東アジアの標準時

東アジアの標準時

[3] 現在東アジア各国では、 +09:00+08:30+08:00+07:00標準時として用いられています。

各国の標準時

[4] 詳しくは各国の記事を参照。

[1] 東アジアの各国の標準時
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現在の
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時差
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過去の
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詳細記事
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日本国
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+09:00
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日本の標準時
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大日本帝国連合国占領地日本米国占領地小笠原、火山諸島及び南鳥島米国占領地琉球
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中華民国
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台湾の標準時
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スペイン領東インド清領台湾大日本帝国台湾
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中華人民共和国中華人民共和国香港特別行政区中華人民共和国澳門特別行政区
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中国大陸の標準時満州の標準時アジア大陸の鉄道標準時
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(滿洲支那ウイグルチベット内蒙古)、 中華民国中華帝国上海租界北京租界天津租界英領香港ポルトガル領澳門仏領広州湾租借地独領山東半島露西亜占領地内滿洲露領関東州大日本帝国関東州東清鉄道附属地満鉄附属地満州国大滿洲帝国大日本帝国台湾新南群島の一部、 大日本帝国占領地支那
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モンゴル国
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モンゴルの標準時
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清領外蒙古
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朝鮮民主主義人民共和国
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朝鮮半島の標準時
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清領朝鮮大韓帝国大日本帝国保護領大韓帝国大日本帝国朝鮮ソ連占領地北朝鮮
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大韓民国
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+09:00
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朝鮮半島の標準時
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清領朝鮮大韓帝国大日本帝国保護領大韓帝国大日本帝国朝鮮米国占領地南朝鮮
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ロシア領シベリアロシア連邦サハリン州
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ロシアの標準時アジア大陸の鉄道標準時
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大日本帝国南樺太大日本帝国北海道千島列島大日本帝国占領地北樺太ソ連領シベリアソ連サハリン州

東アジアの共通の時刻の歴史

中国式太陰太陽暦の時刻

[39] 支那王朝と周辺の属国では、 中央で制作された (中国式太陰太陽暦) が周辺国に与えられる形を採っていました。 の計算には、 首都時刻が用いられていました。

[41] 日常生活全般で用いられる近代的標準時制度とは異なり極めて限定的ではありますが、 支那滿洲朝鮮越南琉球など広範囲で共通に用いられていました。

日清日露戦争期の鮮滿の時刻

[22] 東アジア諸国の中では大日本帝国が最初に中央標準時 +09:00 で国内を統一しました。

[24] 頃、 大韓帝国では、日本に近い釜山や、 日本の資本により建設された鉄道を中心に +09:00 が広まっていきました。

[25] 日露戦争後の南満州では、 それまでのロシア帝国ハルビン鉄道時にかわって +09:00鉄道などで広まっていきました。

[26] このように、当時現地国家の標準時が存在していなかった朝鮮半島南満州へと、 日本中央標準時が拡大していきました。 とはいっても、大日本帝国が国策として中央標準時の適用範囲の拡大を狙ったのではなく、 軍用時が軍の進攻に伴いなし崩し的に広まっていったに過ぎないと思われます。 次の通り、戦後の体制が整えられるに連れて正式な標準時が定められ、 中央標準時は縮小していきます。

[29] 遡ってには、 大日本帝国領先島諸島大日本帝国領台湾標準時西部標準時 +08:00 となりました。

[27] には、 大日本帝国領関東州および満鉄附属地標準時西部標準時 +08:00 と定められました。

[28] には、 大日本帝国保護領大韓帝国標準時+08:30 と定められました。

大東亜の標準時

[138] 大日本帝国領土が拡大した場合、当初は現地の経度に基づく標準時が用いられていましたが、 時差による混乱も多かったらしく、中央標準時へと統合されてゆきました。

[6] 昭和前期には、交通通信の発達により国内および周辺国との結び付きが深くなっていた上、 世界的なブロック経済化によりますます周辺諸国との経済統合が進んでおり、 時差がその障害となっていたようです。

[139] 標準時が統一された大日本帝国満州国の領域だけでなく、 中華民国南京国民政府 (汪兆銘政権) の統治下にあった支那大陸の海岸部や英領香港上海租界なども夏時刻を実施 (大東亜戦争期は通年実施) していました。 更には第二次世界大戦中の南方占領地でも中央標準時が用いられたといいます。

結局、西太平洋から東南アジアにかけたかなり広い範囲 (当時でいう大東亜) で +09:00 が事実上の大東亜の標準時として使われることとなりました。


[415] 滿洲では、 日本の勢力下にあった南満州+09:00 とロシアの勢力下にあった北満州ハルビン鉄道時など、 複数の時刻が混在していました。 満州国の建国時には、 +09:00 を採用するべきとの提案もありましたが、 +08:00 により国内標準時の統一がはかられました。

詳細は満州国の標準時を参照。

[7] しかしその後日満両国の関係が強化され経済の一体化が進む中で、 通信交通の便宜のため両国間の時差解消を求める声が高まり、 中央標準時と同じ +09:00 を採用することとなりました。 満州国内の日本租借地だった関東州も、 足並みを揃えて中央標準時 +09:00 に切り替えました。

[31] +09:00 への統一について、当時の新聞天文学者山本一清が提唱した >>23 と説明しています。山本一清氏は雑誌 天界満州国の標準時を改めよ!という記事を投稿しています >>218

[105] >>102 は、 満洲国政府内 (松木侠 (>>102 は当時国務院秘書処長とするが Wikipedia の年表とは一致しない), 武藤富男 (法制処参事官), 土佐林 (技正)) で議題にのぼったとしています。政府内外に意見を照会したところ、 軍部は作戦上都合が良いと賛成したものの、学者や民間からはあまり賛成意見が得られなかったようです。

[185] 朝鮮の新聞報道も、 翌年の日満標準時統一について京大の山本氏に言及しています >>184

[106] 満州国において山本一清にどの程度影響力があったのかは定かではありませんが、 標準時統一派は経度的に +08:00 より +09:00 の方が適切だと主張したり、 夏時間一般の利点を示したりしており、主張の内容は山本と共通しています。

[107] 標準時変更を伝える新聞その他の記事は、みなその利点を強調しており、 反対意見の存在に言及したものは見当たりません。

[32] 関東州標準時改正に関する説明文書 >>30 では、 日満標準時統一によって経済や交通・通信の両国の一体化が促進されるなどと意義が説明されています。


[379] 沖縄県先島諸島では当初中央標準時が施行されていましたが、 標準時未実施だった台湾大日本帝国領となった際、 (県境とは無関係に) 新設された西部標準時 +08:00 が実施されました。

詳細は日本の標準時台湾の標準時を参照。

[9] 日本西部標準時の廃止は、 沖縄県台湾総督府からの申請によるもので、 次のような理由が挙げられていました >>378

[578] 八重山諸島では西部標準時廃止の半年以上前のに既に 「官民合同の時差撤廃協議会」が開催されています >>575。 これは満州国の標準時改正の直前ですから、満州国の動きに触発されて実施に至ったものなのでしょう。


[126] 日独戦争日本領となった南洋群島は、 東西に広大な領域にわたっており、標準時は3区に分かれていました。 に実施された南洋群島の標準時の2区制への改正は、 内地および南洋群島内各地域の関係が密接になって時差が不便であることが理由 >>55 とされています。 また、台湾で用いられていた西部標準時廃止にも言及があり >>55、 当時の台湾関東州での標準時改正の動きが南洋群島にも波及したと考えられます。


[40] 日本満州国標準時統一が軍部の介入によるものだという主張もありますが >>92, >>401、 少なくても軍主導で統一されたというわけではなさそうです。

[385] 同様に西部標準時の廃止を軍部の都合としたり >>141, >>401、 あるいは戦争と関連付けて説明したり >>416, >>422, >>627, >>429 する人もいますが、 少なくても当時の申請 >>378 は、そうした理由付けはされていません。 へ廃止について照会があったようですが >>384 (利害関係者なので当然でしょう)、 として強い主張があるようにはみえません。 当時の新聞報道も商工会からの要望には触れています >>216 が、 から要求があったとは言っていません。

[499] ただし、日本軍台湾駐在部隊は標準時改正に先立つ 中央標準時 +09:00 に移行しています。には、 陸軍台湾部隊から本省に対し、 陸海軍は移行済みで台湾総督府に移行すると決定して主務省に申請しているものの、 進捗が芳しく無いとして、斡旋を依頼しています。 >>498 検討自体はに既に行われていたようですが >>378、 その後停滞していたのでしょう。 斡旋の効果があったのかどうなのか、ぎりぎりには改正勅令公布されています。

[500] 台湾側は標準時統一を強く望んでいたのに対し、 東京側はそれほど関心を持っていなかったのでしょうか。

[402] この時期の制度改正はすべて軍のせいだと言っておけばそれらしい説明になるような風潮もあり、 眉唾ものです。 当時の人々が生活を良くするために切望した標準時改正を、 安易に根拠を示さず軍部が無理な要求を通したかのように語るのは、 不誠実な態度にみえます。

[204] 本当に日本軍の作戦行動の都合で統一されたというのであれば、 満洲台湾南洋群島でばらばらのタイミングで中央標準時を採用したことや、 東京標準時統一にあまり積極性を見せていないことの説明がつきません。
[8] >>92 はこの頃 (詳しい時期不明) に満鉄への時刻供給若草山観測所から関東軍に切り替えられたことが標準時改正への軍部介入を示唆するものと言っていますが、 その因果関係も謎です。

[418] 満州国標準時を改め中央標準時と一致させることを主張し続けた山本一清博士は、 その実現後の1938年、中華民国の各政府 (北支臨時政権 = 北京中華民国臨時政府および中支維新政権 = 南京中華民国維新政府。当時は統一政府がありませんでした。) に対しても同様の標準時改正を呼びかけています >>417。 山本博士は、台湾満州の新標準時夏時刻の通年採用に当たりそのメリットを享受できるとする一方、 日本内地東アジア全体の標準時統一維持のため夏時刻採用を断念することを説いています >>417

[425] ただし博士は翌月には北支事変の時局を踏まえて早くもこれを撤回、 台湾を除く日本の通年夏時刻採用を求め、 政府に建議書を提出しています >>426には夏時刻採用が世界の趨勢であり、 日本も「実行が一日遅れれば,一日の損である」 >>424 と述べています。

[423] 支那事変支那大陸の海岸部を統治した中華民国の各政権や地方政府は、 夏時刻 +09:00 を実施しました。 中華民国域内にあった治外法権地域である上海租界香港でも、 夏時刻 +09:00 が実施されました。 には、夏時刻 +09:00 が通年実施されるに至っています。


[5] 支那事変大東亜戦争では、日本軍中央標準時 +09:00軍用時として全世界的に用いました。

[96] しかしこれは日本軍部隊の作戦上用いる時刻で、 軍政下の行政機関市民が用いた時刻とは必ずしも一致しません。 また日本軍の影響下にあったとしても、 すべての地域ですべての期間が軍政下にあったわけではありません。

[98] 日本軍軍政下にあった地域では、 現地の標準時中央標準時に改正された場合があるようです。 しかしその詳細な時期や範囲はほとんど明らかになっていません。

[144] tzdataWikipedia などは日本軍の統治期間を中央標準時の時期としていることが多いですが、 統治期間と標準時改正の時期は実際には一致していなかったと考えられます。 また、日本軍の統治下にあったというだけで十分な根拠なく中央標準時に改正されたとして扱っている疑いのある地域もあります。

[147] 大東亜戦争大東亜共栄圏標準時
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地域
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現所属国
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戦時中の政体
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旧時刻
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標準時改正
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同時代の文献
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期間
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tzdata
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詳細記事
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大日本帝国内地
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日本国
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日本の標準時
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独立国
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+09:00 (戦前に一部 +08:00 から改正済)
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改正なし
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大日本帝国内地 - 千島列島北方領土
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ロシア連邦
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日本の標準時
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地方政府 (内地)
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N/A
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停戦後に改正
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大日本帝国南樺太
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ロシア連邦
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日本の標準時
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地方政府 (外地内地)
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停戦後に改正
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停戦後に改正
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大日本帝国臺灣
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中華民国
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臺灣の標準時
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地方政府 (外地)
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+09:00 (戦前+08:00 から改正済)
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停戦後に改正
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大日本帝国朝鮮
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朝鮮民主主義人民共和国大韓民国
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朝鮮半島の標準時
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地方政府 (外地)
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大日本帝国南洋群島
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米領北マリアナ諸島パラオミクロネシア連邦マーシャル諸島
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停戦後に改正
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地方政府 (外地)
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南洋群島の標準時
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大日本帝国関東州
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中華人民共和国
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地方政府 (外地)
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停戦後に改正
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滿洲の標準時
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大滿洲帝国
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滿洲の標準時
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独立国
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停戦後に改正
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中華人民共和国
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独立国
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(通年夏時刻)
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中国大陸の標準時
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停戦後に改正
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英領香港
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中華人民共和国領香港
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中国大陸の標準時
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軍政
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戦時中
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停戦後も継続
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ポルトガル領澳門
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中華人民共和国領澳門
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中国大陸の標準時
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ポルトガル領 (中立)
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仏領広州湾租借地
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中華人民共和国
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インドシナ標準時
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米領フィリピン
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フィリピン
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フィリピンの標準時
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軍政 → 独立
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日本軍進攻前から夏時刻、 停戦後も継続
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戦時中 +09:00
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英領マレー
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軍政
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マレーシアの標準時
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終了日新聞報道あり
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英領ボルネオ
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マレーシアブルネイ
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軍政
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マレーシアの標準時
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タイ
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タイ
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タイの標準時
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改正なし
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ミャンマー
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ビルマの標準時
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戦時中 +09:00
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英領アンダマン・ニコバル諸島
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インド
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南アジアの標準時
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蘭印
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インドネシア
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インドネシアの標準時
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蘭占領地旧ポルトガル領チモル
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東ティモール
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東ティモールの標準時
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米領大宮島
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米領大宮島
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軍政
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南洋群島の標準時
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米領大鳥島
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米領大鳥島
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基地
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改正なし
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南洋群島の標準時
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英領ナウル
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ナウル
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軍政
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大洋州の標準時
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英領ギルバート諸島
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キリバス
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軍政
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大洋州の標準時
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英領ニューギニアの一部
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パプアニューギニア
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軍政
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大洋州の標準時
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英領ソロモン諸島の一部
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ソロモン諸島
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軍政
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改正なし
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大洋州の標準時

[140] 第二次世界大戦の終戦後には、台湾満州南洋群島の一部、 戦時占領地は旧来の標準時に戻ったり、 新たな標準時を採用したりして現在に至っています。 大韓民国は紆余曲折を経て中央標準時と同じ時間帯を現在も採用しています。 朝鮮民主主義人民共和国大韓帝国時代と同じ +08:30 に戻しています。

詳細は各地域の項を参照してください。
[23] 新聞記事文庫 : 満州日日新聞 1936.11.11 ( 版) <http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/ContentViewServlet?METAID=00475112&TYPE=HTML_FILE&POS=1&LANG=null>

今春山本一清博士が黒い太陽事件と共に入満提唱したもので、満洲国勅令に依りこの程決定、関東州もこれに準じ愈々新春以降時間やりくりの不便が統一される訳で、十二月三十一日の午後十一時には満洲の全時計は一時間針を進めて一斉十二時を表現しなくてはならないことになった、同時にゴーンと除夜の鐘が鳴る、嘗て日露戦役後、満洲ではこの中央標準時を採用したが後ち土地に即した現在の西部標準時に返り、今又時勢の進運に従いここに再度内地時間と歩調を合せ行政的な統一が成った

[216] 新聞記事文庫 : 大阪毎日新聞 1936.11.19 ( 版) <http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/ContentViewServlet?METAID=00475113&TYPE=HTML_FILE&POS=1&LANG=null>

満洲国では来る一月一日から日満時差を撤廃するが、台湾総督府でも商工会はじめ各方面の要望に鑑みかねて調査中、このほど完了したので十八日午前十時から森岡長官の上京を前に部局長会議を開催した結果、内台時差を撤廃することに決定した、勅令の改正を必要とする関係で実施は明年四月一日になるはず(台北発)

[102] 旧満州国中央観象台史, 出淵重雄,

勅令を以て, より135°Eの子午線を以て標準時とする旨公示せられ, 同時に関東州, 満鉄附属地においても関東局告示を以て同様に定められた。

満洲国, 関東州の標準時は, 日本の西部標準時, 即ち120°Eの子午線を基準とし, 観測もこれによっていた。また北満鉄路では哈尓浜地方時といって 126°30'Eの子午線を用いていた。

日本の中央標準時と一致させようという話が最初に出たのは, 当時の秘書処長松木氏と当時法制処参事官武藤氏と土佐林技正が一しょに集った時に, ごろ日満一緒の時刻としたらどうかとの話が出た時の由である。 これを軍に話して見ると, 作戦上も同一の方がよいとの賛成意見だった。 しかし一国の時間を変えるということは大問題である上, 学術的にも実生活の上からも相当検討を要するということで, 日満とも各方面の意見を徴した。結果は学術方面からは不賛成が多い, 少くとも国の中を通過している子午線を基準にしなければならぬという。 また一般的にも余りはっきり賛意を表わさなかった。 しかし考えて見るとその時の西部標準時は120°Eで必らずしも満洲の中央を通っているものでもないし, 結局満洲では時間的に非常に不経済な生活をしている, それで寝坊も, 夜更かしもすることになる。それよりも135°Eの子午線を使えば, 満洲東部かつかつのところを通っているから, 人口の多い中央部でいえば約40m位早起きすればよい。西の方では人口が非常に少ないから大した影響はないし, 反面いろいろの利点がある, 石炭, 電力の消費が大いに減ることとなる。

そこで作戦的にも特に日満同じ時刻とすることは重要な意味があることで大体10月に決った。 そして勅令をもってから実施することになった。 この勅令が最後に参議府会議にかかった時, ある参議が「天の時を勝手に変えるのはおかしいではないか」 という意見が出たが, 「今までは北京の時間を使っていた, 今度は満洲国の基準をもって来たのですから, 天の時に叶ったものです」 といって納得してもらったというエピソードもある。また当時民間では反対意見強く, 特にカフェー, 飲食店などが宵の口が短かくなるといって猛反対したという。

[575] 八重山近・現代史年表 明治12年~昭和20年8月14日まで () <http://www.city.ishigaki.okinawa.jp/100000/100500/Timeline/timeline-page/timeline-11.html>

昭和11年(1936)

12月 官民合同の時差撤廃協議会を開催

昭和12年(1937)

10月 先島と本土・沖縄本島との1時間の時差撤廃

[141] 時差について - 世界には時差がそれぞれありますが、日本の最西... - Yahoo!知恵袋 ( 版) <http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1112495371>

国内に時差があるのは不便だという理由で(軍部の意向もあったようです)、日本西部標準時は廃止されました。

[416] 戦前日本の法令〜条文bot pe Twitter: "【解説】明治二十八年に制定された標準時の制において、日本には中央と西部の二つのタイムゾーンが設けられました。しかし中国との全面戦争が開始していく昭和十二年、西部標準時は廃止され、国内の時刻は東経百三十五度の中央標準時に一元化されました。" ( 版) <https://twitter.com/senzen_law/status/687078285377802242>

[422] 台灣時區變換的八卦 - Yu-Cheng Chuang ( 版) <https://blog.yorkxin.org/posts/2013/08/26/time-zone-in-taiwan/>

西部標準時一直用到二次大戰爆發,在昭和 12 年(1937 年,即日本侵華戰爭開始),日本昭和天皇頒佈了敕令 529 號,廢止西部標準時 (UTC+8),也就是全國改用中央標準時 (UTC+9) ,包括外地(台灣、澎湖、之後佔領的香港)。

[429] 大津歴史勉強塾臺灣報告 | 下元景太Official Website 平成大和維新 () <https://keitashimomoto.amebaownd.com/posts/1536925>

1937年支那事變が起きた時に 臺灣で東京標準時が 導入されました。

[401] 【満州文化物語(46)】30年続いた「満州時間」 日本に「時差」があったとき - 産経ニュース (SANKEI DIGITAL INC. 著, 文化部編集委員 喜多由浩, 版) <http://www.sankei.com/premium/print/170402/prm1704020010-c.html>

この決定によって、内地、満州、朝鮮、台湾は同じ中央標準時を使うこととなり「時差」はなくなった。なぜ、こうした政策は採られたのだろうか。

昭和12年満洲弘法協会発行の「満洲国現勢」によれば、時差撤廃の目的について、それまでの「西部標準時」では生活の活動開始時間および停止時間が、日の出、日没時間に対して遅すぎる▽電信電話など通信事業従事者に多大な便宜がもたらされる-ことなどが挙げられている。

ただ、最大の狙いは有事を見据えてのことではなかったか。日露戦争がそうであったように、同じ日本軍が違う時間が戦っていては作戦も立てにくい。

[627] 「South Ryukyu Islandsの謎」調査の中間報告 および 最終報告 ( 版) <http://www.tomo.gr.jp/root/9925.html>

国家総動員体制のために標準時を統一したものと考えられます

[203] マレーシア標準時 - Wikipedia ( 版) <https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%A2%E6%A8%99%E6%BA%96%E6%99%82>

1942年2月16日、大日本帝国は正式に英領マラヤを占領した。そこでこの地域の時刻は1時間30分早い日本標準時(UTC+9)に移行した。日本は1945年9月12日にシンガポールで正式に降伏を表明し、もとの英領マラヤ標準時に戻った。しかし、英領マラヤ標準時に戻った正確な日付は不明である。

[375] Singapore Standard Time - Wikipedia, the free encyclopedia ( 版) <https://en.wikipedia.org/wiki/Singapore_Standard_Time>

Following the Japanese occupation, Malaya adopted Tokyo time of GMT+9 on 15 February 1942. Although official appointments were made according to Tokyo time it was common practice to keep two separate times: the pre-Occupation time at home and Tokyo time on personal watches.

[376] 『2012年1月シンガポール⑧~セントーサ島(シロソ砦編)~ 』 [シンガポール]のブログ・旅行記 by TMBSさん ( 版) <http://4travel.jp/travelogue/10642655>

日本統治下のシンガポール社会についての説明。

占領開始とともに、シンガポールの標準時は日本標準時に統一されました。

西側諸国の夏時刻

[71] 1940年代後半には東アジア各国で夏時刻が実施されました。 しかし生活習慣に合わないなどの理由でいずれも数年で廃止されています。

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詳細記事
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メモ
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日本本土
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日本の標準時
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すぐに廃止
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琉球
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日本の標準時
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すぐに廃止
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大韓民国
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朝鮮の標準時
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後に復活するも廃止
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中華民国 (台湾)
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台湾の標準時
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しばらく継続するも廃止
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中華民国 (中国大陸)
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中国大陸の標準時
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中華人民共和国時代に復活も再廃止
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香港
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香港の標準時
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しばらく継続するも廃止
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澳門
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澳門の標準時
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しばらく継続するも廃止
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樺太および千島列島
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ロシアの標準時
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逆に停戦後に夏時刻を実施
a
マーシャル諸島
p
南洋群島の標準時
n
逆に停戦後の標準時が通年夏時刻に相当
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フィリピン
p
フィリピンの標準時
n
すぐに廃止

[228] 米国の統治下にあった日本琉球大韓民国では、 ほぼ同じ期間に夏時刻が実施されていました。

[43] 日本では、法律の制定により夏時刻が実施されました。 国会審議の過程では米国GHQ の関与や周辺地域との協調に明確な言及は見当たりませんが、 GHQ の指示で夏時刻が実施されたというのは定説になっています。

日本の標準時も参照。

[44] 琉球では、米軍当局の指示やそれに基づく行政機構の法令により夏時刻が実施されました。

[45] 大韓民国では、 独立前には米軍当局の指令により、 独立後には大統領令により、 夏時刻が実施されました。

[46] 日本法律は実施スケジュール込みの恒久法として制定されたのに対し、 琉球では毎回個別に実施される形となっており、 大韓民国大統領令は恒久法の形を採っているものの毎年改正されていました。 琉球大韓民国日本に追随して同じ期間に実施することを意図したように見えますが、 急な変更には追いつけていませんでした。

[47] おそらく、各地域の政府がそれぞれの都合で独自の制度を定めたものの、 日本にある司令部のもと各地域で活動する米軍にとって日本時刻に揃えた方が都合が良く、 都度介入していた (大韓民国の標準時制度には在韓米軍が介入していることが知られています。)、 といったところなのでしょう。 地域全体の時刻政策を日本政府韓国政府米軍が協議したというわけではなさそうです。 日本夏時刻法廃止後に大韓民国標準時を改正し夏時刻を復活させ、 異なる時刻を用いることとなりました。

[90] 1940年代後半東アジア各国の夏時刻実施期間
year
西暦年
日本s
日本 夏開始
日本w
日本 冬開始
琉球s
琉球 夏開始
琉球w
琉球 冬開始
南鮮s
大韓民国 夏開始
南鮮w
大韓民国 冬開始
民国s
中華民国 夏開始
民国w
中華民国 冬開始
香港s
香港 夏開始
香港w
香港 冬開始
澳門s
澳門 夏開始
澳門w
澳門 冬開始
year
民国s
民国w
香港s
香港w
澳門s
澳門w
year
民国s
民国w
香港s
香港w
澳門s
澳門w
year
日本s
日本w
琉球s
琉球w
南鮮s
南鮮w
民国s
民国w
香港s
香港w
澳門s
澳門w
year
日本s
日本w
南鮮s
南鮮w
民国s
民国w
香港s
香港w
year
日本s
日本w
南鮮s
南鮮w
琉球s
琉球w
民国s
民国w
香港s
香港w
year
日本s
日本w
南鮮s
南鮮w
民国s
民国w
香港s
香港w
澳門s
澳門w

中国標準時

[10] 中華民国にかわって支那大陸の支配者となった中華人民共和国は、 経度上は最大4時間 (5区) 分の時差があるウイグルチベットから滿洲までを含む全国で +08:00 を単一の中華人民共和国の標準時として用いています。

[11] +08:00台湾の標準時シンガポールの標準時でもあり、 広範囲で通用する統一時刻となっています。

[12] 大東亜地域の次ので、 +08:00標準時となっています。

[33] +08:00標準時とする地域
[34] これは中華人民共和国に加えて華僑の活躍する東南アジアの多くの地域を含んでおり、 中国大東亜共栄圏とでも言うべきものです。

[35] 北ボルネオラブアン島は、 香港との政治・経済的なつながりから +08:00 を採用した経緯があります。

[36] 西マレーシアシンガポール東マレーシアとの標準時統一のため +08:00 を採用しましたが、シンガポールと同じく金融の中心都市である香港や、 経済的に密接な関係のある中国との関係のため +08:00 が重要であるとよく説明されています。

[13] ASEAN 各国の関係強化のため、ASEAN標準時として +08:00 を採用することも提案されています。

[37] 国家の標準時+08:00 ではない東南アジア諸国でも、 国境付近では中華人民共和国の標準時 +08:00 が越境している例がいくつも見られます。

日韓標準時

[15] 日本大韓民国は、 地理的・歴史的な関係性はもちろん、 冷戦期の米国を含めた西側陣営としての政治的・経済的・軍事的に密接な関わりがあり、 共通の標準時 +09:00 がこれを支えています。

[16] 大韓民国は一時標準時+08:30 に改めていましたが、 この地域で活動する米軍の都合を理由に +09:00 に戻されました。

[17] 大韓民国はその後夏時刻を実施していましたが、現在は実施していません。

[18] 日本でも大韓民国でも、夏時刻の再導入論があります。 その中で他国との関係に言及されることは (賛否どちらの立場とも) 必ずしも多くありませんが、 政府間で協議されるに至ったこともあります。

[19] ただし大韓民国では逆に日本とは異なる +08:30標準時に変更するべきとの主張もあります。

[20] 朝鮮民主主義人民共和国も長らく同じ標準時 +09:00 を採用していましたが、東側に属し現在も日本とは国交がなく大韓民国とも戦争状態にあるため、 同一の時間帯に属するとの意識はそれほど強くありませんでした。 現在は +08:30 に改められていますが、その影響もほとんどありませんでした。

[38] 台湾の標準時+09:00 に改正するべきと主張する人もいます。

極東時間

[14]極東時間」という語は、色々な意味で使われます。

極東時間参照。

関連

[2] 東南アジアの標準時南洋群島の標準時ロシアの標準時も参照。