天成

天成

[3] (てん) (せい) は、 幕末期の日本の私年号です。

元号名

[48] 元号名天晴天政天星天成が知られています。 >>47

[50] 「てんせい」と読まれています。 >>12, >>65

[49] 漢字表記がはっきりしないまま口頭で広まったのでしょうか。 >>47

[78] 高知県内の「天晴」が現在知られている最古の例です。 発見数も「天晴」が圧倒的に最多です。 この表記が原形なのでしょうか?

由来

[10] 慶応への改元時の候補に「天政」があり、関連が指摘されています >>1

[44]元号の利用地域出身で京都在住の者から改元の連絡があった、 という証言が伝わっています。 >>13, >>42 改元デマ

[51] 翌年「てんせい」に改元されるとの噂を聞いた民衆が、 藩の許可無く使い始めたものだとする説があります。 >>47

[64] 江戸時代中の政情が安定していた頃は、 朝廷幕府 → 民衆という改元伝達ルートがありました。
[76] 実際に改元された慶応4年の1年前の慶応3年に元年が相当します。 孝明天皇崩御の情報も伝わっていたでしょうから、 代始改元があるはずだという認識を持っていた人々もいたことでしょう。

[75] 伝播経路は、根拠を示していない憶測はあるものの、 十分検討されていないようです。 高知県の領域内で考案されたという人もいますが、 そこで使われていたからという以上の根拠は無さそうです。 都市部より農村部に分布しているという人もいます。

[77] 現在知られている用例は、元年の5月から10月と書かれています。 2年以降の例は見つかっていません。

実例

[31] 21世紀初め頃に「天晴の石灯籠」が4例 (>>6, >>14, >>29, >>30) 発見されていました >>28

[32] 21世紀初め頃の調査報告私年号天晴を検証, 片岡靖裕により 10例 (>>20, >>24, >>5 など) が報告されていました。 >>28

[4] 平成31年時点で日本国高知県内で13例 (天晴が11例) 見つかっていました >>1, >>2

[13] >>12

調べてみると、安芸郡安田町の神峯(こうのみね)神社にも「天晴元年五月」と刻記された石灯籠があり、それには「安喜(あき)土居村」とも刻まれている。

その後、民俗学者・坂本正夫氏らの調査により、東は田野町から西は越知町に至る範囲に「天晴(天政や天星)元年」と刻記された石灯籠や手水鉢があることが判明し、神社の絵馬や古文書にも記されていることが確認された。それらはいずれも「丁卯(ていぼう)」または「卯年(うどし)」と併記されている。

『土佐山田町史』にも、田口家の神祭帳や高野家文書の記述を根拠として、慶応から明治に移る間に天晴年号が使用されていることが指摘されている。

「丁卯」に当たるのは慶応三(一八六七)年で、翌慶応四年九月八日に明治元年に改元されている。判明している限りでは、天晴という年号が地域的に使われたのは、前年の五月から明治元年までということになる。

神峯神社にある石灯籠の年号について、明治末期に高村晴義氏は「慶応三年の事なり(略)京阪の言信(略)此頃の国内の不穏なるにつき年号を改めてこの妖気を攘(はら)ふの議朝廷におこり」と語っている。翌慶応四年に天晴への改元の動きがあることを見越して、年号が刻記されたことの証言である。

[42] 高校生の天晴れ, ひまわり乳業株式会社 | 今日のにっこりひまわり 〔5128〕, () https://www.himawarimilk.co.jp/diary/?No=5128

高知県率東高校の生徒さんが、クラブ活動の中で纏められたもの。左端が2010年3月発行で、

幕末土佐の私年号ー「天晴」を検証するー

昔、歴史民俗資料館の館長さんだった坂本先生の論文から、南国市出身の民俗研究科、高村晴着さんが明治22、23年頃に安田町神峯神社で堂守らしき男から聞き書した貴重な話を伝えている。

それによると。幕末、安田からも二、三の志士が上京していた。そのうちの一人から、「此頃の国内の不穏なるにつき年号を改めてこの妖気を攘うの議、朝廷におこりたり」という知らせがあり、「来年は天晴と改元のある由なり」と二度ほども通知があったので、神峯神社の石灯籠に「天晴」と刻むことになったとのこと。

[65] 高知県安田町の古文書に「天晴」 龍馬の義兄が私年号記す|高知新聞, 2019.06.28 08:35, https://www.kochinews.co.jp/article/288738/

幕末の土佐で使われた私年号「天晴(てんせい)」の文字が書かれた古文書が27日までに、高知県安芸郡安田町で見つかった。坂本龍馬の義兄で安田町の儒学者、高松順蔵(1807~76年)が編んだ歌集にあった。中芸地域の古文書で確認されたのは初めて

評価

[71] 用例が多数見つかっている日本国高知県では比較的関心が髙いようです。

[72] 令和改元の前後には特に関心が高まったようで、 イベント開催やメディアでの紹介が複数回ありました。 新史料の発見もありました。 (亀光の状況とも似ています。)

[62] 令和改元をきっかけに関心が高まり新発見があったり、 それに因んだ命名があったりしたようで、 改元のメリットを享受した幸運な私年号ですねw

[73] 高知県内の金石文は、これだけ話題になっているので大方探され尽くされたのかもしれません。 文献資料は令和改元の頃に新発見があった >>65 ように、まだまだ未発見のまま眠っているものがあるかもしれません。

[74] 高知県外は高知県内ほど注目されていないようなので、 今後まだ新発見がありそうな気がします。


[55] 日本国高知県高知市旅館城西館 (じょうせいかん) は、 全面リニューアルした本館を天誠 (てんせい) と命名しました >>54, >>56, >>57, >>58

[59] この名前は高知で使われた私年号天晴に因んだものとされます。 >>54

[60] この旅館は皇族が繰り返し宿泊するような由緒正しい老舗のようで、 そんなところで私年号から命名しちゃっていいものか気になりますが、 まあ私年号といっても朝敵が使ったわけではありませんからね。

[61] ちなみにこの旅館の沿革には 「平成31年2月 (2019年2月)」 の次が 「令和元年4月 (2019年4月)」 の「「天誠」客室リニューアルオープン」 で、その次が 「令和元年5月 (2019年5月)」 と書かれていました。 >>58 令和元年は5月からなので、遡及年号の形になります。 ただの書き間違いでしょうが。

関連

[40] この時代他にも日本各地で私年号が発生しました。 幕末維新期の日時

[45] 同時期の東国で見られた「大政」との関係が気になりますね。

メモ

[43] 高知県下の天晴元年という私年号, 坂本正夫, 1982, 歴史手帖 10(4)(102), pp.58-59

[63] 時事ドットコム(時事通信ニュース)さんはTwitterを使っています 「【謎の元号「てんせい」、漢字も3種類】 日本の歴史上、採用されたことがない「てんせい」と読む元号が、高知県内の石造物や文書などに残されています。漢字表記は「天晴」「天政」「天星」の3種類です。 記事はこちら⇒https://t.co/2iAS7SLI1V https://t.co/1sJkEYMMjE」 / Twitter, 午後2:36 · 2019年3月25日 , https://twitter.com/jijicom/status/1110052812736487424/photo/1