[143]
仮名を中心に表記された元号を仮名書年号といいます。
[257]
現代日本では通常の表記として仮名で元号を記述することはありませんが、
振り仮名 (ルビ) 付きの文章でひらがな表記を漢字に添えて併記したり、
幼少者・日本語初学者向けの文章で平仮名のみまたは平仮名・漢字混じりで表記したりすること
>>108, >>216
はあります。
[367]
歴史的には通常の文書で仮名書きや交ぜ書きの元号の表記が行われる場合もありました。
[138]
前近代日本語では元号名や日時表示の他の部分が仮名表記されることがままありました。
[139]
仮名は平安時代までに発明されたものですが、徐々に普及し平安時代後期には多数の仮名文書が生産されるようになりました。
文字、特に仮名は一般庶民にまで使われるようになり、
漢字の読み書きができなくても仮名の読み書きができる人は増えていきました。
[140]
ところで仮名主体の文書でもすべてが仮名表記されるとは限りません。
漢数字のような簡単な漢字は使われることが多いようです。
日付に出てくる「年」「月」「日」のような文字も、
漢字で書かれたり仮名で書かれたりしました。
[141]
元号名は特殊な位置にあります。
簡単な漢数字等で構成され漢字表記されることも多い日付の中で、
必ずしも簡単な漢字で構成されるとも限りません。
しかし数年間は使い続ける定型文でもありますし、
本文で使うすべての言葉の漢字を覚えるほどの負担もありません。
だからかどうかはわかりませんが、
仮名主体の文書でも元号名も漢字表記されていることはよくあります
(例えば >>33)。
[142]
が、
仮名と交ぜ書きされることもありましたし、
仮名だけで表記されることもありました。
干支や「年」「月」「日」のような文字も含めて、
表記には揺れがあり、
仮名書き文書ならこう書くべきという強い規範が存在しなかったということでしょう。
[231]
なお、仮名よりも漢字が多い仮名漢字混じり文でも仮名のみや仮名まじりの元号名が使われることがあります。
[144]
元号の仮名表記については、
まだまだ研究の余地があるように思われます。
仮名書き文書の存在は古くから知られており、
個別の仮名書年号用例が何年を表すかの検討は行われてきました。
仮名書年号は過去の元号の読み方の復元の素材としても使われてきました
>>374
元号の読み方 。
しかし元号を仮名表記することそれ自体を中心とした総合的な研究はあまりありません。
[215]
例えば、
本文が仮名書きされているときどれくらいの割合で元号名も仮名書きされるのか、
いつ漢字表記されいつ仮名表記されるかに規則性はあるのか、
漢字表記されがちな漢字とそうでない漢字の違いはあるのか、
時代や地域や利用者層や媒体の違いによる表記の違いはどれだけあるのか、
同じ元号名の表記の違い (方言差その他) はどれだけあるのか、
変体仮名の出現頻度の違いはあるのか、
元号名を仮名表記するか否かと干支を仮名表記するかどうかに相関はあるのか、
等々基礎的な性質でも未解明なものばかりです。
[5]
昭和時代の歴史研究者の久保常晴は、
仮名表記された元号名のことを仮名書年号と呼びました。
久保常晴は日本私年号の研究でこれを私年号発生の前段階として紹介しました。
私年号
先駆的な研究ですが、同書の本題ではないため不満もあります。
主要な用例をいくつか挙げて定性的に説明するに留まっています。
[146]
久保常晴の観察によると、仮名書年号は、
[8]
久保常晴は、
譲状の用例が多いことに着目し、
家督相続時に幼少者を含む全関係者に理解させるため、
漢字を避けて仮名を使ったものだと推測しました。
>>6 p.一六四
[150]
つまり久保常晴によると仮名書年号の出現は、
識字層の拡大と、それに伴う漢字読解力の不十分さに起因するものです。
中には難解なものもありますが、
それは濁点や撥音を表記しないことや、
方言の違いが大きいとされます。
漢字に対する理解不足から来る誤字と考えられるもの (亨) もあります。
正しい表現をせず慎重さを欠くものであり、
公年号軽視の傾向が見られるといえます。
同音異字年号の出現の素地とも考えられるのです。
>>6 pp.一六四-一六六
[137]
こうした久保常晴の分析は大筋において納得できるものの、
その後の新出史料も加えて定量的に分析し裏付けを得るべきと思われます。
濁音や撥音の表記や、誤りらしき異表記の類について、
本文と元号とで違いが見られるのかどうかも気になるところです。
「公年号軽視」といってもそのような意識を持つ者があったのか、
それとも一般的な「正しい表記の軽視」のような風潮の一部だったのかは重要で、
私年号発生メカニズムの解明やそれとの因果関係の評価に寄与するはずです。
[161]
関東に多い私年号の前段階と考えられているはずの仮名書年号の乱れた例が西国に多いのも問題です。
乱れていない例は畿内などにも分布していますし、
仮名書き自体は全国的に発生していた現象なのでしょうが、
地域分布はより詳細な分析が必要かもしれません。
あるいは東国にも昭和時代当時に未整理だった仮名書年号史料が現在では増えているはずで、
方言との関係も精査が必要でしょう。
[145]
金石文等の状況や、中世から近世への移行における仮名書年号の変化なども未解明です。
[160]
また久保常晴は交ぜ書きの仮名まじり年号にも言及している
>>6 p.一八󠄃五
ものの、異年号の分類に加えず本格的な分析の対象ともしていません。
[506]
日本私年号の研究
によると、
「年号には濁点をつけぬ慣例」
があったとのことです。
>>6 p.四五六-四五七
[507]
ただこれは本題でないためか詳しい説明も証明もないまま流されています。
他書でもこれを説明しているものは見つかりません。
(仮名の元号名表記というマイナーなテーマを扱っている論文がまずそんなにない...)
[508]
確かに仮名文書の元号名は濁点のないものが多いですが、
元号名以外の本文の濁音無表記との関係性はよくわかりません。
[151]
仮名書年号が使われている文書や金石文はそこまで珍しいものでもないためなのか、
用例を大量に収集した一覧表はなさそうです。
[449]
たまたま見かけたものを一覧にしておきます。
[55] ★は特に注意を要するもの。
[162]
本例は仮名書年号現存最古とされました >>6 p.一八󠄃七
が、問題があります。
この頃は元号は漢字表記が普通とされます >>232。
後続の用例より100年も先行しています。
[284]
昭和時代の研究者がやの誤読説を採っていました。
>>283
しかし現物写真から確かに「ちうきう」だとされます。
>>232
[233]
鎌倉時代後期の紛争で源氏女が書き写した際に、
仮名に開いた可能性が高いとされています。
「ちやう」の誤脱ではなくそのような発音だったのではないかと推測されます。 >>232
[376]
旧案主文書の一連の用例は興味深いもので、
特定地域の特定年代の特定種類の文書群がごっそりまとめて仮名書年号表記です。
前後の時代や、同時代でも別種類の文書は漢字表記です。
仮名書年号のものでも表記揺れや、年数の乱れが混じっているのが注意を引きます。
[152]
これは仮名文書でも元号名が仮名とは限らない例です。
-
[436]
懐橘談・隠州視聴合紀, 黒沢石斎, 谷口為次, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/950372/1/79
-
[397]
古事類苑 礼式部2, 神宮司庁古事類苑出版事務所, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/897799/1/20
-
[377]
香取文書纂 巻之1,2, 伊藤泰歳, 村岡良弼 校, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/815200/1/10 (要登録)
-
[511]
香取文書纂 巻之8, 伊藤泰歳, 村岡良弼 校, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/815206/1/51 (要登録)
-
[378]
香取文書纂 巻之11, 伊藤泰歳, 村岡良弼 校, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/815209/1/32 (要登録)
-
[522]
香取文書纂 巻之17,18, 伊藤泰歳, 村岡良弼 校, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/815214/1/30 (要登録)
-
[410]
続群書類従 第貳拾輯上, 塙保己一, 続群書類従完成会 校, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1829021/1/22 (要登録)
-
[234]
勝尾寺文書 第1, 大阪府史蹟名勝天然紀念物調査会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1170846/1/213 (要登録)
- [164] 大日本古文書 家わけ十三ノ一, 東京帝国大学文学部史料編纂所, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1908802/1/96
- [438] 大分県金石年表 上, 日名子太郎, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1684480/1/16 (要登録)
-
[287]
編年大友史料 : 併大分県古文書全集 正和以前, 田北学, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1043157/1/214
-
[439]
佐賀県史料集成 第2巻, 佐賀県立図書館, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9769649/1/73 (要登録)
-
[289]
千葉県史料 中世篇 香取文書, 千葉県史編纂審議会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/3450860/1/106 (要登録)
-
[450]
佐賀県史料集成 第4巻, 佐賀県立図書館, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9769651/1/59 (要登録)
-
[500]
佐賀県史料集成 第5巻, 佐賀県立図書館, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9769652/1/65 (要登録)
- [6] 日本私年号の研究
- [93] 佛敎考古學論攷 2 仏像編
- [226]
鎌倉・室町時代の瓦の名称,
続々仏教考古学研究,
pp.三-九
- [403] 仏教大学研究紀要 (49), 仏教大学学会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/2209385/1/78 (要登録)
-
[553] 花園遺史, 尾上角兵衛, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/3008717/1/44 (要登録)
- [407] 神奈川県史 資料編 1 (古代・中世 第1), 神奈川県企画調査部県史編集室, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9537090/1/247 (要登録)
- [400] 新田町誌 第4巻 (特集編 新田荘と新田氏), 新田町誌編さん室, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9643338/1/63 (要登録)
- [374] 変体漢文(新装版) | 峰岸 明 |本 | 通販 | Amazon, https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4642086366/wakaba1-22/
- [488] 刻銘を有する中世陶器,
吉岡康暢,
, , https://rekihaku.repo.nii.ac.jp/index.php?active_action=repository_view_main_item_detail&page_id=13&block_id=41&item_id=528&item_no=1
-
[232]
方言史󠄃料として観た角筆文献,
小林芳規,
,
, https://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/2/25019/20141016150540196425/kokugogaku_171_1.pdf#page=14
-
[285]
東北大学附属図書館研究年報 = The annual reports of the Tohoku University Library (27), 東北大学附属図書館, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1772381/1/35 (要登録)
-
[269] KJ00000712339.pdf, , http://repository.kyusan-u.ac.jp/dspace/bitstream/11178/3092/1/KJ00000712339.pdf
-
[283]
奈良教育大学国文 : 研究と教育 (22), 奈良教育大学国文学会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/7951266/1/27 (要登録)
- [117]
奈良県橿原市,
https://www.city.kashihara.nara.jp/documents/5c34c228f1a7f00f31b18fc7#page=79
- [199] 戦国期の公家家司について―信濃小路長盛と『政基公旅引付』―,
岩本潤一,
戦国史研究 第58号 (2009,8), 発行, pp.12-22
-
[206]
信濃 [第3次] 61(12)(719);2009・12, 信濃史学会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/11199604/1/22 (要登録)
- [539] 25370814 研究成果報告書 - kaken.nii.ac.jp_25370814seika.pdf, https://kaken.nii.ac.jp/file/KAKENHI-PROJECT-25370814/25370814seika.pdf#page=4
- [489] 学叢29号 本満寺境内所在 蓮乗院廟発掘調査報告 - 029_tyousa_a.pdf, , https://www.kyohaku.go.jp/jp/learn/assets/publications/knm-bulletin/29/029_tyousa_a.pdf#page=10
- [83] 元号―年号から読み解く日本史―
[505]
偽文書で漢字の文書に大筒と書いたり仮名文書に大とうと書いたりした事例があります。
大筒
[526]
に辻敬之が出版した
ぶん の かきかた
は、
序文もその書き方に従っていて、
女め大いぢ 一六ねん 六ぐわつ.
と日付があります。
>>527
[530]
>>529 p.182:
かなのまなび 一〇,
かなのくわいゆきのぶの表紙白黒写真。
めいぢ 一七 ねん、六ぐわつ、二〇か
(明朝体)
()
[525]
かなのざっ志 (1), かなのくわいかきかたかいりょうぶ, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/2284033/1/1 (要登録)
[264] 岡島昭浩さんはTwitterを使っています 「100冊じゃ利かないか、持ってたの。 https://t.co/E8KjI2EsT8」 / Twitter, 午後5:24 · 2021年8月15日 , https://twitter.com/okjma/status/1426822102200381447
[267] pieintheskyさんはTwitterを使っています 「マニアック資料。 『カテイアサヒ 昭和六年八月号』 まるでファミコンの頃みたいなフォント。 仮名文字運動とかその辺りの絡みなのかな? https://t.co/4cuPndZU3J」 / Twitter, 午後9:09 · 2021年8月14日 , https://twitter.com/pieinthesky4/status/1426516329234800640
[265] 入会・購読・出版物のご案内, , http://www.kanamozi.org/sub-nyuukai.html
[266] カナノヒカリ, , http://www.kanamozi.org/kananohikari.html
[560] かながきのすすめ, 中村春二, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/943226/1/11 (要登録)
かなもじひろめかい (平仮名専用主義)
[561]
書体讃歌さんはTwitterを使っています: 「カナモジカイからCD💿を購入したのですが中々に凄い✨ 機関誌『カナノヒカリ』1922年の創刊号〜法人が解散する2012年までの90年間で刊行された957号分のPDFが全て収録されてます💃合体すると2万頁超えてました。にまん!? 『カナモジ論』本のオマケも貰いました。1971年発行の新品。しんぴん!?!? https://t.co/h9Kk0HrYYl」 / Twitter, , https://twitter.com/typeface_anthem/status/1613861346382336002/photo/1
[499] ワカヤマケンノトコロナマエ ショウワ9,8,1.シラベ, サカグチウキチ ヘンシュウ, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1229343/1/3 (要登録)
/3 /68 ショゥワ (昭和)
/5 キゲン (皇紀)
[536] >>535 新旧暦併記。「に」が新旧で違う変体仮名。大文字・小文字の違いなし。
「めいじ」に固有名詞と思われる傍線。
[372] 福岡市には、約1万8千人(平成14年末)の外国人が居住あるいは滞在し、約37万1千人(平成14年)の外国人が入国しています - zyohoteikyonotebiki.pdf, , https://www.city.fukuoka.lg.jp/data/open/cnt/3/2341/1/zyohoteikyonotebiki.pdf?20180413163924#page=9
元号名を含む漢字へのルビ振りを求めた事例。元号と西暦の併記も要求している(が元号のみの例文もある)。
[504] 大分県史料 第1, 大分県史料刊行会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/2999800/1/88 (要登録)
[532]
福知山市史 史料編 1, 福知山市史編さん委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9574210/1/35 (要登録)
かうあん (康安)
[533] 房総叢書 : 紀元二千六百年記念 第1卷 縁起古文書, 紀元二千六百年記念房総叢書刊行会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1038113/1/133
けんふ (建武)
りやうおう (暦応か)
ちやうわ (貞和)
[534] 神奈川大学 学術機関リポジトリ, https://kanagawa-u.repo.nii.ac.jp/records/14171
#page=47
おうゑ (応永)
#page=49
めいをう (明応)
#page=59
ケムカウクワム年 (元亨元年)
#page=60
けんふ (建武)
#page=63
とくち (徳治) 遡及年号
#page=72
テムフククワム子ム (天福元年)
#page=84
ぶんめい (文明)
[543] >>537, >>540, >>541, >>542 これは実用ではなく比較目的の試作の新聞。
日付は元号 (令和) と西暦の併記で、元号も全平仮名、全片仮名、
全漢字、全ラテン文字。 (以上すべて左横書き。)
仮名・漢字版3種にはグラフもあって、横軸の日付は西暦2桁年号、左横書き。
すべてにおいて数字は欧州数字。