[7] 豊国 (y~1784) は、 日本国大分県のミニ独立国新邪馬台国の元号です。
[16] 日本昭和52(1977)年に新邪馬台国が建国され、 豊国 (y~1784) が建元されたといいます >>1, >>20。
[17] Web 上に見られる用例は、 豊国5(1981)年 >>15 から豊国11(1987)年 >>14 までです。 いずれも新邪馬台国関係者のブログ記事に見られるもので、 記事が書かれたのは平成時代でした。
[18] いつからいつまで、どの程度使われたのか、 現在も使われることがあるのか、不明です。
[33]
新邪馬台国発行の
旅券
には、
年表
が掲載されていました。
「
[34]
旅券
の
「
新邪馬台国建国式典を催し、初代女王卑弥呼、首相、 各閣僚の就任。国旗、国家、元号等制定。音楽祭。
[35]
なお
旅券
の
「
[37] 新邪馬台国国立銀行が発行した 500シャーマ紙幣 裏面には、
発行日/豊国7年(1983)4月1日(有効期限 豊国8年(1984)3月31日まで)
[39] の新邪馬台国放送協会の開局時の写真によると、 当時室内に祝賀の横断幕のようなものが掲げられており、
豊国7年(1983年)4月1日
[23]
に開催されたイベントの案内状に、
署名の日付
「
[46] の新邪馬台国総裁婚姻記念イラストに、
豊国八󠄂年
六月吉日
(明朝体) と書かれました。 このイラストは案内状の他、記念タバコのパッケージにも使われました。 >>44
[47] 案内状は 大分合同新聞 にも掲載されました。 >>45 現物が白黒写真でしかもブログ掲載の画像は解像度が低いので判読不能ですが、 同じように日付が書かれていたものでしょう。
[48] 案内文もやはり判読不能ですが、ブログ記事に翻刻されています。それによると、 本文中に
さて、我が新邪馬台国は一九七六年、日本国より独立し、爾来八年、文化国家の建設に努めて参りました。
記に
一、日時 六月二十四日(日) 午後一時
末尾日付に
豊国八年(一九八四年)六月吉日
とありました。 >>43
[19] 元号名は、 この地域 (豊前、豊後) の地名に由来するようで、 元号名として以外でもしばしば使われていたようです >>2。 国名を掲げる建国紀元のようにも見えますが、 建国されたのは豊国の一部分に過ぎない新邪馬台国というのがややトリッキーです。
[10] 日本の私年号の中でも娯楽性の高い類の初期の事例といえます。 まったく架空の元号は古くからありますが、 実用された私年号は珍しいものです。
[55] この本は「豊国」の元号を積極的に使っています。 同時代の第3者の用例として最大規模でしょう。
[27]
新邪馬台国放送協会
(新邪馬台国が運営していたミニFMラジオ局, 開局)
の庁舎には、
2つの時計があって、
それぞれ
「
新邪馬台国民(宇佐人)はのんびり屋で、 時間の観念もやや薄い方です.だか ら反省を込めて新邪馬台国時間を、 日本国時間より1時間早めました.
(ゴシック体) と説明書きがありました。 >>26, >>32 これは標準時計台と呼ばれていました。 >>32
[29] 日本国標準時間は中央標準時 と推定されます。 従って新邪馬台国標準時間は です。
[30] 「のんびり屋」だから1時間進めるというのは、 予定時間に遅れないように時計を進めておくという慣習を極端にしたものでしょう。
[42] の 西日本新聞 大分県版でも標準時計台が紹介され、 写真のキャプションに
反省をこめて日本国時間より一時間早くなっている新邪馬台国 時間の時計
標準時計台の写真。 2つの時計がまったく違った時刻を指しています (差は4時間20分くらい)。 題名にあるようにの写真でしょう。
文福の外壁には参道からよく見える位置に大型の丸時計を取り付けた。新邪馬台国の標準時間である。この横には同じタイプの時計を並列に置き、一時間だけ新邪馬台国標準時を進めている。
そしてその横には次のような説明文をつけていた。
「新邪馬台国の国民は性格がおおらかで時間の観念も希薄です。ですから日本国標準時より一時間ほど時間を早めています。」
とあって、この時新規設置されたことがわかります。 1時間だけ進めていると明記しているのに時計はそうではありません。 撮影時点ではまだ調整途中だったのでしょうか。
[50] 標準時計の設置と共に標準時が制定されたのか、 標準時だけはこれ以前から制定されていたのかは不明です。
[4] 別府・宇佐 湯の街 路上観察報告書 4 () http://www.fureai-ch.ne.jp/~townwalk/beppu4.html
新邪馬台国標準時間
[5] 太陽 - Google ブックス () https://books.google.co.jp/books?id=gdbsAAAAIAAJ&q=%E6%96%B0%E9%82%AA%E9%A6%AC%E5%8F%B0%E5%9B%BD%E6%A8%99%E6%BA%96%E6%99%82%E9%96%93
神宮の参道にある土産物店「文福 」の壁にかかった新邪馬台国標準時間
[6] 「観光館文福」 の社長が >>2 のWebサイトの高橋宜宏さん (新邪馬台国の総裁)。
[12] >>13 に 2011年、 >>11 に 2016年時点の写真あり。「新邪馬台国放送協会」の看板は残っているけど時計は撤去されている様子がわかる。
[52] いつまで稼働していたのか情報がなさすぎてわからない。
[64] 観光 8月(239), 日本観光協会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/2841768/1/14 (要登録)