:swc733

天慶

[55] 天慶は、 日本の公年号の1つです。

天𢟻

[1] 天𢟻は、天慶避諱元号です。

[52] 日本の元号避諱が行われた珍しい事例の1つです。

元号名

[12] 天慶𢟻に置き換えたものです。

[27] 読み避諱前元号と同じで「てんけい」と考えられます。 (c.f. >>19)


[13] 黄門白石問答の用例 (>>10) は、 国立公文書館>>6, 京都大学写本 >>7 のいずれも、やや崩れた字形でありながらも点画は比較的明瞭で、 明確に𢟻を表しています。

[49] 古事類苑明朝体𢟻翻刻しています。 >>4, >>35, >>3 明治時代避諱の研究者和田英松による国学院雑誌所収の論文明朝体𢟻翻刻して引用し、本文でも同じ文字で表記しています。 >>2

[16] 中京大学図書館本 >>15 ではやや字形が不明瞭ですが、右上がでなくになっているようにも見えます。

[58] 国立公文書館鶯宿雑記新埜問答 写本は、全文が草書のかなり崩れた字形であり、 左上に、右上に、下にがありますが、 左中間がのような意図を断定しがたい字形となっています。 >>57

[19] 新井白石全集新野問答 (黄門白石問答) では 「𢙎 (ケイ) 」 (明朝体) のように翻刻されています。 >>18

[20] この𢙎のような字形は、国立国会図書館デジタルコレクション新井白石全集では潰れてやや不明瞭で、 なのかどうか、そのの部分が見えずはっきりしませんが、 に当たるはずの部分の黒色部分の形状やの部分が左寄りになっていることからみて、 である可能性は十分にあると考えます。 末筆も撥ねているのか不鮮明ですが、撥ねの有無に関わらず同じ文字とみていいでしょう。 >>18

[21] 他の部分は平仮名ですが、読みは片仮名になっています。 >>18


[17] いずれにしても、であることから古字で書いたと説明されています。 >>6, >>7, >>15, >>18

[14] 中御門天皇 (在位-) 慶仁であり、 これを避けたものと考えられます。 古事類苑もそう注釈しています >>4明治時代避諱の研究者和田英松もそう判定しています >>2

[22] 諸本の系統と成立時期は必ずしも明確ではありませんが、 本書中の紀年野宮定基の没年、 中御門天皇在位時期、 諸本の異同を総合的に鑑みて、

と判断します。


[31] 𢟻異体字の1つとされます。 康煕字典, 大漢和辞典などにも収録されています。 >>32, >>33

[34] ところが𢟻異体字とする資料は他に見当たりません。

[36] 古事類苑𢟻明朝体でそのまま翻刻しつつ、 注釈して 六書通古文声'殳心 (明朝体) とあり、 その誤写だろうと述べています。 >>4, >>35, >>3

[37] 声'殳心の左上は一見ですが、よく見るとではなくの下横画まで達します。 国立国会図書館デジタルコレクション本ではやや不明瞭です >>4 が、 国際日本文化研究センター・古事類苑ページ検索システム本では比較的鮮明であり >>35古事類苑全文データベース本では外字画像を作成しており字形が明瞭です >>3

[38] 声'殳心 は、 𢟻異体字としても、 , , で構成される文字としても、 異體字字典zi.tools に収録されていません。 GlyphWikiCHISE IDS Find でも見つけられません。 異体字解読字典の項にもありません。

[41] 国立公文書館六書通刊本のの項に、 声殳心 (篆書) があって、注文が「」となっています。 >>40

[42] 声殳心 は、同じ PDF 頁に収録された , >>40 との比較などから明らかなように、 声殳隷定されるべき文字です。

[43] ところでその左上の 声 の部分は、 確かにその字画の形状だけを見れば、 ではなくとも解釈できないことはありません。 篆書字形とは似ていないので、 篆書の知識があれば 声隷定する以外の選択肢は無さそうですが、 字形だけならと誤解することもあるのかもしれません。

[44] / も近い字形であり、 混同されることがないとも言えません。

[45] 古事類苑六書通古文を根拠に誤写と推定したのも、 こうした関係性を考慮してのことでしょう。

[46] 声殳心 から 𢟻 への変化は、 隷定として直接起こった可能性がありますが、 声殳 のような楷書かそれに近い行草字形を経由した可能性も否定はできません。

[47] 𢟻字形を使ったのは野宮定基の可能性が高いと思われますが、 それ以後の写本が字形を誤った可能性も否定できません。 また、 𢟻字形を作ったのが野宮定基とは限らず、 先行する字書類に掲示された古字をそのまま写した可能性もあります。

[48] いずれにせよ、 異体字である 𢟻 とは同一字形の別字の衝突と考えるのが妥当でしょう。

文字
文字
避諱
𢟻
異体字
:swc732
文字
文字
𢟻
関連
𢙎
関連
:swc732
文字
文字
:swc732
異体字
:swc733
文字
文字
:swc733
字形
:tensho-TE00019_0038_2_X1418_Y1931
字形
:tensho-TE00012_0038_2_X1418_Y1931
文字
文字
:swc734
字形
:tensho-TE00003_0326_1_X1281_Y2490
字形
:tensho-TE00026_0065_1_X4075_Y3187

[28] 𢙎異体字の1つとされます。 康煕字典, 大漢和辞典などにも収録されています。 >>29, >>30

[51] 𢟻, 声'殳心, 声殳心𢙎 とは字形の差が大きいですから、両者の字形が一方から他方に直接的に変化したとは考えにくいでしょう。

[50] よって、無意識的な変化によるものではなく、 古字であるという注釈に基づき意識的に校訂したものと思われます。 全集本 >>18 収録時に訂正したものか、 底本とされた諸本のいずれかに既に 𢙎 とあってそれを採用したものかは定かではありません。 読み仮名を付したのも同じ校訂者でしょうか。

用例

[10] 現在知られる唯一の用例は黄門白石問答です。

[8] 黄門白石問答の回答の部分に、 「天𢟻依御諱用古字純友」 とあります。 >>6, >>7

[9] 黄門白石問答新井白石 (-) 野宮定基 (-) の問答集であります。

[11] 明記はされていませんが、藤原純友の乱についての言及であることから、 天慶避諱であることが明白です。

研究史

[56] からに編纂された 古事類苑 が注釈を入れた (>>36, >>14) ものと、 日本史日本文学の研究者和田英松 (-) が注釈を入れつつ (>>14) 紹介したものが早い事例です。

[59] ところがその後避諱の事例として紹介されることはほとんど無かったようです。 和田英松の研究を参照している後続の論文でも天𢟻に触れているものは見られません。

[60] また、元号研究の文脈で紹介された事例も、 現在知られている限り、皆無です。

メモ

[53] 現在まで報告されている用例は1つだけです。 天慶以外の避諱の例も知られていません。 未報告の用例があるかもしれませんが、 単発または限られた範囲でのみ使われたと判断するのが妥当でしょう。

[54] 避諱のことを敢えて注釈しているのも、注釈がなければ読めないと筆者が考えたからでしょう。 古い天慶元号はそこまで頻繁に使わないにせよ、 の文字を使う機会は他にもあったはずで、 新井白石門派内部でもそこまで認知されていない書き方だったと思われます。

メモ