[66] 延喜を延寿と表記したと思われる事例が知られています。
[67] 前近代のものは一例のみ知られています。幾時も転写を繰り返した写本です。
[68] 書写履歴や干支や固有名詞から、延寿は延喜に比定されています (>>12)。
[69]
喜は字形が壽と似ており、混同されたと思われる事例がいくつか知られています。
[70] 当事例もその一つなのでしょう。
[5] 向日市史 上巻, 向日市, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9575206/1/140 (要登録) 右上写真
OCRは「
[62]
の書籍は、
>>9
を紹介して、
「
[12] 昭和42年の 日本私年号の研究 は、 異年号のうち私年号ではなく一字異音年号に属するものの1つとして、 >>8 を挙げて、
... と述べています。 >>7
[4] 松阪文芸史, 桜井祐吉, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1186285/1/71 左
干支と年齢から延享の誤り
[60] 延喜が延嬉と表記されたと見られる事例が知られています。
[53] 文治2年の時点で三宝院に延嬉四年文書が所蔵されていたものと思われます。
[54] 延嬉四年文書自体の情報が見当たらず、現存していないのかもしれません。
[55] 用例は一例のみ知られています。目録であり、実物は不明です。
[56] 延嬉という元号名が当時のものなのか、文治時代の目録作成時のものなのか、不明です。
[57] 天治以前で、4年があり、同音で、 大きな矛盾が生じないということで延喜に比定されていると思われます。
[58] 目録のみで材料が少ないものの、これまで明確な論証が行われていないようなので、 再確認する作業が望まれます。
[49]
喜と嬉は、現代では完全に別字ですし、
前近代に於いても必ずしも交換可能で用いられた異体字とは言い切れないもので、
甲骨文字の時代に既に別字であったとされています。
[50]
一方で、喜と嬉を異体字の関係とするものもあり >>48、
両者が通用して使われた場面もあったのではないかと思われます。
[59]
だとすると、さほど強い意図はなく、あるいは嬉がより正式な表記という (正しくない)
認識のもとで、喜を嬉に置き換えて表記された可能性もありそうです。
[33] 昭和39年の久保常晴の論文は、 同音異字の異年号の1つとして >>31 を延喜に比定しています。 >>30 しかしそれ以上の詳細は記載されていません。
[34] 紀元類聚考に、延禧があります。 >>37 (紀元編)
[35] 紀元編は、 >>34 を延喜の誤りとしています。 >>37
[38] 昭和42年の日本私年号の研究は、 私年号でなく私年号的諸資料の本文中 (単独立項なし) で、 >>37 を紹介しています。 >>37 昭和39年の論文も立項していないのは同様です。 >>30
[6] 百家説林 : 10巻 巻4, 今泉定介, 畠山健 共編, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/993394/1/75?keyword=%E5%BB%B6%E5%96%9C