[155]
永禄を永録と表記した事例がまま見られます。
日時事例
- >>5
- [45]
山都町史 第3巻 (民俗編), 山都町市編さん委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9643913/1/451?keyword=%E6%B0%B8%E9%8C%B2 (要登録)
- [172]
CiNii Books - イエズス会日本書翰集, https://ci.nii.ac.jp/ncid/BC13808225
原譯文編之五: 自永禄四年八月至永禄五年十二月
- 一五六一年十月八日(○永禄四年八月二十九日。)付、豊後発、フアン・フェルナンデスのインディアにあるアントニオ・デ・クアドロス宛書翰
- 一五六一年十一月五日(○永録四年九月二十八日。)付、鹿児島発、島津貴久のインディアにあるアントニオ・デ・クアドロス宛書翰
- (永禄)四年(○一五六一年一月十六日〜一五六二年二月四日。)付、薩摩発、島津貴久のインド副王ドン・フランシスコ・コウティーニョ宛書翰
- 一五六一年十一月二十八日付、バサイン発、アントニオ・デ・クアドロスのディエゴ・ライネス宛書翰
- 一五六一年十二月一日(○永禄四年十月二十五日。)付、ゴア発、パードレ・ルイス・フロイスのポルトガルにあるイエズス会員宛書翰
- 一五六一年十二月四日(○永禄四年十月二十八日。)付、バサイン発、マヌエル・テイシェイラのポルトガルにあるパードレ・マルコ・ヌーネス宛書翰
- 一五六一年十二月(○永禄四年十月二十五日〜十一月二十五日。)付、ゴア発、インド管区におけるイエズス会員名簿
- 一五六二年一月二十六日(○永禄四年十二月二十二日。)付、コチン発、ゴンサロ・ロドリゲスのエヴォラにあるレオン・エンリケス宛書翰
- 一五六二年(○永禄四年十一月二十六日〜同五年十二月六日。)付、リスボン発、ポルトガル国王ドン・セバスチャンのインド副王ドン・フランシスコ・コウティーニョ宛書翰
- 一五六二年三月十一日(○永禄五年二月七日。)付、リスボン発、ポルトガル国王ドン・セバスチャンの豊後にある大友義鎮宛書翰〔ほか〕
- [173] 戸隠神社奉納祈願文(武田晴信願状) - 史跡をめぐる - 【川中島の戦い】総合サイト | Battle of Kawanakajima - 長野市, https://kawanakajima.nagano.jp/tour/tour-379/
- [178] 奈良大学リポジトリ, https://nara-u.repo.nii.ac.jp/records/2002922
- [179] 原文非公開
- [180]
「豊臣秀吉は、永録八年(一五六五) の初出文書において「木下藤吉郎秀吉」を名乗っている。」
- [181]
2012_140.pdf, https://www.jstage.jst.go.jp/article/vsj/2012/0/2012_140/_pdf
- [182]
ま た ,永 録 十 二 年 (1569年 )に 赤 城 山で 何 らか
の 火山 活動 が あ っ た 可 能 性を指摘 して い る が ,こ れ は 推
論 に よる もの で , 確 か な 記録 は 見 っ か っ て い な い .
[157]
永録は、同時代史料を含め多くの用例が知られています。 >>5
のように校訂で不可視化されているものまで含めれば、相当数が存在すると推測されます。
[158]
それに比してその性格に敢えて言及したものはさほど多くありませんが、
誤字・宛字の類として扱われることが多いようです。
[159]
ただ、永禄に限らず禄を録と表記した事例はあまりに多いので、
現代的な表記基準から単純な誤記と判定するよりは、
前近代的表記慣習における位置付けを検討する必要があるでしょう。
禄と録
[183]
永禄を永六と表記した事例がまま見られます。
日時事例
[137]
の史料集は、
>>133
を紹介して、
最初の永六元年に「〔祿、下同ジ〕」 (明朝体)
と注釈しています。
>>131
日時事例
[130]
の地域史は、
>>122
を紹介して、
永六二年は永禄二年に該当すると考えられる、
としています。
>>126
[125]
の報告書は、
>>122
を紹介して、
「永六」 (明朝体)
と注釈しています。
>>121
日時事例
日時事例
[116]
の史料集は、
>>107
>>110
>>113
を紹介して、
「永六」 (明朝体)
と注釈しています。
>>106
日時事例
[80]
の一志茂樹の論文は、
>>88
を紹介して、
「永六九年」 (明朝体)
と注釈しています。
>>77
[96]
の史料集は、
>>88
を紹介して、
「永六」 (明朝体)
と注釈しています。
>>94
[93]
の史料集は、
>>88
を永禄9年条で紹介して、
「永六」 (明朝体)
と注釈しています。
>>87
別巻の,
の地域史では、
「永六」 (明朝体)
と注釈しています。
>>99, >>105
[98]
,
,
の書籍は、
>>88
を紹介して、
「永六」 (明朝体)
と注釈しています。
>>100, >>104, >>97
- [77]
信濃 [第2次] (21), 信濃毎日新聞社, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/2202800/1/7?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%AD (要登録)
- [94]
信濃史料 第12巻 (天文23年正月-永禄8年是歳), 信濃史料刊行会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/3013102/1/79?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%AD (要登録)
- [100]
やしろ, 社誌編集委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9536716/1/49?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%AD (要登録)
- [104]
農と田遊びの研究 上, 新井恒易, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12168555/1/298?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%AD (要登録)
- [87]
大町市史 第2巻 (原始・古代・中世) 資料編, 大町市史編纂委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9539833/1/98?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%AD (要登録)
- [97]
大北地方の神社と文化, 長野県神社庁大北支部, 長野県神社総代会大北支会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/13287954/1/142?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%AD (要登録)
日時事例
日時事例
[48] >>21 は仮名多めの文書。
[55]
,
の史料集は、
>>21 を紹介して、
「永六」 (楷書)
と注釈しています。
>>52, >>56
[50]
,
の史料集は、
>>21 を紹介して、
「永六」 (明朝体)
と注釈しています。
>>46, >>59
- [52]
續大友史料 : 家わけ 第4, 田北學, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/2531433/1/16?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%AD (要登録)
- [46]
大分県史料 第12, 大分県史料刊行会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/2999809/1/186?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%AD (要登録)
- [56]
編年大友史料 : 併大分県古文書全集 第22, 田北学, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/3016915/1/60?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%AD (要登録)
- [61]
臼杵史談 第5巻, 臼杵史談会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9770555/1/70?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%AD (要登録)
- [59]
豊後国荘園公領史料集成 6 (豊後国佐賀郷・丹生荘・臼杵荘・佐伯荘・紫山村史料), 渡辺澄夫, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9639881/1/198?keyword=%E6%B0%B8%E5%85%AD (要登録)
日時事例
[67]
の史料集は、
>>64
を紹介して、
「永六十一年戊广」 (明朝体)
と注釈しています。
>>63
日時事例
[151]
の史料集は、
>>23
を紹介して、
「永六」 (明朝体)
と注釈しています。
>>146
[154]
の史料集は、
>>23
を紹介して、
「永六」 (楷書)
と注釈しています。
>>152
日時事例
[71]
の史料集は、
>>69
を紹介し、
永禄12年に収録して「永六」 (明朝体)
と注釈しています。
>>68
[140]
解釈を明示しているほとんどの文献は、六を「ロク」音を表すと解釈し、
永禄と同定しています。
[141]
干支年や文脈から、
いずれの用例にも永禄として不自然なところは見当たりません。
また、これといった異説も見当たりません。
[142]
六表記に筆者の積極的な意図を見ようとする見解もあります (>>91) が、
... からすれば、深い意図がない当時の一般的な表記慣習の範囲内の揺れと見なす方が説得力を感じます。
仮名六
[117]
検索だと部分一致やOCR誤読のノイズがあまりに多くて用例を探すのがかなり難しいです。
[189]
永禄を永緑と表記した事例がいくらか見られます。
[184]
宗像関連古文書・史料|世界遺産「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群デジタルアーカイブ, https://www.munakata-archives.asia/frmSearchArchiveDetail.aspx?id=1469&langid=和暦 (永禄十一年カ)十一月七日
西暦 1568年 11月 7日
(永緑十一年カ)十一月七日
[186]
奈良帝室博物館絵画一覧, 奈良帝室博物館, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/936562/1/15?keyword=%E6%B0%B8%E7%B7%91
[185]
高鳥屋城主内村鶴寿丸の死闘, 下村繁雄, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/13201419/1/26?keyword=%E6%B0%B8%E7%B7%91 (要登録)
[187]
豊田市の文化財 : 写真と解説, 豊田市郷土資料館, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12706232/1/8?keyword=%E6%B0%B8%E7%B7%91 (要登録)
[188]
その他近現代の用例が少なからずあるようです。