[1] 非正統年号に近接した概念として日本で使われる用語に 「私年号」 があります。
[66] 大陸の私年号とされるもののほとんどは、 短命政権や反乱軍などの正統王朝とみなされない政府によって制定されたとされています。
[67]
一方で日本の私年号のほとんどには反政府的要素は見られず、
戦乱などのための社会的混乱や改元デマから広まったものとみられています。
[237]
日本私年号の研究
は史書にない朝鮮半島の古代の元号を一律で私年号としています。
>>1543
史書から漏れたものかもしれず「一応」と留保されていて、
十分検討した上での判断ではありません。
[235]
避諱年号は公年号に含められています。 >>1543 p.
[18]
僭竊年号は私年号に属するべきものだとされながらも、
章題では区別され、
本文中も分けて説明されています。
>>1543 p.
[163] 紀年法を官方紀󠄆年と民間紀󠄆年に分類している。 清の元号が官方紀年なのは当然、 永清も官方紀年の一環としている PDF p.8。 その他の反乱の元号は民間紀年に分類している。
[230] 昭和時代初期の朝鮮研究者鮎貝房之進の論文では、 歴代朝鮮半島王朝 (高句麗、新羅、弓裔、高麗) の元号をすべて私年號と呼んでいます。 朝鮮は中華王朝の属国でありながら、 中華王朝が衰退した時代には私年号を建てたと説明していました。 >>231
[239]
「王権の発動とは異なる私的な次元での年号の使用」
[69] 8e3b898e0f05f5edbce346f976a21592.pdf, , http://www.wujhss.whu.edu.cn/d/file/rwb/dqml/2017-06-10/8e3b898e0f05f5edbce346f976a21592.pdf#page=6
[47] 中国石刻経研究, 桐谷征一, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/3148822/1/461 (要登録)
[12] 097芸文紀要10巻ブック.indb - p058.pdf, , https://www.tad.u-toyama.ac.jp/_wp/wp-content/themes/wp-geibun/assets/images/research/bulletin10/p058.pdf#page=3
[111] 延寿 (高句麗) - Wikipedia, , https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BB%B6%E5%AF%BF_(%E9%AB%98%E5%8F%A5%E9%BA%97)
当初は新羅の逸年号と見られており
新羅の私年号延寿元年、
[28] 永和 (朱一貴) - Wikipedia (, ) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B8%E5%92%8C_(%E6%9C%B1%E4%B8%80%E8%B2%B4)
[30] 淑徳大学書学文化センター蔵中国石刻拓本目録.pdf - 淑徳大学書学文化センター蔵中国石刻拓本目録.pdf, https://www.shukutoku.ac.jp/albums/abm.php?d=81&f=abm00000508.pdf&n=%E6%B7%91%E5%BE%B3%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E6%9B%B8%E5%AD%A6%E6%96%87%E5%8C%96%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E8%94%B5%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E7%9F%B3%E5%88%BB%E6%8B%93%E6%9C%AC%E7%9B%AE%E9%8C%B2.pdf#page=102
建平元年2 月11 日(398)
劉宋の建平元年(454)か北魏の建平元年(415 と508 の2つあ り)。共に私年号。
他に五胡十六国の燕にも建平元年(398)はある(該当するであ ろう時代のみを記した)。この拓本の舊蔵者である天放楼・趙 烈文はこの造像記の按語に「或是劉宋時」と記す。
また、『中国磚銘』では、单燕とする。同書ではこの磚と葉 氏の磚を他にも収錰しているため、单燕の建平元年とするのが 妥当であろう。
#page=116
北魏私年号
聖君
興平
#page=148
廣安3 年6 月2 日造像記(528) 北魏の葛栄の私年号(526~528)
『続資治通鑑長編』では一貫して李元昊を趙元昊と記している。「私改」とあるのは、年号は宋朝が制定した年号だけが唯一正しいのであって、李元昊が私的に勝手に改元したのだという意味に解釈できる。
赵谂自称天子,并私立年号龙兴(隆兴)。
人知元年,疑似改元。
人知元年,疑似改元。
私改年曰仁安
[905] 近藤正斎全集 第1, 国書刊行会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/991308/1/186?keyword=%E7%A7%81%E3%81%AB%E6%94%B9%E5%85%83
私に改元して仁安
[907] 日本随筆全集 第1巻, 国民図書株式会社, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1243381/1/355?keyword=%E7%A7%81%E3%81%AB%E6%94%B9%E5%B9%B4 (要登録)
[908] 経調資料 第113編 滿蒙民族志, 南満洲鉄道株式会社経済調査会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1146807/1/48?keyword=%E7%A7%81%E3%81%AB%E6%94%B9%E5%B9%B4
[919] Museum (492), 東京国立博物館, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/4429881/1/7?keyword=%E7%A7%81%E5%B9%B4%E5%8F%B7 (要登録)
[243] 中国石刻拓本デジタルア-カイブズ 天放楼・経像刹鐘古刻零残彙装|淑徳大学, https://www.shukutoku.ac.jp/university/facilities/syogaku/takuhon/tennpourouzouzouki.html
年代:南燕 建平元年
西暦:劉宋の建平元年(454)か北魏の建平元年(415と508の2つあり)。共に私年号。他に五胡十六国の南燕にも建平元年(398)はある(該当するであろう時代のみを記した)。『中国磚銘』では、南燕とする。同書では葉氏の磚を他にも収録しているため、南燕の建平元年(398)とするのが妥当であろう。
[252] >>245 >>247 は非常に誤解を招く書き方。普通はこのような書き方はしない。
[64] ここでの「私年号」は正統政権の元号ではないということか。 五胡十六国は正統政権扱いと判断したものか。
[780] 【轉】金子修一丨日唐的改元與大赦——讀《年號與東亞:改元的思想與文化》所感(年号と東アジア)书评, https://book.douban.com/review/15956594/
關於中國的年號,甘、童二氏選取的論述範圍是五胡十六國時期。在諸王朝或諸勢力並存狀態下,年號的情況當如甘氏所指摘的,應該擴大視野將日本(倭國)的“治天下大王”或朝鮮三國的年代問題也予以考察。其指出各國年號與有無册封的聯繫這一點也十分有趣。《舊唐書·倭國日本傳》云“題云白龜元年調布,人亦疑其僞”,可見唐是掌握了日本建立年號的。白龜元年雖然不存在於日本年號中,但因爲靈龜二年(716)任命了遣唐使,因此當是靈龜的誤寫吧。另一方面,在新羅,真德王二年(648)派遣到唐的使節因使用自己的年號(私年號)而受到太宗責問(《三國史記·新羅本紀五》)。與新羅不同,日本(倭國)的白龜元年則並未受到唐的干涉,爲什麼日本的私年號未被責問,這一點也頗爲值得探討。此外,童氏指出突厥使用十二支紀年法而不用年號紀年法,Pham氏則對越南使用年號進行了解説。在關於東亞世界的議論中,有關年號傳播的問題還有很大更進一步深化研究的空間。
[790] 中国石刻経研究, 桐谷征一, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/3148822/1/461?keyword=%E7%A7%81%E5%B9%B4%E5%8F%B7 (要登録)
高昌国私年号
[791] 日本と中国, 沢潜, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/3006743/1/68?keyword=%E7%A7%81%E5%B9%B4%E5%8F%B7 (要登録)
陳弔眼の私年号
[792] 中国仏教彫刻史研究, 松原三郎, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/2493376/1/95?keyword=%E7%A7%81%E5%B9%B4%E5%8F%B7 (要登録)
[797] 日本に残る古代朝鮮 関東編, 段煕麟, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12238061/1/86?keyword=%E7%A7%81%E5%B9%B4%E5%8F%B7 (要登録)
[899] 書苑 3(9), 法書会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/2732711/1/3?keyword=%E5%81%BD%E5%B9%B4%E5%8F%B7 (要登録)
[800] 大明 : 明の時代の私年号か、と満州国の日本語報告書の説
[883] 栃木県史 資料編 考古 1, 栃木県史編さん委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9640766/1/404?keyword=%E4%B8%AD%E5%9B%BD%20%E7%A7%81%E5%B9%B4%E5%8F%B7 (要登録)
永昌元年は中国の年号で、永昌なる私年号が、なぜ中国より遙かに離れた那須の地で使用されているのか、
[798] 古代朝鮮・日本金石文資料集成, 斎藤忠 編著, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12171802/1/25?keyword=%E7%A7%81%E5%B9%B4%E5%8F%B7 (要登録)
[799] 天明 - Wikipedia, , https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E6%98%8E
唐代初期の公祏の僭年号については「天明 (輔公祏)」をご覧ください。
(リンク先の記事では私年号と説明されている)
[881] 遺物が語る古代史, 李家正文, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12240235/1/23?keyword=%E7%A7%81%E5%B9%B4%E5%8F%B7 (要登録)
[882] >>881 は延寿が中国にも三国史記にもなく私年号説もあると述べています。 具体的に誰が提唱した説でどこの誰の私年号なのかは説明がなく謎です。
[898] 貨幣 : 複刻 第30巻 (遺稿・手紙・雑文類之部), 東洋貨幣協会 編纂, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/11973401/1/7?keyword=%E7%A7%81%E5%B9%B4%E5%8F%B7+ (要登録)
大正は安南の僭偽の王の私年号
[920] 社協西日本本部結成記念集, 在日本朝鮮社会科学者協会西日本本部編集委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12090293/1/31?keyword=%E7%A7%81%E5%B9%B4%E5%8F%B7 (要登録)
[951] 史迹と美術 45(3)(453), 史迹美術同攷会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/6067339/1/12?keyword=%E7%A7%81%E5%B9%B4%E5%8F%B7 (要登録)
[952] 満鮮史研究 上世 第2冊, 池内宏, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/3008400/1/22?keyword=%E7%A7%81%E5%B9%B4%E5%8F%B7 (要登録)
[953] 岩波講座東洋思潮 第7巻 朝鮮の文化, 岩波書店, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1225856/1/27?keyword=%E7%A7%81%E5%B9%B4%E5%8F%B7 (要登録)
[954] 日本暦学史, 佐藤政次 編著, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12609146/1/24?keyword=%E7%A7%81%E5%B9%B4%E5%8F%B7 (要登録)