MHT

北太平洋諸島の標準時

[86] 現在、パラオでは +09:00 が、 米領北マリアナ諸島準州および米領グアムでは +10:00 が、 ミクロネシア連邦では +10:00+11:00 が、 マーシャル諸島共和国では +12:00標準時として使われています。

[174] 現在はどの地域でも夏時刻 (サマータイム) は実施されていません。

名称

[343] 米領グアム米領北マリアナ諸島潤州標準時 +10:00米国連邦法により Chamorro standard time と呼ばれています。

[344] ChST と略されることがありますが、 現地で使われているか、広く通用するかは不明です。

[342] tzdataグアムの時刻 +10:00 を、法令成立の を境に以前は GST、 以後は ChST と呼んでいます >>339。 現地で使われているかは不明です。

[345] 日本では一般的にグアム時間サイパン時間などと呼ばれています。


[96] tzdataパラオから Pacific/Palau, ミクロネシア連邦から Pacific/Chuuk, Pacific/Pohnpei, Pacific/Kosrae, マーシャル諸島共和国から Pacific/Majuro, Pacific/Kwajalein, 米領グアムから Pacific/Guam米領大鳥島から Pacific/Wake を定義しています。

[29] tzdata米領北マリアナ諸島準州Pacific/SaipanPacific/Guam の別名としています。

変遷の概要

[23]

t
時期
パラオ
パラオ
マリアナ
北マリアナ諸島
グアム
グアム
ヤップ
ヤップ
チューク
チューク
ポンペイ
ポンペイ
コスラエ
コスラエ
ヤルート
ヤルート
クェゼリン
クェゼリン
ウェーク
ウェーク
パラオ
+
マリアナ
+
グアム
+
ヤップ
+
チューク
+
ポンペイ
+
コスラエ
+
ヤルート
+
クェゼリン
+
ウェーク
+
t
16世紀
パラオ
-
マリアナ
-
グアム
-
ヤップ
-
チューク
-
ポンペイ
-
コスラエ
-
ヤルート
-
クェゼリン
-
ウェーク
+
t
パラオ
+
マリアナ
+
グアム
+
ヤップ
+
チューク
+
ポンペイ
+
コスラエ
+
ヤルート
+
クェゼリン
+
ウェーク
+
t
パラオ
+10:00
マリアナ
+10:00
グアム
+
ヤップ
+10:00
チューク
+10:00
ポンペイ
+10:00
コスラエ
+10:00
t
パラオ
+09:00
マリアナ
+09:00
グアム
+
ヤップ
+09:00
チューク
+09:00
ポンペイ
+09:00
コスラエ
+09:00
ヤルート
+11:20
クェゼリン
+09:00
t
パラオ
+09:00
マリアナ
+09:00
グアム
+
ヤップ
+09:00
チューク
+09:00
ポンペイ
+09:00
コスラエ
+09:00
ヤルート
+09:00
クェゼリン
+09:00
t
パラオ
+09:00
マリアナ
+10:00
グアム
+
ヤップ
+09:00
チューク
+10:00
ポンペイ
+11:00
コスラエ
+11:00
ヤルート
+11:00
クェゼリン
+11:00
t
パラオ
+09:00
マリアナ
+10:00
グアム
+10:00
ヤップ
+09:00
チューク
+10:00
ポンペイ
+11:00
コスラエ
+11:00
ヤルート
+11:00
クェゼリン
+11:00
t
パラオ
+09:00
マリアナ
+09:00
グアム
+10:00
ヤップ
+09:00
チューク
+10:00
ポンペイ
+10:00
コスラエ
+10:00
ヤルート
+10:00
クェゼリン
+10:00
t
パラオ
+09:00
マリアナ
+09:00
グアム
+10:00
ヤップ
+09:00
チューク
+09:00
ポンペイ
+09:00
コスラエ
+09:00
ヤルート
+09:00
クェゼリン
+09:00
ウェーク
+11:00
t
パラオ
+09:00
マリアナ
+09:00
グアム
+09:00
ヤップ
+09:00
チューク
+09:00
ポンペイ
+09:00
コスラエ
+09:00
ヤルート
+09:00
クェゼリン
+09:00
ウェーク
+09:00
t
パラオ
+10:00
マリアナ
+10:00
グアム
+10:00
ヤップ
+10:00
チューク
+10:00
ポンペイ
+10:00
コスラエ
+10:00
クェゼリン
-12:00
ウェーク
+10:00
t
パラオ
+10:00
マリアナ
+10:00
グアム
+10:00
ヤップ
+10:00
チューク
+10:00
ポンペイ
+10:00
コスラエ
+10:00
クェゼリン
-12:00
ウェーク
+11:00
ヤルート
+12:00
t
1950年代
パラオ
+09:00
マリアナ
+10:00
グアム
+10:00
ヤップ
+10:00
チューク
+11:00
ポンペイ
+11:00
コスラエ
+12:00
ヤルート
+12:00
ウェーク
+12:00
クェゼリン
-12:00
t
1970年代
パラオ
+09:00
マリアナ
+10:00
グアム
+10:00+11:00
ヤップ
+10:00
チューク
+10:00
ポンペイ
+11:00
コスラエ
+12:00
ヤルート
+12:00
クェゼリン
-12:00
ウェーク
+12:00
t
パラオ
+09:00
マリアナ
+10:00
グアム
+10:00
ヤップ
+10:00
チューク
+10:00
ポンペイ
+11:00
コスラエ
+12:00
ヤルート
+12:00
クェゼリン
+12:00
ウェーク
+12:00
t
パラオ
+09:00
マリアナ
+10:00
グアム
+10:00
ヤップ
+10:00
チューク
+10:00
ポンペイ
+11:00
コスラエ
+11:00
ヤルート
+12:00
クェゼリン
+12:00
ウェーク
+12:00
t
現所属
パラオ
パラオ共和国
マリアナ
米領北マリアナ諸島準州
グアム
米領グアム
ヤップ
ミクロネシア連邦
チューク
ミクロネシア連邦
ポンペイ
ミクロネシア連邦
コスラエ
ミクロネシア連邦
ヤルート
マーシャル諸島
クェゼリン
マーシャル諸島共和国
ウェーク
米領ウェーク島
t
tzdata
パラオ
Palau
マリアナ
Saipan
グアム
Guam
チューク
Chuuk
ポンペイ
Pohnpei
ヤルート
Majuro
クェゼリン
Kwajalein
ウェーク
Wake
コスラエ
Kosrae

スペイン領東インド

[88] カロリン諸島マーシャル諸島には古くから原住民が住んでおり、 地方時を用いて暮らしていたと考えられます。 西洋世界との交流が無かった時代の日付アジア日付ともアメリカ日付とも言えませんが、 経度によればアジア日付となります。

[116] tzdata は元の LMTAsia/Palau+08:57:56 >>137Pacific/Chuuk+10:07:08Pacific/Pohnpei+10:32:52Pacific/Kosrae+10:51:56Pacific/Majuro+11:24:48Pacific/Kwajalein+11:09:20 >>137 としています。 (後に一部変更 >>339)

[267] から マゼラン艦隊泥棒諸島 (グアム島) に滞在し、原住民と戦闘状態にありました。 南米から到来したマゼラン艦隊は、アメリカ日付を用いていました。

[87] 16世紀頃、カロリン諸島フィリピン諸島などはスペインの支配下に入り、 スペイン領東インドと呼ばれました。

[89] スペイン領東インドメキシコの管轄下で、 アメリカ日付地方時が用いられたといわれています。

[30] tzdata は、元の LMTPacific/Guam-14:21 >>138Pacific/Saipan-14:17:00 >>40Pacific/Chuuk-13:52:52 >>339Pacific/Pohnpei-13:27:08 (Kolonia) >>339Pacific/Kosrae-13:08:04 >>339Pacific/Palau-15:02:04(Koror) >>339 としています。

[43] スペイン領フィリピン総督 (governor-general) の Narciso Claveria y Zaldua (ナルシソ・クラベリア、 在任期間 -) の布告により、 の翌日がとされました。 これにより日付変更線グアム側に移動しました。 フィリピンの標準時国際日付変更線

[92] tzdataを境に Pacific/Guam+09:39:00 (Agana) >>138Pacific/Saipan+09:43:00 >>40Pacific/Chuuk+10:07:08 >>339Pacific/Kosrae+10:51:56 >>339Pacific/Palau+08:57:56 >>339 としています。 スペイン領フィリピンと同じと仮定したとしています。 >>138, >>339

[182] 大宮島津波に関する論文 >>181 は、 の事象について 「2:49 P.M. local time」と報告されていると述べています。 両者が同じ時刻とするなら、 +09:39 となります。 (誰が換算したのかは不明。)

[183] 同じく、 は「9:10 P.M. local time」 とあります >>181。 やはり +09:39 です。

[184] 他に もありますが、 地方時の記載はありません。出典は 「Montessus de ballore, 1903 cited by Soloviev et al. 1984」 とありますが、これが何に由来する時刻なのかは不明です。
[34] マーシャル諸島独領ミクロネシア保護領となりました。 にはナウルも編入されました。 以後ナウルを含む独領マーシャル諸島ヤルート会社統治領となりました。
[42] 米西戦争の結果、調印のパリ条約によりグアムフィリピンアメリカ合衆国領となりました。 パリ条約に発効しました。 フィリピンの標準時 以後米領グアムについては >>91 を参照。

独領太平洋諸島

[59] スペインカロリンマーシャルドイツに売却しました。 ドイツは両諸島を独領ニューギニアに編入しました。

[229] Shanks (2003) は、 から、 PALAUNORTHERN MARIANA ISLANDS+09:00MICRONESIA のうち Yap+09:00GUAMMICRONESIA のうち ChuukKapingamarangi IslandNukuoro Island+10:00MICRONESIA のうち KosraeMokil IslandPingelap Island、その他 Pohnpae+11:00MARSHALL ISLANDS+11:00 (それ以前は LMT) としています >>228

[25] tzdataPacific/Palauを境に +09:00 >>137Pacific/Chuuk (ミクロネシア連邦) >>137Pacific/Guam (グアム) >>138を境に +10:00Pacific/PohnpeiPacific/Kosrae (ミクロネシア連邦) >>137Pacific/MajuroPacific/Kwajalein (マーシャル諸島) >>137を境に +11:00 としています。

[41] tzdata 附属データの Pacific/Saipan は、 1901年を境に +09:00 としています >>40

[98] これらの切替日の根拠は不明です。 Shanks は他にも幾つかの地域で1901年開始としており、時期不明を表していると思われます。


[8] 頃の米国海軍天文台時差の表は、 独領Bismarck Archipelago >>724, >>725, >>726, New Guinea >>724, >>725, >>726, Caroline and Mariana islands >>724, Carolines >>725, >>726, Mariane Islands >>725, >>726 について、 +10:00 とすることが提案されている、 としていました。

[57] 日本の学術雑誌は、 末の情報として、 独領ビスマルク諸島カイゼル、ウルヘルム、ランドカロリナマリアナ+10:00、ただし未実施としていました >>2152

[158] ビスマルク諸島カイゼル、ウルヘルム、ランドは現在のパプアニューギニアです ( パプアニューギニアの標準時 )。 当時のドイツ海外領土のうち、膠州湾には未実施の注記がありません (実際、に実施されています)。他のトーゴカメルーン独領東アフリカには未実施の注記があります。 tzdata には独領東アフリカの一部について標準時が実施されたとあります (が出典も不明で、信憑性は低いです)。他の地域は独領時代の情報が無いようです。 独領南西アフリカ標準時が制定されたようです。 ドイツ本国の標準時実施の後、 からにかけて海外領土でも標準時の整備が進められていたと推測されますが、 詳細は不明です。

[275] tzdata は実施されたか不明とし採用していません。 >>339

[94] ナウルを含む独領マーシャル諸島独領ニューギニアに編入されました。 (会社統治領ではなくなりました。)

[95] マーシャル諸島およびナウルでも +10:00 が実施されたのかどうかは不明です。

日委任統治領南洋群島

[122] 日独戦争により、 日本軍赤道以北の独領太平洋諸島に進攻しました。 (赤道以南の独領ニューギニアナウルには英軍が進攻しました。)

[69] 南洋群島へと進攻する日本海軍の文書では、 「当分ノ間特令ナケレハ」中央標準時 +09:00 を用いること >>67、通信記録には中央標準時 +09:00 を用いることが指示されています >>68

[346] tzdata は、 を境に Pacific/MajuroPacific/ChuukPacific/PohnpeiPacific/Kosrae+09:00 としています。 >>339 戦況からの推測と思われます。

[64] の海軍ヤルート島無線電信所の日誌には、 「標準時東経百七十度」とあり >>63+11:20 が使われていたようです。これはほぼヤルート島経度です。

[66] の日誌には、 「百七十度標準時 二月九日正午前 中央標準時 二月九日正午以後」 とあります >>65

[209] 同時期の他の日誌には特に注記がなく、中央標準時かと思われます。

[175] これらより、日本軍の作戦展開上は中央標準時を基本に用いたものの、 部隊によっては現地地方時により業務を行っており、 やがてそれが中央標準時に統一されていったものと思われます。 中央標準時への統一が軍内部の業務のみで行われたのか、 軍政下の現地住民への行政実務にも適用されたのかは定かではありません。


[22] 南洋群島で3つの標準時が施行されました >>47, >>126

name
名称
delta
時差
area
地域
name
[76] 南洋群島東部標準時 (初代)
delta
+11:00
area
ポナペ民政区ヤルート民政区
name
[77] 南洋群島中部標準時
delta
+10:00
area
トラック民政区サイパン民政区
name
[78] 南洋群島西部標準時
delta
+09:00
area
パラオ民政区ヤップ民政区

[81] これは、臨南防法令第1號 (臨南防第10號標準時ニ関スル件所収) >>39 によって定められたものです。

[82] 厳密には「当隊標準時」ということですから海軍部隊内の標準時 (軍用時) なのですが、「当隊」は南洋群島占領地の軍政を担当していること、 海軍公報海軍官房から「南洋群島占領地標準時」と称して周知していること >>39 から、この時期に既に事実上の地域標準時として運用されていたと解するのが妥当でしょう。

[83] また、既存法令の改廃への言及が皆無ですから、これより前に (軍部隊内部のみで作戦時に用いるのだけでなく、広く知らしめられた) 標準時は制定されていなかったと思われます。

[460] 「通信事務」では、南洋群島西部標準時 +09:00 を使ったといいます >>39, >>461。これはすなわち中央標準時です。

[200] には標準時について英国から外交筋経由で照会があり、 この3つの標準時が回答されたようです >>199, >>215

[347] tzdata は、 を境に Pacific/Majuro+11:00Pacific/Chuuk+10:00Pacific/Pohnpei+11:00Pacific/Kosrae+11:00 としています。 >>339

[73] 1922年2月-7月の日米條約により、南洋群島日本委任統治領に確定しました。
[74] 日本の政府組織南洋庁が設置され、完全に民政に移行しました。

[269] 軍艦明石南洋行動豫定表なる図には、 南洋群島の3つの標準時時計として描かれていました >>268

[274] 南洋庁の書籍には、 中央標準時時刻に基づく南洋群島各地の気象観測結果が掲載されていました >>273 27ページ他内地同様 ( 日本の標準時 ) に気象観測の基準時刻として中央標準時 +09:00 が採用されていたとみられます。

[127] 南洋群島の3つの標準時が施行されました。 南洋庁告示第42号により規定されたもので、 大正8年に制定されたものと同内容でした。 >>84

[85] 大正8年の法令臨時南洋群島防備隊のもので、これは1922年に南洋庁民政業務を引き継ぎ解散しています。 実運用上は標準時はその後も変わらず用いられていたと思われますが、 法令上も存続していたのかは謎です。昭和8年南洋庁告示が特に既存法令の改廃に言及していませんから、 解散により失効していたとも思われます。 民政下の法令としては、この時初めて南洋群島標準時が定められたということになります。


[124] 南洋庁告示第38号によって2つの標準時に改められ、 昭和13年/1938年1月1日に実施されました >>198, >>125, >>126

name
名称
delta
時差
area
地域
name
[61] 南洋群島東部標準時 (2代目)
delta
+10:00
area
トラック支庁ポナペ支庁ヤルート支庁管下
name
[62] 南洋群島西部標準時
delta
+09:00
area
パラオ支庁ヤップ支庁サイパン支庁管下

[56] 当時の政府内文書は、内地および南洋群島内各地域の関係が密接になって時差が不便であることを改正の理由に挙げています。 また、台湾で用いられていた西部標準時の廃止にも言及しています。 >>55 当時の台湾関東州での標準時改正の動きが南洋群島にも波及したと考えられます。 大東亜の標準時

[79] 昭和8年南洋庁告示は、これにより廃止されました >>125, >>126

[348] tzdataPacific/MajuroPacific/KwajaleinPacific/PohnpeiPacific/Kosrae は、 を境に +10:00 としています。 >>339


[456] 、昭和16年南洋庁告示第11号により、 南洋群島標準時 +09:00標準時が統一されました >>457

[80] 昭和12年南洋庁告示は、これにより廃止されました >>457

[349] tzdataPacific/MajuroPacific/KwajaleinPacific/ChuukPacific/PohnpeiPacific/Kosrae は、 を境に +09:00 としています。 >>339

[50] 刊行南洋群島水路誌には、 次のようにあります >>49

[54] 昭和15年刊行ですが、この項には「16年323項」と注記があり、 この部分のみ紙を上から貼って修正されていると思われます。

[210] 過去の南洋群島標準時に関して触れた Webサイトなどでは、 当初の3区制時代のことのみを扱っているものが多いです。 その後の2区制時代までのみしか扱っていないものもあります。 最終的に中央標準時に統一されるまでの過程を正しく記述していることはほとんどありません。

[355] tzdata でも南洋群島時代の情報はまったく欠落していましたが、 の改訂で本ウィキの情報を参考に修正されました >>339

[366] 昭和時代内地では夏時刻実施が検討されました。 内地で実施されていれば南洋群島もそれに合わせて実施された可能性がありますが、 結局未実施に終わりました。

[39] 海軍公報 第千九百三十一號 大正八年二月二十日(木) >>215 所収

官房第五四二號

大正八年二月二十日

海軍省副官 小林躋造

各廳長殿

南洋群島占領地標準時ニ關スル件

本件ニ關シ左記ノ通報告有之候條御了知相成度

右通知ス

臨南防第一〇號

大正八年一月七日

臨時南洋群島防衛隊司令官 永田泰次郎

海軍大臣加藤友三郎殿

標準時ニ関スル件

當隊標準時ニ關シ別紙ノ通定メ候

右報告ス

臨南防法令第一號

當隊標準時ニ關シ左ノ通定ム

一、東經百三十五度ノ子午線ノ時 (帝國標準時ニ同シ) ヲ以テ「パラオ」及「ヤツプ」 民政區ノ標準時ト定メ之ヲ南洋群島西部標準時ト稱ス

二、東經百三五十度ノ子午線ノ時 (帝國標準時ヨリ一時間進ム) ヲ以テ「トラツク」及「サイパン」 民政區ノ標準時ト定メ之ヲ南洋群島中部標準時ト稱ス

三、東經百六十五度ノ子午線ノ時 (帝國標準時ヨリ二時間進ム) ヲ以テ「ポナペ」及「ヤルート」 民政區ノ標準時ト定メ之ヲ南洋群島東部標準時ト稱ス

四、通信事務ニ關スル時辰ハ南洋群島西部標準時ヲ使用ス

五、本令ハ大正八年二月一日ヨリ施行ス

大正八年一月六日

臨時南洋群島防衛隊司令官 永田泰次郎

[84] 国立国会図書館デジタルコレクション - 官報. 1934年02月03日 (大蔵省印刷局 []著, ) http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2958598/4

南洋廳告示第四十二號

南洋群島標準時ニ關シ左ノ通定メ昭和九年一月一日ヨリ之ヲ施行ス

昭和八年十二月二十八日

南洋廳長官 林 壽夫

一 東經百三十五度ノ子午線ノ時ヲ以テパラオ及ヤツプ支廳管轄區域ノ標準時ト定メ之ヲ南洋群島西部標準時ト稱ス

二 東經百五十度ノ子午線ノ時ヲ以テサイパン及トラツク支廳管轄區域ノ標準時ト定メ之ヲ南洋群島中部標準時ト稱ス

三 東經百六十五度ノ子午線ノ時ヲ以テポナペ及ヤルート支廳管轄區域ノ標準時ト定メ之ヲ南洋群島東部標準時ト稱ス

[457] >>455

南洋廳告示第十一號

南洋群島標準時左ノ通定メ昭和十六年四月一日ヨリ之ヲ實施ス

昭和十二年南洋廳告示第三十八號ハ之ヲ廢止ス

昭和十六年三月十日

南洋廳長官 近藤 駿介

東經百三十五度ノ子午線ノ時ヲ以テ 南洋群島ニ於ケル標準時トス

[264] 「マーシャル時間」は米領時代以後の +12:00 を使っている。現在の読者の便宜のためかもしれないが、 当時の「マーシャル時間」は +09:00地理的には +11:00地方時+11:20。 果たしてどう紹介するのが正しいのか考えさせられる。

米信託統治領太平洋諸島

[19] -米軍南洋群島に進攻しました。

[297] マーシャル諸島クェゼリンマジュロの戦闘に関する Wikipedia日本語>>295英語>>296 の記事をみると、 内容が異なるので比較は難しいですが、 全般的に日本語が1日進んでいるようです。 両者の出典とする日米の戦史が異なる時刻を用いているためと思われます。 当時も現地で戦史と同じ時刻を用いていたのだとすると、 米軍はこの地域でアメリカ日付を用いたということになります。 軍用時

[299] グアム島サイパン島などマリアナ諸島や、 日本列島各地を含む領域での作戦では、米軍+10:00 を使っていました。 軍用時

[300]南洋群島および周辺諸島は、停戦まで日本支配地域と米国支配地域が混在する状況となりました。 停戦後、米軍は諸島を順次統治下に収めていきました。 それに伴い時刻米軍のものに置き換えられていったと思われます。 ただし、グアムサイパンを含めいくつかの島では、 停戦後何十年も残留日本兵が生存していました。 そこでは中央標準時 +09:00 が使われ続けていたかもしれません。

[350] tzdataPacific/Majuro は、 を境に +11:00 としています。 >>339 戦況からの推測と思われます。

[113] 米軍マーシャル諸島クェゼリン島を基地としました。 マーシャル諸島共和国として独立した現在も、 全域が米軍基地となっています。どの時期からかは不明ですが、 遅くても1950年代 >>111 から1960年代 >>281 には、アメリカ日付である -12:00 を使っていたようです。

[28] tzdataPacific/Kwajalein は、 を境に +11:00 としています >>339。 更に を境に -12:00 としています >>137。 その根拠は不明です (>>33)。

[112] Wikipediaハワイ標準時 >>32 -10:00 を使っていたとしています。

[60] tzdata は、を境に Pacific/Chuuk+10:00Pacific/Pohnpei+11:00Pacific/Kosrae+11:00 としています。 >>339 戦況からの推測と思われます。

[107] 日本軍の文書には、 「カロリンウエーキ時間ハ重慶時間ト三時間ノ差アリ」 >>470 とあります。重慶時間中華民国重慶国民政府冬時間 +07:00 だったとすれば、 カロリン諸島ウェーク島 (に加え、おそらくその間にあるマーシャル諸島カロリン諸島北側にあるマリアナ諸島) は +10:00 ということになります。

[71] 、 旧南洋群島米信託統治領太平洋諸島となりました。 米領太平洋諸島は引き続き米国海軍軍政下におかれました。
[305] 米領太平洋諸島軍政から内務省管下の民政に移行しました。 6つのに順次群島地方議会 (Islands district legislature) が設置されました。

[166] 米国政府時差の表では、 パラオカロリン諸島大宮島マリアナ諸島+10:00マーシャル諸島大鳥島+12:00 となっていました >>165

[106] サンフランシスコ平和条約により日本南洋庁官制失効したとされています (実際には既に閉鎖済み)。日本の法令としての南洋庁の諸規則も、 同じく失効したと思われます。しかし旧南洋群島一帯の現地法令としては、 この後も一部が存続していました。ですが >>107 が正しければ、 これよりも前に米軍布告か何かによって新たな標準時が指定されていた可能性があります。
[306] ロタ島を除く北マリアナ諸島内務省から海軍省に移管されました。
[307] 米領太平洋諸島6の代表によるマイクロネシア郡際会議 (Inter-District Micronesian Conference) が設置されました。 すぐにマイクロネシア評議会 (Council of Micronesia) に改称されました。

[168] の世界の標準時の表では、 カロリン諸島東経160度以東 +12:00、 以西 +10:00TrukPonape+11:00マリアナ諸島大宮島+10:00マーシャル諸島+12:00、 Nanyo Gunto は +09:00 となっています >>167

[169] 南洋群島と各諸島が両方掲載されていたり、滿洲+09:00 となっていたりする怪しい表ですが、これを信じるなら Kosrae は既に +12:00 に属していたことになります。

[179] 1950年代の米国政府の地図に基づき描かれたのではないかと推測される時期不明の地図では、 カロリン諸島西部が +09:00マリアナ諸島大宮島 (・小笠原諸島南鳥島) が +10:00カロリン諸島東部 (コスラエ含む。) が +11:00マーシャル諸島+12:00 で塗られているように見えます >>178

[93] 米国海軍により Kwajalein Test Center が設置されました。
[308] 北マリアナ諸島海軍省から内務省に移管されました。 米領太平洋諸島の中央政庁はグアム島からサイパン島に移転しました。
[352] Kwajalein Test Center米国陸軍に移管されました。
[309] マイクロネシア評議会に替えてマイクロネシア議会 (Congress of Micronesia) が設置されました。

[223] 米国の書籍 Time Changes (米国版) は、 MARIANA ISLANDS+09:00MARSHALL ISLANDSGUAM+10:00WAKE ISLAND+12:00 としていました >>220

[224] CAROLINE ISLANDS について元は +10:20 だったところ近年 (In recent years) Eastern Carolines が +10:00、 Western Carolines が +09:00 と変更された >>220 としていました。

[226] 東経155度 (+10:20) はポナペ島の西方に当たります。 太平洋諸島信託統治領の領域がおよそ東経130度から東経180度にわたり、 その丁度中央ということになります。 ここでいう Western Carolines がどの領域かわかりませんが、 東経155度以東も含まれるのは明らかですから、 +10:20 から +10:00 に変更されたとすると不自然に思えます。 またマーシャル諸島を含む領域の中央で +10:20 が用いられたのであれば、 マーシャル諸島+10:00 となる前は +10:20 だったと推測したくなりますが、 この変更も不自然です。 グアム +10:00サイパン +09:00時差も不自然です。

[310] カロリン諸島のうちパラオ米国統治当初 +10:00 だったのがこの頃 +09:00 に変更されたとすれば、他の多くの情報と整合しますが、 どうでしょう。


[142] の時刻表によると、 パラオ+09:00北マリアナ諸島ヤップトラック+10:00グアムポナペ+11:00Majuro+11:00Kwajalein-12:00 でした >>141

[72] -、 日米間でミクロネシア協定が締結され、 信託統治を終了させることが確認されました。

[230] Shanks (2003) は、 から、 NORTHERN MARIANA ISLANDS+10:00MICRONESIA のうち Yap+10:00MICRONESIA のうち KosraeMokil IslandPingelap Island+12:00MARSHALL ISLANDS のうち Kwajalein Island のみ -12:00MARSHALL ISLANDS のそれ以外の地域 (Eniwetok Island を含む。) を +12:00 としています >>228

[26] tzdataPacific/Kosraeを境に +12:00 としています >>137

[27] tzdataを境に Pacific/Majuro+12:00 としています >>137Pacific/Kwajalein-12:00 としています >>137

[36] tzdata 附属データの Pacific/Saipan は、 1969年10月を境に +10:00 としています >>40

[33] 1969年10月が何の日付なのかは不明です。

[162] の米国政府の地図に基づくという に日本で発行された地図では、 南洋群島+09:00, +10:00, +11:00, +12:00 で塗られています。 Kosrae+12:00 に属しているように見えます。 Kwajalein-12:00 と描いているように見えます。 大鳥島+12:00 に塗られています。 >>549

[202] 1970年代の航空機時刻表には、次のようにあります。

[206] 同時期 () の路線図は、 次のような時間帯図になっています >>207。 同じ航空会社の表と図で矛盾しているようにみえますが...


[5] 米信託統治領太平洋諸島マリアナ諸島区 (Mariana Islands District) 法典 (MIDC) は、 マリアナ諸島標準時 +10:00標準時として定めると共に、 区行政官 (district administrator) 夏時刻を実施できると定めていたようです。 >>13, >>14

[15] 実際に夏時刻が実施されたのかどうかは不明です。 地理的に近く政治的に関係も深いグアムでは、 から まで断続的に夏時刻を実施していました (>>261)。 それに合わせて実施された可能性も考えられますが、 (>>142)、 (>>301) の情報はグアムのみで夏時刻としていました。

[314] 北マリアナ諸島まで、 グアム米国海軍の統治下にありました。 には米領太平洋諸島首都グアムから北マリアナ諸島サイパンに移転しました。 その前の夏時刻は実施されたとすると、 MIDC夏時刻の規定が存在することの説明がつきます。 の日本返還までグアム米国海軍の統治下の小笠原諸島夏時刻が実施されたこと ( 小笠原の標準時 ) とも整合します。 民政移管され、経済的にはともかく政治的にはグアムとの関係が比較的薄まり、 グアムに追随する必要がなくなったのではないでしょうか。

[353] tzdata は、 資料がないとしてグアムと同じ夏時刻としています。 >>339


[4] 米信託統治領太平洋諸島全体の法典 (TTC) には標準時の規定は含まれていなかったようです。

[18] マリアナ諸島区以外の各区 (現パラオミクロネシア連邦マーシャル諸島) の法令でも標準時夏時刻が規定されていても良さそうなものですが、 現ミクロネシア連邦各区の法令集のマリアナ諸島標準時の規定に相当する部分には、 何の規定も含まれていません。

[298] POW (掲載 ) http://www.us-japandialogueonpows.org/Leaming-J.htm

1942年2月1日、第8機動部隊はマーシャル諸島を攻撃した。その朝4時45分(1) までに、攻撃隊はロイ島(2) を爆撃する途上にあった。7時少し前にロイ島を視認。隊長は爆撃態勢に入るため、右梯形編隊を下令した。7時、攻撃隊は14,000フィートから降下を開始し、急降下中であった。

1)現地時間。米側は何処へ行っても現地時間を使用した。

2)日本側は「ルオット」と呼称した。

米領北マリアナ諸島準州

[3] 現在の米領北マリアナ諸島準州法典 (CMC) は、 マリアナ諸島標準時 (Marianas Standard Time) +10:00標準時と定めています >>13。また、夏時刻は実施しないと定めています >>14

[16] この標準時の規定は、 MIDC が出典となっており >>13信託統治領時代の行政区の法令がそのまま継承されているようです。 夏時刻については、北マリアナ諸島アメリカ合衆国準州となって連邦法が一部適用されるようになった >>1 ため、夏時刻に関する連邦法の規定に従い元の条項は失効したと解釈された >>14 ようです。


[38] 北マリアナ諸島準州標準時の規定が連邦法にも取り込まれました (>>253)。

[319] 北マリアナ諸島時計は正確でないことが多いようです >>172, >>173

[13] ( 版) http://www.cnmilaw.org/pdf/cmc_section/T1/501.pdf

TITLE 1:

GENERAL PROVISIONS

§ 501. Standard Time: Defined.

The standard time throughout the Commonwealth shall be the mean solar time of the one hundred fiftieth degree of longitude east from Greenwich (150°E). This time shall be known as Marianas Standard Time.

Source: MIDC § 1.20.010.

[14] ( 版) http://www.cnmilaw.org/pdf/cmc_section/T1/502.pdf

TITLE 1:

GENERAL PROVISIONS

§ 502. Exemption from Daylight Savings Time.

The Commonwealth of the Northern Mariana Islands is hereby exempted from the provisions of 15 U.S.C. § 260a. The entire Commonwealth shall observe the standard time set forth in 1 CMC § 501.

Source: See 15 U.S.C. § 260a.

Commission Comment: This section provides a legal basis for current practice.

MIDC § 1.20.020 authorized the former district administrator to provide for daylight savings time during dates specified in administrative directives. However, the federal Uniform Time Act (15 U.S.C. §§ 260 et seq.) provides that it supersedes inconsistent state laws; see 15 U.S.C. § 260a(b). Under the Uniform Time Act, “state” includes “any possession of the United States” (15 U.S.C. § 267), and, because that term is applicable to Guam (see 1 GCA § 1010), the act applies within the Commonwealth, as well.

[172] アクセス () http://rota.gn.to/access.htm

※サイパンの空港の時計は信用できません。自分の時計で行動してください。

[173] サイパンの基本情報です。必要な情報はチェックしましょう。 (ビーフリートラベル・サイパン BeFree Travel Saipan著, ) http://www.mysaipan.net/kihonjoho/kihonjoho.htm

サイパンは、公共の場には時計をみかけることがあまりありません。あっても正確でない場合が多いので、必ず到着時には、時計を1時間進めることをお忘れなく。

[132] サイパン・テニアン・ロタ情報:マリアナ政府観光局公式サイト - 知っておくと便利 (ANETT Inc. 著, 版) http://japan.mymarianas.com/basic-info/useful/

サイパン・テニアン・ロタ情報:マリアナ政府観光局公式サイト - 知っておくと便利 (ANETT Inc.著, ) https://web.archive.org/web/20140818051828/japan.mymarianas.com/basic-info/useful/

時差は1時間。北マリアナ諸島の方が日本より1時間先行しています。日本の正午は、北マリアナ諸島の午後1時。

ミクロネシア連邦

[235] Shanks (2003) は、 より、 MICRONESIA のうち ChuukKapingamarangi IslandNukuoro Island+11:00 としています >>228

[31] tzdata の注釈は、 Shanks & Pottengerチューク諸島 (ミクロネシア連邦) が +10:00 から +11:00に切り替えたとあるものの、 90年代時点で現に +10:00 を使っている、として無視しています。

[236] 地図TRUK IS.+11:00 としているものがあります (>>206) から、何らかの事実が歪んで伝わっている可能性はあります。

[44] Time Changes (世界版) の SOUTH SEA MANDATED TERRITORIES には、標準時が次のようにありました >>1256

[97] 他の情報を矛盾しており、誤りと考えられます。 出典は不明ですが、何らかの古い時代の情報を反映している可能性もあります。 (SOUTH SEA MANDATED TERRITORIES すなわち南洋群島委任統治領となっているので、 日本統治時代の情報のようにも思えますが、完全に一致する時代はありません。


[164] 日本で発行された書籍の地図では、 Kosrae+11:00 で塗られています >>163

[21] tzdataPacific/Kosrae は、 1999年を境に +11:00 としています >>137。 根拠として、時点でのミクロネシア連邦政府の Webサイトの記述を挙げています。

[153] Standard Time Zones of the World (CIA World Factbook 所収) は、 Kosrae を1985年版-2007年版で +12:00 に、2008年版以降で +11:00 に入れています >>154


[318] 21世紀のミクロネシア連邦では、 連邦政府観光局の Webサイトによると、 ヤップチューク+10:00ポンペイコスラエ+11:00 を使っています。 >>120, >>17

[317] ミクロネシア連邦の法典には北マリアナ諸島同様の条項は見当たらず、 どのように標準時が規定されているのか (いないのか) は不明です。

[128] 日本領南洋群島時代と比較すると、 ミクロネシア連邦のうち、旧ポナペ支庁管下は +11:00 (初代南洋群島東部標準時と同じ)、旧トラック支庁管下は +10:00 (旧南洋群島中部標準時および2代目南洋群島東部標準時と同じ)、 旧ヤップ支庁管下は +10:00 (南洋群島時代より1時間早い) となっているようです >>17

マリアナ諸島共和国

[134] マーシャル諸島共和国は現在 +12:00 を用いています。

[37] マーシャル諸島共和国の法典には北マリアナ諸島同様の条項は見当たらず、 どのように標準時が規定されているのか (いないのか) は不明です。


[196] マーシャル諸島航空機の時刻表 >>195 では、 KWAJALEINMAJURO 間で所要時間約1時間で日付変更線を挟んでいるのであろう時刻が記載されています。

[157] の米国政府出版の地図は、 Kwajalein に加えて Enewetak-12:00 としています。 (他のマーシャル諸島ウェーク島は、 +12:00 としています。) >>156 Enewetak には米軍が進攻し、 その後全島が米軍基地となっていましたが、 1970年代から民間人も住むようになったようです。 米軍基地では Kwajalein と同期間に -12:00 を用いていたと思われます。 民間人も -12:00 を用いていたのかは不明です。

[161] 同時期の CIA の地図では Kwajalein のみ -12:00 としています。

[155] Standard Time Zones of the World (CIA World Factbook 所収) には、 Kwajaleinハワイと同じ日付だと注記がありました (ウェーク島など他の周囲の島にはありませんでした >>154

[303] 当時の航空時刻表にも同様の注記がありました。

[217] 計算機ソフトウェア時間帯の定義の中には、未だに KwajaleinEnewetak-12:00 として掲載しているもの >>211, >>212, >>213, >>214, >>216 もあるようです。 この時代の情報がずっと残ってしまっているのでしょうか。


[35] Kwajalein は、 に土曜日を飛ばしてとなったようです >>111, >>291。 以後現在に至るまで +12:00 を使っているようです >>109。 これはマーシャル諸島共和国政府からの要請により国内の時刻を統一したものです >>111

[110] Kwajalein 本島は米軍基地のみで、かつての住民は排除されているようですが、 基地に雇用され周辺諸島から通う現地住民の便宜のために統一したのでしょう。

[234] Shanks (2003) は Kwajalein Island について から +12:00 としています >>220

[233] tzdataPacific/Kwajalein >>137 は、 を境に +12:00 としていましたが、 誤りとしてに修正されました。

[121] tzdata の次週付けの注釈は木曜日から を飛ばして土曜日となったとしています >>137 が、当日の新聞報道 >>111 と異なりますから、誤りと思われます。

[351] Wikipedia >>32 は、 を境に +12:00 としており、 tzdata が根拠とみられます。


[286] クワジェリン米軍基地について、 から マーシャル諸島に滞在したとする人物の論文は、 当時も日付の違いがあったとしています。 基地労働者の居住するイバイ島 (同じ環礁内にあり米軍基地ではない最大の島)市長ジョニー・レマリ (Johnny Lemari) (就任、それ以前は市長代理) は、月曜日 (米軍基地では日曜日) をコミュニティの日とし、 島内の清掃を実施することにした、とされています。 >>152

[287] から マーシャル諸島に滞在したとする人物の Webサイトでは、 イバイ島訪問時にクワジェリン米軍基地が1日遅れている >>151 としていました。

[322] 米軍の基地案内によると、 KwajaleinRoi-Namur (同じ環礁内の米軍基地のある) の work week は火曜日から土曜日です >>294, >>290, >>292, >>293。 つまり、 元々ハワイと同じアメリカ日付だったのが、 日付アジア日付に変更して勤務する日はハワイと重なるままにした、 ということのようです。

[323] それを、古い時代の知識を持った現地人が誤解していたのか、 基地内を直接見たわけでない来訪者が誤解したのかわかりませんが、 基地内外で未だ24時間差が残っていると理解したのだと思われます。

[111] In Marshall Islands, Friday Is Followed by Sunday - NYTimes.com () http://www.nytimes.com/1993/08/22/world/in-marshall-islands-friday-is-followed-by-sunday.html

Residents were going to bed Friday night and waking up Sunday morning because at midnight -- 8 A.M. Eastern daylight time on Saturday -- Kwajalein was jumping from one side of the international date line to the other.

The Marshall Islands, a group of about 100 islets of which Kwajalein is the largest, sit west of the international date line. But Kwajalein, which is about 300 miles west of the line, had synchronized its day of the week with the United States mainland, to the east, about 40 years ago when the United States Army established a missile test range here.

The Republic of the Marshall Islands requested the latest change so all its islets would be on the same side of the date line.

Kwajalein's workweek will shift to Tuesday through Saturday, the mainland's Monday through Friday. Church services will still be held on Sunday, which will seem like Saturday as it is the first weekend day off. Many people plan to use their Mondays to run errands like most mainlanders do on Saturdays.

[291] Travel97: To Every Times, There Is A Purpose (MIKE CHADWICK Originally published December 28, 1997 ) https://web.archive.org/web/20180108213705/www.sptimes.com/Travel97/10198/To_Every_Times__There.html

Take the case of the Marshall Islands, a remote Pacific atoll to the west of the International Date Line. The largest island, Kwajalein, is a U.S. Army base with virtually no native inhabitants. At the height of its Cold War activity, Kwajalein adopted the same "day" as the continental United States, thereby propelling the island to the east of the Date Line and retarding it by 24 hours in relation to its neighboring islands.

But in 1993, the regional government reclaimed its prodigal son. The impact on the unfortunate Kwajaleinians was to erase the 21st of August from their calendars -- a Saturday. Bemused residents marked the event with a 2-mile, three-day "Run Around the Clock," starting just before midnight on Friday and ending a few minutes later on Sunday morning.

[289] 2003/04/01(火) クワジェリン(クワジャリン)島時間 (こうけいの日記2003年4月前半, ) http://koukei.no.coocan.jp/koukei_org/diary/diary200304_01.htm#030401

マーシャル諸島共和国のクワジェリン(クワジャリン)島は21時間遅れ。これなら帰宅して企画ページを制作しても間に合うかもしれない!

(マーシャル諸島共和国の中では、この島だけが21時間遅れで、ほかの島は日本より3時間早い。つまりこの島だけがほかの島よりまる1日時間が遅いのでした。クワジェリン島は全土が米軍基地だという特殊事情があるからでしょうか。詳しいことは知らないけれど)

[152] 太平洋島嶼国における国民国家の形成とエリートの変容 -マーシャル諸島共和国の現代政治についての動態的民族誌- , 黒崎岳大, , () https://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/bitstream/2065/40237/1/Honbun-6362.pdf#page=171 (消滅 )

早稲田大学リポジトリ (NetCommons著, ) https://waseda.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=3338&item_no=1&page_id=13&block_id=21 本文PDF 171ページ

クワジェリン米軍基地は、日付変更線の東に位置するハワイの米軍基地(時差 22 時間) との通信の関係で、マーシャル諸島より 24 時間遅れた時差で生活している。そのためイバ イ住民は、マーシャルの日付で火曜日から土曜日までクワジェリン米軍基地に働きに通っ ている(米軍基地内は月曜から金曜日)。そのため、イバイ島での月曜日は休日となるため、 現在のジョニー・レマリ市長より月曜日はコミュニティの日として島内の清掃を積極的に 実施する日に定めた。

[151] Marshall Photos 2 () http://www.w1vx.net/ja8ve/v7/v7_31.htm

イバイ(クワジェリン)は日付変更線のこっち(西)側にあるのですが、基地がハワイに連動しているので、曜日が一日違って動いています。

即ちマーシャルの土曜日がイバイ(基地)では金曜日、日曜日が土曜日と言う訳です。

スーパーマーケットでは日曜日(安息日)にはビールを売ってくれませんから、このシステムを知らないと仏教徒は大変なことになります。

[294] U.S. Army Kwajalein Atoll Reagan Test Site () https://kwajaleinscubaclub.com/forms/visitor_brochure.pdf#page=3

Kwajalein is west of the international date line, making it one day ahead of Hawaii and the continental United States.

When it’s noon Sunday on Kwajalein, it’s 2 p.m. Saturday in Honolulu and 7 p.m. (EST) Saturday on the East Coast. The work week on Kwajalein and Roi-Namur is Tuesday through Saturday, to correspond to the work week in the states.

Sunday, the first day of the weekend, is the primary day for religious observances, and Monday, the second day of the weekend, is a day for shopping, recreation, yard work, and patio sales.

[290] Welcome to Kwajalein (Revised May 2010 ) https://www.krsjv.com/Shared%20Documents/Kwajalein%20Brochure%20May-2010.pdf#page=3

Kwajalein is west of the international date line, making it one day ahead of Hawaii and the continental United States. When it’s noon Sunday on Kwajalein, it’s 2:00 p.m. Saturday in Honolulu and 7:00 p.m. EST Saturday on the East Coast. The work week on Kwajalein and Roi-Namur is Tuesday through Saturday, to correspond to the work week in the States.

[292] Workin’ on Kwaj « The Sand Castle (20 June 2017 - Posted by kimberlywarner ) https://kimberlywarner.wordpress.com/2017/06/20/workin-on-kwaj/

First off, our work week doesn’t change but it is Tuesday through Saturday here.  Since we are nearly a day ahead of the United States (16 hours ahead of Eastern Time) and on the other side of the International Date Line, us starting the work week on Tuesday at least puts us sort of on the same 5-day Monday through Friday cycle as the States.  Doing this, we’re only 2 hours different from our District Office in Hawaii.

This works pretty well for the Honolulu folks (mostly – many still think that when I work on Saturday I’m on overtime, which I am not) but we here on the island still have to keep track of the time difference.  My boss in Hono says the meeting is on Friday at 9am, and I have to know that’s Kwaj Saturday at 7am.   If he says he needs that spreadsheet updated by COB Wednesday, I know I have until COB Thursday.  Microsoft Outlook automatically converts for us if there’s an official calendar invite, but…  I still get confused.  So even though we are a day ahead of everyone, we’re 2 hours behind Hono (but a day ahead) in our real/fake adjusted time warp.  Understand the dilemma?

[293] Welcome to Kwajalein Republic of the Marshall Islands (Updated July 2014 ) https://www.army.mil/e2/c/downloads/396011.pdf#page=2

Kwajalein is west of the International Date Line, making it one day ahead of Hawaii and the continental United States. Officially, the time zone is MHT, or Marshall Islands Time, and is Coordinated Universal Time plus 12 hours. If it is 8 a.m. on Tuesday in Kwajalein, then it is 4 p.m. on Monday Eastern-Standard time in the U.S. during Daylight Saving Time.

The workweek on Kwajalein and Roi-Namur is Tuesday through Saturday, to correspond to the workweek in the United States. Sunday is the first day of the weekend, while Monday is a day for shopping, relaxing, recreation, yard work and patio sales.

[32] International Date Line - Wikipedia, the free encyclopedia ( 版) https://en.wikipedia.org/wiki/International_Date_Line#Kwajalein

Kwajalein atoll in the Marshall Islands District of the Trust Territory of the Pacific Islands (1947–1986) and its successor, the Marshall Islands, has been administered by the United States and used the Hawaiian date, so was east of the International Date Line. Kwajalein advanced to the west of the IDL by skipping 21 August 1993 to match the dates used by the rest of the Marshall Islands at the request of its government.[14] As a result of the shift, Kwajalein's work week was changed to Tuesday through Saturday to match the Hawaiian work week of Monday through Friday on the other side of the IDL (with a remaining difference of two hours due to the two time zones involved, UTC+12 and UTC-10).

[211] TimeZone プロパティ (ContainerRenderer オブジェクト) () https://msdn.microsoft.com/ja-jp/library/cc401801.aspx

CdoTmzEnewetak 39 Enewetak で使用されるタイム ゾーン 12:00

[212] IBM How to interpret the Hexadecimal values in a Time/Date value - Japan () https://www-01.ibm.com/support/docview.wss?uid=swg27003019

(GMT-12:00) Eniwetok, Kwajalein Dateline Standard Time N ZW12

[213] world timke zones: UTC (GMT)12: NZST- International Date Line East () http://alien-homepage.de/weather_start/current_site_template_%20expl_english/weathersite%20general%20template/timezones/gmt12.html

> Eniwetok (until the 1990er years UTC−12h)

> Kwajalein (until the 1990 years UTC−12h)

[214] Time Zones in Taleo Enterprise () http://chrccapache2prod.taleo.net/mywebtop800/release_notes_en/monarchdoc/timezone/r_timezonesintaleoenterprise.html

Eniwetok, Kwajalein Date Line Time UTC -12:00

[216] DITA TC meeting () https://lists.oasis-open.org/archives/dita/201202/msg00045.html

DTSTART;TZID="(GMT-12.00) Eniwetok/Kwajalein/Dateline Time":20120221T040000

パラオ

[130] パラオでは標準時 +09:00 が使われています。 パラオ政府観光局の Webサイトにも明記されています >>133, >>115

[316] パラオ法典には北マリアナ諸島同様の条項は見当たらず、 どのように標準時が規定されているのか (いないのか) は不明です。

米領グアム (大宮島)

[91] 米西戦争の結果、グアム米領となりました。 グアム軍政下に置かれました。

[171] ガム地震の観測報告は、 米領比律賓時刻標準時 (+08:00 の「午前9時54分24秒」) で記述する一方、 米領大宮島時刻地方時 (「午前11時15分頃」) で記述しています >>170(地震波の伝播は即時ではないので、両者は同時刻ではありません。)

[360] 頃の米国海軍天文台時差の表は、 Guam では Guam standard time が使われるとし、 東経145度 (= +09:40) すなわち +09:30:00 >>724東経142.5度 (= +09:30) すなわち +09:30:00 >>725+09:30 >>726 としていました。

[208] 米国政府の資料は、 グアム島では Guam standard time 東経145度 (= +09:40) が使われるとしていました >>272。 (>>724 と同じものでしょうか。)

[58] 日本の学術雑誌の時差の表は、 米領グアムについて、東経145度で日本より1時間半早い >>2152 とあります。経度を信じれば +09:40 ですし、時差を信じれば +10:30 です。後者は誤りでしょうか。

[361] 東経145度 (= +09:40) が +09:30:00 とされており、 後の版で 東経142.5度に変更されていることから、 最初の経度が誤りだったと考えるのが妥当でしょう。 (東経145度グアム島の東端をかすめており、 ほぼ地方時ではあります。 元々はそうだったのが改正された可能性はあります。)

[362] グアム米軍軍政下にありましたから、 米国海軍天文台の情報は信頼できると考えたいところですが、 これよりあとの時代に地方時 +09:39 とする資料が見られることが気になります。 米国海軍天文台近代的標準時推進の立場でしたから、 米国の海外領土にも標準時を設定したものの、 現地で実際に用いられるには至らなかった可能性もありましょうか。


[221] 米国の書籍は、 GUAM について 標準時+09:30 となり、 標準時+10:00 となった >>220 としています。

[311] グアム議会 (Guam Congress) が設置されました。

[218] の雑誌記事は、ニュージーランドで30分の標準時変更で GMT と整数時差に改正されたことに関連付けて、グアム地方時から標準時に移ることになろう >>219、と述べていました。現行の時差については明記されていませんが、 列挙されている他の地域は30分単位の時差があるものです。 もっとも英領インドなど現在まで30分の時差を保っている地域もありますから、 整数時差の時間帯を採用するだろうというのは筆者の希望的観測なのでしょう。

[147] 日本政府の情報では、 Guam I. について、 1920年-1921年は +09:30、 1922年-1926年は +09:39、 1927年-1933年は +10:00 とされています >>148+09:30 は (一度実施された標準時が廃止されたというのでなければ) +09:39 の誤植でしょうか。 1926年と1927年の間に標準時が実施されたのでしょうか。

[177] の米国海軍の地図によると、 グアム島北マリアナ諸島と同じ +10:00 に属しています >>176グアム島米軍当局の軍政下にあったのですから、 信頼しても良いものでしょうか。

[312] グアム議会が改組され二院制となり、一部公選制になりました。
[99] 日本軍グアムに進攻し、大宮島となりました。

[24] 他の南方占領地や周囲の日委任統治領南洋群島同様に、中央標準時 +09:00 が実施されていた可能性が高いですが、不明です。 大東亜の標準時

[227] tzdataPacific/Guam は、 を境に +09:00 としています。 戦況からの推測です。 >>339

[100] 米軍大宮島に進攻し、 米領グアムが再興されました。

[341] tzdataPacific/Guam は、 を境に +10:00 としています。 >>339

[313] グアム議会が再興されました。

[149] 1949年や1952年や1956年の航空機の時刻表には、グアム+10:00 とあります >>144

[101] グアム組織法施行されました。 海軍省から内務省に移管され、 文民知事が任命され、 グアム立法院が成立しました。

[11] 承認のグアム公法 (Public Law) 第5-5号 AN ACT TO ADD SECTION 223 TO CHAPTER 3, TITLE I, GOVERNMENT CODE OF GUAM, RELATIVE TO ESTABLISHING A STANDARD TIME FOR GUAM AND PROVIDING FOR DAYLIGHT SAVING TIME FOR GUAM により、グアム政府法典が改正され、 グアム標準時 (Guam Standard Time) +10:00グアム日光節約時 (Guam Daylight Saving Time) +11:00 が定められました。両者の切り替えは執行官令 (Executive Order) で定める日のとされています。 >>10

[262] 1959年-1977年に、グアムでは1959年法 (>>11) に基づく執行官令によって夏時刻が実施されています (>>261)。

[261] グアム夏時刻
start
開始
tz
時差
src
出典
start
1959年6月27日2時
tz
グアム日光節約時 +11:00
src
>>248
start
1961年1月29日2時
tz
グアム標準時 +10:00
src
>>239
start
1967年9月1日2時
tz
グアム日光節約時 +11:00
src
>>241
start
1969年1月26日 12:01 AM
tz
グアム標準時 +10:00
src
>>243
start
1969年6月22日2時
tz
グアム日光節約時 +11:00
src
>>246
start
1969年8月31日2時
tz
グアム標準時 +10:00
src
>>246
start
1970年4月26日2時
tz
グアム日光節約時 +11:00
src
>>247
start
1970年9月6日2時
tz
グアム標準時 +10:00
src
>>242 (10月25日2時予定 >>247)
start
1971年4月2日2時
tz
グアム日光節約時 +11:00
src
>>238
start
1971年9月5日2時
tz
グアム標準時 +10:00
src
>>238
start
1973年12月16日2時
tz
グアム日光節約時 +11:00
src
>>237
start
1974年2月24日2時
tz
グアム標準時 +10:00
src
>>240
start
1976年5月26日2時
tz
グアム日光節約時 +11:00
src
>>245
start
1976年8月22日2時1分
tz
グアム標準時 +10:00
src
>>250
start
1977年4月24日2時
tz
グアム日光節約時 +11:00
src
>>244
start
1977年8月28日2時
tz
グアム標準時 +10:00
src
>>249

[340] tzdataPacific/Guam は、 米領グアム法令を出典に、 夏時刻を次の通りとしています。 >>339

[90] 米国政府文書でグアム夏時刻Guam daylight time と呼んだ例があります >>358tzdataグアム夏時刻GDT と呼んでいますが、 tzdata 独自の略称です >>339

[222] 米国の書籍は、 グアムでは日光節約時が未実施としていました >>220

[256] 承認のグアム公法第9-58号 AN ACT TO EXEMPT GUAM FROM THE PROVISIONS OF SECTION 3(a) OF THE UNIFORM ACT OF 1966 は、アメリカ合衆国Uniform Time Act of 1966 に従い夏時刻を実施しないこととし、 夏期も標準時を用いることと定めました >>255

[301] 北マリアナ諸島グアム島を訪れた日本国会図書館研究員は、 グァム島ではからまで夏時刻が実施され、 米領太平洋諸島標準時のままだった >>304 としていました。 (実際には終了が早まりました。)

[258] 1980年3月5日承認のグアム公法第15-104号 An Act to enact Title I of the Guam Code Annotated and to repeal all laws inconsistent therewith は、グアム法典注解>>256 の変更を取り込んで改正しました。 これはグアムに適用される法令を集積して注釈を加えたもので、 標準時に関しては、連邦法に適切な時間帯が無いので独自の規定が必要なこと、 連邦法に基づく夏時刻を実施するか、しないかのいずれか (現行法では実施しない) であり、執行官令による夏時刻の実施は最早認められないと解されることが注記されています。 >>257

[263] この解釈に従うと、1967年-1977年の夏時刻は違法状態だったことになります。

[315] 北マリアナ諸島夏時刻実施については米領太平洋諸島の項 (>>5)、 小笠原諸島夏時刻実施については小笠原の標準時を参照。


[253] 承認のアメリカ合衆国公法第106-564号 An act to establish a standard time zone for Guam and the Commonwealth of the Northern Mariana Islands, and for other purposes により、アメリカ合衆国の Act of March 19, 1918 (Calder Act) と Uniform Time Act of 1966 が一部改正され、 Chamorro standard time +10:00 が追加されました >>12

[254] これは現に制定されているグアム北マリアナ諸島標準時に関して連邦法としての法的根拠を与えるもののようです。

[327] Robert Anacletus Underwood は、米国議会下院 (House of Representatives) におけるグアム代表として、 グアム北マリアナ諸島標準時に関する連邦法制化につとめました。 >>282, >>283

[328] Robert の高校時代の教え子でグアムの通信会社の John Day は、 グアム北マリアナ諸島時間帯に公式名称がないことを Robert に伝えました。 >>282

[329] また元グアム島民は グアムが米国の国内ニュースに露出する機会を逃していると Robertに指摘しました。 米国夏時刻の切り替えの際には、 米領サモア夏時刻を実施していないと名指しされていました。 >>282

[330] Robert とスタッフは時間帯の名称を検討し、 Chamorro Standard Time しかないとの結論に達しました。 Guam time zone では北マリアナ諸島が忘れられ、 Guam/Marianas time zone でも Marianas が落とされる可能性があり (Hawaii-Aleutian Island time zoneHawaiian Standard Time と呼ばれている)、 Marianas time zone ではグアムが忘れられると考えました。 民族名である Chamorro を名称とすることについて、 カロリン人 (Carolinian) (北マリアナ諸島憲法ではチャモロ人と共に先住民とされています。) から Chamolinian とするべきと提案がありましたが、 Robert はグアムでは通用せず、 グアム北マリアナ諸島を包括する語は Chamorro しかないと拒みました。 >>282

[332] 、 Robert は法案 HR 3756 を提出しました。 >>331, >>282 法案可決され P.L. 106-564 となりました。 >>12, >>282

[334] Chamorro を名称にしたのは、 知事選挙のチャモロ人票を得るためだ、 と穿った見方をする人もいました。 実際にはチャモロ人の反対陣営から「議会で Chamorro standard time 以外何もしなかった」と批判するのに使われました。 Robert にとって Chamorro standard time は重点政策でなく、成立時に「Robert といえばこの法律、となるよ」 と言われたときにはピンときていませんでしたが、 実際そうなりました。 >>282


[260] 2015年12月版グアム法典注解標準時の規定 >>259 は、 1980年版 (>>258) から基本的に変わっていないようです。

[272] Congressional Serial Set - Google ブックス (U.S. Government Printing Office, 1905 ) https://books.google.co.jp/books?id=-3lZAAAAIAAJ&q=For+Tutuila,+Samoa,+Samoan+standard+time,+longitude+1721%C2%B0+west.+For+the+island+of+Guam,+Guam+standard+time,+longitude+145%C2%B0+east.+For+the+Philippine+Islands,+Philippine+standard+time,+longitude+120%C2%B0+east.+For+Porto+Rico,+Atlantic+standard&dq=For+Tutuila,+Samoa,+Samoan+standard+time,+longitude+1721%C2%B0+west.+For+the+island+of+Guam,+Guam+standard+time,+longitude+145%C2%B0+east.+For+the+Philippine+Islands,+Philippine+standard+time,+longitude+120%C2%B0+east.+For+Porto+Rico,+Atlantic+standard

For Tutuila, Samoa, Samoan standard time, longitude 1721° west. For the island of Guam, Guam standard time, longitude 145° east. For the Philippine Islands, Philippine standard time, longitude 120° east. For Porto Rico, Atlantic standard

[304] サイパン、グァムの苦悩(上) ――その現状と将来の政治的地位――, 西野照太郎

一九七〇年五月十九日の正午に、私は那覇国際空港発の エア・マイクロネシアのボーイング七二七型機で、 サイパン島に向けて離陸した。

予定どおり二時間五十分の飛行でサイパン島に着陸した

沖縄とサイパン島の間には一時間の時差がある。 サイパン島に着陸したのは現地時間で十五時五十分、 平屋建てのホテルに着いたときは、もう十七時に近いころであった。 熱帯の太陽はまだ真昼と同じ明るさであったが、

五月二十一日

サイパンを離陸して三十分ほどでロタ島に着陸した。 二十分ほどの間、乗客たちはゾロゾロと空港ビル(小舎)へ降りる。

機内に戻り、離陸して四十分ほどでグァム島に着陸した。 サイパンは信託統治領であるから、ここでは入国手続も必要だし税関もある。

グァム島では四月二十六日から十月二十五日までの半年間、 いわゆる「夏時間」 Daylight saving time が適用されている。 信託統治領にはその適用がないため、 サイパンとグァムの間で今は一時間の時差がある。 そのため、グァムに着いたのは現地時間では十一時四十分ころであった。

[358] Aircraft accident report, Air Manila, Incorporated : Lockheed L-188A, Republic of the Philippines registry RP-C1061, Guam, Mariana Islands, June 4, 1976, () https://babel.hathitrust.org/cgi/pt?id=uc1.31822029010493;view=1up;seq=23

p. 19

0330 Guam daylight time, June 6, 1976.

[277] 古い記憶の井戶 - 本多秋五 - Google ブックス (本多秋五 講談社, 1992 ) https://books.google.co.jp/books?hl=ja&id=Q8CxAAAAIAAJ&dq=%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%91%E3%83%B3+%E3%82%B0%E3%82%A2%E3%83%A0+%E6%99%82%E5%B7%AE&focus=searchwithinvolume&q=%E6%99%82%E5%B7%AE

東京との時差は一時間だが、サマ— .タイムでもう一時間早いのだという。グアムは、 サイパンへの直航便がないので、中継地として寄ったので、私には何の計画も予備知識 もなく、名古屋の方で立てた観光プランのままに動いた。

[326] 何年のことか不明。の記事 >>278 があるのでその頃か。

[278] 文芸 16(10)|書誌詳細|国立国会図書館オンライン () https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000003-I7926846-00

河出書房新社, 1977-10

サイパンの旅 / 本多秋五 / p186~204 (0097.jp2)<1786278>

[6] Chamorro Time Zone - Wikipedia, the free encyclopedia ( 版) https://en.wikipedia.org/wiki/Chamorro_Time_Zone

The Mariana Islands were not part of any time zone legislated by the U.S. Congress until the Chamorro time zone was established by Public Law 106-564 on December 23, 2000. Prior to 2000, Guam's standard time was based on territorial Public Law 5-25 (1959) which designated the time Guam Standard Time. The law (Guam Code Annotated, Title 1, Section 1010) was established long before the Northern Mariana Islands came under U.S. sovereignty in 1986, and still remains in the book today despite federal overlap.

[283] » Robert Underwood () https://www.guampedia.com/robert-underwood/

Robert Anacletus Underwood, a former member of the US Congress, was the president of the University of Guam from 2008 until July 2018.

Underwood served as the Guam Delegate to the US Congress in the 103rd through 107th Congresses from 1993 to 2003 during which he sponsored major legislation for Guam, played an active role in US Department of Defense authorization bills and was an advocate for political development for insular areas and the extension of educational and social opportunities for Asian Americans and Pacific Islanders. During his tenure in congress, he became a senior member of both the House Armed Services and Resources committees. He emphasized the importance of Guam and the Asian Pacific region in national strategic policy and worked to enhance the benefits of military personnel, especially those in guard and reserve units.

He brought recognition to Guam’s unique people by lifting the ban on betel nut (pugua) importation into the US Customs Zone, inclusion in the National World War II Memorial, the creation of Chamorro Standard Time (CST) and participation in national commemorative events.

米領ウェーク島 (大鳥島)

[117] tzdataPacific/Wake は、元の地方時+11:06:28 としています >>118

[105] 米国ウェーク島に進攻しました。

[270] 同じ頃日本人が移住していましたが、日本政府米国の領有を承認しました。 日本の領土となったことはなく、内地から遠く離れた孤島ですから、 現地日本人中央標準時を用いていたとは考えにくいです。 地方時を用いていたのでしょうか。 しかし間もなく離島させられ、 定住者のいない無人島に戻りました。

[231] Shanks (2003) は、から +12:00 (それ以前は LMT) としています >>228

[119] tzdataPacific/Wake は、を境に +12:00 としています >>118

[232] Shanks は他にも幾つかの地域で1901年開始としており、時期不明を表していると思われます。


[320] 米国の航空会社の時刻表には、 WAKE ISLAND+11:00GUAM ISLAND+10:00 とありました >>284

[102] 大日本帝国米領ウェーク島に進攻しました。 ウェーク島大鳥島と命名されました。

[104] 元々民間人がおらず米軍基地しかなかった大鳥島は、この時期日本軍のみが駐留しており、 軍用時である中央標準時 +09:00 が用いられたと考えられます。 住民がいないので軍政府布告のような形で明確に標準時が制定・改正された可能性は低いですが、 で唯一共通に用いられた時刻中央標準時だったのなら、 これが当時の大鳥島の事実上の標準時といえるでしょう。

[103] 米軍ウェーク島に進攻しました。

[48] 日本軍の文書には、 「カロリンウエーキ時間ハ重慶時間ト三時間ノ差アリ」 >>470 とあります。重慶時間国民政府冬時間 +07:00 だったとすれば、 カロリン諸島ウェーク島+10:00 ということになります。

[354] tzdata は不確実だとして採用していません。 >>339

[321] 米国の航空会社の時刻表には、 WAKE ISLAND+11:00GUAM ISLAND+10:00 とありました >>285

[129] 朝鮮戦争中の記事に関する の回想録では、 ウェーク島米国側からみて日付変更線を超えたところにあること、 2時間の夏時刻が実施されていたことが注釈されています >>123

[135] tzdata は他に資料がないとして無視しています >>131
[136] 当時米軍太平洋諸島標準時として +10:00 を用い、 大鳥島では +12:00 を用いた、とすれば一応辻褄は合います。

[271] 太平洋を横断する航空路が発達した20世紀中盤には、 大鳥島航空機が飛び石状に寄港するの1つとして使われました。

[143] 1949年や1952年や1956年や1969年の航空機時刻表には、大鳥島+12:00とあります >>144

[140] 日本航空時刻表は、経由地の大鳥島ホノルルの間に日付変更線を描いています >>139

[180] 1950年代の米国政府の地図に基づき描かれたのではないかと推測される時期不明の地図では、 大鳥島+12:30 と注記されているようにも見えます (潰れていて判読が難しいです)。 >>178

[225] 米国の書籍は、 WAKE ISLAND の標準時+12:00 としています >>220

[114] 現在大鳥島米軍基地マーシャル諸島共和国クェゼリン環礁にある米軍基地の指揮下にあります。 1950年代から1993年まで -12:00 を用いていましたが、現在は +12:00 を使っています (>>113)。大鳥島米軍基地も同じく -12:00 を用いていた可能性がありますが、現在のところ裏付けはなく、逆に +12:00 だとしているものしかありません。

[46] 米領大鳥島では、現在も +12:00 が使われていると思われます。 現在、付けの米軍Webサイトにその旨の記載があります >>108, >>109

[160] 付けの (他の地域の) 米軍資料では米領大鳥島+11:00 とされています >>159 が、その事情は不明です。

[45] Wake Island Time Zone - Wikipedia, the free encyclopedia ( 版) https://en.wikipedia.org/wiki/Wake_Island_Time_Zone

The Wake Island Time Zone observes standard time by adding twelve hours to Coordinated Universal Time (UTC+12).

関連

[2] 日本の標準時小笠原の標準時台湾の標準時フィリピンの標準時インドネシアの標準時大洋州の標準時北米の標準時

メモ

[185] Remove many invented abbrs in 'africa', 'backzone' (eggert著, ) https://github.com/eggert/tz/commit/87f960b0458754d83a15ab7f444e9ce1a2e5d168

[186] Remove many invented abbreviations in 'australasia' (eggert著, ) https://github.com/eggert/tz/commit/a25d615495c57081297939b4befe6f9b6bf438ea

[187] マーシャル諸島旅行記 (1/2) 佐納康治 () http://www.asahi-net.or.jp/~hc7y-snu/sanoo/Travel72/Travel72a.html

時刻に関する記述を抜粋:

平成13年

8月8日(水)

午前8時過ぎ、やはりコンチネンタルミクロネシア航空のCS957便で、マーシャル諸島のマジュロに向けて出発する。この便は、グアム発、トラック島、ポナペ島、コスラエ島、クワジャレイン島、マジュロ島経由ホノルル行きである。途中の島に一つ一つ寄って行くのが面白い。

午前10時、最初の経由地トラック島に到着。

トラック島でしばらく止まって、それからポナペ島に向けて離陸。約一時間でポナペ島に到着。時差があるので、午後1時到着。

ポナペにまた1時間ほど止まった後、ポナペを離陸して、今度はコスラエ島に向かう。これも約1時間。午後3時に到着。

トラック島、ポナペ島に続いて、コスラエ島に着陸。

午後4時、今度はクワジャレイン島に向けて再度離陸。またまた約1時間でクワジャレイン島に着いた。再び時差があるので、午後6時到着。

クワジャレイン島を午後7時に離陸、1時間の飛行で、やっと目的地のマジュロ島に到着した。午後8時の到着。出発したのがグアム時間の午前8時で、グアムとマジュロで2時間の時差があるから、10時間かかったことになる。

[188] つまり:

[189] Prologue () http://www.w1vx.net/ja8ve/v7/v7_1.htm

この地区の時差は小刻みでわかりにくいので、自分の為にも整理してみました。

Tokyo :JST

Guam, Thuuk :JST+1H

Pohnpei, Kosrae :JST+2H

Kwajalein, Majuro :JST+3H

[190] >>189 はページ内に年号がないが、他のページの記述からおそらく

[191] ただいま出張中 (2005年12月9日 ) http://www.hassamugawa.com/marshall_7.html

クワジェリンを発って次の寄港地は美女の眠る山のあるコスラエ。時差マイナス1。

[192] ミクロネシアの基本情報 (© 2002 - 2009 Panorama International, Inc. ) https://www.panorama.co.jp/masato_bdp/micronesia/island_micronesia/main.html

ポナペ 日本時間 +2時間 日本が正午の場合、14時

トラック 日本時間 +1時間 日本が正午の場合、13時

コスラエ 日本時間 +3時間 日本が正午の場合、15時

ヤップ 日本時間 +1時間 日本が正午の場合、13時

パラオ 日本時間 +0時間 日本が正午の場合、同じ正午

[193] ただいま出張中 (2005年12月5日 ) http://hassamugawa.com/marshall_2.html

グアム発0820→チューク(トラック)着1000

チューク発1045→ポンペイ着1258(時差+1時間)

ポンペイ発1345→コスラエ着1446

コスラエ発1530→クワジャレイン着1736(時差+1時間)

クワジャレイン発1815→マジュロ着1908

マジュロは日本との時差が3時間。マジュロの12時には日本はまだ9時ということになる。

[194] Time zone names- Kosrae Time () http://www.worldtimezone.com/wtz-names/wtz-kost.html

Time Zone Abbreviation Zone Description Relative UTC

KOST Kosrae Time UTC+12

[265] Air Nauru () http://www.timetableimages.com/ttimages/on.htm

[266] Trust Territory Air Service () http://www.timetableimages.com/ttimages/trust66.htm

[336] 富士山と米軍爆撃機 B29による日本本土攻撃 (松本武彦 法学論集 78 〔山梨学院大学〕 2016 ) https://ygu.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=3331&item_no=1&attribute_id=22&file_no=1

出撃時刻や飛行時間は戦争標準

時で管理されたが、それは「日時分」の六桁の数字の最後に「Z」の文字

を付したグリニッジ標準時および数字の最後に「K」の文字を付したマリ

アナ時によっていた(20)

(19) 奥村喜重『中小都市空襲』三省堂、一九八八年、一〇三頁。

(20) Z 時に一〇時間加えると K 時となり、K 時から一時間引くと日本時となる。

同前『中小都市空襲』三省堂、一九八八年、一一八〜一二〇頁。

[335] 小灘利春 上原光晴 回天と戦友愛に燃えて 小灘利春元海軍大尉を偲ぶ (なにわ会ニュース96号22頁 平成19年3月掲載 平成22年5月6日 校正すみ 上原光晴 ) http://www.naniwa-navy.com/bukko-konada-uehara1.html

米軍はウルシーで、現地時刻ではなく、日本時刻を採用していたことも小灘さんは突き止めた。この点については、アメリカのウィスコンシン州のプラットビルに住む回天研究家マイク・メアさんから筆者に送られてきた戦闘詳報添付図の欄外にその記述が出ていることでも裏付けられた。

余談だがマイク・メアさんは、父君がミシシネワの乗組員(無事救助)だったため、カイテンオタクといってもよいほど回天に入れ込み、研究している人物である。

筆者も在日米海軍司令部を通じ、名著「深く静かに潜航せよ」のエドワード・L・ビーチ氏に問い合わせたところ、ビーチ氏も日本近海で戦った経験から、日本時刻を採用していたことを認めた。

米海軍は地球規模で作戦を展開していたため、どの時間帯を使うかは、そのつどきめていた。長い間、現地時刻と信じて日本時刻との時差(四十分)をつづってきた戦記は、誤りだったのである。

[337] New Guinea And The Marianas : Samuel_eliot_morison : Free Download, Borrow, and Streaming : Internet Archive () https://archive.org/details/in.ernet.dli.2015.101104/page/n9

[338] () https://ia801608.us.archive.org/18/items/in.ernet.dli.2015.101104/2015.101104.New-Guinea-And-The-Marianas_text.pdf

(Operation “Forager”)

East Longitude dates except for events in Europe, the United States and Hawaii, “King” Time (Zone minus 10).

On 22 March (West Longitude date) . On the third day out, 25

March, at 1332,6

6 East Longitude date, Zone minus 11 time. The force skipped 24 March, and

the rest of the operation is in this time.

At 0600 May 17, by Zone minus 10 time, it was still dark.

[357] Navy Dept. Communiques 1-624. - Full View | HathiTrust Digital Library | HathiTrust Digital Library () https://babel.hathitrust.org/cgi/pt?id=uc1.b2958673;view=image;seq=790;start=1;sz=10;page=search;num=311

CINCPOA PRESS RELEASE NO. 252, 4 SEPTEMBER 1945

The American flag was raised at 3 o'clock this after- noon, Guamtime. Under the over-all command of Marine Major General Henry L Larsen, Island Commander Guam, Rota thus became American territory for the first time in history.

[363] Daylight Saving Time No More? | In Custodia Legis: Law Librarians of Congress () https://blogs.loc.gov/law/2019/03/daylight-saving-time-no-more/

However, daylight saving time is not observed in Hawaii, American Samoa, Guam, Puerto Rico, the Virgin Islands, and most of Arizona.

[364] Robert の努力にも関わらず言及されない北マリアナ諸島準州。。。

[365] () https://www.transportation.gov/sites/dot.dev/files/docs/GU%20NM%20Chamorro%20Est.pdf

[367] Theory and pragmatics of the tz code and data () https://www.ietf.org/timezones/theory.html#abbreviations

Previous editions of this guideline required upper-case letters, but the Congressman who introduced Chamorro Standard Time preferred "ChST", so lower-case letters are now allowed.

[368] 倭人の二倍年歴 | テラさんの万華鏡 () https://ameblo.jp/teras0118/entry-12215538685.html

パラオの民族学といえば、昭和4年(1929年)から15年間にわたって島民と生活を共にしながら、パラオの民族・文化を調査・研究された土方久功(ひじかたひさかつ)氏が何と言ってもその第一人者でしょう。

この土方氏の著作集第一巻「パラオの社会と生活」によると、パラオの暦はおよそ次のようです。

パラオ語にあっては、「年」をラックと呼び、「月」をブイルと呼ぶが、ラックは六ヶ月から成って居り、この云わばラック半年が二度めぐって完全な一年をなすのであって、前半年は丁度東風季節に当たるのでホゴス(東)と呼ばれ、後半年は西風期にあたるのでゲバルヅ(西)と呼ばれる。

一月、 ツムル

二月、 マダラップ

三月、 ヘリヅ

四月、 タオフ

五月、 オルゴードル

六月、 ヘイヤフ

[369] [mixi]パラオ暦の文の意味を教えてください。 - パラオ語 | mixiコミュニティ () https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=3583531&id=34016383