永緑

永禄

元号名

異体字

永 (元号名)

永録

[155] 永禄永録と表記した事例がまま見られます。

用例

日時事例

諸説

[157] 永録は、同時代史料を含め多くの用例が知られています。 >>5 のように校訂で不可視化されているものまで含めれば、相当数が存在すると推測されます。

[158] それに比してその性格に敢えて言及したものはさほど多くありませんが、 誤字宛字の類として扱われることが多いようです。

[159] ただ、永禄に限らずと表記した事例はあまりに多いので、 現代的な表記基準から単純な誤記と判定するよりは、 前近代的表記慣習における位置付けを検討する必要があるでしょう。 禄と録

研究史

[16] 昭和42年の 日本私年号の研究 は、 異年号のうち私年号に分類されないものの中で、 一字異音の年号 の章のうち、同音異字の年号とは趣を異にし、 意識して故意に異字を使用したわけではなく、 単なる誤認によるものが多い、 とするものの1つとして、 >>13, >>15 を提示しています。 他に享録, 嘉録を紹介しています。 >>12


[156] の書籍は、 いくつかの文献の翻刻本ですが、 そのうち2件で、 永録永禄の 「宛字」 「当然誤字・宛字と判るもの」 であり、 「正字に訂正」 した、と凡例で述べています。実際本文中に「永録」は皆無で、 注釈なしで校訂されているようです。 1件は、本文中に「永録」 (明朝体) がそのまま残されています。 >>5

永六

[183] 永禄永六と表記した事例がまま見られます。

用例

日時事例

[137] の史料集は、 >>133 を紹介して、 最初の永六元年に「〔祿、下同ジ〕」 (明朝体) と注釈しています。 >>131


日時事例

[130] の地域史は、 >>122 を紹介して、 永六二年は永禄二年に該当すると考えられる、 としています。 >>126

[125] の報告書は、 >>122 を紹介して、 「 ((ママ)) 」 (明朝体) と注釈しています。 >>121


日時事例


日時事例

[116] の史料集は、 >>107 >>110 >>113 を紹介して、 「永六 ((永祿)) 」 (明朝体) と注釈しています。 >>106


日時事例

[80] 一志茂樹の論文は、 >>88 を紹介して、 「六九 ((祿)) 」 (明朝体) と注釈しています。 >>77

[96] の史料集は、 >>88 を紹介して、 「 ((祿)) 」 (明朝体) と注釈しています。 >>94

[93] の史料集は、 >>88 を永禄9年条で紹介して、 「 ((祿)) 」 (明朝体) と注釈しています。 >>87 別巻の, の地域史では、 「 ((禄)) 」 (明朝体) と注釈しています。 >>99, >>105

[98] , , の書籍は、 >>88 を紹介して、 「 ((禄)) 」 (明朝体) と注釈しています。 >>100, >>104, >>97


日時事例


日時事例

[48] >>21仮名多めの文書

[55] , の史料集は、 >>21 を紹介して、 「 ((マヽ)) 」 (楷書) と注釈しています。 >>52, >>56

[50] , の史料集は、 >>21 を紹介して、 「 ((禄)) 」 (明朝体) と注釈しています。 >>46, >>59


日時事例

[67] の史料集は、 >>64 を紹介して、 「 ((祿)) 十一年戊广 ((辰)) 」 (明朝体) と注釈しています。 >>63


日時事例

[151] の史料集は、 >>23 を紹介して、 「 ((禄)) 」 (明朝体) と注釈しています。 >>146

[154] の史料集は、 >>23 を紹介して、 「 ((祿󠄂)) 」 (楷書) と注釈しています。 >>152


日時事例

[71] の史料集は、 >>69 を紹介し、 永禄12年に収録して「 ((祿)) 」 (明朝体) と注釈しています。 >>68

諸説

[140] 解釈を明示しているほとんどの文献は、を「ロク」音を表すと解釈し、 永禄と同定しています。

[141] 干支年や文脈から、 いずれの用例にも永禄として不自然なところは見当たりません。 また、これといった異説も見当たりません。

[142] 表記に筆者の積極的な意図を見ようとする見解もあります (>>91) が、

  • [144] 広い地域の互いに無関係で媒体も類似しない用例が多数あること
  • [143] 他の元号名にもみられること
  • [145] 元号名以外の語にもみられること

... からすれば、深い意図がない当時の一般的な表記慣習の範囲内の揺れと見なす方が説得力を感じます。 仮名六

研究史

[138] 事例の紹介はちらほらあるようですが、 体系的な検討はほとんどなされていません。

[25] 昭和42年の 日本私年号の研究 は、 異年号のうち私年号でない同音異字年号として >>21 >>23 を紹介し、 次のように述べています。 >>20

[82] 中文维基百科は、 日本私年号の研究を出典に、 大分県史料永禄永六と書いていると説明しています。 >>81


[139] 日本私年号の研究私年号ではないと分類したためもあるのか、 その後の私年号研究などではほとんど扱われていません。

メモ

[117] 検索だと部分一致やOCR誤読のノイズがあまりに多くて用例を探すのがかなり難しいです。

永緑

[189] 永禄永緑と表記した事例がいくらか見られます。

用例

[184] 宗像関連古文書・史料|世界遺産「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群デジタルアーカイブ, https://www.munakata-archives.asia/frmSearchArchiveDetail.aspx?id=1469&langid=

和暦 (永禄十一年カ)十一月七日

西暦 1568年 11月 7日

(永緑十一年カ)十一月七日

[186] 奈良帝室博物館絵画一覧, 奈良帝室博物館, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/936562/1/15?keyword=%E6%B0%B8%E7%B7%91

[185] 高鳥屋城主内村鶴寿丸の死闘, 下村繁雄, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/13201419/1/26?keyword=%E6%B0%B8%E7%B7%91 (要登録)

[187] 豊田市の文化財 : 写真と解説, 豊田市郷土資料館, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12706232/1/8?keyword=%E6%B0%B8%E7%B7%91 (要登録)

[188] その他近現代の用例が少なからずあるようです。

諸説

[191] 現時点で確認されているのはいずれも近現代の出版物の用例です。

[192] おそらくそのほぼすべてが誤記誤植であり、特別の意図なく としたものと思われます。

研究史

[190] 令和時代に至るまで、私年号研究の文脈で言及した事例は知られていません。

永祖

日時事例

[1] 大日本地誌大系 第30巻, 花見朔巳 校訂, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1179191/1/64

[33] 昭和40年の久保常晴の論文では、 同音異字の異年号の表に永禄として収録していましたが、 説明はありませんでした。 >>32

[38] 昭和42年の 日本私年号の研究 は、 異年号私年号でなく私年号的諸資料として、 次のように述べています。 >>37

[44] 一字異音年号としてよさそうなのにそうしていないのは、 編纂資料の誤りと推定したからでしょう。

[83] 中文维基百科は、 日本私年号の研究を出典に、 新編会津風土記永禄を誤って永祖と書いていると説明しています。 >>81

干支不一致

[3] 川口市史 古代・中世資料編, 川口市, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9641575/1/335 (要登録)

干支ずれ

[6] 群馬県史 資料編 8 (中世 4 金石文), 群馬県史編さん委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9644240/1/136?keyword=%E6%B0%B8%E7%A6%84 (要登録)

[7] >>6 永禄二天丁宛

(永禄2年は己未)

メモ

[4] 古鐘逸響年表稿, 坪井良平, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/2478237/1/37 (要登録) 右

永禄と記録があるが実は元禄