弥勒

弥勒 (平等大慧会)

[1183] 日本仏教宗教団体平等大慧会のものとされる紀年法仏紀仏紀弥勒 (y~1801) の3通りありました。

[4] 平等大慧会の教義を説明したとみられる Webサイトがありました >>5。 本文中に平等大慧会と書いてある箇所があって隠されてはいないのですが、 このサイトがいかなるものか大々的には書かれておらず、 そうであることが一見不明です。 著者の素性も不明です。 公式サイトは別にあり >>3、 その前身のようにも見えません。 かといってアンチ的な目的で書かれているようにも見えません。 信者による紹介サイトが一番近そうですが、 そうであるなら宗教名を隠す理由が謎です。

[6] そのサイト内に、年表のページがありました。 やはり明記はされていないのですが、 公式サイト >>3 との比較から、 平等大慧会の教主梅本禮暉譽 (1910-1999) の経歴であることは明らかです (が、公式サイトにない部分の真偽は不明です)。

[2] この年表には、和暦 (日本の元号: 明治-平成)、西暦年齢 (数え年) に加えて、 「仏紀」 欄がありました。 >>1

[7] この仏紀欄は、 3通りの紀年法で構成されていました。

[13] このうち2種類の「仏紀」は、日本を含む各国で使われてきた各種仏暦主要説のいずれとも一致せず、 根拠は不明です。 仏暦

[15] 仏紀が途中で10年進んでいるのは、実際そうだったのか、 あるいはこの Webページの誤記なのか、 不明です。

[14] 弥勒は、 日本の私年号に同名のものが複数ありましたが、 いずれとも一致せず、独自のものと見られます。 弥勒

[16] この3つの紀年法の用例は、 この Webページ以外では未発見です。 平等大慧会の公式サイト >>3 ではもっぱら日本の元号が使われています。

[18] 平等大慧会の公式サイトの沿革を見ても、 2度の改元の時期にそれらしき出来事はありません。 元号名に採用するほど特別に弥勒を信仰対象としているようにも見えません。

[17] この Webページは経典などそれなりの分量の記述がありますから、 まったくのでたらめとも考えにくく、 教団についてある程度の知識を持った人物が書いたのではないかと思われますが、 それにしても根拠がまったく不明です。 あるいは平等大慧会から分派した、 同じ教祖を崇めている団体という可能性もあるのでしょうか (そうした情報も Web 上には見当たりませんが)。

[19] 年表は教祖の死去年で終わっていて、その後は不明です。