アジア大陸の鉄道標準時

アジア大陸の鉄道標準時

[57] 本項は、シベリア満州蒙古支那朝鮮エリアの鉄道標準時に関する情報をまとめたものです。

国際便の標準時ロシアの時間帯モンゴルの時間帯満州の時間帯中国大陸の時間帯朝鮮半島の時間帯も参照。

[58] 現在は各国の標準時 (ロシア国内ではモスクワ時間) を使っているようですが、歴史的には複雑な変遷があったようです。

[62] 各国標準時自体がかなり複雑に変更されています。 ロシアでは、ロシア革命の混乱と地方時から標準時への移行と夏時間の実験的導入が同時期に行われています。 満州は、ロシア日本中華民国中華人民共和国の各勢力間の激しい争いがありました。 支那は、主要都市 (租界) が独自に夏時間を実施したり、 複数の政府が乱立したりして混乱していました。

変遷表

[1]

t
時期
ペテルブルグ
サンクトペテルブルク
モスクワ
モスクワ
モスクワイルクーツク
モスクワ-イルクーツク
イルクーツク
イルクーツク
イルクーツク知多
イルクーツク-知多
知多
知多
知多満州里
知多-満州里
東清鉄道
東清鉄道本線
ハルビン
ハルビン
北満州
北満州
黒龍鉄道
黒龍鉄道
ハバロフスク
ハバロフスク
ウスリー鉄道
ウスリー鉄道
浦塩
浦塩
ハルビン新京
ハルビン-新京
満州
満州
満鉄
南満州鉄道
関東州
関東州
北京
北京
平壌
平壌
朝鮮鉄道
朝鮮鉄道
朝鮮
ソウル
event
出来事
note
注記
t
event
朝鮮独立
北京
+07:45:54
t
event
ウスリー鉄道開通 >>23
イルクーツク知多
-
知多満州里
-
東清鉄道
-
黒龍鉄道
-
ハルビン新京
-
満鉄
-
朝鮮鉄道
-
北京
+07:45:54
t
1898
event
中部シベリア線開通 >>23
イルクーツク知多
-
知多満州里
-
東清鉄道
-
黒龍鉄道
-
ハルビン新京
-
満鉄
-
朝鮮鉄道
-
北京
+07:45:54
t
1900-11-12
event
京仁鉄道開通 >>56
朝鮮鉄道
+08:28 (時期不明)
note
>>2
イルクーツク知多
-
知多満州里
-
東清鉄道
-
黒龍鉄道
-
ハルビン新京
-
満鉄
-
北京
+07:45:54
t
1901
event
ザバイカル鉄道開通 >>23
東清鉄道
-
黒龍鉄道
-
ハルビン新京
-
満鉄
-
北京
+07:45:54
t
1902
北京
+08:00
note
清國海岸時 >>61
東清鉄道
-
黒龍鉄道
-
ハルビン新京
-
満鉄
-
t
1903
ペテルブルグ
+02:01:14
モスクワイルクーツク
+02:01:14
イルクーツク知多
+02:01:14
知多満州里
+02:01:14
ハルビン
+08:25
東清鉄道
+08:25
ハルビン新京
+08:25
満鉄
+08:25
note
>>42
event
東清鉄道開通 >>18ウスリー鉄道連結 >>23、 1月東清鉄道南満州支線開通 >>23
黒龍鉄道
-
t
1904-05-25
関東州
+08:12
note
日本軍 >>1207
event
9月周バイカル鉄道開通 >>18、 1904年-1905年 日露戦争
黒龍鉄道
-
t
1904-11-20
朝鮮鉄道
+09:00
note
>>2
event
1905年京釜鉄道開通 >>55
黒龍鉄道
-
t
1905-01-08
満鉄
+09:00 (時期不明)
関東州
+09:00
note
>>110, >>111, 日本軍 >>1207
event
1905年南満州鉄道日本>>23
黒龍鉄道
-
t
北京
+08:00
北満州
+09:00
満州
+08:00
event
清國海関標準時制定
t
満鉄
+08:00
関東州
+08:00
note
>>111, >>1212
黒龍鉄道
-
t
朝鮮
+08:30
note
大韓帝国 >>201, >>215
黒龍鉄道
-
t
朝鮮
+08:30
朝鮮鉄道
+08:30
note
大韓帝国 >>201
黒龍鉄道
-
t
event
朝鮮併合
t
朝鮮
+09:00
朝鮮鉄道
+09:00
note
朝鮮総督府 >>202, >>215
黒龍鉄道
-
event
中華民国建国
t
1915
イルクーツク知多
+08:23
知多満州里
+08:23
東清鉄道
+08:23
ウスリー鉄道
+08:23
モスクワイルクーツク
+02:01:19
浦塩
+08:44
ハルビン
+08:23
note
>>50 (時差は1919年 >>5,>>6 や1920年 >>51 を採用)
黒龍鉄道
-
event
1916年アムール鉄道開通 >>18
t
1917-06-30
モスクワ
+03:30:17
note
ソ連 >>60 暦不明
t
1917-12-28
モスクワ
+02:30:17
note
ソ連 >>60 暦不明 (ユリウス暦だとするとグレゴリオ暦)
t
北京
+08:00
北満州
+08:30
満州
+08:00
東清鉄道
+09:23
ハルビン新京
+09:23
note
>>61東清鉄道庁 >>119 実施前
t
東清鉄道
+08:23
ハルビン新京
+08:23
note
東清鉄道庁 >>119
event
1918年ロシア革命、 1918年-1922年シベリア出兵
t
1918-05-31
モスクワ
+04:30:17
note
ソ連 >>60 暦不明
t
1918-09-16
モスクワ
+03:30:17
note
ソ連 >>60 暦不明
t
1919-01-01
note
日本軍 >>5, >>6
満鉄
+08:00
満州
+08:00
関東州
+08:00
東清鉄道
+08:23
ハルビン新京
+08:23
ハルビン
+08:23
イルクーツク知多
+06:54
知多満州里
+06:54
黒龍鉄道
+06:54
イルクーツク
+06:54
ペテルブルグ
+01:58
知多
+07:27
浦塩
+08:44
ハバロフスク
+08:56
t
1919
note
>>64 (ペテルブルグ時間に >>5,>>6 を採用)
ペテルブルグ
+01:58
モスクワ
+02:28
イルクーツク
+06:54
知多
+07:31
ハルビン
+08:24
t
1919-05-31
モスクワ
+04:30:17
note
ソ連 >>60 暦不明
t
1919-06-18
note
オムスク政府 >>8
満州
+08:00
東清鉄道
+09:23
ハルビン新京
+09:23
ハルビン
+09:23
イルクーツク知多
+07:54
知多満州里
+07:54
黒龍鉄道
+07:54
イルクーツク
+07:54
t
1919-07-01
モスクワ
+04:00
note
ソ連 >>60 暦不明
t
1917-08-16
モスクワ
+03:00
note
ソ連 >>60 暦不明
t
1919-09-24
note
オムスク政府 >>11
東清鉄道
+08:23
ハルビン新京
+08:23
ハルビン
+08:23
イルクーツク知多
+06:54
知多満州里
+06:54
黒龍鉄道
+06:54
イルクーツク
+06:54
t
1920
ペテルブルグ
+02:01:19
note
>>51
t
1920-05-10
note
ザバイカル鉄道庁 >>13, >>12
イルクーツク知多
+08:27
知多満州里
+08:27
知多
+08:27
t
1921-02-14
モスクワ
+04:00
note
ソ連 >>60 暦不明
t
1921-03-20
モスクワ
+05:00
note
ソ連 >>60 暦不明
t
1921-09-01
モスクワ
+04:00
note
ソ連 >>60 暦不明
t
1921-10-01
モスクワ
+03:00
note
ソ連 >>60 暦不明
t
1922-04-12
note
浦塩政庁とウスリー鉄道庁 >>16
ウスリー鉄道
+09:23
東清鉄道
+08:23
ハルビン新京
+08:23
ハルビン
+08:23
t
1922-05-29
note
ウスリー鉄道庁 >>16
ウスリー鉄道
+08:23
東清鉄道
+08:23
ハルビン新京
+08:23
ハルビン
+08:23
t
モスクワ
+03:20 (鉄道時?)
知多
+07:53
ハルビン
+08:23
note
>>29 (ハルビン時間は1922年 >>16 を採用)
t
モスクワ
+02:00
note
ソ連 >>60 暦不明
t
東清鉄道
+08:23
北京
+08:00
note
>>74
t
note
ソ連全土で夏時間 >>25ソ連 >>60
モスクワ
+03:00
t
note
ソ連全土で冬時間 >>25
満鉄
+08:00
関東州
+08:00
朝鮮
+09:00
平壌
+09:00
朝鮮鉄道
+09:00
t
東清鉄道
+08:26
ハルビン新京
+08:26
ハルビン
+08:26
note
>>129, >>21 (1932年切替前)
満鉄
+08:00
関東州
+08:00
朝鮮
+09:00
平壌
+09:00
朝鮮鉄道
+09:00
t
1930-11-12
note
浦塩>>25
浦塩
夏時間
満鉄
+08:00
関東州
+08:00
朝鮮
+09:00
平壌
+09:00
朝鮮鉄道
+09:00
t
モスクワ
+03:00
note
ソ連 >>60
モスクワイルクーツク
+02:00
イルクーツク
+07:54
イルクーツク知多
+02:00
知多満洲里
+07:54
東清鉄道
+08:26
ハルビン新京
+08:26
満鉄
+08:00
関東州
+08:00
朝鮮
+09:00
平壌
+09:00
朝鮮鉄道
+09:00
t
1932
満州
+08:00
北満州
+08:00
ハルビン
+08:26
note
満州国 >>1116, >>21
満鉄
+08:00
関東州
+08:00
朝鮮
+09:00
平壌
+09:00
朝鮮鉄道
+09:00
t
1932-04-01
満州
+08:00
北満州
+08:00
ハルビン
+08:00
note
満州国 >>1116, >>21
満鉄
+08:00
関東州
+08:00
朝鮮
+09:00
平壌
+09:00
朝鮮鉄道
+09:00
t
満州
+08:00
北満州
+08:00
ハルビン
+08:00
東清鉄道
+08:00
ハルビン新京
+08:00
満鉄
+08:00
関東州
+08:00
note
満州国 >>1116, >>21
event
1935年3月東支鉄道満鉄
朝鮮
+09:00
平壌
+09:00
朝鮮鉄道
+09:00
t
モスクワ
+03:00
モスクワイルクーツク
+03:00
イルクーツク知多
+03:00
知多満州里
+03:00
ハルビン
+08:00
北満州
+08:00
ハルビン新京
+08:00
満州
+08:00
満鉄
+08:00
関東州
+08:00
平壌
+09:00
朝鮮鉄道
+09:00
朝鮮
+09:00
note
>>81
t
1937-01-01
満州
+09:00
北満州
+09:00
ハルビン
+09:00
ハルビン新京
+09:00
東清鉄道
+09:00
満鉄
+09:00
関東州
+09:00
朝鮮鉄道
+09:00
平壌
+09:00
朝鮮
+09:00
note
満州国 >>3関東州 >>1220
event
12月満鉄附属地返還
t
1939-03-09
北京
+08:00
note
中華民国 >>61
朝鮮
+09:00
平壌
+09:00
朝鮮鉄道
+09:00
t
1942-10-31
note
南京国民政府支那全土で夏時間 +09:00 継続決定
北京
+09:00
朝鮮
+09:00
平壌
+09:00
朝鮮鉄道
+09:00
t
1945-08
北京
+09:00
event
満鉄ソ連へ (長春鉄道) >>23
note
中華民国重慶国民政府は5月1日から9月30日まで夏時間
朝鮮
+09:00
平壌
+09:00
朝鮮鉄道
+09:00
t
1946
北京
+09:00
note
中華民国は5月15日から9月30日まで夏時間
t
1947-04-01
満州
+08:00
北京
+08:00
note
東北行政委員会 >>61中華民国は4月15日から夏時間
t
1950
event
長春鉄道中共>>23
t
1957-01-03
モスクワ
+03:00
note
ソ連 >>60
t
中略
t
現在
モスクワ
+03:00
ハルビン
+08:00
満州
+08:00
関東州
+08:00
平壌
+08:30
朝鮮
+09:00
モスクワイルクーツク
+03:00
イルクーツク知多
+03:00
知多満州里
+03:00
東清鉄道
+08:00
黒龍鉄道
+03:00
ウスリー鉄道
+03:00
ハルビン新京
+08:00
満鉄
+08:00
朝鮮鉄道
+09:00
北京
+08:00

日清日露戦争期

[70] には、国で海岸時 +08:00 が定められ、港湾および鉄道で用いられました。

[89] 出版の >>88 は、シベリア鉄道の運転時間はすべて 「ペトルブルグ」標準時によっていると述べています。 この章は東清鉄道も含めて言及していますが (当時東清鉄道相当部分のシベリア鉄道本線は未開通)、 標準時の記述が当時の東清鉄道も含めてなのかどうかは不明です。

[42] 黒竜江沿道総督府 (ロシア地方政府) 官報掲載の時間表 () を出典として書かれた文章 >>41, >>99 は、次のように説明しています。

[44] 西部標準時海岸時+08:00 なので、 >>47>>48 は矛盾しています。 (>>6 に近い +08:25 が正しそうですが。。。) なお >>41>>99 は、 >>41 にペ平時とハ平時の時差の記載がないのを除き、 同じ文章です。

[211] 大韓帝国では元々 +08:30 に近い地方時が用いられていました。

[2] 朝鮮半島にある京釜鉄道では元々 「仁川ニ於ケル韓國標準時」 +08:28 を使っていましたが >>134, >>254 (1899年京仁鉄道開通、1902年京釜鉄道一部開通、1903年京釜鉄道京仁鉄道買収)以後中央標準時 +09:00 に切り替えました >>134, >>112, >>232, >>254

[98] >>97京釜鉄道開通当初から中央標準時としています。 >>102京釜鉄道一部開通以来中央標準時だとしています。 朝鮮鉄道史 >>135朝鮮鉄道以来中央標準時を使っていたとしています。 こうした説明は鉄道開業当初の複雑な経緯のために混乱した情報と思われます。

[77] には、清國海関により清國全土の標準時が実施されました。

[1112] 遼東半島ロシア帝国から租借していましたが、 発効のポーツマス条約により日本租借地である関東州となりました。

[1207] 日露戦争には、 東経123度子午線の時刻 = +08:12以降の「満韓地方の基準時」 とすることが軍部隊に通達されています >>1206。 しかしには以後中央標準時を用いるよう指示されています >>1208, >>1209, >>1210

[84] 日露戦争日本海海戦バルチック艦隊ハルビンの時刻を用いており、 満洲ロシア勢力圏内で広く使われていたとの推測もあります。

[110] 日露戦争満洲では +09:00 が使われた >>106 ともいわれます。

[111] 南満州鉄道では当初日本中央標準時 +09:00 を採用していましたが、から日本西部標準時 +08:00 が使われるようになりました >>214

[1212] 関東州および満鉄附属地では以後西部標準時 +08:00 が使われるようになりました >>1211

[201] 大韓帝国+08:30標準時としました >>112鉄道もこれを採用しました。

[96] 明治44年出版の >>95 は、時差を次のように説明しています。

n
名称
c
都市
t
時差
r
区間
n
グリンウイツチタイム
t
+00:00
c
東京
t
+11:13
c
浦潮斯德
t
+08:48
n
哈爾賓「タイム」
c
哈爾賓
t
+08:27
r
浦潮斯德-「イルクーツク
c
イルクーツク
t
+06:57
c
莫斯科
t
+02:31
n
露都「タイム」
c
露都
t
+02:01
r
イルクーツク」-露獨國境「アレキサンドロウオ
n
獨乙「タイム」
c
中央歐羅巴獨乙墺太利匂牙利伊太利瑞典諾威丁抹
t
+01:00
r
アレキサンドロウオ」以西
c
巴里
t
+00:09
c
マドリツド(西班牙)
t
+00:00
c
コンスダンチノープル土耳其
t
+02:00
c
ニユーヨーク
t
-05:00
#
07:00
c
シカゴ
t
-06:00
#
06:00
c
桑港
t
-08:00
#
04:00

[202] 朝鮮総督府中央標準時 +09:00標準時を変更しました >>112

[215] 朝鮮鉄道もそれまで +08:30 を使っていましたが、 同時に中央標準時に切り替えました >>214

[134] 한국사데이터베이스 () <http://db.history.go.kr/item/level.do?levelId=jh_022_0010_0970>

(97) [鐵道運行 標準時間變更 件]

社第乙四八號

拜啓從來鐵道用時刻ハ韓國標準時ヲ用ヒ來リ候處來ヨリ內地中央標準時 (內地中央標準時ハ仁川ニ於ケル韓國標準時ニ比シ三十二分早シ) ニ依リ列車運轉致候ニ付此段御届申上候也

京釜鐵道株式會社 營業部 仁川出張所長 杉甲一郞

日本公使館 御中

[67] 国立国会図書館デジタルコレクション - 中央亜細亜旅行記 ( 版) <http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2385847/45>

露國に入る

夜九時十分と云ふにオロチスカを發す、此時間は所謂「ペテルスプルグ時間」 にして中央歐羅巴の時刻(四歐諸國は中央歐羅巴時間を以て畫一の發着表を作れるなり) に先つヿ一時一分、故に九時十分と云ふも、實は中央歐羅巴の八時九分たるなり、 更に記すべきは人も知る如く、露暦は常に太陽暦に先だつヿ十三日なるを以て、 十七日は即ち露暦の四日に該當すなり、

は原文では平仮名
ウイーンからロシアに鉄道で入国した記事。
[232] 韓国標準時 - Wikipedia ( 版) <https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9F%93%E5%9B%BD%E6%A8%99%E6%BA%96%E6%99%82>

鉄道においては、日露戦争の起きた1904年より日本の標準時が使われることとなった[6]。1904年11月20日、民間企業の京釜鉄道は運転時刻を京城時から日本の中央標準時へ変更した[3]。1906年5月26日には、明治三十九年統監府令第十三号が出され、統監府及び所属官署において使用する時刻が日本の中央標準時と定められ[7]、1906年7月1日に京釜鉄道が統監府鉄道管理局へと引き継がれた。

[254] Railway time - Wikipedia, the free encyclopedia ( 版) <https://en.wikipedia.org/wiki/Railway_time#Korea>

In 1904, during the Russo-Japanese War the Chosen Keifu Railway, a privately-run company, introduced Japan Central Standard Time as its railway time instead of Korean traditional time (UTC+08:28).[28] In 1908, Chosen Keifu Railway adopted new Korean standard time (UTC+08:30).

ロシア革命期

[105] 1914年の黒龍江鐵道ブラゴウエシチェンスク驛延伸記事によると、 イルクートスク標準時が用いられており、 その 12:00 はブラゴウエシチェンスク地方時 13:29 に当たります。 >>104

[50] 1915年出版の >>49 によれば、

[125] 大正6年7月16日より、東清鉄道鳥蘇里鉄道は (露国?) 臨時政府の指示で従来より1時間早い時刻に移行しました >>124

[119] 大正7年1月11日より、東清鉄道は従来より1時間遅れた時間 (本来の哈爾浜地方時) に移行しました >>118

ウスリー鉄道は不明です。

[5] シベリア満州に出兵した日本軍は、 以降、 当地の鉄道時軍用時として採用しました (制定) >>4, >>9, >>10, >>127

  • 南満方面 満洲時(大連)
  • 東清および鳥蘇里 (ウスリー) 鉄道管区内 哈爾浜 (ハルビン)
  • 後貝加爾 (ザバイカル) および黒龍鉄道管区内 イルクーツク時

[6] 更に各地方の時刻は次の通りとされています >>4, >>9, >>10

  • ペトログラード 4:58 (+01:58)
  • イルクーツク 9:54 (+06:54)
  • 知多 10:27 (+07:27)
  • 大連 11:00 (+08:00)
  • 哈爾浜 11:23 (+08:23)
  • 浦塩 11:44 (+08:44)
  • ハバロフスク 11:56 (+08:56)
  • 東京 12:00 (+09:00)

[8] オムスク政府決定によりシベリア全体で大正8年6月17日と18日の間の午前0時に標準時が1時間進められ >>10、 鉄道時もそれに合わせて改められた >>7, >>10 とされています。

  • 東京時 12:00 (+09:00)
  • 満洲時 11:00 (+08:00)
  • 哈爾浜鉄道時 12:23 (+09:23)
  • イルクーツク鉄道時 10:54 (+07:54)

[14] ロシア革命以後時間繰り上げが命じられたものの、 実施された地方とされなかった地方があり、 この度オムスク政府の支配下地域全体で実施することとし、 鉄道もそれに従うこととなった >>10 ようです。

[91] 大正8年7月および翌年発行の >>90, >>92 には、

... との説明があります。時刻表長春欄には、 満鉄の時刻で記載しており、東清鉄道とは23分の時差があると注記があります >>90 16コマ, >>92 15コマ

夏時間実施には言及がありません。

[109] 大正8年8月の報告には、満洲里-知多ザバイカル鉄道の 8月1日からの列車時刻が、イルクーツク時間とハルビン時間で記載されています。 両者の時差は、1時間30分 (ハルビンが進んでいる) とされています。 >>115

[116] >>8 によれば正確には1時間29分の時差ですが、この1分の差がどこで生じたのかは不明です。 (どちらかの情報源が不正確だったのか、時刻表作成時に便宜上丸めたのか、 当時満洲里で便宜上1時間30分時計をずらすのが一般的だったのか、など。)

[11] オムスク政府決定によりシベリア全体で大正8年9月23日と24日の間の午前0時に標準時11時に巻き戻す >>10 とされています。 鉄道時も次の通り改められたようです >>10

  • 哈爾浜鉄道時 11:23 (+08:23)
  • イルクーツク鉄道時 9:54 (+06:54)

[63] 1919年出版の >>64 にはロシアの各都市の時差が次のようにあります。

  • 彼得具羅土 正午
  • 莫斯科 午後0:30
  • キーエフ 午後0:01
  • オデッサ 午後0:12
  • ウャーフカ 午後1:18
  • エカテリンブルグ 午後2:01
  • チェリャビンスク 午後2:04
  • オムスク 午後2:52
  • トムスク 午後3:39
  • イルクーツク 午後4:56
  • チタ 午後5:33
  • 哈爾賓 午後6:26

[86] 大正8年発行の >>85 は、ロシア革命の混乱下のシベリア鉄道運行状況を記述しています。 浦潮-満州里間および浦潮-「ハバロフスク」間の時刻表は 『哈爾賓「タイム」』で記述されており、その正午は露都の午前5:35に当たるとあります。 「ハバロフスク」-「クエンガ」間および満州里-「イルクーツク」 間の時刻表は『「イルクーツク、タイム」』で記述されており、 その正午は「アレクセーウスク」(「ハバロフスク」より起点し 「ボチカレーヴォ」駅の2駅手前) の午後1:30に、または哈爾賓の午後1:29 に当たるとあります。

[87] ハルビン鉄道時を +08:23 だとすると、

... となります。最初の3都市は >>6 と一致します。

[326] >>325 によれば、上海に倣って天津 (の租界および民国現地政府) は1919年4月26日から1919年10月1日までの間夏時刻を実施する (天津電信局はそれに従うが鉄道は従わない見込みである) ことから、 北京夏時刻を実施するべきかと各国公使団で議論されました。 しかし鉄道が夏時刻を実施しないことによる混乱を危惧し、 北京では実施されなかったようです。

[13] 大正9年5月10日に後貝加爾鉄道庁がイルクーツク鉄道時をチタ鉄道時に改称しています >>10

[12] 大正9年5月には、>>5 の日本軍用時から

  • 後貝加爾 (ザバイカル) および黒龍鉄道管区内 イルクーツク時
... が削除され、かわりに
  • 後貝加爾 (ザバイカル) 鉄道管区内 チタ時
... とされ、また >>11 からイルクーツク鉄道時が削除されてかわりに
  • チタ鉄道時 11:27 (+08:27)
... が追加されています >>10

>>11 の後再び1時間進んだ夏季時刻になっているようです。

[52] 大正9年の時差一覧表には、ロシア時刻としてサンクトペテルブルク経度+02:01:19 を挙げています >>51

[66] 大正9年7月出版の旅行案内本 >>65 によれば、

  • 時刻は地方時ではなく、彼得 (ぺとろ) グラード (どき) で記載される
  • 大きな駅には地方時の時計と聖彼 (ぺとろ) グラード (どき) の時計がある

[16] 浦塩の地方政府と鳥蘇里鉄道庁は大正10年4月11日23時に1時間進め (鳥蘇里 (ウスリー) 鉄道時 12:23 (+09:23) = 東京 12:00 (+09:00))、元々同じ鉄道時だった満州側の東支鉄道 (哈爾浜 (ハルビン) 鉄道時 11:23 (+08:23)) と1時間の時差が生じました >>15

[17] その後沿海州の政変で成立した新政権の指示により、 鳥蘇里鉄道庁は5月28日24時に1時間巻き戻して23時とし、 この時差は解消しました >>15

[118] 日本軍軍用時の改正は一旦保留されており、 東支鉄道ハルビン鐡道時シベリア側でも使っていました >>127

[94] 支那國有鐵路旅客及貨物運輸章程 (民國10年1月1日施行) の第二條には、

  • 支那国有鉄路は「中國海濱時間」を標準時とする
  • 中国海浜時間は日本鐵路公定時より1時間遅い
  • 中国海浜時間は東支鐵路より23分早い
... とあります >>93

[74] 中華民國國有鐵路旅客及荷物運送規則 >>73 (日本鐵道省北京辦公處, 原文内に日付はないが書誌情報によれば) の第二條には、「鐵路ハ中華民國海岸時刻ヲ用フルモノトス (日本鐵道時刻ヨリモ一時間早ク東支鐵道時刻ヨリ二十三分遅シ)」とあります。

[76] >>74>>94 は同じもの (原文支那語) を和訳したのだと思われます。 両者では「早い」と「遅い」が逆になっていますが、どちらも共に「遅い」 が正しいと思われますが...

[29] 大正12年/1923年時点でモスクワとチタに4:33、 ハルビンと5:03の時差があります >>28, >>30。 (その他には言及がないのでわかりません。) チタ鉄道の満州里時間の時刻の表もあります >>28, >>30。 チタ鉄道はモスクワ時間で、東支鉄道はハルビン時間と注記のある表もあります >>30

[32] >>31 に1923年時点の鳥蘇里鉄道の時刻の表 (浦塩時間) があります。

[34] >>33 に大正15年時点のザバイカル鉄道の時刻の表 (ハルビン時間) があります。

[36] >>35 に大正15年時点の鳥蘇里鉄道の時刻の表があり、「地方時に依る」と注記があります。

[108] >>107 (1928年出版) のシベリア鉄道案内には、安東 (鮮満国境) で満洲時間満洲里モスコー時間ワルソー中歐時間リエージ西歐時間との注記があります。露西亜部分には、 地方時は1、3、4、5、6時間加算して求められるとあります。 ハルビン時間にはなぜか言及がありません。


[53] シベリア出兵時の日本軍の通信用の時刻同期は、 当初は京城長春電信局報時に基づき、 ハルビン浦塩時差を調整して用いていました >>127。 更にそこから前線各地に報時していたようです。

[130] より、京城長春に同期するのではなく、 船橋中央標準時電波報時ハルビン浦塩で受信するようになりました >>127

[54] ハルビン浦塩はいずれも東清鉄道沿線であり、 ハルビン鐡道時が用いられていたようです >>127

浦塩市内でハルビン鐡道時が用いられていたのか、鐡道および日本軍のみ用いていたのかは不明ですが。

[132] 版の日本政府の情報では、浦塩の港湾報時信号は +09:00 だったといいます >>131

[133] の米軍の地図では、浦塩 (だけ) は +09:00 で塗られています >>176

満州国時代

[25] >>19 より:

  • 過去何度か夏時間が実施されたが、最近実施されていなかった
  • ソ連人民委員会議は昭和5年6月20日-9月30日はソ連全土で1時間進めると決定した
    • 汽車、汽船、気象報告、官庁、工場などすべて夏時間を用いる
  • 極東地方執行委員会は6月21日付けで1時間進めると決めた
  • ソ連人民委員会議の決定で、冬時間復帰を延期することとなった
    • 10月1日新聞各紙で在ソ日本大使館が把握
    • 発表があったと10月4日に在浦塩日本総領事館が報告
  • 極東地方執行委員会幹部会は10月1日より冬時間に復帰すると9月29日に決定した
  • 極東地方執行委員会幹部会は冬時間復帰を延期すると10月9日に決定した
  • 10月17日午前0時に1時間繰り下げると発表があった
    • 10月20日に在浦塩日本総領事館が報告
  • 浦塩市政府は11月12日より1時間進めると決定した
    • 市内の官庁、企業などが用いる
    • 鉄道は夏からこの時間を使っている
    • 11月13日に在浦塩日本総領事館が報告

[129] 時点で満州里-浦塩や長春-ハルビンはハルビン時刻 +08:26 でした >>128

[83] 欧亜国際連絡列車時刻表 >>82 には、西欧時中欧時東欧時ハルビン時満州時日本時(朝鮮時)、日本時の区別があります。 満州里以東はハルビン時となっていて、ロシア東欧時になっています。

[121] 時刻表 (英文) には、 Moscow より KharbinHarbin time 進んでいることが記されています >>120。 また Irkutsk Kharbin ともあり >>120モスクワ +02:00イルクーツク +07:56ハルビン +08:26 ということになります。ただし(シベリア?)鉄道の時刻はモスクワ時ともあり >>120イルクーツクは鉄道時ではなく市内の時刻のようです。

[122] 露西亜ではから通年夏時刻 +03:00 に移行していますが、これらの時刻表では東欧時 = Moscow time = +02:00 と思われます。当時鉄道では +02:00 が引き続き用いられていたのでしょうか。

[1116] 満州国ではの建国より +08:00 が採用されています。

[38] >>39, >>37南満州鉄道を北上してシベリア鉄道に乗り継ぎ西に向かう旅程の説明があります。 曰く:

[40] 昭和7年/1932年にハルビンの時間は新京標準時に統一されているので、 それ以前の情報を元に毎年(?)再出版していたと思われます。

[1220] 昭和12年/1937年1月1日には、関東州および満鉄附属地中央標準時 +09:00 に移行しています。

[3] 満州国も、康徳4年/1937年1月1日より +09:00標準時としています。

[21] >>20 によれば、

[1219] なお昭和12年/1937年12月1日に満鉄附属地満州国に返還されています。
[22] 新聞記事文庫 : 満州日日新聞 1936.11.11 ( 版) <http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/ContentViewServlet?METAID=00475112&TYPE=HTML_FILE&POS=1&LANG=null>

日満標準時の統一に伴う全満ダイヤの改正については、内地及び朝鮮との輸送機関連絡、通学列車の時刻等各方面に重大影響を及ぼすので鉄道総局輸送関係では満鉄、鮮鉄、その他関係船会社等と連繋を保ち慎重審議を重ねているが、この改正案によれば先ず第一に日満標準時統一によって満洲側は一時間繰り上げられるが、満洲における日出、日没の関係で実際上従来通りの時刻を維持するため、ダイヤを一時間繰下げる、即ち全ダイヤに一時間加算するというのである、例えば正午発の列車は標準時統一によって満洲の時間も一時間繰上げられて午前十一時となるが、ダイヤは一時間繰下げ午後一時として始めて従来通りの時間と相一致することとなる

[72] >>71 所収「中華民國26年4月11日改訂 奉天・山海關・天津・北平間」の鉄道時刻表には、 「北支の時間は滿洲より一時間おくれですが山海關著發は滿洲時刻です」と注記があります。 奉天山海関+09:00、それ以外は +08:00 と見られます。

第二次世界大戦後

[114] 昭和20年/1945年にはソビエト連邦関東州を占領し、 中華民国からのソビエト連邦租借地となりましたが、 1950年代に中華人民共和国に返還されています。

[113] この時期の滿洲支那本体の海岸部では、 +08:00 が用いられました。

現在

[180] ロシアの鉄道の時刻表やの時計、切符の時刻はモスクワ時間を採用しています >>179, >>183, >>184, >>185, >>188

[182] しかし乗客は現地時刻に合わせて時計を調整しているようです >>181, >>184, >>186, >>187

[75] ロシア本国の鉄道と直接接続していない離島サハリン鉄道でも、 モスクワ時間を用いているようです。ただし現地時間の時刻表も掲示されているようです。 >>68

[24] ロシア渡航に役立つ情報をご紹介 - ロシア情報 ( 版) <http://www.mir-network.com/about_russia/>

全土を一元的に表示する必要のある鉄道の時刻表などは、現地時間ではなくモスクワ時間で表示されていますのでご注意下さい。

[26] サハリン(樺太)鉄道旅(29)1列車に乗る! – 中京テレビ:稲見駅長の鉄道だよ人生は!! ( 版) <http://www2.ctv.co.jp/tekken2/2015/11/02/14387>

さてこの乗車券の矢印の部分に注目。ユジノサハリンスクの出発時間とノグリキの到着時間が書いてありますが、それぞれ「15:30」と「3:00」。不思議ですね。でも不思議ではないのです。

ロシアの鉄道は全てモスクワ時間で運行されており、サハリンとは7時間の時差があるためこのようになっています。参考までに駅構内に貼り出されていた時刻表はサハリン時間で掲示されており、この乗車券でやっとここがロシアであることを知らされました。

[27] シベリア鉄道の時刻表の注意点 | シベリア鉄道横断旅行記【モスクワからウラジオストクまでのロシア一人旅】 ( 著, 版) <http://trans-siberian-railway.info/aboutsiberianrailway/jikokuhyou/>

シベリア鉄道の時刻表に書かれている時刻は、その現地の時刻ではなくモスクワ時刻です。

下記のような停車駅のホームの時計も、基本的にはモスクワ時間にあわせていますので、間違えないようにしてくださいね。

[100] 北朝鮮に列車で入国してみたら「期待を裏切らない風景」が待っていた ( 版) <http://sekaishinbun.net/2014/06/04/north-korea-entrance/>

橋を渡るとそこは北朝鮮側の国境の街新義州です。

中国と北朝鮮は時差が1時間あるのでここで時計の針を一時間後ろに戻します。

[101] ロシア・モンゴル鉄道旅行記 (2/3) 佐納康治 ( 版) <http://www.asahi-net.or.jp/~hc7y-snu/sanoo/Travel32/Travel32b.html>

翌朝、つまり列車に乗り始めて4日目の朝、ウランウデには現地時間の午前8時に到着した。この辺りのモスクワ時間との時差は5時間、つまり北京時間と同じである。一晩の間にまた時差のあるところに来たことになる。昨日ザバイカルスク時間からチタ時間になったときに時計を遅らせるのを忘れていたから、ここでまとめて2時間時計を遅らせる。

[103] 【UUD】【ULN】ロシア~モンゴル シベリア鉄道 国境越えの流れ : ■ JIC トピックス ■ ~ ロシア・旧ソ連の情報あれこれ ~ (jictravel 著, 版) <http://jictravel.exblog.jp/24792127/>

時刻表はモスクワ時間、ウランバートル時間で書かれており、モンゴルはサマータイムの時期なので時刻表+1時間が予定時刻となります。わかりにくいので、整理していくと、

[68] サハリン(樺太)鉄道旅(29)1列車に乗る! – 中京テレビ:稲見駅長の鉄道だよ人生は!! ( 版) <http://www2.ctv.co.jp/tekken2/2015/11/02/14387>

さてこの乗車券の矢印の部分に注目。ユジノサハリンスクの出発時間とノグリキの到着時間が書いてありますが、それぞれ「15:30」と「3:00」。不思議ですね。でも不思議ではないのです。

ロシアの鉄道は全てモスクワ時間で運行されており、サハリンとは7時間の時差があるためこのようになっています。参考までに駅構内に貼り出されていた時刻表はサハリン時間で掲示されており、この乗車券でやっとここがロシアであることを知らされました。

[69] ロシア旅行記 ( 版) <http://www.officenet.co.jp/~urakawa/rs/russia1.html>

時差の関係で、一日が25時間の生活がモスクワまで続く。途中で1時間遅らせるのは、とても奇妙な感じである。

[80] 『鉄路は続く ~モスクワ-ベルリン国際寝台急行列車の旅(3)』 [ミンスク]のブログ・旅行記 by JIC旅行センターさん ( 版) <http://4travel.jp/travelogue/10919293>

13時34分、13分遅れでロシア最後の停車駅・スモレンスクに到着。遅れを3分だけ取り戻し、13時36分に10分遅れで発車。スモレンスクを出発すると、ベラルーシ側のオルシャまではもう1時間ほどだ。ここで時差調整のため時計を1時間遅らせる。

[59] Time in Russia - Wikipedia, the free encyclopedia ( 版) <https://en.wikipedia.org/wiki/Time_in_Russia>

All timetables on Russian Railways (except Sakhalin railways) follow Moscow Time.[17] Airports, however, follow local time.[18]

メモ

[78] 【UUD】【ULN】ロシア~モンゴル シベリア鉄道 国境越えの流れ : ■ JIC トピックス ■ ~ ロシア・旧ソ連の情報あれこれ ~ (jictravel 著, 版) <http://jictravel.exblog.jp/24792127>

「ウラン・ウデ~ウランバートル」の列車は「ロシア~モンゴル」という国境をまたぐ移動をしますので、「ロシア出国~モンゴル入国」という手続きがあります。

時刻表はモスクワ時間、ウランバートル時間で書かれており、モンゴルはサマータイムの時期なので時刻表+1時間が予定時刻となります。

[79] はいらーある pe Twitter: "あと個人的に面白かったのは時差の話である。満鉄(満洲時間)と東清鉄道(ハルピン時間)には時差が26分あり、新京でホームを挟んで隣り合っているにもかかわらず違う時刻を採用していたそうだ。" ( 版) <https://twitter.com/hokuman_hailaer/status/684381607038332929>

[81] 時刻表でたどる呉線の百年/昭和前期篇(呉線全通):三十糎艦船連合呉支部 (R.Yasunaga 著, 版) <http://www7a.biglobe.ne.jp/~kure_chin/data/timetable/timetable_s1011.html>

釜山から、午前7時30分発の朝鮮鉄道の急行7列車「のぞみ」に乗車すれば、京釜本線、京義本線を経て満州国安東(現・丹東)に午後11時55分着。 「のぞみ」の安東発車時刻が午後11時30分となっていて、矛盾しているように見えるのは、ここから満州時間(日本標準時-1時間)となるためである。

[117] ロシア・モンゴル鉄道旅行記 (2/3) 佐納康治 () <http://www.asahi-net.or.jp/~hc7y-snu/sanoo/Travel32/Travel32b.html>

翌朝、つまり列車に乗り始めて4日目の朝、ウランウデには現地時間の午前8時に到着した。この辺りのモスクワ時間との時差は5時間、つまり北京時間と同じである。一晩の間にまた時差のあるところに来たことになる。昨日ザバイカルスク時間からチタ時間になったときに時計を遅らせるのを忘れていたから、ここでまとめて2時間時計を遅らせる。

[126] 旅費1,000ドルで過ごした1ヶ月、寝台列車で行く世界最長の電車旅行 – Medium Japan – Medium (Haruo Nakayama著, ) <https://medium.com/japan/one-month-on-the-world-s-longest-train-ride-for-1-000-8dc9cd7ac48d>

その結果、そこかしこの時計が異なるタイムゾーンに合わせられている、というややこしい状況が生まれるんだ。イルクーツクで乗車した人(僕もその1人)は、時計をイルクーツク時間(標準時+9時間)に合わせてた。駅の時計はすべてモスクワ時間(標準時+4時間)で、それは車内の時計も同様だ。けれど、僕がいた車両の時計は1時間遅れてた(標準時+3時間)。おそらく夏時間を調整するのを忘れちゃったんだと思う。客室乗務員達はそれぞれの目的地に自分の時計を合わせていた。こっちはエカチェリンブルグ時間(標準時+6時間)、あっちはノヴォシビルスク時間(標準時+7時間)、といった具合にね。さらに悪いことに、さっき説明した脱線事故の影響で、運行スケジュールは各客室内の掲示と比べて15時間は遅れてた。

だから、客室内の時計が3時をさすころ、ある人は朝ごはんの準備をし、またある人は床に就こうとする、といったことになってしまうんだ。乗務員に到着予定時刻を確認しても、「え、着くのは7時?それとも8時?午前か午後、どっち?現地時間、それともモスクワ時間?」ともうわけがわからなくなっちゃう。いま食べているのが昼食か夕食すらも区別がつかなくなっちゃうんだ。

[136] ロシア・モンゴル鉄道旅行記 (2/3) 佐納康治 () <http://www.asahi-net.or.jp/~hc7y-snu/sanoo/Travel32/Travel32b.html>

[137] ロシア・モンゴル鉄道旅行記 (1/3) 佐納康治 () <http://www.asahi-net.or.jp/~hc7y-snu/sanoo/Travel32/Travel32a.html>

[138] 超特急でシベリア鉄道の話を。 - 太陽の沈まない国を目指して (koppe著, ) <http://koppepanda365.blog.fc2.com/blog-entry-14.html>

イルクーツク駅のATMで無事キャッシングができ、どうにかお財布事情も解決した。

この鉄道がモスクワ時間で動いているのか、中国、モンゴル時間で動いているのか、現地時間で動いているのかいまいち不明瞭で、僕の乗る14車輌を担当している鉄道員に聞いても曖昧な答えしか帰ってこない。だから毎回ひやひやしながら駅散策をしないといけない。

[139] Trans-Siberian Railway Vol.3 "In the train":Mark's Photo Cafe Annex:So-netブログ (2015-08-14 22:10 ) <http://marks-photo-annex.blog.so-net.ne.jp/2015-08-14-3>

シベリア鉄道、005列車「オケアン号」車内の様子。

車内の時間表示は、極東時間。

この列車はウラジオストク→ハバロフスク、極東内の区間だからか。

[140] What I remember when I remember Sakhalin | 外国語を学習するならLang-8 () <http://lang-8.com/hideosaito/journals/146233397611200241715354254340837219958>

ホテルのスタッフがきっぷを確認した。

「列車は明日の朝の4時50分」

「……?」

日本で聞かされていたのは午前11時50分発だった。

発車時刻を記した掲示板を眺めた。

ピンときた。

「モスコー夕イム」

ホテルスタッフと顔を見合わせた。

大国ロシアは、国内に時差がある。

モスクワと極東では7時間違う。

サハリンという島に敷かれた線路は、ユーラシア大陸に延びる線路とはつながっていない。

人々は極東時間で暮らしている。

しかし列車の運行スケジュールは、モスクワの時間に合わせられていた。