[251]
江戸時代中頃からたびたび紹介されていますが、天授の異表記という解釈で一致しています。
[252]
その異表記の意味には言及しないものが多く、推測を加えたものも各論者の感触を述べたに留まっており、
議論は深まっていません。
[253]
南部家文書の用例 >>6 については、
よく参照されていますが、これまで形態、内容とも何ら不審点は指摘されておらず、
まさしく天授年間のものと考えてよさそうです。
[254]
その意味について、
死期を悟った著者が天寿を全うしたことを喜んで天授から天寿に替えたなどと説明するものもありますが、
物証も何も提示されておらず、面白い説話と評しておきましょう。
[255]
佐倉藩の用例 >>8 については、干支年がまったく一致しないのが問題となります。
元号年と十二支で最低2文字の訂正が必要ですが、
いかにも南朝方といった内容だけに、他の公年号の異表記とも考え難いところです。
従って偽文書説も説得力を持ち得るところであり、一考を要します。
[36]
誤りでも偽文書でもない可能性として、日本の公年号で天□3年乙未は他に天喜があります。
天福も該当しますが、2年で改元されていて延長年号になります。
天喜は天寿と誤った事例が少なくないので容易に捨てるわけにいかず、
内容の整合性を検討する必要があるでしょう。
天喜
[256]
現在までに知られる確実に前近代に遡る用例はこの2例のみです。
同時代的によく用いられた異表記にしては少なすぎるように思われますが、
南朝の弱体化著しい時期ですから、元々利用者が少なく、残存するものは更に少ないと考えると、
数は問題ではないかもしれません。
[257]
しかし南朝方としてよく知られる南部氏の >>6 はよいとして、
奥州とも吉野等南朝方勢力圏とも離れた佐倉に孤立する >>8
の存在には問題が残ります。
[258]
近代の出版物等にも天寿は一定数出現することが確認できます。
その一部は偶発的な誤りでしょうが、いくつかは先行書籍の転載で異表記が引き継がれたと思われます。
その一部または全部は前近代の手書きの文献に由来する可能性があります。
[259]
中でも長慶天皇等南朝の事績の紹介でしばしば出現する (史実性の疑わしいものも含みます。)
ことが注意を惹かれます。そうした記事の執筆時に参照された未確認の書物の
「天壽」
表記の影響を受けた可能性があります。
近世から近代にかけては長慶天皇等の顕彰の動きが強まった時期であり、
その中で「天壽」表記がどの程度流通していたのか追跡作業が求められます。
[142]
に日本国佐倉藩で編纂された地誌
佐倉風土記
の下総国印旛郡瀧村瀧水寺条に、
その建武五戊寅八月八日鐘銘についての考察があります。
>>143
[144]
その1つは、建武は南朝では3年に改元したのに対して、
北朝では5年戊寅8月28日まで使っており、
下総国は後醍醐天皇が足利尊氏に与えた地であるから、
その関係で建武をまだ使っていたのだろう、
との推測です。
>>143
[145]
もう1つは、
としています。 >>143
[246]
この書き方からすると佐倉風土記の編者自身は実物を見ていないのでしょうか。
[165]
日本水戸藩士で彰考館で大日本史編纂にも従事した研究者の小宮山楓軒
( - )
の
楓軒偶記
は、
>>142
を引用していますが、
検討を要するとのみ書いています。
>>163
[1935]
江戸時代の研究者伴信友は、
下総國の佐倉志に、
印旛郡瀧村瀧水寺のことを書いてあり、
「藏國司藤原朝臣手狀、曰不可隨武家等、
亦似自南朝置國司、然其狀記天壽三年乙未二月八日、
按大寶以來無有天壽號矣、
但吉野乙卯改文中爲天授、未考授壽以音通用耶否、
天授三年乃丁巳而、己未其五年也、終號不有乙未焉、
若果天壽通天授則三當作五、
乙當作己耳、未知古紙蠧漫之所致乎、
抑其狀之不眞乎」
とあるとしました。
>>1731
[2]
伴信友は、
指摘の通りであって、
乱世の東国の未熟な者が壽と誤って書いたものを、
紙が古くなって五を三、己を乙とみえたものだろう、
としました。
>>1731
- [143] 佐倉風土記
- [138]
国書データベース, https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/300077508/51?ln=ja
- [140]
佐倉風土記 | 東北大学総合知デジタルアーカイブコレクションデータベース, , https://touda.tohoku.ac.jp/collection/database/library/10010000009994?page=47
- [139]
新撰佐倉風土記, 続簡, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/991458/1/41?keyword=%E5%A4%A9%E5%AF%BF
- [173]
房総叢書 第2輯, 房総叢書刊行会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1913127/1/314?keyword=%E5%A4%A9%E5%AF%BF (要登録)
- [141]
ビューア | 佐倉風土記, https://www.digital.archives.go.jp/img/714604#27
- [164] 部分引用
- >>1935
- [177]
千葉県印旛郡誌 巻3 巻4 巻5, 印旛郡, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/950705/1/346?keyword=%E5%A4%A9%E5%AF%BF
- [162]
千葉県印旛郡本埜村誌, 千葉県印旛郡本埜村, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/951557/1/179?keyword=%E5%A4%A9%E5%AF%BF
- [176]
千葉県印旛郡誌 後編, 千葉県印旛郡 編纂, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9643576/1/351?keyword=%E5%A4%A9%E5%AF%BF (要登録)
- [163]
百家随筆 第2, 国書刊行会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/945835/1/137?keyword=%E5%A4%A9%E5%AF%BF
- [1731] 年号の論
[86]
序の
三翁昔話
は、
八戸氏の歴史書ですが、
>>6 (と >>89)
を収録し、天授年間に掛けています。
>>85
それ以上の説明はありません。
[136]
近世後期頃の成立という
八戸南部系図
は、
>>6
を収録し、
時系列で正平の後に置いているようです。
>>135
[96]
の書籍は、
>>6
を紹介し、
「天壽」
と注釈しています。
また、時系列で天平の後に置き、
本文でも天壽二年云々とそのまま時期の表現に使っています。
>>95
[104]
の史料集は、
>>6
を紹介し、
「天壽」
と注釈しています。
>>55, >>66
それ以上の説明はありません。
[65]
の書籍は、
>>6
を紹介し、
「天壽」
と注釈しています。
>>64
それ以上の説明はありません。
[100]
の地方史は、
>>6
の日付「天壽二年」と他の「天授六年」などを列挙し、
吉野朝の元号であると述べています。
>>99
それ以上の説明はありません。
[82]
の論文は、
>>6
を紹介し、
「天寿」
と注釈しています。
>>80
それ以上の説明はありません。
[58]
の史料集は、
>>6
を紹介し、
「天壽」
と注釈しています。
>>55, >>66
それ以上の説明はありません。
[84]
の書籍は、
>>6
を紹介し、
「天寿二年(
一三七六)」
のものとし、
「天授年代 (一三七五―)」
は云々と説明しています。
>>83
それ以上の説明はありません。
[112]
,
の地域史は、
>>6
を紹介し、
天授2年文書として
「天寿二年」
を掲載しています。
>>115, >>111
それ以上の説明はありません。
[118]
の地域史は、
「天寿二年 (一三七六) 正月」
として
>>6
を紹介し、
「天寿」
と注釈しています。
>>117
それ以上の説明はありません。
[129]
の地域史は、
>>6
を紹介し、
天授2年文書として
「天寿二年」
を掲載しています。
>>128
それ以上の説明はありません。
[109]
の書籍は、
>>6
を紹介し、
「天寿」
と注釈しています。
>>108
天授は南朝の元号と説明していますが、
それ以上の説明はありません。
- [95]
[財団法人斎藤報恩会]事業年報 第10(昭和8年度), 斎藤報恩会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1120567/1/212?keyword=%E5%A4%A9%E5%AF%BF
- [101]
南部家文書, 吉野朝史蹟調査会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1686999/1/66?keyword=%E5%A4%A9%E5%AF%BF (要登録)
- [64]
新田城趾を繞る, 大館村, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1095804/1/14?keyword=%E5%A4%A9%E5%AF%BF (要登録)
- [99]
盛岡市史 第2分冊, 盛岡市史編纂委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/2994075/1/61?keyword=%E5%A4%A9%E5%AF%BF (要登録)
- [80]
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- [83]
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天間林村史 上巻, 天間林村, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9570490/1/139?keyword=%E5%A4%A9%E5%AF%BF
- [111]
七戸町史 2, 七戸町, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9539459/1/137?keyword=%E5%A4%A9%E5%AF%BF
- [117]
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- [128]
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- [108]
下長の歴史 : 青森県八戸, 田名部清一, 三浦忠司, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/13227490/1/14?keyword=%E5%A4%A9%E5%AF%BF (要登録)
[79]
の
年号読方考証稿
は、
元号の読み方の史料集ですが、
>>6
を紹介し、
同音なのでこう書いたものだろう、
干支年が一致する、
南部氏は南朝の正朔を奉じていたので疑いないと思う、
と注釈しています。
>>78
[245]
昭和39年の久保常晴の論文は、
>>6 >>8
を天授の同音異字の異年号として紹介しています。
>>8 については5年己未の己を乙に誤ったのだろうと注釈しています。
>>244
[18]
昭和42年の日本私年号の研究は、異年号のうち、
私年号ではなく同音異字年号に天寿を分類し、
次のように説明しています。
>>5
[106]
の書籍は、
本文中で「天寿、二年正月」
のように書いています。
>>105, >>122
それ以上の説明はありません。
[107]
、は本来天の前に置かれるのが妥当であり、
誤植と考えられますが、
何らかの情報源の原文から転記するに当たり、
「天寿」を元号名と認識できずに先行する語句 (固有名詞)
の一部と誤認し、元号年の前に、を入れて句を分けたとも考えられます。
[75]
の書籍は、
>>6
の写真を掲載していますが、本文では特に触れていません。
ただし本文では「信光が天寿をまっとうすると、」
と述べています。果たして >>6 の紀年を意識したのでしょうか。
>>72
[71]
の書籍は、
>>6
を紹介し、
天授2年1月22日に譲状をしたためた後、
天授2年1月23日に死去したのであり、
天授を全うした感で満たされていたのであろう、
天授を天寿と書いて満ち足りた心で冥福されたことであろう、
と解説しています。
>>68
[121]
- [105]
浪岡町史資料編 第7集, 浪岡町史編纂委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9537808/1/42?keyword=%E5%A4%A9%E5%AF%BF (要登録)
- [72]
郷土史事典青森県, 小館衷三, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9569939/1/38?keyword=%E5%A4%A9%E5%AF%BF (要登録)
- [68]
八戸根城と南部家文書 : 根城築城六百五十年記念誌, 小井田幸哉, 根城史跡保存会記念誌作成委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9571700/1/146?keyword=%E5%A4%A9%E5%AF%BF (要登録)
- [130]
六戸町史 中巻, 六戸町史編纂委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/13199271/1/177?keyword=%E5%A4%A9%E5%AF%BF (要登録)
- [120]
東北町史 上巻 1, 東北町史編纂委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/13199268/1/329?keyword=%E5%A4%A9%E5%AF%BF (要登録)
[127]
その他、
>>6 を孫引きして
「天寿2年」
表記になったと見られる事例 :
- [137]
姓氏家系大辞典 第3巻, 太田亮, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1131019/1/148?keyword=%E5%A4%A9%E5%AF%BF
- [131]
北奥羽の現勢 1970年版, デーリー東北社, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9536958/1/319?keyword=%E5%A4%A9%E5%AF%BF (要登録)
- [126]
北奥羽漫歩, デーリー東北社, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9536029/1/164?keyword=%E5%A4%A9%E5%AF%BF (要登録)