[2] 年に呼称を与えた系を指す用語として、 紀年法、紀元、紀年、 era などがあります。 いずれもよく使われている用語でありながら、 厳密な意味がはっきりしないところがあります。 書物によって説明された意味が違っていたり、 当てられた訳語の意味が少しずれていたりします。
[185] 本項では、まず紀年法的な用語がどのように定義されてきたかを確認します。 その上で、 “紀年法的なもの” の記述のための基礎的な概念を定義し、 それをもって “紀年法的なもの” の厳密な議論に資することを目的とします。
[186] まず、 辞典類や専門書、学術論文等で紀年法やそれに類する概念がどう説明されているかをみていきましょう。
[161] 定義の類型㋐は、「年の表し方」と広く説明するものです。
[3] ㋐-1 日本語版ウィキペディアの紀年法記事は、 「紀年法」 とは年の表し方だとしました。 >>77
[21] ㋐-2 中文版维基百科の纪年記事は、 「纪年」と「纪元」は暦法における年の表し方だとしました。 >>40 ただし「纪元」については単独記事で別の説明をしていました (>>20)。
[66] かつて English 版 Wikipedia の calendar era は、 「calendar era」 は暦法における年の数え方だとしました。 >>78
[4] 「紀年法」「紀年」の字義を鑑みれば、㋐は1つの妥当な説明でしょう。
[5] しかし紀年法としてあまり紹介されない次のような例を、 どう考えるべきでしょうか。
[39] ㋐-1によればこれらが除外される理由はないはずです。 ㋐-2は「暦法の」と限定するためいくつかは除外されるかもしれませんが、 それにしてももう少し厳密な定義がなければ、例えば 「戦後81年」が紀年法なのか判断に困ります。 「暦法の年」や「暦年」のような修飾はこの他の説明にも時折現れますが、 その意図するところは不明瞭です。
[44] 「暦法の」と限定する English 版 Wikipedia の説明は、 紀年法が暦法から独立して存在し得ないとの考え方 (>>23) に基づくとも思えます。 一方日本語版 Wikipedia は記事内で紀年法が暦法と独立であると説明していました >>77。
[227] まとめると、㋐はおおむね妥当と考えられるものの、 指し示す範囲が広すぎるようにも思われること、 暦法との関係が明瞭ではないこと、 の2つの課題があります。
[162] 定義の類型㋑は、「年をある年からの経過年数で表すもの」 と説明するものです。
[58] ㋑-1 日本の多くの一般向けの辞書に加え、 暦と時の事典 や 日本年号史大事典 までもが、 「紀年法」 とは元期から年を数える方法だと説明しました。 >>83, >>84, >>79
[15] ㋑-2 日本語版 Wikipedia の紀元記事は、 紀元とは紀年法のうち、 元期からの経過で年を無限に数えるものと説明しました。 「無限に数える」ことで元号と区別していました。 英語「era」、 中国語「纪年」に対応するとしていました。 (が㋒-2の意味も併記していました >>16) >>77, >>14
[158] ㋑-3 나무위키 の 기년법 記事は、 기년법 (紀年法, calendar era) とは特定の年 (元年) を起源に日数を数える方法と説明しました。 そして年号も含まれるとし、 現時点で使われる紀年法は常に陽数であると指摘しています。 >>91
[59] 各書とも技術的に厳密な説明とはいえないところがあり、 解釈の余地があります。表現の微妙な違いで当てはまったり、 当てはまらなかったりするケースもあるかもしれません。
[25] 日本大百科全書(ニッポニカ) の紀年法は、本文でいくつか具体的な紀年法を列挙していました。 なぜか元号は挙げていませんでしたが、 「干支紀年法」の説明中に即位紀年と元号に言及がありました。 定義上各元号も該当しそうなもので、 しかも言及されているので漏れではないということは、 紀年法と考えていなかったのでしょうか。 しかし別項年号には紀年法の一種とありました。 矛盾はないですが、不自然です。
[24] ブリタニカ国際大百科事典 の紀年法の本文に 「東洋諸国には王朝ごとに短期間の紀年法があり,これを元号もしくは年号と呼んだ。中国では元号と干支紀年法が盛んであったが,紀元に相当するものとしては」 とあり >>79、干支年と各元号を紀年法としていましたが、 それらは紀元でないと解釈したように読めます。 紀年法の元期を紀元と呼ぶという自身の定義 >>31 と矛盾しています。
[32] 紀年法の字義からして、これら紀年法らしきものを紀年法に含めないべきとは思えません。 これら紀年法らしきものが㋑から漏れるとするなら、 ㋑は紀年法の定義として不適切と考えられます。
も注意するべきポイントです。 日や秒を単位とする手法や、 超年的時間範囲とその範囲内の年数の組み合わせによる手法が該当するのか否かが、 明瞭とはいえません。
[187] ㋑は紀年法の部分集合の定義として分類には有用かもしれません。 ただし、そのためにはある紀年法が所属するかしないか曖昧なく判定できる、 より厳密な定義が必要です。
[228] まとめると、 ㋑は「紀年法」の説明とも「紀元」の説明ともされるものの、 「紀年法」の説明としては指し示す範囲が狭すぎると思われること、 定義が曖昧であること、 の2つの課題があります。
[73] 英語「era」は一般語としては時代、 すなわち何らかの意味付けされた時間の範囲のような意味合いとされます。 「紀年法」のような年を識別する機能は必ずしも要求されない語です。 「calendar era」のように修飾するのはその辺の区別が意識されているのでしょう。 ただし「calendar era」とあっても年の単位で番地付けされるとは限らないことには注意が必要です。
[75]
㋓-2
ISO 19108
の
「calendar era」, 「暦年代」, TM_CalendarEra
は、
暦中で元期から長さを数える期間と定められました。
[17] ㋓-1 日本語版 Wikipedia の紀元は、 英語 「era」の語源はラテン語 「aera」で、 元期から始まる年代と説明しました。 >>14
[52] ㋓-1 Polski 版 Wikipedia の Era kalendarzowa は、 元期から始まる期間と説明しました。 >>49
[74]
「era」は元号の英訳にも使われます。
元号も紀年法としての機能を持ちつつ、
時代区分としてのニュアンスをも持っています。
ただしそれは元号でない紀年法も同じで、
「西暦の時代」のような言い方をしたり、
「紀元何千年」を建国以来何年の意味で使ったりするのも同趣旨でしょう。
それ故に元号の英訳を「finite era」とし、
元号でない「era」と区別しようとするものもあります。
[188] ㋓は紀年法を包含する概念 (ないし紀年法の小さくない部分集合を包含する概念) のように思われます。 そのまま紀年法の定義とするには広すぎます。 せめて「年」を単位とする概念に限定する必要があります。
[62] ㋕ English 版 Wikipedia の Calendar era 記事は、 「元期からの経過期間、ただし次の元期まで」 と説明しました。 >>56
[63] この定義は、但し書きを除けば㋓に相当します。 但し書きは日本の元号を説明するために挿入されたものでした >>57。 この改変はやや強引感があります。
[50] ㋕に個別の各元号は該当しますが、 「日本の元号」のような元号系は該当しないはずです。 ところが English 版 Wikipedia の Calendar era には「Japanese calendar」 や各国の即位紀年も挙げられていました >>56 個別の元号をここにすべて載せるわけにもいかないので、 1つにまとめたのかもしれませんが、 そうであるなら 「calendar era」 の説明として明瞭さを欠いていると言わざるを得ません。
[230] 日本の元号のような元号系が該当するとなると、 「次の元期まで」 という定義と遡及年号や延長年号の関係をどう考えるべきかが問題となります。 元号系の元号は実はきっちり切り替わるのではなく、 前後が重なり合った状態にあります。 ㋕はそれを表現できているか疑問です。
[64] 年を数えない手法は㋕に該当しないはずです。 ところが English 版 Wikipedia の Calendar era 記事にはローマ執政官紀年法が挙げられていました >>56。 あるいは毎年が次の「元期」に該当すると考えれば、該当するともいえるでしょうか。
[51] ㋕に循環型の手法は該当しないはずです。 ところが English 版 Wikipedia の Calendar era 記事には 「indiction」 が挙げられていました >>56。 あるいは循環のたびに次の「元期」に到達すると考えれば、該当するともいえるでしょうか。 しかし干支年や十二支年は挙げられていません。
[65] ㋕には年以外のものも該当し得ます。 English 版 Wikipedia にはユリウス日数や Unix time が挙げられています。
[229] ㋕にはその他のものも該当し得ます。 例えば年の通日は年始からの経過日数を使って日を識別する手法ですが、 毎年の年始を元期と考えると、 indiction 同様に循環型の手法といえます。 しかし English 版 Wikipedia には挙げられていないので、どう考えているのかわかりません。
[189] まとめると、 ㋕は㋓と同じく (>>188) 年でないものが含まれること、 1期間を指すのか全体を指すのか、どちらをも指し得るのか明確でないこと、 1期間とし得る範囲が明確でないこと、 重なりを扱えないこと、 といった課題を抱えています。
[96] やや説明的ですが、英語で「year numbering」との表現があります。 天文学的紀年法は英語で Astronomical year numbering です。
[42] ㋔ English 版 Wikipedia に西暦2004年から西暦2007年まで立項されていた Year numbering は、 暦年を固有に識別するべく暦年に整数を割当てたものとしていました。 記事本文は暦法ごとに、 グレゴリオ暦の AD、BC、 イスラム暦の AH、BH といった形で説明していました。 >>41
[43] 当記事はその後 Calendar era に統合され、 「calendar era」は「year numbering」系である、と説明されました >>78。
[45] ㋔は「固有の整数」とかなり限定的に定めています。 循環型の手法は除外されますし、 第1年を「元年」と呼ぶ東洋の手法も解釈によっては除外されます。
[46] 逆に、カウントダウン型紀年法が明確に該当するのはもちろん、 年番号を無作為に割り当てたものすら該当し得ます。
[231] まとめると、 ㋔は「紀年法」の指し示す範囲として狭すぎます。 定義が明確なので「紀年法」の部分集合の定義としてならいいでしょう。
[13] ㋒-1 「紀年法」の意味を㋑とするものの多くは、 元期たる年が「紀元」だと説明していました。 >>79, >>31
[20] ㋒-1 中文版 维基百科 の纪元は、 元期たる年だとしていました。 具体的には元号の元年が該当するとしていました。 >>19 ただし纪年記事では「纪元」は「纪年」と同義とされていました (>>21)。
[16] ㋒-2 日本語版 Wikipedia の紀元は、主たる意味を㋑-2としつつ (>>15) も、 元期たる年や日をも紀元や暦元と呼ぶとしていました。 英語 「epoch」は元期を表し、日本語の「紀元」の㋒-2の意味で、 中国語では「紀元」だとし、 日本語版記事紀元が英語版epoch、 中文版纪元に対応するとしました。 >>14
[47] ㋒-2 かつての English 版 Wikipedia の Calendar era は、 「epoch」は元期たる瞬間、日付、年としていました。 >>78
[34] ㋒-2 デジタル大辞泉 や 日本国語大辞典 の紀元は、 元期または元期たる年としていました。 >>31
[18] 日本語版 Wikipedia の紀元は、 実例のリストに年を数える方法をいくつも示していましたが、 唯一 「UNIXエポック」だけ、 「UNIX時間における紀元」 として示していました。 >>16 年を数える方法は㋑-2 ㋒-2のどちらの定義にも合致するものでしたが、 UNIXエポックだけは㋒-2に限定されるものでした。
[33] ブリタニカ国際大百科事典の紀元は、 建国年、開宗年、国の経過年数の基準年だとしていました。 >>31 1つ目、2つ目は年を数える手法とは無関係に存在しそうです。派生義でしょうか。 3つ目は㋒に近いですが、なぜか建国紀元に限定されています。
[35] ㋗-1 デジタル大辞泉 と 日本国語大辞典 の紀元は、 建元、 改元の意味としていました。 >>31 名詞とされていますが、サ変動詞的な用法のようです。
[36] ㋗-2 デジタル大辞泉 と 日本国語大辞典 の紀元は、 元号の意味としていました。 >>31
[37] ㋗-3 日本国語大辞典 の紀元は、 物事のはじめの意味としていました。 >>31 スローガン的元号につながる用法でしょう。
[67]
東洋の日時表示では、元号名に「紀元」が添えられることがありました。
[68] 前近代には「紀元」は改元、元年、元号と同じような意味で使われることがあったようです。 それが西暦や皇紀にも適用範囲が拡大され、 いつしか元号でないものばかりが紀元と呼ばれるようになったのでしょうか。
[69] 現在では「紀元」と元号は違うとすることも多いとはいえ、 その区別が安定しているとはいえない状況で、 しかも歴史的根拠が薄いとなれば、 それに固執する必要もないかもしれません。
[23] 紀年法を年に限定せず広く暦法や時刻法の範疇まで含んだ意味だとするものもありました。 年を特定して数えるためには年の下位の月日を画定させる必要が生じますから、 確かにそれも一理あります。
[55] 「紀年」は歴史研究の分野では「紀年銘」のように日付表記を指す意味でも使います。 此の場合それは必ずしも年の表示に限定されず、 月や日や時もあればそれも含めて指します。 (古い史料なら年だけでも書かれていれば御の字という事情もあるのでしょう。) 情報分野のタイムスタンプ (「時刻」と言っていますが、年の単位まですべて含んでいます。) に近い意味といえます。 すると暦法、時法まで含めて「紀年法」と呼んだとしても、 むしろ意味が整合するとも言えます。
[53] Nederlands 版 Wikipedia の Jaartelling 記事は、時刻を計算して年々の形に体系化する時刻計算系と説明しました。 >>48 年を所与のものとする他の定義よりもやや年の構成に焦点が当たっています。 ただ本文は紀年法と暦法の区別に注意を促していますから、 定義とはややずれがあるようです。
[70] 日本の大正時代の解説論文 中世の紀年法大意 は、欧州の日時制度を日、月、年の順に解説したものでした >>71。 ㋕ この題名と内容から「紀年法」には年より下位も含まれるようにも解されます。 ㋐-2 ただその本文中で「紀年法」と書いているのは年を説明した章で、 そこでは年を示す方法だとしていました。
[54] ㋕ 日本の紀年法研究者佐藤正幸は、 「紀年法」は一般には時間計測系を指すとしました。 ㋐-2 しかし考察の対象から科学的な紀年法は除外し、 さらに年を数える系に限定したものが 「紀年法」だとしました。 ㋖ しかもそれに元期たる年が伴うとしました。 >>81 つまり広義狭義の3段階を設定しましたが、 このうち最後の条件㋖は年を数えるには必須のものだといいますから、 ㋐ = ㋖と認識していたのかもしれません。 この狭い方の定義に干支年やローマ執政官紀年法が含まれるのか定かでありません。
[22] ㋕ コトバンクの紀年法は、 対応する英語を 「calendar」 と 「calendar systems」としていました。 >>79 そこに含まれるどの辞書もこの英語に見合った説明を与えていないので、 この英訳は不審です。
[72] 結局「紀年法」を年より細かな構造も含めるとしたところで、 実際には年とその他を区別して扱うことになるようです。 それならはじめから年の部分だけに限ってしまって良さそうに思えます。
[60] 中世の紀年法大意 は、 即位紀年、 一定年数を反復する周期中の位置、 紀元からの一連年中の位置の3種類の紀年法に分類していました。 >>71 ローマ執政官紀年法は即位紀年型に分類していました。
[11] 日本語版 Wikipedia は、 紀年法が 「ある年を始点にして、経過年と遡及年を数える無限のシステム(紀元)」、 「リセットされる有限のシステム(元号)」、 「一定の年数で繰り返される循環式システム」 の3種類に分けられるとしました >>77。 この分類法ではローマ執政官紀年法がどこに該当するか不明ですが、 記事中で紹介もされていませんから、対象外なのかもしれません。
[12] 日本語版 Wikipedia は、 紀年法とは 「元年と1年経過するごとに加算する原則があるのみで、元日は定義しない」 と暦法との区別を説明していました。 >>77 厳密に言えば干支年のような元年を持たない 「循環式システム」 を考慮していない Wikipedia のこの説明は矛盾しています。
[183] 太陽暦や太陰太陽暦の紀年法が想定された説明が多いようですが、 太陰暦の紀年法との関係性をどう理解したものか。 宇宙の日時の記述に使われる地球以外の天体での紀年法の扱いにも不明な点が残ります。
[98] ここまで、いろいろな用語とその意味の説明を見てきました。 いくつかの説明は年を対象とし、 いくつかの説明は年もそうでないものも対象としていました。 どちらもそれが有用な場面があるのでしょう。 ここでは年を対象とするものを考えます。
[99] いろいろな “年を表す手法” をそれぞれの説明に当てはめたとき、 該当するものとしない(かもしれない)ものが出てきました。 ㋐-1が最も緩い説明で、年を表すいろいろな手法がすべて該当しそうです。 そして字義との対応関係から「紀年法」という語がそれに最も相応しいように思われます。 他の説明は、年を表すいろいろな手法の1分類の説明とは言えるかもしれませんが、 総称的な概念とするには不足します。
[100] ただし㋐-1はむしろ意味が広すぎて、 区別して扱いたいものまで含めてしまっている疑いがあります (>>5)。 どこかに線を引いて意味を狭められるものかどうか、 境界的な事例を検討してみます。
[101] 年の性質を表すに過ぎないものは、 年を表す手法とはいえないと考えられます。 例えば 「今年はインターネット元年になる」 というとき、「インターネット元年」は年を識別するためではなく、 年の性質を記述するために使われていますから、 年を表す手法の利用例とはいえません。
[102] ただし 「インターネット元年から5年が経過した」 というなら、 「インターネット元年」は年を表す性格を帯びています。 このことは、 文脈を無視して語だけ取り出したとき、 それが年を表す手法の利用例かどうか評価できない可能性を示唆します。
[103] 年ではないものを指すものは、 年を表す手法の利用例とはいえません。 例えば 「平成7年7月7日で創業21年」 というとき、 「創業21年」 は経過年数を表し、 「平成7年」という年ではなく 「平成7年7月7日」という日に結びついています。
[104] ところが「今年は創業30年」とか「創業20年目のキャンペーン」 のように言い出すと、年を表す性格が出てきます。 でも年を識別するというより年の性質を記述したもののようにも感じられます。
[105] 「創業21年の2月3日」のように日付の表記にまで使われると、 年を識別する機能を担っていることが明らかです。
[106] カレンダーに 「平成7年」「1995年」と並んで「創業21年」 と書いてあるときはどうでしょうか。 平成や西暦と並列の年を識別するものと解釈できますが、 年の性質を記述したもののようにも感じられます。
[107] 年表に 「和暦」「西暦」欄と並んで「創業年」や「年齢」の欄があるときはどうでしょうか。 「和暦」や「西暦」を隠しても表として成立するなら、 それはもう年を識別する機能を担う値と言って差し支えないように思われます。
[108] 国家の設立年や君主の誕生年が日付の表記に用いられる例を考えると、 こうした事例は年を表す手法として確立していく過程を捉えているとも思われます。 だとすると、発展途上の曖昧な段階のどこかにここまでは年を表す手法、 ここからはそうではない、と明確な線を引くのは難しいかもしれません。
[109] 発展の過程に線を引く方法として、例えば、
... のような基準が考えられますが、 金石文の銘文で1例しか発見されていないようなものが基準に当てはめられなくなるなど、 一律に適用するのは難しさがあります。
[116] こうした基準を使って機械的にこれは年を数える手法で、これはそうではない、 と定めていくのは無理がありそうですし、 仮に何らかの基準を明文化したところで、従来明確な定義なく何となく共有されている 「紀年法とはこういうものだ」 という概念に一致しなくなってしまうおそれがあります。 一般的な観念と違う基準を新たに設けてもあまり意味がありません。
[117] 「紀年法」の範囲を狭く定めるためのものとしてではなく、 広義の「紀年法」に属する個々の紀年法について、 こうした基準を使って紀年法の成熟度のようなものを測ることには意味があるかもしれません。
[119] 日付を扱う情報システムが和暦や西暦を処理できる必要があることは自明です。 でも他にも紀年法はあります。 「すべての紀年法」 のような集合を定められないとしたら、どうしたらいいでしょうか。
[120] 「すべての紀年法」の集合は決められないとしても、 紀年法の成熟度を測って 「広く使われている紀年法」の集合なら決められそうに思えます。
[190] それでは「広く使われている紀年法」の全部に対応すればそれで十分でしょうか。
[121] 社史編纂システムなら、その会社の創業年数や決算期、 創業者の年齢のようなものも紀年法として使いたくなるかもしれません。
[191] 紀年法の成熟度が低いとしても、局所的な需要は高いことがあります。 「広く使われている紀年法」以外の紀年法にも対応できる、 拡張可能な設計が望まれます。
[192] そのためには、「広く使われている紀年法」以外も含め、 紀年法とはいかなるもので、どのような性質を示すのか、 要件と特徴の理解が重要となります。 従来のような個別の紀年法の研究にとどまらず、 紀年法のクラスに対する一般化された分析が求められます。
[123] 前節の検討を踏まえ、 ここでは㋐-1をベースに、シンプルに 「年を表す方法を「紀年法」と呼ぶ」 と考えることにします。
[193] 言い換えると紀年法とは、 ある年を思い浮かべた時、 それを指す“名前”を提供してくれる関数を持つものです。
[194] しかも、そのような“名前”からそれが表す年を思い浮かべられなければ、 コミュニケーションは成立しないのですから、 その逆関数もまた紀年法に不可欠な要素といえます。
[82] それを、
... という条件を考慮すると、次のように記述できます。
[195] 紀年法 (year naming scheme, YNS) N は、
... と表せるものとします。
[199] 関数 ToYearN, ToNameN の結果は、 ちょうど1つに確定できるケースもあれば、 候補が見つからないケースや複数候補から決められないケースもあります。 複数の候補は同格とは限らず、確からしさ等の情報も得られることがあります。 ここではそれらを一括して候補関数として記述することにします。
[196] なお、すべての年の集合 Y については、 暦法との関係が複雑なのでここでは深くは立ち入らないことにします。
[234]
多くの場合、紀年法によって記述される年の集合 Y
は全順序集合です。
不等号 <
, >
, ≦
, ≧
はその全順序関係によるものとします。
[235] 全順序集合たる年の集合 Y における年 y について、 前の年を y - 1、 次の年を y + 1 と書くことにします。 すなわち、
... とします。
[203] 集合 X の候補関数 (candidate function) CX (x) は、
null
}null
は集合 X
のどの要素も該当しないことを意味する値... という条件を満たすものとします。
[209] CX (x) はこの条件を満たす任意の関数で構いませんが、 取り扱いの便宜上、 確率分布 P (x) を持つと考えます。 すなわち、
... とします。
[129]
P (null
) = 1 のとき、該当する候補が存在しないことを表します。
ToYearN (n, X)
では入力 n が紀年法 N の年の名前ではないことを意味します。
ToNameN (y, X)
では入力 y を紀年法 N では表現できないことを意味します。
[130] P (x) = 1 となる x ∈ X が1つだけ存在するとき、 結果が1つに確定することを表します。 ToYearN (n, X) では入力 n が紀年法 N における曖昧でない年の名前であることを意味します。 ToNameN (y, X) では入力 y を紀年法 N で一意に表現できることを意味します。
[211]
簡単のため、
C'X (x)
や
P (x)
の具体的な値に興味がない時、演算子 ==
により候補の値の集合として略記できることとします。
すなわち、
... のように書きます。
[213]
更に、
P (x) = 1
となる
x
が存在するとき、
演算子
==
により
x として略記できることとします。
P (x) = 1
となる
x
が存在するような
CX
を決定的 (deterministic) であるといいます。
[212] 紀年法 N におけるある年 y が名前 "A", "B", "C", "D" について P ("B") = 0.3, P ("D") = 0.7 のとき、
... と書きます。
[214] あるいは、 P ("C") = 1 のとき、
... と書きます。
[180]
候補関数
C1,
C2
について合成
Cands (C1, C2, E)
は、
条件 E に応じて
C1,
C2
を組合せたものとします。
[247]
ここで組合せたものとは、
任意の入力 c について
C1 (c) = C2 (c) =
のとき
null
null
を返し、
それ以外のとき
C1 (c),
C2 (c),
E
のみによって決まる値を返すようなものをいいます。
[165] ToNameN によって得られた年 y の年の名前は、 ToYearN に与えた時、 y が候補(の1つ)として得られるべきです。 逆に ToYearN によって得られた年の名前 n の年は、 ToNameN に与えた時、 n が候補(の1つ)として得られるべきです。 すなわち、 紀年法 N の一貫性規則 (consistency rules):
... が共に真となるべきです。
[218] もし真とならないことがあるなら、そのような紀年法 N は年と年の名前を結びつける機能を果たせていません。 この先、特に断らない限り、 紀年法は一貫性規則を満たすものとします。
[224] 多くの紀年法は年と年の名前に固定的な関係があります。 そこで、
... とします。
[144] 紀年法が決定的であるとは、 年と年の名前が一対一対応するということです。 従って決定的な紀年法 NM は写像の形で記述できます。
... のようにそれぞれある数値を表しています。
[251] そこで、 「年の名前」 から数値を取得する関数 ToNumber (n) を考えます。 ToNumber (n) は、
... という任意の関数とします。
[80] 多くの紀年法は年を整数で識別する形をとります。 そのような紀年法の性質をみていきます。
[76]
多くの紀年法は、
年の名前
n1
の年の次の年の名前が
n2
であるとき、
ToNumber (n1) + 1 = ToNumber (n2)
となる性質を持っています。
[252] そこで、 全順序集合たる年の集合 Y における整数増加型紀年法 (integer-incrementing year naming scheme) NI は次のように記述できる紀年法とします。
[240] 整数増加型紀年法 NI では年 y を表す年の名前が1つ以上存在しますが、 そのような年の名前 n に対する ToNumberNI (n) は y だけによって定まる整数 i となります。 y 以外の年で値 i が得られることはありません。 従って y は i により区別できます。 そこで便宜上そのような年を yi と書くことにします。 yi + 1 = yi + 1 となります。
[241] y1 を NI の元年 (first year) と呼ぶことにします。
[139] 整数増加型紀年法 NI に対し、 次のような紀年法 ToNumber (NI) を考えます。
[244] ToNumber (NI) とは NI の NamesNI の要素を ToNumberNI を適用した結果に他なりません。 言い換えると、 整数増加型紀年法の「整数」の部分だけを取り出したものであります。
[88] 同じ年の集合 Y に対して定義される 2つの整数増加型紀年法 NI1, NI2 の比較を考えます。
とするとき、
の ⊿ は y によらず一定です。
[245] ⊿ = 0 のとき、 2つの整数増加型紀年法 NI1, NI2 は数値的に等価 (numerically equivalent) であるということにします。
[246] {"平成元年", "平成2年", "平成3年", ...} のような紀年法と {"平成元年", "平成二年", "平成三年", ...} のような紀年法が数値的に等価だ、 と記述できます。
[151] 1つ基準となる整数増加型紀年法を選ぶと、 他の整数増加型紀年法との関係性を ⊿ によって記述できます。 そこで ⊿ を NI1 に対する NI2 の offset ということにします。
[153] NI1 が {"西暦2019年", "西暦2020年", "西暦2021年", ...} のような紀年法で、 NI2 が {"令和元年", "令和2年", "令和3年", ...} のような紀年法だとすると、 offset は 2018 になります。
[154] すべてのグレゴリオ年の集合に対して定義される整数増加型紀年法は、 西暦の紀年法を基準に選ぶと、 西暦の紀年法に対する offset によってその整数の年数としての関係性を記述できます。
[173] 具体的には、平成の紀年法は offset = 1988、 令和の紀年法は offset = 2018、 西暦の紀年法は offset = 0 と記述できます。
[177] 整数減少型紀年法 (integer-decreasing year naming scheme) ND は、整数増加型紀年法の定義のうち、 I を次の D に置き換えたものとします。
[86] 年の名前が c 通り (c ∈ 𝐙, c > 0) あって循環するような紀年法があります。
[248] 循環型紀年法 (circular year naming scheme) NC は、次の条件を満たす紀年法をいいます。
[254] 元号紀年法群や、元号と西暦のように、複数の紀年法が併用されることがあります。
[255]
2つの紀年法
N1, N2
の合成を表す関数 Compose
を、
次のように定義します。
[257] ここで E1, 2 は合成方法を記述する任意の値とします。
[258] 合成して得られた紀年法が一貫性規則を満たすか否か、 決定的か否か、 等は入力の紀年法 N1, N2 の性質や E1, 2 に依存します。
[259] 基本的に NamesN1 と NamesN2 に重複がなく、 E1, 2 が素直な組合せを表しているなら、 入力の紀年法の性質を出力の紀年法も保持していることが多いと考えられます。
[87] 元年の前を紀元前1年、紀元前2年と数を増やして遡っていくような紀年法がいくつかあります。
[85] 紀元型紀年法 (anno-style year naming scheme) NA は、 整数増加型紀年法 NI と整数減少型紀年法 ND を組合せた次の条件を満たす紀年法をいいます。
[179] ENA は NA によって決まる任意の値とします。
[169] 紀元型紀年法において y ≧ y1 を紀元後 (after epoch) の年、 y < y1 を紀元前 (before epoch) の年と呼ぶことにします。
[152] つまり年の名前が 「平成21年」、「平成二十一年」、「平成二一年」、「平成廿一年」 となる4種類の紀年法は、 年の名前 "21" の数値正準形の紀年法と、 4種類の書式指定規則 「平成(欧州数字)年」 「平成(漢数字)年」 「平成(漢数字位取り記数法)年」 「平成(漢数字廿)年」 に整理できます。
[147] 数値的に等価な紀年法は互いに機能的に等しいといえますが、 表記の違いを超えた違いがあるとき、 完全に交換可能ではありません。 例えば、 大正と中華民国と主体は数値的に等価な紀年法ですが、 一般にこれらは別のものと考えられています。
[155] 紀年法には何らかの呼称が与えられてきました。 大正と中華民国と主体は、 数値的に等価な紀年法であっても 「大正」「中華民国」「主体」 の異なる呼称を持つ紀年法といえます。
[172] 呼称は、 「平成12年」のように年の名前に明記されているケースもあれば、 (西暦)「2021年」のように明記されていないケースもあります。 明記されていても、 「大宝2年」と「大寶2年」、 「キリスト紀元前16年」と「B.C.16」 のような表記揺れを考慮する必要があります。 そこで代表的な呼称を1つ選んで Label (N) で表すことにします。
[174] 同じ呼称の紀年法が同じ紀年法とは限りません。 例えば「貞観」と呼ばれる元号は、歴史上少なくても3種類ありました。 呼称が同じでも、年と年の名前の関係性が異なるなら、 同じ紀年法と考えることはできません。 これを踏まえて、 決定的で数値区別可能な紀年法 N1, N2 が同名で数値的に等価な紀年法であるとは、
... であるものとします。