[1] 現代の日本人は、 姓と名で構成される人名を持つ人がほとんどです。
[2]
姓は氏、名字などともいいます。
現代では区別されません。
[3] 宮家の皇族は宮名が上の名前的に扱われます。 天皇ほかそれすら持たず下の名前のみの方もいらっしゃいます。 天皇や上皇のお名前は普段は呼ばず、 尊称を付して天皇陛下、上皇陛下のようにお呼びします。 他の皇族にも陛下や殿下の尊称を付します。
[4] 帰化人やその子孫で、 その民族の人名の慣習を取り入れた人名を持つ日本人もいます。 その場合も日本人としての戸籍名は姓名の形に収められます。
[5] 在日朝鮮人などが日本人風の人名を名乗ることがあり、 通名などといいます。
[11] 公用文等における日本人の姓名のローマ字表記に関する関係府省庁連絡会議, , https://www.kantei.go.jp/jp/singi/seimei_romaji/index.html
[10] moshiawase.pdf, , https://www.kantei.go.jp/jp/singi/seimei_romaji/pdf/moshiawase.pdf
[12] 公用文等における日本人の姓名のローマ字表記について | お知らせ | 日本税理士会連合会, https://www.nichizeiren.or.jp/whats-new/200123b/
[13] 公用文等における日本人の姓名のローマ字表記について(通知), , https://www.pref.tochigi.lg.jp/reiki/reiki_honbun/e101RG00001940.html
[14] 公用文等における日本人の姓名のローマ字表記について|宮城県栗原市, , https://www.kuriharacity.jp/w001/030/030/PAGE000000000000006990.html
[20] Bull. Natl. Mus. Nat. Sci., Ser. A 49(4): 129-153 (2023) - 49_129.pdf, https://www.jstage.jst.go.jp/article/bnmnszool/49/4/49_129/_pdf/-char/ja
[21] >>20 悠仁殿下のご論文。 和文のお名前は「秋篠宮悠仁」。 英文のお名前は「Hisahito Akishinonomiya」。 共著者の氏名と同様の形式で「秋篠宮」が氏であるかのように表記されている。
[38] >>9 は男性、 >>37 は女性が主題になっていますが、 >>9 で扱わなかった時代の男性名も >>37 で補われていて、 是非とも2冊セットで読んでおきたいシリーズです。
[39] >>37 は前近代や近代は実例や統計を示して説得力ある説明を提示しているのですが、 人名の漢字表記に関係して JIS漢字に触れた部分はちょっと雑だなあと感じてしまいました。 主題から離れすぎるので省略した部分もあるかとは思うのですけど、 20世紀末頃の反JISキャンペーンのプロパガンダの悪影響が残っているのではないかという懸念も感じました。 巻末の参考文献リストに情報機器の漢字処理関係の信頼できそうな文献が見えないので。
[40] 昭和53年の JIS漢字制定で俗字にまで別コードが与えられた、 工業規格でコードが違うから別の文字という認識が広がっていった、 画面に表示される字形にこだわりが生じた、 というような趣旨のことが書かれていますけど、 異体字だけど別字という昭和後期の「常識」がJISの符号という形で記録され固定化されたと理解する方が妥当に思われます。 わざわざ工業規格が云々と言っているところが例のプロパガンダを思わせるところですが、 実際には漢字政策にも関わっていた国語学者が文字を選んだというのは、 今となってはよく知られるところ。その時代の専門家の目に当時の「常識」と社会の需要がどう映ったかという視点で具体的に分析する、 となっていたら本書の他の章とも一貫した態度になっていたと思うのでちょっと残念です。 (まあそれは人名の研究者がやるべきことというよりは、漢字や情報処理の研究者がやるべきことですよね。)
[41] 現在の情報機器の影響力の大きさに引きづられて、当時のJIS漢字の影響力を少し過大評価しすぎてる感があります。 昭和時代後期には、下手すると平成時代初期でも、一般人が購入できる機器だと第1水準しか実装していないことがざらにありましたから、 異体字なんて言う程使えないわけです。表示できたとしても、入力辞書があまり整備されていなくて、 相当頑張らないと入力できない、という時代に、一般の人々の漢字に対する観念に作用するほどの影響力を発揮できるか、無理でしょう。
[42] 異体字やもっと細かい字形の違いに人々がこだわるようになったのは、 情報機器のせいというより教育の結果と考える方が妥当です。 近代に教育が文字と人名の「常識」を変えたと本書が論じているのと同じで、 昭和時代にも教育が「常識」を変えてしまったという方が無理がありません。 本書ではなぜか戦後教育の影響がすっぽり抜け落ちてしまっています。
[43] 解説字体辞典にまさにこの問題が昭和五十年代に社会問題になっていた様子が解説されています。
[47] >>37 の本題からはちょっと逸れてしまいますけど、 JIS漢字の制定時に人名や地名の記述という用途が重視されたことは、 人名の歴史と情報機器の関係性を考える上では触れておいてもよかったかもしれませんよね。 前近代の漢字の「常識」とは違っているとしても、ある程度の異体字は別字として入れないとそうした需要を満たせない、 という判断があってJIS漢字がああなったということなので。 つまりJIS漢字という漢字集合は昭和後期の漢字の「常識」の一端をうかがう史料という見方もできます。
[48]
そういう意味では髙
や﨑
がJIS漢字で高
や崎
と区別して収録されなかったことにも注目しなければならないでしょう。
昭和53年当時の専門家が捉えた「常識」では、島
と嶋
は区別しないわけにはいかないが、
高
と髙
は区別できなくてもいい、という理解だったということですから。
JIS漢字は俗字でもなんでもどんどん追加していけ、という方針で作られたものではないのです。
[49]
ところが世間の「常識」はもっと先に進んでいて、各社の外字という形で髙
や﨑
は勝手に追加して使われるようになっているわけです。
JIS漢字にしか対応していない情報機器では髙
は高
と区別して表現できない、という現実を変えてまで髙
でなければならないのだ、という強い意志が情報機器普及前から既にあったと理解するほかないでしょう。
[50]
平成2年には凜
が人名漢字に追加されたのをうけてJIS漢字に追加されています。
つまりこの時代には人名漢字があって情報機器がそれを追いかける形でした。
かつ、凜
は従来わざわざ別にJIS漢字に含める必要ある異体字とも思われていなかったことになります。
元からJIS漢字にあった凛
は平成16年に人名漢字に追加されました。
平成16年の人名漢字追加ではJIS漢字との関係が大いに配慮されています。
本書 >>37 はこれが字体を気にするようになった典型事例として紹介しているわけですが、
情報機器と人名漢字の立ち位置がこの間に逆転したことにはもっと注意を払うべきでした。
[6] らりルゥれろ(第50回) - 2020/09/03(木) 22:00開始 - ニコニコ生放送 () https://live2.nicovideo.jp/watch/lv327647808
[28] Xユーザーの武田羅梨沙多胡(たけだらりさたご)さん: 「武田羅梨沙多胡のルーツが気になった人へ https://t.co/9Aa8xQvaXS」 / X, , https://x.com/T_Larissa_T/status/1833489365936574679/photo/1
[7] 昔の女性が別姓のように見える理由について - Togetter () https://togetter.com/li/1625375
[15] 国史大辞典 (昭和時代) - Wikipedia (, ) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E5%8F%B2%E5%A4%A7%E8%BE%9E%E5%85%B8_(%E6%98%AD%E5%92%8C%E6%99%82%E4%BB%A3)#%E5%90%8D%E5%89%8D%E3%81%AE%E8%A8%98%E8%BC%89%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6
[16] 大正時代のキラキラネーム「麿女鬼久壽老八重千代子」さんは実在したのか? :: デイリーポータルZ, 西村まさゆき, https://dailyportalz.jp/kiji/tausho-kirakira_name
[17] 000069821.pdf, , https://www.moj.go.jp/content/000069821.pdf
[18] 01_taitorup1-3.pdf, , https://www.city.kashiwazaki.lg.jp/material/files/group/13/01_taitorup1-3.pdf#page=2
[19] まさかの事態も想定内! 世界の君主制と「御家断絶」|中原 鼎(皇室・王室ライター), https://note.com/nakahara_kanae/n/n71755bac26d8
子供の頃、正月の書き初めなどでは細川護煕ではなく、源護煕とよく書かされていたし、平家の勢力の強かった、例えば琵琶湖の竹生島などには近寄ってはいけないといわれていた。
――日本経済新聞「私の履歴書」(2010年)
年賀状に「源護熙」と書いて、友達に「おまえは名字が二つあるのか?」とからかわれたこともあるそうだ。彼が「源護熙」と記名するのは子供の頃に限った話ではない。政治家になってからも、しばしばふざけてそうサインしたようである。
[22] 祖母の戸籍を取り寄せたら98年間違う名前で過ごしていたことが発覚した→「役所の見間違い」「あだ名で生活していた」など割とあるあるな話らしい - Togetter, https://togetter.com/li/2279889
[23] >>22 現代日本人は戸籍名が正式な名前で、日常でも戸籍名を使わなければならないという固定観念にとらわれている人が多い。 近代日本人にとってはそれが常識ではないっぽいんよね。
[24] (ある時代の、ある身分の)女性の名前のこと|こうく, https://note.com/kouku_cola/n/n3028f0fb433f
[26] XユーザーのミスターK💙💛さん: 「銀行口座開設時 「姓のところが空いているんですけど」 「あ、私、名字がないものですから」 「名字が、…ない?」 住所が東京になっていたので 「住民票を移されていないということですか?」 「私、住民票がないんです」 「住民票が、…ない?」 とても面白いお話だった。 週刊文春6月27日号より https://t.co/bxeSllXRg2」 / X, , https://x.com/arapanman/status/1805479138482176209
[55] Xユーザーの栖来(すみき)ひかり『台湾りずむー暮らしを旅する二十四節気』『日台万華鏡-台湾と日本のあいだで考えたさん: 「私たち日本人の多くは(夫婦同姓制度は別として)名前を「奪われた」経験を持ちません。 しかし今回の日本メディアによる「誤表記」は、「日本統治による名前の剥奪」「中華民国統治による名前の剥奪」を経て、本来の名前を漢字表記して更にそれを日本語ヨミするという「二重の剥奪」という構造→」 / X, , https://x.com/rorarininyo/status/1859252939220758922
[56] >>44 それらを「名前を「奪われた」」の範疇に入れるのなら、明治時代初期に「私たち日本人の多く」は「名前を「奪われた」」経験があるはずなのに、なぜそれはなかったことにされているのだろう。
[57] こういう比較をすること自体が適切とは思わないが、自分達の本来の名前を取り戻そうとしている台湾原住民たちは恵まれていて、自分達の「本来」 (といっても近世) の名前のことを完全に忘れて思い出すこともできない、民族のアイデンティティーの一角が完全に塗り替えられた大和民族の方が、悲惨な境遇にあるとも言えるわけで。