相は「韓国で議論がいろいろ進んでいることも知っている。 日本の対応を今後考えていきたい」と強調した。

[950] Ministry of Foreign Affairs, Republic of Korea (2009.06.29 Ministry of Foreign Affairs, Republic of Korea著, ) <http://jpn-kobe.mofa.go.kr/webmodule/htsboard/template/read/legengreadboard.jsp?typeID=16&boardid=10326&seqno=626838&c=TITLE&t=&pagenum=40&tableName=TYPE_ENGLEGATIO&pc=&dc=&wc=&lu=&vu=&iu=&du=>

李明博(イ・ミョンバク)大統領と日本の麻生太郎首相は28日、韓日経済団体関係者との懇談会 懇談会には全国経済人連合会(全経連)の趙錫来(チョ・ソクレ)会長をはじめ大企業グループ会長ら19人が、日本からは17人が出席した。趙会長は、サマータイムの韓日同時実施が必要だとの見方で両国財界関係者が共感したと述べた。

[189] 韓国知識経済相「サマータイムを日本と韓国で同時にやれば効果はばつぐんだ!」 (2009/12/01(火) 21:17:41.27 ) <https://tsushima.5ch.net/test/read.cgi/news/1259669861/>

韓国の崔●(=日の下に火)煥知識経済相は1日、記者会見し、 夏季に時計の針を1時間進める「サマータイム」制度を日韓同時に導入すれば「非常に効果が大きくなるのではないか」と述べ、 両国間で協議していく必要があるとの考えを表明した。

李明博政権は地球温暖化対策の一環として、 早ければ来年から韓国で同制度を導入することを検討中。 日本の政権交代を受け、課題となっている日韓同時実施について具体的な論議を促したといえそうだ。

崔知識経済相は、10月の鳩山由紀夫首相と李大統領の首脳会談ではこの問題が取り上げられなかったが、 首相訪韓を契機に「協議しないといけないのではないか、との議論が(韓国政府内で)あった」と説明した。(共同)

[190] 【韓国】サマータイム来年導入は事実上白紙、同時導入検討の日本の態度をうかがっているとの分析も[12/16] (聯合ニュース 2009/12/16 17:11 KST ) <https://yutori7.5ch.net/test/read.cgi/news4plus/1260958330/>

青瓦台政策ラインの高官は16日、「サマータイム導入による効果の分析や世論取りまとめなどの 作業にはもう少し時間が必要との指摘があり、現在としては来年導入は難しいと判断した」と 明らかにした。

政府は今年7月、李明博(イ・ミョンバク)大統領主宰の閣議で、サマータイム制の来年導入を 推進する方針を打ち出した。この時、制度の導入効果を報告した経済人文社会研究所は、 月から9月までサマータイム制を導入すれば、年間で1362億ウォン(約104億円)に達する 便益があり、生活パターンも先進国型に変わると述べていた。

経済協力開発機構(OECD)加盟国のうち、効果がほぼないとされるアイスランドを除くと、 サマータイム制を導入していないのは韓国と日本だけ。韓国だけが導入しても、 効果は出ないという懸念がある。政府関係者は「基本的にサマータイム制導入は、 韓国と同一時間帯の日本が同時に実施してこそ効果がある。 日本政府は財界などの反対で来年導入に難色を示しており、困っている」と話す。

また一部では、政府が事前に地ならしと外交的努力を十分しないまま性急に来年導入を 推進しておいて、後から日本の状況を理由に先延ばしにするのは無責任ではないか との指摘も出ている。

一方、青瓦台はこの日、公共機関を対象にサマータイム制を来年模擬実施するとした 一部の報道を、事実と異なるとした。

[662] 第174回国会 環境委員会 第9号(平成22年4月23日(金曜日)) ( 版) <http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/001717420100423009.htm>

韓国はもう同意を取りつけまして、日本がやるんだったら合わせますという同意も取りつけておりました。


[396] 東日本大震災後の日本全国の原子力発電所停止に伴う電力不足対策のため、 夏時刻制を実施するべきとの意見もありました >>707

[944] 日本政府 (民主党政権) の内閣府特命担当大臣蓮舫は、 電力不足対策の候補の1つとして、サマータイムに言及しました >>943

[946] 経団連サマータイムの導入を提案しました >>945

[942] 日本公開天文台協会は、 夏時刻実施に反対する声明文を発表しました >>941

[939] 震災前から夏時刻を支持していた >>829 東京都知事石原慎太郎は、 関東他県の知事と共に夏時刻実施を政府に提案したり >>835東京都庁夏季営業時間制を実施したりしました。

[399] 石原慎太郎はこの問題に触れるたびに成田空港発着枠問題がネックだと指摘しています。 実際それは夏時刻実施の障害の1つではあるのですが、それさえ解決できれば実施できるというものでもないでしょう。

[940] 日本政府 (民主党政権) は夏時刻実施にそれほど積極的ではありませんでしたし、 震災直後の混乱期であり国民もそれどころではない空気でした。

[1084] 蓮舫大臣提案のサマータイム 本当に効果あるか専門家試算 - ライブドアニュース (2011年4月12日 7時0分 NEWSポストセブン ) <http://news.livedoor.com/article/detail/5483116/>

地震による電力需給の逼迫が首都圏を直撃している。節電啓発担当の蓮舫大臣はサマータイムの導入を検討したいと語ったが、果たしてその効果はどの程度のものなのか、住環境計画研究所所長の中上英俊氏が解説する。

[835] 石原都知事らサマータイム提案 節電ポイント制も () <https://web.archive.org/web/20110429071005/http://www.tv-asahi.co.jp:80/ann/news/web/html/210426032.html>

東京、神奈川、千葉、埼玉の1都3県が行う夏の節電対策について、石原都知事らが具体案を政府に提言しました。

石原都知事らが政府に提案した夏場の電力需要を抑える節電策は、サマータイム制度の導入やパチンコ店の営業時間の変更、自動販売機の時間規制など9項目に上ります。 対応した仙谷官房副長官は「いちいちごもっともだ。できるだけ対応したい」と答えるにとどまったということです。

[834] 石原知事記者会見(平成23年5月13日)|東京都 (平成23年(2011)年5月13日(金曜) 15時01分~15時20分 平成23年5月19日更新 東京都著, ) <http://www.metro.tokyo.jp/tosei/tokyoto/profile/gaiyo/rekidai/20121031/kaiken/kako23/110513.html>
記者

環境省がスーパークールビズなるものを考えまして。勤務中にアロハシャツやTシャツでもオーケーということで、自治体にも呼びかけていくというのですが、知事、どのようにお考え……。

知事

結構だね。アロハシャツ大好きだよ。ネクタイ締めている人間が高級じゃないんだから、こんな衛生に悪いものはない、本当に。それから、何故、サマータイムやらないのかね。成田が譲歩して11時まで空港開けるようになって、羽田が国際化したことで慌てた訳だけれど、成田が10時までで制限してたんで飛んでこれなかったんだけど、11時になったら飛んでくる飛行機たくさんあるわけですから。だから、サマータイムやったらいいんです。やらないね、国は。

[833] 石原知事記者会見(平成23年6月3日)|東京都 (平成23(2011)年6月3日(金曜) 14時58分~15時23分 平成23年6月9日更新 ) <http://www.metro.tokyo.jp/GOVERNOR/ARC/20121031/KAIKEN/TEXT/2011/110603.htm>
記者

来週の月曜日から、東京都庁版のサマータイムというのが試験運用されるということなのですが、まずそれについて知事、どのように。

知事

再三言っているみたいに、東京都だけやってもしようがないんで、日本全体でやったらいいんじゃないの。前も言ったと思うけれど、かつてやって効果のあったサマータイムが、何故、最近になって出来なくなったかというと、国際線の肝要な空港であります成田が騒音問題で割食っているというんで居直って、10時以後は飛行機入れないと言い出したんです。こうなってくると、11時まで延ばせばサマータイムができるんだけれど、そうすると飛行機の料金とか便の予定が狂ってきて、色々な都合があるんでしょう。それで、結局、実質的に成田のおかげでサマータイムできなくなったんだけれど、羽田空港が国際化されて、新しい滑走路もできて、成田は客とられては大変だということだから、今度は11時まで結構だと言い出した。だから、これを機に、サマータイムやったらいいじゃないですか。そういうこともやらないんだ。いきさつは、国交省の役人は知っています。だったら、役人の言うこと聞いたらいいんだけれど、役人の言うこと一切聞かないというんでしょう、今度の政府は。だから、事務次官会議も開かない、みんな役所もばらばらで、こんな大災害対策、横串通すやつがいないもんだから、この体たらくです。

[832] 石原知事記者会見(平成24年5月18日)|東京都 (2012年5月18日(金曜) 15時00分~15時30分 平成24年5月28日更新 ) <http://www.metro.tokyo.jp/GOVERNOR/ARC/20121031/KAIKEN/TEXT/2012/120518.htm>
記者

そうなってくると、当然また同時に出てくる話がサマータイム制を導入したらどうだろうかというような、昭和23年あたりでも2、3年やってましたけどもね。

知事

やったらいいと思いますよ。出来なかった理由は、成田なんですよ。成田が10時以後は飛行機飛ばさないということになったので、外国がやっている便によっては、日本へ来る途中、例えばハワイならハワイで一晩明かさなきゃいけない。それは非常に向こうにとって無駄でね。ですけど羽田が、私と亀井が強引にやって、第4滑走路付けて、結局国際線にしちゃったでしょ。向こうも慌てて来た訳だ。

だから千葉県は、森田君もしっかりしてるから、前の知事はぐじゃぐじゃ言ったけど、よし11時にしようということで、11時まで飛行機飛ぶようになったんだから、もう堂々と、これから先は分かりません、今、少なくとも航空会社の時間表から言ったら、11時まで飛べるんだったらサマータイム出来るから、それもやったら良いと思うんだけどね。やらないですね。

[927] 当初記載されていた反対意見の多くは要出典とされ削除されたようです。 出典が足りていないだけで実際に見られる妥当な反対意見ばかりのようですから、 なぜ出典の追加ではなく意見自体を削除したのか不審です。

[955] 報道によると、 東京五輪組織委員会会長の森喜朗 (森元首相) は、 講演において、 東京五輪の暑さ対策のためサマータイムを導入するべきとの提案を受けたこと、 日本政府首相安倍晋三に 2時間のサマータイム +11:00 を実施することを提案したこと、 検討するが役人が反対することが想定されると安倍首相が返答したことを紹介し、 サマータイムの検討を進めることを示しました >>954

[145] その後に、 森喜朗組織委員会サマータイム実施を検討していることが伝えられました。 しかし年頭に年内に決めなければ間に合わないと森喜朗が述べた >>958 のを最後に消えてしまいました。 効果は薄い、あるいは実現性は低いと判断されたのでしょうか。

[959] この夏時刻の実施の提案は、 それまでの資源節約目的の主張とは異なるもので、 以前夏時刻を推進していた人達はあまり関わっていないようです。 東京五輪前に夏時刻を導入したととして、 それをその後も継続実施するつもりであるかどうかの言及も見当たりません。 あくまで東京五輪の便宜という観点での検討にとどまっているのでしょう。

[960] 五輪のためのサマータイムとしては、 大韓民国ソウル五輪での実施例があります。 大韓民国の場合は米国でのテレビ放送に都合の良い時刻とする目的で実施されたと言われています。 2年間実施されましたが、その後廃止されました。詳細は大韓民国の標準時を参照。
[402] 頃から日本政府働き方改革を掲げており、 プレミアムフライデーなど労働環境の改善を推進しています。 以前であればこれに夏時刻の導入を絡めようとする人もいたことでしょうが、 近年そんな話はまったく流れてきません。 かつての夏時刻推進派はすっかり力を失ってしまったのでしょうか。
[957] 森氏、五輪サマータイム提案に首相「なるほど」 : 東京五輪 : 読売詳報_緊急特集グループ : 読売新聞(YOMIURI ONLINE) (2014年10月24日 ) <http://www.yomiuri.co.jp/feature/TO000299/20141024-OYT1T50118.html>

2020年東京五輪・パラリンピック大会組織委員会会長の森喜朗元首相は24日、東京都内で開かれた読売国際経済懇話会(YIES)で講演し、暑さ対策として安倍首相に対し、サマータイム(夏時間)の導入を提案したことを明らかにした。

森氏が「(夏の)マラソンは倒れる人がいるのではないか。2時間ほどサマータイムをやったらどうか」と提案したのに対し、首相は「なるほど、考えてみる」と応じた。ただ、首相は経済産業省など省庁がサマータイム導入に慎重だとの考えも示したという。

[954] 森元首相 「五輪にあわせサマータイムを」 NHKニュース (10月24日 16時17分 ) <https://web.archive.org/web/20141024075152/http://www3.nhk.or.jp/news/html/20141024/k10015671161000.html>

森元総理大臣は「オリンピックなどの在り方を巡って、いろいろ提案を受けているが、その中に夏に生活時間を早めるサマータイムを導入してはどうかという案があった。導入すれば確かにマラソンも簡単になる」と指摘しました。

そのうえで、森氏は「安倍総理大臣にこの夏会ったときに『思い切って2時間ぐらいのサマータイムをやったらどうか』と提案した。安倍総理大臣は『なるほど考えてみよう。しかし、役所に言うと反対するんだよな』と言っていた。反対もあるだろうが、庶民の気持ちを大事に、できるかぎりやってみることも大事だ」と述べ、サマータイムの導入を検討すべきだという考えを示しました。

[507] 脱“社員一律”でメリット増す サマータイム成功企業の工夫 | 日刊ゲンダイDIGITAL (2016年8月24日 ) <http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/188325>

2020年の東京オリンピックで、暑さ対策からサマータイムを導入しようという議論がある。大会期間中の7月24日~8月9日(パラリンピックは8月25日~9月6日)は連日の猛暑が予想されるため、選手の負担を考え、時計を2時間早めようという動きだ。

[527] 東京五輪組織委・森喜朗会長 暑さ対策でサマータイム導入提案 祝日変更も - 産経ニュース ( (SANKEI DIGITAL INC.著, )) <http://www.sankei.com/politics/news/160927/plt1609270013-n1.html>

2020年東京五輪・パラリンピック大会組織委員会会長の森喜朗元首相が26日夜、BS日テレ番組に出演し、東京五輪が7月24日~8月9日に開催されることを踏まえた暑さ対策として、時計の針を一定時間進めるサマータイム(夏時間)導入を提案した。

森氏は「個人的な考え」と前置きした上で、「2時間早めれば(屋外競技の開始時間が)午前7時が5時になるので、朝の涼しいうちに終わる」とサマータイム導入の利点を述べ、検討を急ぐべきだとの考えを示した。

[528] 五輪競技会場の見直し 森会長「極めて難しい」 | NHKニュース (日本放送協会著, ) <http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160929/k10010710851000.html?utm_int=detail_contents_news-related-auto_001>

このほか会議では、マラソンやトライアスロンなど公道を使う競技について交通への影響を最小限に抑えるために大会期間中の平日を休日とするような法整備やサマータイムの導入について今後、検討していくことが確認されたということです。

[529] 特別立法で平日を休日に=サマータイムも検討-五輪調整会議:時事ドットコム ( ()) <http://www.jiji.com/jc/article?k=2016092900054&g=pol>

2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会や東京都などによる調整会議が29日午前、文部科学省で開かれた。一般道路を活用して競技を行う平日を特別立法で休日にしたり、暑さ対策としてサマータイム(夏時間)を導入したりすることについて検討する方針を決めた。

[830] 東京オリンピック・パラリンピック調整会議|東京都 (平成28(2016)年9月30日更新 東京都著, ) <http://www.metro.tokyo.jp/tosei/governor/governor/katsudo/2016/09/29_01.html>

平成28(2016)年9月29日(木曜)、東京2020大会の関係組織の代表者が集まる東京オリンピック・パラリンピック調整会議が文部科学省で開催され、小池知事が出席しました。

会議では、組織委員会から今後の課題となる、路上競技の問題、輸送問題、仮設会場の問題について説明がありました。特に、トライアスロンや自転車のタイムトライアルなどは、一部の日程で平日開催が予定されているため、交通規制の観点から、休日化やサマータイムの導入、ルートの変更など、さまざまな検討が必要であるとされました。

[143] インタビュー&トーク - 「東京五輪を機にサマータイムを」、“夏時間オタク”の投資運用会社社長:ITpro ( (ITpro著, )) <http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/14/262522/112800292/?rt=nocnt>

2020年に開催予定の東京オリンピック・パラリンピック競技大会。関係組織の代表者が集まる調整会議の場で、サマータイム(夏時間)の導入が検討されている(東京都の関連ページ)。日照時間が長い時期に1~2時間、時刻を進めるサマータイムの導入は、IT関係者にも大きく影響する。実際に導入された場合、どのような効果が期待されるのか。自称“サマータイムオタク”の、投資運用会社ディメンショナル・ジャパン・リミテッドのジョン・アール・アルカイヤCEO(最高経営責任者)に聞いた。

サマータイムの導入は、日本経済の目を覚まさせる「ウエイクアップコール」だと思っています。輸出額を伸ばすことも重要ですが、内需の拡大はさらに重要です。内需拡大のためには、一部の国民に関係があるような政策では効果が小さい。その点、サマータイムの導入は全国民が関係します。ここがポイントです。景気の「気」は気分の「気」です。国民全員が「変わった」と感じることができれば、景気は浮揚するはずです。

[958] 東京五輪の聖火リレー 森会長、被災地を「丹念に回ってあげたい」― スポニチ Sponichi Annex スポーツ (2017年1月4日 21:14 株式会社スポーツニッポン新聞社マルチメディア事業本部著, ) <https://www.sponichi.co.jp/sports/news/2017/01/04/kiji/20170104s00048000262000c.html>

2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長は4日、 暑さ対策としてサマータイムを導入する構想については法整備が必要で「ことし中に手を打たないといけない」と述べた。

標準時改正論

[840] 季節的な夏時刻ではなく、全年の標準時を改正する (通年夏時刻を実施する) べきとの主張も、マイナーながら存在します。


[913] 頃、 首都機能移転により那須が選ばれる場合、 標準時+09:20 に改めるという噂が流れていた >>911 ようです。しかし出所も信憑性も謎な噂で、 首都機能移転自体が検討の初期段階でしかありませんでしたから、 ただの与太話かもしれません。


[983] 永井俊哉は、通年夏時刻 +11:00 の採用を提案しました >>982

[996] 同じ頃北海道でも、独自の標準時の採用を主張する人達がいました (>>547)。

[1071] 、 取材で南鳥島沖ノ鳥島を訪れた朝日新聞コラムニストの船橋洋一 (後に朝日新聞主筆) は、 南鳥島+10:00 に、与那国島+08:00 にし3区に分けることを提案しました >>1070。しかしその動機は日本の海域の広さを認識できるという抽象的なものであり、 コラム記事の感想文を書く以外に実現に向けて具体的に活動した形跡は見当たりません。

[1070] asahi.com : コラム : 船橋洋一「日本@世界」 アジアの海洋文明を育てる (2004/01/08 ) <http://www.asahi.com/column/funabashi/ja/TKY200401080129.html>

日本中みな同じ時間であるのは不自然だ。最東端の南鳥島は内地より1時間早くていい。その逆に、最西端の与那国島は1時間遅くていい。この両者の間の距離は3千キロメートルを優に超えている。2時間の時差を導入してはどうだろう。日本の海域の広がりとたくらみをもっと認識するためにも。


[844]公務員清水宏一は、標準時を1時間繰り上げて +10:00 とすることを提案していました。 早起きにより時間を有効活用できる一方で、季節性の夏時刻の切り替えのデメリットを避けられるため好ましいとしていました >>845

[919] 清水宏一京都大学経営管理大学院寄附講座教授塩沢由典関西活性化研究会内に早起きニッポン研究会を設置しました >>843

[375] 関西活性化研究会は、 寄附講座が終了したため、 から財団法人関西社会経済研究所主催の関西の気風研究会となりました >>720

[918] 財団法人関西社会経済研究所事務局次長兼企画・分析チーム長の長尾正博は、 関西活性化研究会時代から標準時繰り上げの議論に参加し、 楽天リサーチに委託して意識調査を行いました。 関西の気風研究会塩沢由典清水宏一長尾正博は調査結果を記者発表しました。 >>376

[921] 関西の気風研究会は1年間活動を行いました >>920。 報告書によると、そのうち までの3回の研究会で、 清水宏一長尾正博が活動報告を行ったようです >>376

[448] 環境衛生工学分野の研究,教育への鋭い洞察,たろてんの独り言,J. of Taroten ( ()) <http://homepage3.nifty.com/turase/opi_j10.html>

環境衛生工学分野の研究,教育への鋭い洞察,たろてんの独り言,J. of Taroten (2010年、) <https://web.archive.org/web/20101023064847/homepage3.nifty.com/turase/opi_j10.html>

これは、タイのAITへ行ったときも感じたけれど、日本は、朝が遅く、夜も遅い。もう少し、朝型になれないものか。サマータイムが地球温暖化対策の一環として検討されているが、それよりも全体としてもう少し朝型へ生活を持っていくだけでもずいぶん効果がある。また、明石のような国土の西よりに標準時を持っているのは、地球温暖化対策としても好ましくない。サマータイムのかわりに標準時をもう少し東へ持ってきたらどうか。

著者に入っていない長尾正博が Abstract に文責として示されているという謎。

[837] 日本政府の第9回産業競争力会議で、 東京都知事猪瀬直樹は、日本標準時+11:00 とすることを提案しました >>838, >>839標準時を2時間繰り上げることで、 世界の他の金融拠点都市と営業時間が重ならなくなるため、 東京の拠点の重要度が高まる >>838 と主張しました。 またシンガポールシドニーなど他国の主要都市が通年夏時刻を採用している >>838 ことも指摘しています。

[841] 夏時刻ではなく標準時の改正がこれほど大きな場で提案されたのは初めてとみられ、 話題にはなりましたが、ほとんどは冷淡な反応でした。

[1069] 暦文協が発表した旧暦2033年問題に関する見解 >>1068 の比較表には、「猪瀬前都知事案」として +11:00 に基づき旧暦を計算すること、東アジア全体でこれを採用することでごとの違いを解消できることが触れられていました。 もっとも、可能な選択肢の1つとして検討中に挙げられたものを示したに過ぎないと思われ、 暦文協がこの案を推進しているわけではありません。また猪瀬案と名付けられてはいるものの、 旧暦+11:00 化を猪瀬が提案したわけではなさそうです。 (しかし日本標準時が改正されるなら、当然旧暦の計算に用いる時刻も再検討が必要になってきます。)

[1049] には、 偶然にも同じ日に2つの媒体清水宏一猪瀬直樹標準時改正を支持する趣旨の記事 >>1032, >>1048 が公開されました。しかし Web 上では反応もほとんど見られません。

[839] 5/22 第9回産業競争力会議議事録 (開催日時:2013 年5月 22 日(水) 17:20~19:00 ) <http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/skkkaigi/dai9/gijiroku.pdf>

標準時間を2時間早めることで、世界の1日のお金の流 れが日本から始まり、アジアの金融センターとしての地位が確立します。海外から富が 流入し、日本企業にお金が回り、賃金が上がり、雇用は増え、消費が刺激され、デフレ 脱却につながるという提案をさせていただきたいです。シンガポールは、既に1時間ず らして日本に近づけています。標準時間を2時間早くすることによって、海外に流出し た金融の拠点機能を呼び戻すことができるのではないでしょうか。

[38] 朝日新聞デジタル:日本の標準時「2時間早く」 都知事が提案、政府検討へ - 経済・マネー ( (The Asahi Shimbun Company 著, 版)) <http://www.asahi.com/business/update/0522/TKY201305220005.html>

[770] 朝日新聞デジタル:日本の標準時「2時間早く」 都知事が提案、政府検討へ - 経済・マネー (The Asahi Shimbun Company著, ) <https://web.archive.org/web/20130604035836/www.asahi.com/business/update/0522/TKY201305220005.html>

東京都の猪瀬直樹知事は、22日の政府の産業競争力会議で、日本の「標準時」を2時間早めることを提案する。東京の金融市場が始まる時間を世界で最も早くすることで、金融機関の拠点を日本に置く動きを促す狙いだ。政府は6月にまとめる成長戦略に盛り込むことを含めて検討に入る。

[771] ktgohanさんのツイート: "速報:『猪瀬直樹東京都知事、日本標準時(UTC+9)を、UTC+7(ロシア第5標準時、タイ標準時と同じ) に変更することを提言した』という報に接する。が、記事が朝日に出ていて虚構新聞に出てない。これは変じゃないか。 http://t.co/pAw3jv4ZS2" () <https://twitter.com/ktgohan/statuses/337099095145603072>

[772] >>771 のリンク先は >>770+07:00 と解釈したのはおそらく >>771 の人であって、 >>770 にはそのような記述はない。 >>771 の人が見た瞬間の記事内容が >>770 と異なる可能性は、 >>770>>771 の現在の内容を比較すると、低そう。

[836] 猪瀬知事、日本の標準時を2時間早める事を提案 | スラド () <https://srad.jp/story/13/05/23/0940217/>

[831] 知事の部屋 / 記者会見(平成25年5月24日)|東京都 (平成25年5月24日更新 猪瀬知事定例記者会見 平成25年5月24日(金曜) 15時00分~15時20分 ) <http://www.metro.tokyo.jp/GOVERNOR/ARC/20131224/KAIKEN/TEXT/2013/130524.htm>

【記者】東京新聞の臼井です。知事、先日のですね、産業競争力会議で、日本の標準時をですね、2時間早めるという提案をなさいました。メリットをですね、いろいろ強調されていたと思いますけれども、デメリットもあると思いますし、市民生活にも影響が大きいと思います。終了後の会見で、甘利大臣は、大胆な提案だとされた一方、冬の朝はまだ真っ暗かな、どうなんでしょうかねというふうにもおっしゃっていました。デメリットについては、知事はどのようにお考えになっていますか。

【知事】まず、大事なことは、今までの我々の20年間、低迷してきた経済をきちんと立て直す必要があるだろうと、そのときには、多少サプライズでも、このぐらいだという大きな、やっぱり、考え方の転換が必要でしょうと。まずは、ハードだけじゃなくて、ソフトで我々の意識の中でやはりどういうふうに我々自身が変わっていくことかということがなければならないという意味で、2時間前倒しと言いました、標準時。

ただし、これは、ちょっと誤解されているのは金融業界の話だという、受けとめている方がいらっしゃるが、そうではなくて、それもそういう面はあるけれども、やっぱり、アフターファイブで、例えば、今、これから一番夏至になると、大体7時半ぐらいまで明るいですよね。逆にいうと、朝4時ごろもう明るくなっちゃいますよ。ですから、2時間ぐらいずらすと、ちょうど9時半ぐらいがまで明るいわけですね。 コペンハーゲンやロンドンは、昼間すごく、夏は長いですね。だけど、冬は確かに夜は長いです。そういう意味で、冬は少し夜の時間が長くなりますね、2時間前倒ししますと。そういう意味で、冬はちょっと大変だね、みたいな話が甘利大臣から、ちょっとにこっとしながらおっしゃっていました。

ですから、ヨーロッパの場合にはサマータイムというのがあるのが、これは、なるほどなと僕は思っています。

2時間が実現するかどうかはわかりませんが、2時間という思想があれば、逆に、ウィンタータイムというのをつくったっていいんじゃないですかね。そういうことで、それなりの考え方ができるんじゃゃないかと思いますけれども、これから、問題を提起したんで、皆さんが議論を深めてもらう、発想の転換をちょっとしてもらいたいということであります。

[1032] 活動時間を変え ゆとりある豊かな生活へ :日本経済新聞 (2018/5/10 6:30 ) <https://www.nikkei.com/article/DGXMZO30241820Z00C18A5KNTP00/>

この発想は猪瀬直樹元東京都知事が日本の標準時を2時間早めると日本の市場が開く時間が他のアジア地域より早まり経済的に大きなメリットを見込めるとして提唱した。

経済的な面だけでなく他にもプラスの側面があるのではないかと考える。 ヨーロッパの人々が享受している生活のゆとりが生まれそうだ。

また就労後の時間が増えればウイークデーにスポーツを楽しむこともできる。

ポイントは労働の意識を変えられるか、であろう。 働き方の改革が叫ばれている今こそが大きなチャンスではないだろうか。 ゆとりある社会を目指すのに標準時の設定変更は一考の価値ありと思うが、いかがだろう。

(プロトレイルランナー 鏑木毅)

[1048] もし、日本時間が「2時間前倒し」されたら | TABI LABO (2018/05/10 TABI LABO著, ) <https://tabi-labo.com/286709/journey-staying-uk-07>

書籍『現役官僚の滞英日記』(PLANETS)の著者である現役官僚の橘宏樹氏が、自身が名門大学で過ごした2年間の滞英経験をもとに、英国社会の"性格"に迫ります。

僕がこのアイデアを初めて聞いたのは、元京都市観光政策監(京都の観光行政のトップで、事実上の市役所ナンバー3)の清水宏一氏から。僕は当時、なかなかぶっ飛んだアイデアだな、と大変驚きました。

その後調べてみたところ、政府の産業競争力会議(第9回2013年5月22日)でも、猪瀬直樹元都知事が同説を主張していました。

たとえば、サマータイムの導入によって「アフターファイブ経済」の開拓による国内市場の拡大、東証の取引時間の前倒し、規制緩和と英語公用等を認めて海外の金融エリートを呼び込める金融特区を都心の一部に設置するなどの政策が実行されると、「日本が本気でアジアの国際金融センターの地位を取りにきた!」と世界にサプライズを与えられるかもしれません。

標準時移動自体は、なかなか飛びつきにくいアイデアですし、導入するにしても配慮や調整が必要だとは思います。ですが、一概に否定せず、発想力のスケール感や議論の幅として、そのようなアイデアも視野に入れた議論が活発になされる日本であってほしいとも思います。

地域と標準時

[367] 日本の各地方の標準時の変遷は、細かく見ていくとかなり複雑です。

樺太

[725] 江戸時代の状況については、日本本土の項、北海道の項、江戸時代の時刻も参照。

[591] 19世紀、シベリア北満州と東進を続けたロシア帝国は、 樺太にも進攻しました。
[579] からにかけての諸政変により、 幕府は廃止され、明治政府の直接統治下に入りました。

[719] 施行改暦ノ布告 >>53 により、グレゴリオ暦定時法が実施されました。

[86] 批准樺太・千島交換条約により全島がロシア帝国領となりました。 この当時日露両国とも近代的標準時は実施していません。

[724] 明治時代以後の状況については、日本本土の項、北海道の項、中央標準時も参照。


[276] 明治38年/1905年に日露戦争日本が占領、 発効のポーツマス条約により南樺太日本領になり、 北樺太ロシア帝国に返還されています。 占領当時から中央標準時が使われた >>114 といいます。

[277] tzdataAsia/Sakhalin は、 まで地方時、以後中央標準時としています。 現地ロシア軍降伏と発効のどちらとも一致しませんが、 ポーツマス条約調印のはロシア側 (ユリウス暦) で8月23日に当たり、グレゴリオ暦への換算をしていない可能性があります。

[278] 大正9年/1922年には日本が再度北樺太を占領していますが (大正7年シベリア出兵、大正9年尼港事件)、 大正14年/1925年2月25日批准の日ソ基本条約により返還しています。 この時期の時刻は不明ですが、日本側は中央標準時を用いたと考えるのが自然でしょう。

[279] ソ連はこの時期まだ地方時を使っています。北樺太のロシア側が地方時を使っていたとすると、 南樺太と約30分の時差があったことになります。
[281] 大正7年 (シベリア出兵開始後で北樺太占領前) の旅行記 >>282 では、(おそらく懐中時計を持って) 南樺太から北樺太へ入って見物していますが、 時刻を調整したり、時差に気づいたりした形跡はありません。 ただこの時代の他の旅行記で時刻の記録があるものでも、 当然時差があるべき地点を通過しても特段の記述がなかったりするので、 確証とはいえないかもしれません。

[88] 昭和20年/1945年8月に南樺太ソビエト連邦に占領され、 12月30日に現地行政機関解体、 昭和21年/1946年1月に日本の施政権が停止されています。 以後ソビエト連邦ロシア連邦の支配下にあります。 tzdataAsia/Sakhalin は、 1945年8月25日までを中央標準時としていて、 これはソ連軍の樺太全島占領完了日に基づいているようです。

[87] 現在は全島でウラジオストク時間が適用されています。

千島列島と北方領土

[726] 江戸時代の状況については、日本本土の項、北海道の項、江戸時代の時刻も参照。

[594] からにかけての諸政変により、 幕府は廃止され、明治政府の直接統治下に入りました。

[710] 施行改暦ノ布告 >>53 により、グレゴリオ暦定時法が実施されました。

[365] 当時ロシア日本標準時はなく、地方時が用いられていました。 その後より中央標準時 (>>6) が実施されました。


[173] Time ChangesKURIL or KURILI ISLANDS は、 から標準時 +09:00、 それ以前は地方平時としていました >>139。 このという日付は他に KOREA でも見られますが (朝鮮半島の標準時参照)、根拠は不明です。


[37] Wikipedia は、千島列島占守郡時間帯+10:30 としています >>35, >>36 が、要出典とされており >>36、 実際どうだったのかは不明です。次に示す通り、疑わしいです。


[90] 昭和20年/1945年にソビエト連邦占守島から国後島までと色丹島歯舞群島を占領され、以後ソビエト連邦ロシア連邦の支配下にあります。 現在はスレドネコリムスク時間ウラジオストク時間 (かつてはマガダン時間) が適用されています。 ソビエト連邦はこの地域を1945年9月2日にハブフスク地方に編入、 1946年2月頃に軍政から民政に移管、 1947年にサハリン州に編入しています >>408。 どの時点で標準時が切り替わったのかは不明です。 その頃はまだ日本人が残っていたので、引き続き中央標準時を使っていたかもしれませんが、 ドイツソ連占領区域のように占領後すぐに切り替えられた可能性もあります。

[280] 占守島・1945 年 8 月 (<90A78DEC> 著, 版) <http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:ueO2_h8EnNgJ:https://src-h.slav.hokudai.ac.jp/publictn/JapanBorderReview/no2/02_itani.pdf>

ソ連側の作戦指揮を担当したカムチャツカ防衛区軍 が作成した報告書「カムチャツカ防衛区軍による1945年8月15-31 日のクリル諸島北部における戦闘行動日誌」(30) を利用した(以下「戦闘行動日誌」と略記)。 これは戦役終了直後に作成された機密文書である。

なお、日本側とソ連側の記録には時差が存在する(ソ連側が2時間早い)が、本稿では特 に断りのない限り、日本時間を使用する。

北海道

[66] 北海道江戸時代には既に日本の一部でした。 時期と地域により、幕府領、松前藩領、その他各領に分かれていました。

[727] 江戸時代の状況については、日本本土の項、北海道の項、江戸時代の時刻も参照。

[564] 大政奉還王政復古により、 幕府は廃止され、幕府領は朝廷 (明治政府) の管理下に入りました。
[567] 蝦夷共和国軍が蝦夷地に進攻し、 には全土を支配下に置きました。
[568] 明治政府蝦夷地に進攻し、 には全土を支配下に置きました。
[565] 版籍奉還により、 諸明治政府の管理下に入りました。
[566] 廃藩置県により、廃止され、 全域が明治政府の直接統治下に置かれました。

[595] 施行改暦ノ布告 >>53 により、グレゴリオ暦定時法が実施されました。

[394] には札幌時計台による報時が始まっています。 鉄道もこれを基準とした (>>533) 他、市内の標準時計ともされました。

詳細は札幌時計台を参照。

[728] 明治時代以後の状況については、日本本土の項を参照。


[547] 1990年代末から2000年代初頭にかけて、 北海道では中央標準時よりも早い時刻を夏季または通年で採用するべきとの意見が複数現れました。

[541] に発足した北海道の「時」を考える会は、北海道標準時 +10:00 を提案しました >>540 (提案の時期は不明)。

[537] 頃から、 札幌商工会議所北海道での夏時刻の導入を主張し、 様々な活動を行いました。 これは「北海道サマータイム」と呼ばれ、 道内企業や北海道庁での実証実験も何度か行われました。

[546] 札幌商工会議所は4月第1日曜日から9月最終日曜日まで、 +10:00 または +11:00 を用いることを提案していました >>991。 しかし「北海道サマータイム」と称して実際に試行されたものは、 時刻の変更を伴わない単なる夏期営業時間制度でした >>990札幌商工会議所による公式の説明自体が時刻を変更する本来の夏時刻制と北海道で実施された夏期営業時間制度を区別しておらず >>991、第三者の混乱を招く状況でした。 「北海道サマータイム」は全国的な夏時刻制の推進の文脈でも成功例として頻繁に取り上げられており 例えば >>384時刻の変更を伴う夏時刻制による混乱の可能性を伏せて賛成世論を醸成するため意図的に混同させているのではないかとの批判もあります。

[1061] 石屋製菓社長の石水勲は、 北海道で夏季に「北海道だけが2時間早く経済活動を始め」ることを提案しました >>1060。意図していたのが夏時刻なのか夏季営業時間なのかは不明です。

[963] 、 当時全国での実施が検討されていたサマータイムについて、 法学者林紘一郎北海道でのみ実施するべきと語った >>596 といいます。しかし林がその実現に向け積極的に活動していた形跡はありません。

[997] 札幌商工会議所は、 第31期政策委員会にサマータイム小委員会 (座長 石水勲) を設置し、 日本政府構造改革推進本部特区制度の2次募集に、 「北海道サマータイム特区」を提案しました >>992。 これは北海道において4月第1日曜日から9月最終日曜日まで、 +11:00 を用いることを提案するものでした >>992。 しかし日本政府側で担当省庁が定まらず、それ以上は進みませんでした >>599, >>206

[544] この提案は北海道札幌市にも持ち込まれており >>989頃の道民からの政策提案リストにも独自の標準時サマータイムの導入が挙げられていました >>542, >>543

[539] 北海道の民間企業合資会社ワイアンドエスの運営するなんまらドットコムは、 サマータイム実験に触発されたとして北海道標準時 (HSTHokkaido Standard Time) +10:00 を提案しています >>538。 しかしこの説明 Webページに現在時刻の表示がある他は、 利用実態があるようには見えません。 東経142度付近の大雪山旭岳 (北海道本島のほぼ中心にある) を「基準」とするとしながら、 「便宜上」1時間進めるという >>538 のは謎です。 Webサイトの表示は「基準」の +09:28 ではなく、 +10:00 となっています。


[998] 札幌なにかができる経済人ネットワーク有志により設置された >>999 北海道150年物語実行委員会北海道150年物語の「アイデア」 を募集したのに対し、 株式会社北海道良水代表新藤大次郎は、 北海道標準時+11:00 とすることを提案しました >>986, >>987。 その理由は証券取引所の取引開始が世界一の早さとなることとされています。 舛添要一日本標準時改正案 (>>837) と同じ理由ですが、 それ以前から「北海道サマータイム」の利点として挙げられていたものでもあります >>545

[1000] この北海道150年物語は、 北海道庁による北海道150年事業に採択されたもので >>989、 一応は行政の支援を受けた活動ではあります。しかしこの「アイデア」一覧は 「言い出しっぺとその仲間は夢の実現にチャレンジしてみましょう」 >>986 と丸投げしているだけであり、 北海道150年物語実行委員会は集めた「夢」の実現に向けた取り組みを行わないようです。

[1060] 重箱の隅っこ (2002/01/23 ) <http://www3.osk.3web.ne.jp/~kakimoto/corner/to_021.html#2002123>

テレビ北海道(TVh)は1月18日に札幌市内のホテルで「どうする、明日の北海道」と題する公開討論会を開いた。

石水勲 石屋製菓社長は「夏の間、北海道だけが2時間早く経済活動を始めれば、金融、観光など大きな波及効果が期待できる」と力説した。

[991] 北海道サマータイム () <https://web.archive.org/web/20060202230034/www.sapporo-cci.or.jp/summer/>

☆札幌商工会議所が提唱する『北海道サマータイム制』

毎年4月第1日曜日から9月最終日曜日までの約6ヶ月間、 北海道全域を日本標準時より1時間ないし2時間早める

サマータイム制度とは夏の間だけ時計を進め、明るい時間帯を有効に活用しようとするもので、現在では日本・韓国などわずかな国を除き世界中の中高緯度地帯で導入されております。

[992] 北海道サマータイム () <https://web.archive.org/web/20051102071000/http://www.sapporo-cci.or.jp:80/summer/teian.html>

北海道サマータイム特区の提案について

政府構造改革推進本部 様

平成15年1月

札幌商工会議所 提出

第31期政策委員会では、内部にサマータイム小委員会(石水 勲 座長)を設置し、北海道サマータイム制導入の可能性を探ってきた。このたび政府構造改革推進本部の特区2次募集に対し『北海道サマータイム特区』の提案を行った。

1.想定地域
北海道全体
2.内 容
4月第1日曜日から9月最終日曜日までの約6ヶ月間、日本標準時より2時間時計を早める
3.当該法令
標準時に関する勅令(明治28年、勅令第167号)
4.地域特性と目的
北海道は、日本標準時を定めた明石より経度で約6度東に位置し、尚且つ、わが国の中で最も高緯度に位置することから、夏季における日中時間が札幌で東京に比べ約1時間長い。また、日本・韓国等わずかな国・地域を除きサマータイムは世界標準となっている
5.導入効果

北海道は、日本全体の中でも最も四季の際立った自然環境を有する。夏季6ヶ月間、標準時より2時間早めることで、生活面においては、健康増進、余暇の利用拡大、また、企業においては、省エネルギー効果やCO2 の削減、さらに新たなビジネスチャンスが生まれるなど、高い導入効果が見込まれる。

また、長期化する景気低迷下、内外に北海道をアピールする絶好の機会となると共に新たな制度の施行で、道民意識の高揚にも処する

6.導入コストに関すること
  1. 交通機関・メディア・銀行等のシステムの変更
  2. 各種表示、印刷物の変更
  3. 道外に本支店を持つ企業のシステム等の対応 他
7.その他
夕ラッシュ時が明るいため、交通事故の防止にも効果があると言われている
[989] 北海道サマータイム () <https://web.archive.org/web/20051102064739/http://www.sapporo-cci.or.jp:80/summer/teigen.html>

北海道サマータイムの導入に関する 提 言 書

北海道経済産業局長 様

北海道知事 様

札幌市長 様

平成15年11月12月

札幌商工会議所

サマータイム制度は夏の間だけ時計を進め、明るい時間帯を有効に活用しようとするもので、現在では日本・韓国などわずかな国や地域を除き世界中の中高緯度地帯で導入されている。

北海道は、日本標準時を定めた明石より経度で約6度東に位置し、尚且つ、わが国の中で最も高緯度に位置することから、夏季における日中時間が札幌で東京や大阪などに比べ約1時間長くなっている。「北海道サマータイム」は、この昼間時間を積極的に利用しようというもので、生活面においては、健康増進、余暇の利用拡大、また、経済活動においては、省エネルギー効果やCO2 の削減、さらに新たなビジネスチャンスが生まれるなど、高い導入効果が見込まれるものである。

札幌商工会議所では北海道サマータイム制導入に関し、平成15年1月、政府構造改革推進本部の特区2次募集に対し提案を行ったほか、平成15年10月には、「北海道サマータイム」導入による経済効果について試算を取り纏めた。その結果、観光・レジャー・趣味娯楽などに対し直接効果で9百億円弱、さらに波及効果を含めると1千百億円を超える新たな消費行動が誘発されると算出され、一方、これに伴うコンピュータ関連等のシステム変更費用は約41億円にとどまると積算された。

「北海道サマータイム」は、新たな需要を創出すると共に、内外に北海道をアピールする絶好の機会となることから、その導入を強く要望するものである。

毎年4月第1日曜日から9月最終日曜日までの約6ヶ月間、北海道全域(本道限定)で1時間乃至2時間のサマータイムを導入すること

[990] 北海道サマータイム () <https://web.archive.org/web/20060509064229/http://www.sapporo-cci.or.jp:80/summer/2006youryou.html>

3.内容 上記の期間、日本標準時より1時間早める。

1週間以上任意で参加日数を設定

※但し時計の針は動かさない

[206] 札幌商工会議所 () <https://www.sapporo-cci.or.jp/web/request/details/post-43.html>

こうした状況を踏まえて、札幌商工会議所では、北海道サマータイム制導入に関し、平成15年1月、政府構造改革推進本部の特区2次募集に対し提案を行ったが、主体となる所管省庁が不明との理由で現在も継続検討となっている。

[185] 大好きセントルイス過去ログ9 () <http://www.ops.dti.ne.jp/~kumikoyo/kakorogu9.html>

私は今は「日本の東の端」に住んでいるので、午後5時にはもう真っ暗です。

夏時間もいいですが、それより先に、GMT+10の「北海道標準時」を作ってほしいぐらいです。

[187] 2007年6月のブログ記事一覧(3ページ目)-十勝・大地の気に包まれて () <http://blog.goo.ne.jp/g-studio-k2/m/200706/2>

いっそ、北海道だけ別時間で動くのはどうだろう。北海道標準時・・・無理かな!? 雪はとても美しいと思うけれど、雪の中の暮らしは厳しさもある。

[186] 鐘の音が遠くへ響かなくなった今、町は同じように美しいだろうか・・・ 卓上四季 八葉蓮華 | 平和 八葉蓮華 (創価学会 仏壇) (2010年05月21日(金) 23時53分 ) <http://yaplog.jp/hachiyorenge/archive/405>

全国一斉に時を告げる仕組みがないころだ。時計台には天体観測所が併置され、独自に時刻を割り出した。日本の標準時と少し異なる、事実上の北海道標準時を刻んだ。この手作りのような独立感がいい

[201] その当時「日本の標準時」なんてなかったし、その地の太陽時を使うのは当時世界中どこででも行われていた普通のことなんですが、 どのへんが「いい」んですかねぇ。。。 「全国一斉に時を告げる仕組みがない」と自分で書いているのに、 「日本の標準時」と書いたところで矛盾に気づかなかったのか?
[548] 北海道観光夏時間の提案 | Caiu O micO () <https://cayumico.wordpress.com/2013/06/13/hokkaidosummertime/>

北海道だけで5月から8月にかけて時計の針を2時間進める「北海道夏時間」を採用したらどうか。 UTC+9の日本標準時(JST)から、UTC+11の北海道夏時間(HST)になるのだ。 4月から5月、8月から9月の切替時に一気に2時間調整するのはつらいが、それは置いておく。 観光に与える影響は絶大であると思う。

[986] 北海道150年ものがたり アイデア募集 中間報告 (2016.5.13 ) <http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ss/ssa/280513snnteigen.pdf#page=3>
No.アイデア・提言内容(一部抜粋)提案者(敬称略)
96北海道の標準時を2時間早やめ札幌金融市場を世界一早いスタートに札幌の金融市場は国際的にも注目されて、東アジア最大の金融取引市場に 国内はもとより、外資系金融機関も進出し、北海道の全体が活性化する。(株)北海道良水 新藤大次郎
[987] アイデア集|北海道150年物語プロジェクト 実行委員会公式サイト (Carlos Alvarez - Alvarez.is - blacktie.co著, ) <http://150nen.com/idea>
北海道の標準時を2時間早やめ札幌金融市場を世界一早いスタートに札幌の金融市場は国際的にも注目されて、東アジア最大の金融取引市場に 国内はもとより、外資系金融機関も進出し、北海道の全体が活性化する。㈱北海道良水 新藤大次郎

[1046] 誰が「断念した」 >>1045 のか不明ですが、 日本政府日本の法令改正できないはずもなく、 例えば小泉内閣時代の政令太政官布告改正した事例 >>1047 があります。

日本本土

[729] 江戸時代の状況については、江戸時代の時刻も参照。

[515] 大政奉還王政復古により、 幕府は廃止され、幕府領は朝廷 (明治政府) の管理下に入りました。
[562] 版籍奉還により、 諸明治政府の管理下に入りました。
[563] 廃藩置県により、廃止され、本土全域が明治政府の直接統治下に置かれました。

[52] 施行改暦ノ布告 >>53 により、グレゴリオ暦定時法が実施されました。 それまでは不定時法だったといいます (江戸時代の時刻参照)。 日の出日の入により時刻が決まるため、季節と位置によって変動がありました。

主要都市ではなどがあった (報時参照。) 他、和時計も作られていました。

[140] Time ChangesJAPAN は、グレゴリオ暦が採用されたが、 庶民は太陰暦を使い続けた、としていました >>139

[223] 明治時代初期には、各地の地方時が用いられていました。 気象台では京都時電信局や編暦では東京時と、 分野ごとに異なる“標準時”も使われていました。

[334] この時期の時刻について、色々な (相互に矛盾する) 情報があります。 そのほとんどは、根拠が定かではありません。

  • [489] 「明治初期は東京時を用いていた」 >>194, >>263, >>262, >>267, >>330, >>397
    • やや正しい
    • 明治6年-明治20年の編暦には東京時が用いられていた (>>57)
    • 明治6年-明治20年のには東京時との時差が記載されていた >>273
    • 明治11年/1878年に電信局が東京時報時開始 (>>266)
  • [490] 「明治6年改暦で東京時が標準時となった」 >>446
    • 暦は東京時を用いるようになった
    • それを標準時と言えるのなら正しいが...
  • [491] 「明治9年秋に +09:00 が標準時となった」 >>118, >>209
    • 明治19年の誤り? (>>7、ただし7月なので秋ではない)
  • [484] 「明治12年/1879年に東京時が標準時となった」 >>330
    • そのような情報は見つかっていない
  • [485] 「明治13年/1880年に東京時が標準時となった」 >>271
    • そのような情報は見つかっていない
  • [486] 「電信局は東京時を用いていた」 >>249, >>331
    • 正しい
    • 明治11年/1878年に電信局が東京時報時開始 (>>266)
  • [487] 「関東の鉄道は東京時を用いていた」 >>248, >>336
    • おそらく正しい
    • >>255
  • [488] 「明治以前は京都時を用いていた」 >>263, >>267, >>271
  • [478] 「明治11年/1878年に京都時が標準時となった」 >>321, >>322, >>323, >>332
    • そのような情報は見つかっていない
  • [479] 「明治12年/1879年に京都時が標準時となった」 >>325, >>377
    • そのような情報は見つかっていない
  • [476] 「気象台は京都時を用いていた」 >>249
    • ほぼ正しい
    • 以後、明治21年/1888年の中央標準時施行以前は、京都時を標準として観測していた (>>225)
    • 明治18年/1885年頃、京都時に統一された (>>261)
  • [480] 「明治20年まで政府機関は京都時を用いていた」 >>331
    • 気象台に限れば正しい
    • それ以外でそのような情報は見つかっていない
  • [481] 「関西の鉄道は京都時を用いていた」 >>252
    • おそらく誤り
  • [482] 「明治初期に関西では大阪時を用いていた」 >>262, >>263
    • 大阪市内と関西圏の鉄道に限れば正しい
    • それ以外でそのような情報は見つかっていない
  • [483] 「関西の鉄道は大阪時を用いていた」 >>248
    • おそらく正しい
    • >>255
  • [477] 「明治11年/1878年まで真太陽時、明治12年/1879年より平均太陽時を用いた」 >>325, >>326
    • のことなら、正しい
    • 明治11年までのは真太陽時、明治12年以後のは平均太陽時を用いていた >>327, >>329

[393] 中央標準時制定時点で各地の地方時が用いられていてばらばらだった旨が政府内で述べられているので (>>391)、(分野を限定しない) 標準時が定められたというのは明らかに誤りです。

[474] 京都時京都標準時とも呼ばれますが、 当時からそのように呼ばれていたという資料は見つかっておらず、後の時代の俗称でしょう。

[619] なお、東経135度子午線京都府京丹後市も通過しています。 日本標準時のことを俗に明石標準時ともいいますが、 それならばある意味で京都標準時でもあるわけです。 もちろんここでいう京都時京都市地方時であり、 中央標準時とは数分の差があります。

[226] その後明治21年/1888年1月1日より中央標準時 (>>6) が実施されました。

[218] 実施に先立つ明治20年/1887年7月4日には、各府県庁所在地の地方時との時差一覧が官報觀象欄に掲載されています >>217

[328] 他に、にも主要都市の地方時との時差一覧が掲載されています。

[141] Time ChangesJAPAN+09:00 が採用されたものの、政府のみで庶民は用いなかった >>139 としていました。根拠は不明です。

[144] Time ChangesJAPANFormosa, Pescadores group, Yaeyama group, Miyako group は +08:00、 それ以外は +09:00庶民にも施行された >>139 としていました。 根拠は不明です。


[338] tzdataAsia/Tokyo標準時以前の東京地方時+09:18:59 としています。付けの注記によれば、 理科年表版の東京の座標東経135度44分40秒90に基づく値です >>159

[339] 正確には +09:18:58.727 です >>159 が、 tzdata精度なので四捨五入されているようです。ちなみに北緯35度39分16秒0で、 旧東京天文台の位置です。

[341] この東京の座標は大正7年/1918年9月19日文部省告示號外の値に基づき理科年表 (暦象年表) やにおいて大正9年/ 1920年版から採用され、 平成14年/2003年版まで用いられていました。 (その翌年から世界測地系に移行しています。) 東京天文台は明治21年/1888年設立で、 明治24年/1891年版のからその位置が計算に用いられていました。 >>340 つまり tzdata が更新された1998年時点では確かに東京の代表点として適切な値の1つではありましたが (日本経緯度原点の方がより適切だったかもしれませんが、 広く流通していた理科年表の値を採用したのもまた妥当でしょう。)、 明治20年/1887年以前の東京の位置として妥当な値とも言えません。

[676] Shanks (2003) >>270 は、 Tōkyō35N42 139E46 +09:19:04 としています。 これは湯島聖堂の位置を表しているようです。


[730] 以後の状況については、中央標準時、夏時刻の項を参照。

[221] 官報 第壹貳〇三號 明治二十年七月四日 觀象 >>217

○標準時ト各地方時トノ差

昨明治十九年七月十二日勅令第五十一號ヲ以テ来ル明治二十一年一月一日ヨリ英國綠威ノ東經百三十五度ノ子午線時ヲ以テ本邦一般ノ標準時ト定メラレタルニ就テハ明年一月一日ヨリハ本暦ヲ初メ其他凡テ時刻ヲ記スルモノハ全國皆此標準時ニ依ラサルヘカラス故ニ各地方ニ於テ從來用ヒ來レル其他ノ時刻(地方時)ト此度定メラレタル標準時トノ差ヲ知ラサレハ百時差支ヲ生スルヿアルヘシ依テ左ニ各地方廳(根室函館ノ如キハ即今地方廳所在ノ地ニアラスト雖モ昨年マテ縣廳所在ノ地タリシヲ以テ特ニ之ヲ附記ス)ニ於ケル時差ヲ掲ケ以テ地方時ヲ改テ標準時トナシ或ハ標準時ヲ知リテ地方時ヲ求ムルノ便ニ供ス(内務省)

減ノ部

府縣廳所在地 時差
和歌山三十三秒
兵庫三十四秒
大阪一分五十五秒
京都三分〇〇秒
滋賀三分十七秒
福井四分四十九秒
三重五分五十三秒
石川六分三十三秒
岐阜六分五十一秒
愛知七分三十三秒
富山八分四十九秒
長野十二分四十一秒
靜岡十三分二十九秒
山梨十四分十三秒
新潟十六分十秒
群馬十六分十七秒
埼玉十八分三十三秒
神奈川十八分三十五秒
東京十九分〇八秒
栃木十九分三十四秒
秋田二十分十七秒
千葉二十分二十九秒
山形二十一分〇九秒
福島二十一分三十七秒
茨城二十一分五十七秒
函館二十二分五十三秒
靑森二十二分五十九秒
宮城二十三分二十九秒
岩手二十四分二十五秒
札幌二十五分三十一秒
根室四十二分二十秒

加ノ部

府縣廳所在地 時差
德島一分四十七秒
鳥取三分十一秒
岡山四分二十七秒
高知五分五十五秒
島根七分五十一秒
愛媛八分五十八秒
廣島十分十二秒
大分十三分三十六秒
山口十四分十五秒
宮崎十四分二十三秒
熊本十七分十二秒
鹿兒島十八分〇四秒
福岡十八分二十七秒
佐賀十八分四十九秒
長崎二十分三十一秒
沖繩二十九分十九秒

地理局觀象臺ニ於テハ毎日標準時ノ正午ヲ全國各電信局ニ電報スルカ故ニ電信局所在ノ地ハ同局ニ至リ精密ナル標準時ヲ聞知スルヲ得ヘシ然レ𪜈電線未タ接セサル地方即沖縄等ニ於テハ暫ラク從來用ヒ來レル地方時ニ就キ前記ノ分秒ヲ加減シテ標準時ヲ求メサルヘカラス即加ノ部ニ列セル地方ハ其地ノ時刻ニ前記ノ分秒ヲ加ヘ減ノ部に列セル地方ハ其地ノ時刻ヨリ前記ノ分秒ヲ減スレハ即チ標準時ヲ得ルモノトス若シ既ニ標準時ヲ知リテ地方時ヲ求メントスルモノハ右加減ヲ相反シ加ト書スルモノハ標準時ヨリ此差ヲ減シ減ト書スルモノハ標準時ニ此差ヲ加フレハ即地方時ヲ得ヘシ

[274] 東京時差>>57 とは異なりますが、 こちらの表では浅草司天台 (現浅草橋3丁目) との時差を採用していると思われます。
[314] 京都時差は、当時の京都府庁があった二条城二の丸御殿付近と思われます。 朝廷を担当していた土御門家に縁のある晴明神社や、 その屋敷や天文台があった現梅小路公園付近、 あるいは西三條台改暦所といったに関係する歴史的な施設がほぼ同経度上に存在していますが、 少しずつずれています。
[369] >>333 に写真が掲載されている明治時代か大正時代の携帯日時計には、 各地の時差一覧表があり、この官報の表と同じもののように見えます。 官報またはの時差一覧表に基づき作成したものと思われます。

暦、天体観測

[55] 天保暦京都天文時に基づき計算されていました >>54

[57] からまでの東京の時刻に基づき計算されていました >>56

和暦西暦時差名称注記
明治6年1873年+09:19:01東京時刻
明治7年1874年+09:19:01東京時刻
明治8年1875年+09:19:01東京時刻
明治9年1876年+09:19:01東京時刻
明治10年1877年+09:19:01東京時刻
明治11年1878年+09:19:00.5東京時刻赤坂区溜池葵町内務省地理局測量課
明治12年1879年+09:19:00.5東京時刻
明治13年1880年+09:19:00.5東京内務省地理局測量課平時
明治14年1881年+09:19:00.5東京内務省地理局測量課平時
明治15年1882年+09:19:00.5東京内務省地理局測量課平時
明治16年1883年+09:19:00.5東京内務省地理局測量課平時微修正が行われた
明治17年1884年+09:19:00.5東京内務省地理局測量課平時
明治18年1885年+09:19:01.13東京内務省地理局測量課平時東京天主台
明治19年1886年+09:19:01.13東京内務省地理局測量課平時
明治20年1887年+09:19:01.13東京内務省地理局観象台平時
から旧暦にかわりグレゴリオ暦が採用されています。
[272] この時期のには、日本各地との時差も記載されています >>57

[259] 標準時実施後は中央標準時により計算されていました。

旧暦も参照。

気象観測

[370] 気象観測結果の正確な記録には時刻が必要となりますし、 全国の結果を比較したり、天気図を作成したりするためには、 各地の観測時刻を揃える必要があります。

[225] 明治初期の気象観測は地方時に基いていましたが、 明治9年/1876年10月から京都時の観測も行うようになりました >>252

[260] には京都時による天気図が作成されました (現存最古の日本天気図) >>251日時Thursday, March 1. 1883. 6 A.M. Kioto Time. と記載されていました >>973

[224] 明治16年/1883年7月2日の官報第1号の「地理局報告」欄には、 「明治十六年七月一日京都時午前六時東京時午前六時十六分長崎時午前五時三十六分」 と注記があります >>222

[475] 東京時+09:19 だとすると、 京都時+09:03長崎時+08:39 ということになります。 実際に気象観測に用いているのは京都時と各地の地方時ですから、 長崎時を示したのは単に西部の主要都市という意味に過ぎない (九州の標準時のような意図のものではない) と思われます (東京時標準時ではなく、東部の主要都市としてでしょう)。

[261] 明治18年/1885年 (?) 1月1日には地方時の観測を廃止し、 京都時に統一されました >>253

[208] >>207 によると、次の時刻が用いられました。

[371] 中央標準時施行後は、そちらを採用しています。 西部標準時夏時刻の実行中も、中央標準時を使っていたようです。

[252] ー' 2, 3. 4' はじめに ( 版) <http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:O06KPad1Nb4J:libir.josai.ac.jp/il/user_contents/02/G0000284repository/pdf/JOS-KJ00000108475.pdf>

中央気象台一覧によると) ジョ イ ネルの気象観測は地方時の午前9時30分, 午後3時30分' 「司9時30分の3回で, 外に地震器械の見廻り) 空中電気の測定, 観測資料の整理などであ る か ら, 一人でできないほどの量ではない。

そのうちに伝習生も一人前になったと見えて, 明治9年10月からは観測回数を増加す る こ とになり, 地方時の観測には新に午前3時30分が加えられて 1 日 4回となり, この外に京都時 の午前及び午後の3, 6, 9, 12 時の都合8回を加えたので, 総測回数は1 日 12 回に 及んだ。 そのうち地方時の観測はジョイ ネルが自ら担当し, 京都時の側は日本人に担当させた。 地方時 をジョ イ ネルが担当したいという ことは, 当時の観測では気候の方を重視したのか屯知れない。 京都時というのは, 当時まだ中央標準時が制定されていなかったので, 鉄道な どで用いられて いたらしい。 日本人観測者に京都時の観測をさせたという ことは, 一つには訓練のためであろう が, いずれは天気図を作成する時の準備という考えがあったのかも知れない。

[251] ( 版) <http://www.sonpo.or.jp/archive/publish/bousai/jiho/pdf/no_237/yj23702.pdf> (リンク切れ )

気象庁に現存する日本最古の天気図 () <http://www.sonpo.or.jp/news/publish/safety/dizaster/yobou_jihou/pdf/ybja_ez/ybja-ez-237.pdf>

口絵の天気図は気象庁が所蔵する日本最古の天気図で、東京気象台(気象庁の前身、当時内務省地理局所属)が1883年(明治16年)3月1日に日本で最初に配布した天気図である。天気図時刻は当日午前6時(京都時:当時の日本標準時)である。

[253] 国立公文書館 アジア歴史資料センター ( 版) <http://www.jacar.go.jp/DAS/meta/image_A07061702900>

[254] 明治18年?1月1日より、地方時による気象観測を廃し、京都時による観測のみに変更。

電信局

[216] 長崎日本初の国際電信事業が開業しました。 海底ケーブル長崎-上海線および長崎-ウラジオストク線が開通しました。

[266] 明治11年4月1日より、東京時が全国の電信局へ送信されるようになりました。

[372] 標準時施行後は、そちらを採用しています。

[459] >>458東京時から標準時への移行時の取り扱いの規定が収録されています。

[165] 国際電信会社の中には、標準時実施から何年も経った1899年頃に、 次のような情報を提示していたところもあったようです >>148

[166] こうした時差を示していた会社が実際にその時期にもこれを使っていたのか、 あるいは古い情報が更新されずに残っていただけなのかは不明です。 東京よりも西横浜を1分進んでいるとしている会社があるのも謎です。

[250] ( 版) <http://www.postalmuseum.jp/publication/research/docs/research_04_08.pdf>

電信による報時は、明治5年に初めて工部省が地方局に正午の時報を送り、その後は明治8年3月から工部省本省と築地局間で正午報時が行われたようである。電信による全国への正午報は東京の正午を基準にして明治11年から実施された。これを定めたのが明治11年3月「正午報辰規則」である。これによると、明治11年4月1日から東京の正午時午前辰に基づき各地の電信分局へ同時に通報することとしている。

[264] ( 版) <http://toshiba-mirai-kagakukan.jp/learn/download/pdf/leaflet_07.pdf>

以下に明治11年4月1日から実施された「正午報辰規則」(関

東電信電話百年史上巻による)の一部を紹介する。

1、毎日(1月1日、日曜日を除く)正午12時前5分には、本 線、枝線を経過する電報の送受を停止すること。

2、正午12時前3分にスイッチを向き換え、電流を流通させる こと。(これで電鈴が鳴り出す)

3、その流通は正午12時になると止む。その時刻をもって正午 とすること。

4、枝線あるいはその他の接続局は、この時限中器械の電鍵を 押し下げ、電流を通ずること。

[265] ( 版) <http://toshiba-mirai-kagakukan.jp/learn/download/pdf/leaflet_07.pdf>

当時は報時器を介して中央局から送られた信号により、各地方電信局の標準時間(当時は歯車式の時計を自鳴鐘といった)を鳴らしたようです。

鉄道

[255] 明治時代初期の鉄道は、東京近郊路線は東京時、 京阪神路線は大阪時を用いていました >>389 16ページ、>>248

[256] 京都時が用いられた >>252 という説もありますが、 根拠は不明です。

[533] 北海道の炭鉱鉄道 (官営幌内鉄道) では、 札幌時計台の時刻が採用されました (通知)。

[257] 明治21年/1888年1月1日の標準時施行時点で次の路線が開通していました。

[258] 東海道線が全通して東西が接続されるのは明治22年/1889年です。

[373] 標準時施行後は、そちら (または夏時刻 >>346) を採用しています。

[248] 世界時と日本標準時|子午線のまち・明石|明石市立天文科学館 ( 版) <http://www.am12.jp/shigosen/sekaiji.html>

日本で鉄道の敷設が始まったばかりの明治初期には、東京に始点を持つ鉄道は東京時刻で運行し、京阪神間の列車は大阪時刻で運転されていました。

市民生活

[291] 江戸時代には、和時計その他を根拠に、内には太鼓で、 城下町にはにより定期的な報時が行われていました。

時の鐘参照。

[292] 明治以後は午砲サイレンに置き換わっていき、 その根拠も電信等で受信した標準時となっていきました。 西洋式の置き時計や懐中時計も徐々に普及してきました。

ドン参照。

居留地

[102] 1859年/安政6年6月2日の横浜開港から1899年/明治32年7月17日の返還まで、 いくつかの都市に居留地がありました。

[104] 時期は都市により異なります。詳細は居留地参照。

[105] 居留地内で独自の時刻に関する定めがあったかどうかは不明です。 欧米人は (居留地内外に関わらず) 自国式の日時を使っていたものと思われます (西暦グレゴリオ暦またはユリウス暦曜日定時法)。 時間帯は、地方時と思われます (標準時施行後は標準時かもしれません)。

[437] 日本側の改暦標準時の導入の前から、 時計のある建物もあったようです。 例えばに建設された横浜町会所には時計台がありました。 報時参照。

[552] 国際的な電信の会社が日本の都市の時刻として示していたもの (>>165) が、当時の欧米人が各都市で用いていた時刻だったと思われます。

[731] 日本本土の項も参照。

伊豆諸島

[76] 伊豆諸島は古来伊豆国の一部でしたが、 昭和21年/1946年1月29日に日本施政権が停止され、同年3月22日に復帰しています。 この短期間で本土と異なる標準時が実施されたとは考えにくく、 引き続き本土と同じ中央標準時が用いられていたものと思われます。

[732] 日本本土の項も参照。

小笠原諸島

[84] 小笠原島江戸時代までに発見されていましたが、 明治初期には欧米系島民が住み着いており、 日本領と確定したのはでした。 その後明治24年/1891年に火山列島 (硫黄島他)、 明治31年/1896年7月24日に南鳥島、 明治41年/1908年に中ノ鳥島 (昭和21年/1946年海図から削除)、 昭和6年/1931年に沖ノ鳥島が編入されています。
[1028] 日本本土小笠原諸島との間の海底ケーブルによる電話回線が開通しました。

[414] 法的には、より本土に適用されていた標準時がこれら小笠原諸島にも適用されていったものと考えられます。

[733] 日本本土の項も参照。

[42] 小笠原諸島からまで米国の支配下にありました (米国占領地小笠原、火山諸島及び南鳥島)。 父島には戦時中日本本土に移住していた欧米系島民が帰島していた他、 硫黄島南鳥島には米軍等の部隊が常駐していました。

[153] この時期の小笠原諸島でどのような時刻が用いられたのかは明確になっていません。

[456] 小笠原諸島日本への返還に伴う法的処理の議論によれば、 米軍父島の住民に対する布告として制定した法令はほとんどなかったようです。 返還の際に日本国会などで標準時の切り替えなどを議論した形跡もありません。

[455] 一方で、当時米国占領地小笠原、火山諸島及び南鳥島米海軍軍政下で北マリアナ諸島と同じ行政区に属しており、 北マリアナ諸島では +10:00 が用いられていました。父島欧米系島民も、 日本本土ではなく北マリアナ諸島グアムと交流していたようです。 だとすると、 +10:00 が両区の共通の時刻だった可能性があります。

[303] 地理的には北マリアナ諸島+10:00 に属しており、 小笠原群島火山列島+09:00+10:00 の境界近辺にあります。

[460] 米国政府時間帯の図では、少なくても以後、 小笠原諸島+10:00 で着色されていました。 沖ノ鳥島南鳥島は年によって描かれていたりいなかったりするのですが、 南鳥島が2013年版以後、小笠原群島火山列島沖ノ鳥島が 2008年版以降 +09:00 となっており、それ以前はどうやら +10:00 のつもりで描かれているようです。 >>520 版の地図を元にしたという日本で発行された地図でも、 同様に描かれています >>549

[457] 単なる着色ミスの可能性もありますが、米国統治下での情報が返還後に更新されないまま残っていた可能性もあります。

[461] ただ、同じく元米国統治下だった先島諸島も近い時期まで西部標準時 +08:00 のままで着色されていましたから、米国政府機関の図だからといってどこまで信用してよいのかは悩ましいところです。

[569] 1950年代の米国政府の地図を基に作られたのではないかと推測される地図 >>570 では、 (文字は潰れて判読しづらいですが) Nanpo-shoto (南方諸島) と書かれているらしい伊豆諸島南部・小笠原諸島の北緯30度以北は +09:00、以南はマリアナ諸島と同じ +10:00 で塗られています。 Marcus (南鳥島) も +10:00 で塗られているように見えます。 (Ryukyu-retto (琉球列島) と書かれた奄美諸島以南の南西諸島は、 八重山諸島+08:00、それ以外が +09:00 で塗られています。)

[412] 南洋の航空会社の路線図では、 +09:00+10:00 の境界線が小笠原群島火山列島マリアナ諸島を囲むのように西に反れて描かれています >>406。これも米国政府の地図をもとに描かれたものか、あるいは米国信託統治領太平洋諸島で当時流通していた情報によるものなのでしょうか。 沖ノ鳥島は描かれず、位置的には +09:00 と思われます。 南鳥島も描かれていません。 沖縄も既に日本に返還された時代ですが、 +08:00+09:00 の境界線は経度通りの直線になっています。


[85] の返還後は再び本土の法令が適用されるようになり、 法的にも中央標準時が実施されていることが明確になっています。

[1027] 日本本土 (銚子無線電報局) と父島との間の無線 (短波) の電話回線が開通しました。

[21] 南鳥島には返還後も平成5年/1993年まで米国沿岸警備隊 (CG) が駐留しており、 +11:00 を使っていたといわれています。 同じく駐留している日本政府関係機関は当時から中央標準時を使っているようです。 おそらく返還前も CG は同じ時間帯を使っていたものと思われます。 (米軍法令上は父島と同じ基本法が適用されていたようですが、 南鳥島には民間人の定住者はいませんでした。)

南鳥島も参照してください。

[300] 硫黄島にも沿岸警備隊が駐留していましたが、 そちらで時差があったという話は聞きません。

[304] 沖ノ鳥島には日本編入以前、日本時代 (戦前、戦後)、米国時代のいずれも、 軍民ともに長期滞在者はいませんでした。 米軍小笠原諸島布告の対象となっていたのかどうかは不明ですが、 いずれにせよ、標準時に関する特別な指示は無かったと考えられます。 従って法令上は全期間中央標準時が実施されていると考えて良いと思われます。

竹島

[91] 竹島日本の領土に確定しています。 法令上はこの時本土と同じ標準時が実施されたものと考えられます。

[734] 日本本土の項も参照。

[167] 連合軍最高司令部訓令 (SCAPIN) 第677号により、 竹島に対する日本政府行政権が停止されました。 この状態は日本国との平和条約発効まで継続したと思われます。 この期間に本土では夏時刻法が実施されましたが、 琉球小笠原と同様、竹島にも適用されなかったものと考えられます。

[184] 大韓民国竹島を自国の領域内と宣言しました (李承晩ライン)。これが大韓民国の領有権主張の始まりとされており、 それまで竹島大韓民国の統治は及んでいなかったと思われます。 (独立前に朝鮮半島の米国軍政府の統治下にあったのかどうかは不明ですが。) この期間に大韓民国では夏時刻が実施されましたが、 それが竹島に適用されたと考える根拠は今のところ見当たりません。 日本国との平和条約発効の前後の時期、 竹島米国により日本政府の了承のもと訓練場として用いられていました。

[92] 大韓民国竹島に進攻しました。 以後現在に至るまで同国の支配下にあります。 大韓民国の本土と同じく夏時刻を実施したり、一時標準時+08:30 としていたりしたものと思われます。

吐噶喇列島

[77] 吐噶喇列島は古来薩摩国 (明治30年/1897年より大隅国) の一部でしたが、 昭和21年/1946年2月2日から昭和27年/1952年2月9日まで米国の支配下にありました。 いずれの期間も基本的には本土と同じ標準時が使われていたと考えられます。

[78] 米国支配下の琉球の一部として、夏時刻が実施されていたと思われます。

奄美群島

[67] 奄美群島江戸時代薩摩藩/鹿児島藩 (明治4年/1871年より鹿児島県) の直轄地となり、 以後本土と同じ標準時が使われていたと考えられます。

[735] 日本本土の項も参照。

[79] 昭和20年/1945年9月2日より米国支配下となり、 昭和21年/1946年2月2日に正式に行政分離され、 昭和28年/1953年12月24日まで米国支配下の琉球の一部となっています。 この間沖縄諸島と同じく夏時刻が実施されていたと思われます。

沖縄諸島

[721] 琉球王国は、薩摩藩属国でしたが、清国にも朝貢していました。

[342] 琉球王国時代には、首里城日時計水時計に基づき太鼓で城内に時刻を知らせ、 更ににより城下にも報時していました。

報時参照。
[68] 廃藩置県により鹿児島藩鹿児島県となりました。 琉球藩が設置され、明治政府の管理下に入りました。

[722] 理論上は本土と同じくより太陽暦が実施されたと考えられます。

[4] ただまで琉球藩は引き続き暦 (時憲暦) を発行していたといいます (琉球暦) >>27 し、 中央政府から元号をやめて明治元号を使うようわざわざ要求されている状況でしたから、 実態としては琉球王国時代と変わっていなかったのかもしれません。

[30] 暦の計算上は北京時間が使われていました。 日常的には沖縄の地方時が使われていたのでしょう。
[723] 琉球藩廃止され、 沖縄県が設置されました。

[407] 琉球藩が廃止され沖縄県が設置して数年経過してから、 中央標準時の実施となるので、 こちらはすぐに沖縄でも実施されたものと思われます。 ただし沖縄までの海底電信線が開通したのはなので、 それまでは中央標準時に同期された時計はなかったと思われます。

[736] 以後の状況は日本本土の項も参照。


[40] 昭和21年/1946年から昭和47年/1972年5月14日まで米国の支配下にありましたが、 引き続き中央標準時が用いられていたものとみられます。

[41] 夏時刻も実施されていたようですが、 本土の夏時刻法は適用されておらず米軍の指示で実行したもので、 期間も異なっていました (>>43)。

[759] 米国の書籍は、 RYUKYU ISLANDS の標準時+09:00 としています >>761

大東諸島

[75] 明治28年/1885年には北大東島南大東島が、 明治33年/1900年には沖大東島が (明治33年沖縄県告示第95号) 沖縄県に編入されています。 昭和21年/1946年から昭和47年/1972年5月14日まで琉球の一部として米国支配下にありました。

[80] いずれの期間も沖縄諸島と同じ標準時夏時刻が実施されていたと思われます。

[737] 沖縄諸島の項も参照。

八重山列島と宮古列島

[81] 琉球国先島諸島 (八重山列島宮古列島) でも本土と同じくより太陽暦、 その後標準時が実施されたと考えられます。

[69] 明治29年/1896年1月1日から昭和12年/1937年9月30日まで西部標準時 (>>9) が適用されていました。その後中央標準時に戻っています (>>65)。

[83] 昭和21年/1946年から昭和47年/1972年5月14日まで米国の支配下にありましたが、 引き続き中央標準時が用いられていたものとみられます。 沖縄諸島と同じく夏時刻も実施されていたようです。

[738] 沖縄諸島の項も参照。

尖閣諸島

[70] 尖閣諸島は明治28年/1895年1月14日の閣議決定 (明治28年内甲第2号閣議決定) >>72 により正式に日本の領土に編入されています >>71 が、 それより後に公布・実施された西部標準時の適用範囲には明記されていません。 八重山郡 (明治29年/1896年4月1日設置 >>73) 石垣村 (大正3年/1914年4月1日設置 >>74、旧八重山村・明治41年/1908年設置 >>74、現石垣市) に所属することから、八重山の一部として西部標準時の適用範囲内だったと思われます。

[82] 昭和21年/1946年から昭和47年/1972年5月14日まで米国の支配下にありましたが、 引き続き中央標準時が用いられていたものとみられます。 沖縄諸島と同じく夏時刻も実施されていたと思われます。

[739] 八重山列島の項も参照。

[985] 尖閣諸島日本国実効支配下にありますが、 他に中華民国および中華人民共和国領有権を主張しています。 中華人民共和国はしばしば周辺海域に軍艦を派遣しています。 中華民国中華人民共和国法令上は、 両国の標準時 +08:00 (あるいは時期によっては夏時刻 +09:00) が適用されていると推測されます。

台湾、澎湖諸島、新南群島

[99] 明治28年/1895年に大日本帝国澎湖諸島を占領、 明治28年/1895年5月8日締結の下関条約により台湾澎湖諸島日本領となります。 明治29年/1896年1月1日に西部標準時 (>>9) が新設され、 これが適用されました。

[100] これ以前にでは近代的標準時は実施されていませんでした。

[434] 東沙諸島プラタス島日本人が入植して台湾に編入するよう政府に要請しましたが、 国領土であることを確認しています >>433。 当時日本人がどのような時刻を用いたか定かではありませんが、 国の海岸時台湾西部標準時も当時 +08:00 でした。

[435] 現在東沙諸島台湾の支配下にあります。

[374] 西部標準時は昭和12年/1937年9月30日まで適用されていましたが、 その後中央標準時に変更されています (>>65)。

[108] 昭和13年/1938年に大日本帝国新南群島を編入、台湾管下としています。 以後中央標準時が適用されたものと考えられます。 (ただしそれ以前から入植者がありましたから、西部標準時も使われていたと思われます。)

[436] 西沙諸島が (南沙諸島とともに) 新南群島に含まれるとする説もありますが、 編入された範囲には含まれていないようで、西沙諸島がどのように扱われていたのかは謎です。 サンフランシスコ講和条約日本は「新南群島および西沙諸島」 の領有権を放棄しています。

[103] には、 中央標準時から西部標準時 +08:00 に改正されました。

[25] 詳細とその後の変化は台湾の標準時を参照。 なお新南群島 (南沙諸島) はその後一部を中華人民共和国フィリピンマレーシアベトナムが占領しています。 東南アジアの標準時を参照。

朝鮮

[120] 大韓帝国は1908年/隆熙2年 (明治41年) に +08:30標準時としていました。

[121] 明治43年/1910年に大日本帝国に併合された後、 明治45年/1912年 (大正元年) 1月1日には中央標準時 +09:00 を採用しました。

[95] 日本を含む各国の租界が存在していましたが (大正3年/1914年までに解消)、 租界外と同じ標準時を採用していたと推測されます。

[34] なお鬱陵島は江戸時代に幕府が渡航禁止令を出し以後朝鮮領として扱われており、 日本内地としての標準時が適用されたことはありません。

[94] 詳細およびその後の変遷は朝鮮半島の標準時を参照してください。

中国、満州、シベリア

[109] 日清戦争により遼東半島大日本帝国により占領され、 締結の下関条約により日本領となります。 しかし締結の遼東還付条約により返還しています。 この当時用いられていた時間帯は不明です。なお当時では近代的標準時はまだ実施されていません。

[112] 遼東半島はその後ロシア帝国から租借していましたが、 明治38年/1905年11月25日発効のポーツマス条約により日本租借地である関東州となりました。 (大正元年/1912年あるいは大正4年/1915年より中華民国からの租借地、 昭和7年/1932年より満州国からの租借地となっています。 昭和12年/1937年12月1日に満鉄附属地満州国に返還されています。)

[113] 日本軍日露戦争初期に遼東半島近辺の時間 +08:12 を使いましたが、 途中から中央標準時 +09:00 に切り替えました。 これが軍政期から関東州および満鉄附属地の発足当初の標準時としてそのまま使われたと思われます。

[117] には、 関東都督府西部標準時 +08:00標準時としました。 南満州鉄道も同時にこれを採用しました。

[116] に建国された満洲国も、 これと同じ +08:00標準時としました。露西亜の影響下にあった北満洲ではハルビン時間が用いられていましたが、 満洲国建国後、 +08:00 に移行しました。

[220] には、 関東州および満鉄附属地満洲国中央標準時 +09:00 に移行しました。

[115] 満州国関東州に相当する地域の標準時の詳細については、 満州の標準時アジア大陸の鉄道標準時を参照してください。

[110] ドイツ膠州湾租借地日独戦争により大正3年/1914年に大日本帝国が占領 (1914年11月7日独逸軍降伏)、 後に正式にドイツから日本に引き継がれた (対華二十一箇条要求, ベルサイユ条約) 後、 大正11年/1922年6月2日発効の山東懸案解決に関する条約により中華民国に返還されています。

[205] 陸軍省は、以後戦地で西部標準時 +08:00 を用いることを指示しています >>204。 これは中国標準時と同じものです。

[128] 青島で活動していた海軍第2艦隊掃海隊は、 から西部標準時を用いた >>127 ようです。

[492] この地域ではドイツ時代に +08:00 が採用されていますから、 日本統治時代も軍民ともに +08:00 が用いられたと推測されます。


[93] この他に中国には日本租界共同租界が存在していましたが、 現地の標準時を採用していたと推測されます。 租界夏時刻が実施されたこともありました。


[428] 日支事変から大東亜戦争にかけて、 支那に進攻した日本軍中央標準時 +09:00 を用いました。

[182] 当時日本の影響下にあった地域の現地政府も、 夏時刻として、あるいは通年夏時刻として、 +09:00 を用いた時期があります。


[111] この他日本軍戦争等でしばしば支那満州シベリア等に進攻していますが、 その当時の当地の時刻または中央標準時西部標準時を使っていたものと思われます。

南洋群島

[122] 委任統治領だった南洋群島 (現在のパラオ米領北マリアナ諸島準州ミクロネシア連邦マーシャル諸島共和国) では、日本領となった当初、 +09:00+10:00+11:00 の3種類の標準時が用いられました。

[123] 後に +09:00+10:00 の2種類に整理されました。 更にその後、 +09:00 に統一されました。

[125] なお、政府機関の通信業務においては常に +09:00 を用いていたようです。

[124] 詳細は南洋群島の標準時を参照。

南方占領地 (東南アジア、太平洋)

[97] 大東亜戦争日本軍は、どの地域でも中央標準時を用いていたようです >>119。 例えば英領マラヤ進駐の作戦命令 >>445 には 「十六 作戦時刻ハ日本中央標準時ニ依ルヘシ」と明記されています。 日本軍潜水艦中央標準時を基準にしたといいます >>119

[96] 日本軍軍政が行われた南方占領地の一部では、 中央標準時が地域の標準時としても用いられたと言われています。

南極

[135] 明治45年/1912年 (大正元年) に大和雪原を訪れた探検隊は、 日本領と宣言しました >>172。 しかし昭和16年の南極地域ノ日本帝国領土権確保宣言ノ件請願によると、 当時に至るまで政府がこれを確認する手続きを行っていないようです。 その後昭和27年/1952年発効の日本国との平和条約で、 領有権を放棄しています。

[493] この期間、大和雪原は形式的に日本領だったと主張することもできるかもしれませんが、 実効支配していたとは言い難いと思われます。定住者もなかったことでしょう。 従って、正式な標準時も存在していないと考えられます。


[20] 現在南極にある日本の基地では、 +03:00 を用いているようです >>10, >>136, >>526日本政府領有権を主張していませんが、 実質的に各基地を含む地域の標準時となっているといえます。 tzdata はこれを Antarctica/Syowa と呼んでおり、 の基地設立以降適用されるとしています。

国際宇宙ステーション

[163] 国際宇宙ステーションでは UTC が使われています >>164

大使館

[107] 日本国内の外国の大使館領事館中央標準時を用いていると考えるのが自然です。

[202] 外国にある日本大使館領事館は現地時刻を用いていると考えるのが自然です。

米軍基地、GHQ

[160] 昭和20年/1945年以来、日本本土および琉球小笠原の領域内には米軍基地が存在します。 1952年までは米軍英軍GHQ の元で進駐していました。

[154] 現在日本国領域内にある米軍基地では、 日常的には日本本土と同じ時間帯が用いられているようです >>161, >>162。軍部隊においては UTC 等その他の時刻も用いられていると思われます。

南鳥島沿岸警備隊については、 >>21 を参照。

[610] 夏時刻の項 (>>155) も参照。

[171] なお大韓民国は建国後に独自の標準時を採用しましたが、 すぐに中央標準時に戻しました。 これは一説には日本大韓民国米軍の都合によるものとされています。

朝鮮の標準時も参照。

領海

[760] 明治政府日本領海を 3里としていました。ただし領海の範囲を法令上明確に定めたものではありませんでした。 この3里は元は日本を意図していたとする説もありますが、 時代が下るに連れて海里と解されるようになりました。

[762] 領海主権の及ぶ領域であり、 領土で実施された法令領海にも適用されるものと考えられます。 従ってグレゴリオ暦中央標準時西部標準時領土と同時に 沿岸3海里の領海内でも実施されたものと解釈できます。

[765] 中央標準時が実施された沖縄諸島西部標準時が実施された先島諸島は、 公海で分断されていました。

[763] 法律第三十号領海法により、 特定海域を除き、領海は12海里に拡大されました。 これによって法令中央標準時が適用されると考えられる領域も拡大したことになります。

[766] 北海道本州 (青森県) を結ぶ青函トンネルは、 起工し、 貫通供用されました。 津軽海峡中央部は領海外 (公海) でしたが、トンネル日本領土とされ、 自治省告示第二十三号 青函ずい道に係る未所属地域を市町村の区域に編入する処分 により北海道松前郡福島町青森県東津軽郡三厩村編入されました。 以後青函トンネル内でも中央標準時が用いられていると考えられます。

[764] 法律第73号 領海法の一部を改正する法律により、 領海法改正されて領海及び接続水域に関する法律となりました。 これにより直線基線が採用されて領海が拡大し、接続水域が制定されました。 また法律第74号 排他的経済水域及び大陸棚に関する法律により、 排他的経済水域大陸棚が定められました。 接続水域以遠に標準時法制が適用されるのか否かは不明瞭ですが、 中央標準時が適用されると考えられる領海は再び拡大しました。

ミニ独立国やミクロネーション

[784] 福島県にあったミニ独立国ニコニコ共和国では、 独自のニコニコ時間を併用していました。

[785] 他に日本域内に存在するとされるミクロネーションは、 標準時が示されているものがあります。 しかしそのいずれも標準時制定の事実以前にミクロネーションとしての実在性自体に十分な根拠が示されないものです。

[778] Republic of Shurigawa - MicroWiki () <https://micronations.wiki/wiki/Republic_of_Shurigawa>

Time zone JST (UTC+9)(UTC)

[779] Republic of Shurigawa臥蛇島に所在するとされているマイクロネーションですが、 いくつかの Webページに説明があるだけです。 マイクロネーションといってもほとんど実態のない、ネタに近い部類でしょうか。 言葉遣いがあまり日本人的ではないので、日本語を多少学んだ外人が遊んでいるのかもしれません。

[780] Ryukyu Empire - MicroWiki () <https://micronations.wiki/wiki/Ryukyu_Empire>

Time zone JST (UTC +9)

[781] Ryukyu Empire も同様のマイクロネーションのようです。

[782] Koya | Micronations Wikia | FANDOM powered by Wikia (