[22] 多摩ニュータウン遺跡 昭和58年度 /第6分冊, 東京都埋蔵文化財センター, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12255776/1/93 (要登録)
[25] 千葉県史料 金石文篇 3 補遺, 千葉県企画部県民課, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9641996/1/22?keyword=%E5%9C%B0%E8%BC%AA%E3%81%AE%E3%81%BF (要登録)
[91] 永享を永京と表記した事例がいくつか知られています。
[82]
の史料集は、
>>77
を紹介して、それぞれ「
[68] >>67 は「永京元年」の「京」を朱筆で「享」に訂正しています。
[69] 八幡船, 柴田賢一, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1041771/1/62?keyword=%E6%B0%B8%E4%BA%AC (要登録)
[70] 花巻市文化財調査報告書 第12集, 花巻市教育委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12419588/1/28?keyword=%E6%B0%B8%E4%BA%AC (要登録)
[83] 花園遺史, 尾上角兵衛, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/3008717/1/72?keyword=%E6%B0%B8%E4%BA%AC (要登録)
[85] 福井県神社誌, 島津盛太郎, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1222714/1/65?keyword=%E6%B0%B8%E4%BA%AC (要登録)
[86] 信濃郷土史 第1巻, 鈴木善作, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9538156/1/172?keyword=%E6%B0%B8%E4%BA%AC (要登録)
[87] 訓話資料日日教育宝典, 日本文化研究所, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1460814/1/372?keyword=%E6%B0%B8%E4%BA%AC
[89] 同時代的と思われるものも含め、いくつかの用例が知られています。
[90]
享を京と表記する事例は他にもいくらか知られています。
誤記説も考えられてはいるものの、
前近代的な表記慣習の中で検討する必要があるでしょう。
[316]
昭和42年の
日本私年号の研究
は、
異年号のうち私年号に分類されないものの中で、
享を京に誤っている、と説明しています。
他に長亨,
亨徳を紹介しています。
>>312
[92] 永享を永亨と表記した事例がいくつか知られています。
[84] 肥後文献叢書 : 6巻[附1巻] 第三卷, 古城貞吉, 武藤厳男, 宇野東風 等編, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1912730/1/147?keyword=%E6%B0%B8%E4%BA%AC (要登録)
[18] 南朝遺史 追加之2 自天王碑, 林嘉三郎, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/772453/1/83 左上
「
[66] 史籍集覧 第12冊, 近藤瓶城, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1920329/1/380?keyword=%E4%BA%A8
[71] 日本禅宗史要, 孤峰智璨, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/823428/1/67?keyword=%E6%B0%B8%E4%BA%AC
[96] 南木誌 三, 中山利質, 長山貫 校訂, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1918184/1/27?keyword=%E6%B0%B8%E4%BA%AD
[97] 楠公研究の栞, 軍事史学会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1033468/1/34?keyword=%E6%B0%B8%E4%BA%AD
[100] 箕面市行政史料目録 2, 箕面市総務部庶務文書課, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/11896842/1/19?keyword=%E6%B0%B8%E4%BA%AD (要登録)
[101] 中央線案内, 清水長次郎, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/765179/1/43?keyword=%E6%B0%B8%E4%BA%AD
[93] 同時代的と思われるものも含め、いくつかの用例が知られています。
[94]
享を亨と表記する事例は他にもいくらか知られています。
誤記説も考えられてはいるものの、
前近代的な表記慣習の中で検討する必要があるでしょう。
[33]
昭和42年の
日本私年号の研究
は、
異年号のうち私年号に分類されないものの中で、
享を亨としている、と説明しています。
他に長亨,
亨徳を紹介しています。
>>312
[109]
の書籍は、
>>105
を紹介して、
「
[19] 賀名生村史, 賀名生村史編集委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/2995327/1/81 (要登録)
[20] >>19 引用だけでなく本文でも永亭。編集時の誤植かも。
[98] 防長探古録, 弘津史文, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/917270/1/106?keyword=%E6%B0%B8%E4%BA%AD
[99] 能 7(1);昭和28年新年號, 能楽協会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/11209247/1/4?keyword=%E6%B0%B8%E4%BA%AD (要登録)
[102] 豊中市史 本編 第1巻, 豊中市史編纂委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/3020408/1/2?page=right&keyword=%E6%B0%B8%E4%BA%AD%E5%85%83%E5%B9%B4 (要登録)
正誤表で享に修正
[103] 頸城文化 (30), 上越郷土研究会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/6047435/1/42?keyword=%E6%B0%B8%E4%BA%AD (要登録)
[112] 同時代的と思われるものを含めいくつかの用例が知られています。
[4] に日本国埼玉県川口市の鈴木茂が発表した 川口板碑年表 (埼玉史談 第七巻第一号所収) に、 「永章」 私年号の板碑が掲載されました。 後に中英夫が電話で鈴木茂に確認したところ、 永章に間違いないと証言がありました。 >>3
[118] に日本国埼玉県浦和市の歴史研究者中英夫はこれを引いて >>3 「筆者手持ち資料」に基づく私年号板碑の一覧表に
を掲載しました >>117。 この時点で中英夫は未見でした >>3。
[15] 説明なく とありますが、これはにあたります。 音通の異表記と考えてのことでしょうか。
[6] に考古学者の小沢国平が出版した 板碑入門 は、板碑研究分野ではよく読まれた書籍ですが、 >>3 を引いて板碑の私年号の1つとして紹介していました。 >>1
[5] 、 中英夫は日本国埼玉県川口市の源長寺を訪れ当該板碑を実見しました。 しかし中英夫には 「永章」 とは読めず、 「永享二年」か「永享六年」のように見えました。 にこれを発表しました。 >>3
[8]
には拓本と翻刻などが掲載されています。
「永享二年」と読まれていて、特に注釈はありません。
>>7
[9] 拓影でみても文字の判読は厳しいところがありますが、 確かに「永享二年」と読めないことはありません。 「永章」と読んでしまった気持ちもわかります。
[12] 現在、 源長寺の公式サイトほかいくつかのウェブサイトに源長寺の板碑群の全体写真があります >>10, >>11 が、個別の写真は見当たりません。 どれが当該板碑なのかもよくわかりません。
[13] 結局、「永章」は昭和時代に私年号として報告されたものの、 「永享」の誤読に過ぎなかったと結論付けられたようです。
[14] 私年号の一覧表に取り込まれたこともあったものの、 辞典類のような有名な元号一覧には収録されることなく、 忘れられて令和時代に至りました。
[59]
の史料集
>>289 は、
明言しないものの永享に配列しています。
その比定理由は不明 >>6 p.
[60] 昭和42年の
日本私年号の研究は、
内容からこの比定年で妥当 >>6 p.
[61]
「享」と「亨」と誤ることは多い。
>>311 p.享を「こう」と読んでいる (永亨と同様)。
>>311 p.
[21] 賀名生村史, 賀名生村史編集委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/2995327/1/176 (要登録)
[26] 考古学雑誌 4(5), 日本考古学会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/3548187/1/30?keyword=%E6%B0%B8%E4%BA%AB (要登録)
[27] >>26 論文著者が
「