[13] 文阿弥花伝書 には諸本あって、 の奥書を持つ >>12 とかだ >>14 とかいわれています。 西教寺本文阿弥花伝書奥書は文阿弥から数人を経てなどの日付があります >>14。 天承が報告されているのは、 鹿王院本のみです。
[10] この 文阿弥花伝書 は現在も華道分野で紹介されることはあるものの、 詳しく研究されてないとのことです。 >>9
[75] とはいえ、研究史の節に挙げたように、当書の性格の分析は幾らか行われています。
[76] 当書はいわゆる秘伝書の一種です。諸本あるといっても一般的な写本とはいささか性格が異なり、 師弟間の伝授により継承され、その過程で意図的なものも、そうでないものも、 何かと変化が蓄積されがちと予想されます。
[74] 立花雲乃上巻あるいは立花雲の上巻なるものは、 Web 上にわずかしか情報が無いようで、詳細は不明です。
[5] 天承は日本の公年号にありますが、 天承元年はにあたります (大治6(1131)年1月29日改元)。
[77] >>31 は文阿弥によるものとされます。それを信じると、何代か居るものの、いずれにせよ、 戦国時代の前後の成立となるはずで、 紀年と完全に矛盾します。
[78] 記述をそのままに評価を示さないものを別とすれば、 多くの論者は紀年の作為を認定していますが、 その他に天正の異表記ないし誤記とする説と、 私年号の可能性の指摘があります。
[79] >>31 の全体の写真は Web 上には見当たりませんが、 >>72 の部分写真では、元号名が「天承」であることは明らかで、 翻刻時に他の元号名を誤認・誤植した可能性は低いと考えられます。
[80] また、 >>13 など主要な異本の情報で、誤写等によって「天承元年」 に変化しそうなものは見当たりません。 現在知られる異本は当時存在したものの一部に過ぎないとも考えられ、 断定することは憚られるものの、 説話中の紀貫之 (>>24) との関係なども勘案すれば、 はじめから天承が意図されていた可能性が高いと考えられます。
[15] 東山時代、初代文阿弥の生存中の元号で「天承」に似ているのは「天文」 くらいです。 は享禄5(1532)年7月29日の改元で、 その転または誤だとすると2ヶ月の遡及年号になってしまいます。
[26] 天正も時代が近く、同音ですが、字形が似る可能性は微妙なところです。
[2] 作為ある異本が出てくるようなカテゴリーの文献なら、私年号よりまず偽書(嘘日付)を疑ってみるべきかな?
[8] でも著者が文阿弥と明記してあるのに全然違う古い公年号を書いたりはしないかな。
[81] 今後新たな史料が出現しない限りは、私年号と考えるべき理由は無いと考えられます。
[82] 通説に従い、平安時代の天承時代に仮託し、戦国時代から近世初期に書かれた、 と考えておくのが最も整合的と考えられます。
[35] の >>31 の解説は、 花道史や他書との比較により、 本書の内容が不審であることを指摘し、 現在の形に成立したのは江戸時代初期と推測しています。 >>36
[39] 天承元年5月13日という日付は、 花道の起源説の終盤で巻物を給わったという日 >>45 をそのまま使ったものと考えられます。 >>36
[48] の書籍は、 >>31 を紹介し、 奥書にの藤原時代の年号を記すのは、 第2巻で天承元年5月13日卯刻にこの巻物を給ったと書いており、 それを故意に奥書としたものであり、全く故意のものである、 と述べています。 >>47
[49] 故意のものとはよくわからない説明ですが、要するに偽銘である、 偽書であるという意味でしょう。
[53] の書籍は、 >>31 に言及し、 という年号に作意があると述べています。 >>52
[51] の書籍は、 >>31 を紹介し、 の日付があるが、 400年以上も文阿弥が生きたことになる、 他書と共に頃と見られる、 と説明しています。 >>50
[60] の辞典は、 >>31 を紹介し、平安時代後期の年号で作為がみられる、 と説明しています。 >>59
[55]
の論文は、
>>31
を引くに
「
[56] 根拠は述べていないものの、天正の異表記ないし誤記であることを当然の前提としているように見えます。
[61] の地域史は、 当地で出現した >>31 の異本の1つを紹介し検討していますが、他の異本や、 筆者は未見とことわりつつも >>31 本を参照しています。 >>1
[63] 文化史の時代区分の東山時代は普通足利義政の時代 (15世紀後半) を指します。
[64] 初代文阿弥の活動時期と他の著作等を勘案してこの時代と判断したのでしょう。
[65] なお、当書は、 確認した異本間で奥書部分が相違する (かつ天承ではない) ことを指摘しています。 また、花押と印章の不審点も指摘しています。 >>1
[18] の雑誌記事は、
と指摘しています >>17。
[25] どうにも繋がりに無理が感じられるところもありますが (特に >>21)、 伝承の形成過程の推測に使える材料はいろいろ見出せそう、ということなのでしょう。
文阿弥花伝書と伝わるものは滋賀の西教寺
に 7 巻、九州国立博物館に残巻 1 巻、他に もあり、鹿王院のものには天承元年(1131) の日付がある。 『特別展 いけばな 歴史を彩る日本の美』図録より
(2009)p42-43
[29] 天承の日付のことを特に注記なく (公年号と考えて?) 紹介する事例 : >>46, >>28 (ただし >>52 の別巻), >>57, >>67