弥鹿

弥鹿

[1] 弥鹿 (旧字体: 彌鹿) は、 日本の私年号の1つです。

元号名

[9] 新字体弥鹿旧字体彌鹿です。

用例

[2] 1例のみ知られています。

日時事例

[313] 弥鹿2年とその左横の宛所の間に「改寛正」と書かれています。

[327] 月日は書かれていません。本文中には「十月代二百文」が云々とあり、 その前後と推測できます。

諸説

[8] 白鹿弥勒との関係の可能性が指摘されているものの、 十分な検討がなされているとはいえないのが現状です。

[315] 房総叢書所収妙本寺文書は、 からにわたっています。 当文書もこの期間に収まるとみていいでしょう。

[316] この期間の丙戌 (ひのえいぬ) 年は、

です。

[308] この中ではが注意を惹きます。

のがこのです。

[325] 「改寛正」 をいつ誰が書いたのか定かではありませんが、 寛正からの改元と解釈すれば意味が通ります。

[326] 房総叢書寛正改元と解釈してと注釈して、 それ以上の解釈を諦めたのでしょう。

[328] 寛正7年の秋頃に寛正から弥鹿に改元されていたという情報が流れていて、 情報が入って間もないなど何らかの理由があって旧元号も併記したという感じではないでしょうか。

[329] 妙本寺文書には1年ずれ康正もあります。

[10] なお、「みろく」と読むと想定して弥勒との関連に触れられたものと思われますが、 読みは必ずしも明確ではありません。検討を要します。

研究史

[3] 昭和時代初期の地域史に >>312 が掲載されました。 >>305

[314] その房総叢書の注釈は、 寛正改元は長禄4年庚辰であると書いています。 >>305


[306] 昭和42年の 日本私年号の研究 は、 弥鹿について白鹿の項の注釈で紹介しています。 >>310

[4] 弥勒と発音は一致するものの干支年は一致せず、 白鹿の貞和元年説とすれば干支年が一致すると紹介しています。 >>310

[5] しかし書体や内容など検討を要するともしていて、注釈にとどめています。 >>310

[217] これはおそらく干支年の一致に加えて鹿という元号名では珍しい文字の一致も鑑みているのでしょう。 しかしながら「白鹿」と「弥鹿」では1文字目の発音も字形もまったく異なります。 それで白鹿と関連付けるのも躊躇されたのでしょう。

[307] 「弥鹿」は単独で私年号として立項しても良さそうなものなのに、 なぜか注釈止まりになっています。

[6] そのためなのか後続の研究者も特に注意を払っていません。 一覧表の類にも掲載されている事例は知られていません。 >>7

メモ