新東亜暦

新東亜暦

[1] 大東亜戦争の頃、大政翼賛会では暦法改良案の調査研究が行われていました。

公式資料

[313] 暦の本質とその改良, 能田忠亮, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1063830/1/140 (要登録)

[314] >>313 大東亜暦だけでなく明治時代の改良暦提案達も紹介されている。

紀年法

[292] 大東亜紀元元年、八紘一宇元年のような紀年法が提案されていたとのこと >>273。 (ウェブ公開分からは確認できない。)


[283] 序文「大東亞二年夏」


[278] スローガン的元号のようにも見える「大東亞紀元元年」、 皇紀2601年。

[280] これもスローガン的元号のような「大東亞紀元元年」ながら、 「大東亞元年」「大東亞二年」とも。 皇紀2601年。

[282] 「大東亞戰爭第二年」

[285] 「大東亞戰爭二年」

[289] この型は用例が多いが年の表示といえるか微妙なラインのものばかり。 「大東亞戰爭二年目」の用例はもっと多いが、そうなるともう年の表示とはいえまい。

関連

日本の暦法改良案

聖戦

征露

メモ

[290] 春分年始

[291]

[273] 昭和戦中期の暦 ――暦と大麻の頒布強制と頒暦数の急伸, 下村 育世, , , https://tcue.repo.nii.ac.jp/index.php?active_action=repository_view_main_item_detail&page_id=13&block_id=21&item_id=1046&item_no=1 #page=23


[309] 日本総力戦の研究 上巻, 寺田弥吉, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1460246/1/248

[310] >>309 暦学戦、暦法戦とかいうやべー字面w

[311] しかしこの時代の人々は日本以外でもこういうことを真面目に取り組んでいて、 世界各国で「戦争に勝つため」戦争時間が実施された。 中華民国重慶政府も標準時を変更して戦争に勝とう!とやっている。 中国大陸の標準時

[351] 現代人は笑うかもしれないが、日時制度は人の動きを制御し、 考え方を制約する。日露戦争では軍事作戦の時刻同期のため日時計を配るしかなかったが、 大東亜戦争では無線通信が当たり前に使われた。 日本軍はどこにいても中央標準時を使い、 米軍は地域ごとに米軍時間帯で区別していたが、 この違いは必然的に軍事作戦のあり方に影響してくる。 こうして考えると戦争に勝つため日時制度を研究するのはむしろ当然のことともいえる。

[352] 実のところ日本南方占領地日時制度政策において行き当たりばったりで失敗しているとしか思われず 大東亜の標準時 、 「暦学戦」の準備が足りてないのではという気も。 アジアでは (キリスト教色全開の植民地政府の日時制度とは裏腹に) 多種多様な伝統的なが使われていて、民族行事、宗教行事が行われていた。 なので人心掌握のための南方占領地民族文化研究はもっとしなければならなかったはずで、 全然足りていない。

[353] 新しい大東亜用の紀年法を作ったとして、 西暦グレゴリオ暦のかわりにねじ込めるだろうくらいの目論見だったのかもしれないが、 キリスト教勢力が何十年、何百年もかけて強制的に刷り込んでいっても表面的にしか根付いていない西暦グレゴリオ暦レベルまで到達できたのか、厳しい。

[312] 祭政 4(4)(30), 祭政社, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1540152/1/7 (要登録)