日時事例
[146]
写真によると字形は明らかに暦です。
>>79, >>81
[72]
の造像銘記は、
>>46 >>48
を康曆としています。
>>66
[54]
の書籍は、
>>46 >>48
を康畧として、
一三八〇
としています。
>>51
[59]
の
年号読方考証稿
は、
康曆条で
>>46 >>48
を康略として、
略は曆の音通用したのだろう、
としています。
>>56
[21]
昭和42年の
日本私年号の研究
は、
異年号のうち私年号でない同音異字年号として
>>18
を康畧として、
次のように述べています。
>>17
[74]
の報告書 (昭和43年度),
の書籍は、
>>46 >>48
を
「康暦」
としと説明しています。
>>73, >>76
[50]
付の Webサイト
(参考文献は)
は、
>>46 >>48
を
「康暦」
とし
「康暦二年(1380)」
と説明しています。
>>45
- [77]
奈良六大寺大観 第4巻 (法隆寺 4), 奈良六大寺大観刊行会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/8798650/1/308?keyword=%E5%BA%B7%E6%9B%86 (要登録)
- [73]
指定文化財修理報告書 美術工芸品編 昭和43年度, 文化庁, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12420340/1/91?keyword=%E5%BA%B7%E6%9B%86 (要登録)
- [76]
法隆寺銘文集成 上巻, 高田良信, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12224653/1/31?keyword=%E5%BA%B7%E6%9A%A6 (要登録)
- [82]
法隆寺子院の研究, 高田良信, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12224988/1/66?keyword=%E5%BA%B7%E6%9A%A6 (要登録)
- [45]
4860_木造矜羯羅・制吒迦像(法隆寺護摩堂) :: 東文研アーカイブデータベース, https://www.tobunken.go.jp/materials/nenki/13440.html
日時事例
[98]
近世後期に日本福岡藩で編纂された
筑前国続風土記拾遺
は、
>>92
を紹介して、
康略/康暦2年から甲申年まで445年と注釈しています。
>>94, >>91
甲申は注釈の執筆年と思われ、
に当たります。
写本・翻刻・引用で元号名の字体に違いがあります。
[114]
成立の
太宰管内志
は、
>>92
を紹介して、
康暦と書いています。
>>109, >>111
[102]
の論文は、
>>92
を紹介していますが、
筑前国続風土記拾遺
を引用しつつ、銘文には誤りがあるので拓本を見るべきとしています。
>>99
具体的にどこかは記載がありません。
[130]
の
大日本金石史
は、
>>92
を紹介して康曆と書いています。
>>115
[104]
大正13年の拓本目録は、
>>92
を紹介して康畧と書いています。
>>103
- [94]
国書データベース, https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100451973/602?ln=ja
- [91]
筑前国続風土記拾遺 中巻, 青柳種信 編著, 福岡古文書を読む会 校訂, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/13279036/1/243?keyword=%E5%BA%B7%E6%9A%A6 (要登録)
- [109]
太宰管内志 上 (筑前国), 伊藤常足 編録, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12282125/1/291?keyword=%E5%BA%B7%E6%9A%A6 (要登録)
- [111]
NAJDA-176-0044_太宰管内志44.pdf, , https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/b/b5/NAJDA-176-0044_%E5%A4%AA%E5%AE%B0%E7%AE%A1%E5%86%85%E5%BF%9744.pdf#page=50
- [99]
考古学雑誌 7(9)(212), 日本考古学会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/3548227/1/22?keyword=%E5%BA%B7%E7%95%A7 (要登録)
- [115]
大日本金石史 第1巻, 木崎愛吉, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/960208/1/191?keyword=%E5%BA%B7%E6%9A%A6
- [103]
なら (25), 高田十郎, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1489657/1/5?keyword=%E5%BA%B7%E7%95%A7 (要登録)
[122]
、
>>92
は賊の襲撃に遭い、
鐘楼を破壊されて盗難されました。現在も所在はわかっていません。 >>119, >>120
[124]
令和時代に至るまで、私年号研究の文脈で紹介した事例は知られていません。
日時事例
[145]
写真では、やや見づらいものの、暦であることは明らかに見えます。
>>142
[131]
の
大日本金石史
は、
>>106
を紹介して康曆と書いています。
>>115
[108]
大正13年の拓本目録は、
>>106
を紹介して康畧と書いています。
>>103
[132]
,
,
の書籍は、
>>106
を紹介して康暦と書いています。
>>126, >>139, >>141
[134]
令和時代時点の文化財一覧 Webページは、
>>106
を紹介して康暦と書いています。
>>129
[137]
の史料集は、
>>106
を紹介して康暦と書き、
康暦元年(一三七九)四月五日に掛けています。
>>135
[125]
令和時代に至るまで、私年号研究の文脈で紹介した事例は知られていません。
- [126]
梵鐘 : 鳥取県資料, 有福友好, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12222751/1/80?keyword=%E5%BA%B7%E6%9A%A6 (要登録)
- [139]
加茂町誌, 加茂町誌編纂会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9575620/1/618?keyword=%E5%BA%B7%E6%9A%A6 (要登録)
- [141]
島根の文化財 仏画・仏教工芸篇, 島根県立博物館, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/13267617/1/31?keyword=%E5%85%89%E6%98%8E%E5%AF%BA (要登録)
- [135]
研究紀要(第2号)2021 - 6c8de351a12e2a087bf62f8f39c660ded1fb18b0.pdf, , https://www.shimane-art-museum.jp/upload/6c8de351a12e2a087bf62f8f39c660ded1fb18b0.pdf#page=13
- [140]
重要文化財総目録 工芸品編, 毎日新聞社「重要文化財」委員会事務局 編集, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12634788/1/35?keyword=%E5%BA%B7%E6%9A%A6 (要登録)
- [138]
国指定文化財等データベース, https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/5450
- [129]
島根県:工芸品(トップ / くらし / 文化・スポーツ / 文化財 / 島根県の文化財), , https://www.pref.shimane.lg.jp/life/bunka/bunkazai/shimane/kougeihin.html
[40] >>39 は本文で「後円融天皇康略二年」 (草書)
と書いていますが、その後に引用している文書の日付は
「康曆三年正月」
となっています。
[61]
気仙沼地方熊谷家譜集成, 気仙沼史談会 集成, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9569991/1/109?keyword=%E5%BA%B7%E7%95%A7 (要登録)
[62] >>61
「康略二年庚申秋八月十八日」
[42]
次のものは康略 (明朝体) としますが、文脈から明らかに康曆の誤りです。
- [44]
文化史観と日本文化生活史, 国史講習会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1918448/1/258?keyword=%E5%BA%B7%E7%95%A7 (要登録)
- [41]
大日本史講座 第5巻, 雄山閣, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1918160/1/79?keyword=%E5%BA%B7%E7%95%A7 (要登録)
- [63]
朝日町誌 歴史編, 朝日町, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9539624/1/82?keyword=%E5%BA%B7%E7%95%A7 (要登録)
- [64] 望月町誌 第3巻 (歴史編 1 原始・古代・中世編), 望月町誌編纂委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/13269193/1/257?keyword=%E5%BA%B7%E7%95%A7 (要登録)
- [65] 本文で「康略」を連発した後に「康暦」もあり
- [60]
東と西 : 東西思想文化論集 (17), 亜細亜大学言語・文化研究所, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/2243282/1/17?keyword=%E5%BA%B7%E7%95%A7 (要登録)
[148]
康暦と思われるものを康略, 康畧と表記した事例は、
近世から現代に少なからず見られます。
[149]
康暦時代にも康略表記があったかどうか、情報が混乱しています。
康暦時代に遡るであろう用例でも、それを紹介した文献ごとに翻刻が違うものが多いです。
[167]
その中では
>>160
は早ければ永徳2年 (康暦からの改元翌年)
にも成立したと思われますが、一応康略表記が実在した可能性が高いと考えられる用例です。
ただ本文ではなく端裏書なので、いつ書かれたものか検討を要します。
[150]
康畧なる異年号の根拠とされた法隆寺用例も含め、
いくつかの康暦時代に遡るであろう用例は、
研究史上康略, 康畧と表記されてきたものの、
実物は康暦となっています。
[151]
残りの康暦時代に遡るであろう用例は、写真などが Web 上に無く現状確認が取れないものの、
状況からみて略字が実際に使われている可能性は必ずしも高くないと思われます。
[153]
暦と略/畧は、「りゃく」と読むと同音です。
このために混用ないし誤記されたものと考えられます。
[154]
近現代の表記慣習では、これらの取り違いは誤りと判断されるもので、
誤記・誤写・誤植による可能性が高いと思われます。
[155]
近世の書字感覚は検討が必要です。が、この場合暦と略を交換した事例は、
他の元号や一般語でもほとんど知られていません。
地誌等の媒体の性格もあり、当時の慣習により無意識的に混用された可能性は、
そう高くないのではないでしょうか。
ただ一般論として地誌の銘文が音声の伝聞で記録されたものということはままあるようで、
それに起因する誤表記の可能性は排除されません。
[156]
略と畧は異体字 (動用字) であり、
とりわけ前近代には畧が珍しくはなかったようであり、
そのどちらを選ぶかにはこれといった意志は反映されていないように思われます。
[152]
康略, 康畧を用いた積極的な意思を推測した説もあるものの、
康暦時代に同時代的に実用されたことが確認されないことには、
意味をなさない議論です。
歴を使う日本国志には康暦の掲載がありません。