眞賀

眞賀

元号名

[62] 読みは、 「しんが」 とされます。 >>61

用例

日時事例

[86] 現所在地は日光ですが、各地から集められたものが収蔵されており、 日光で作られたものとは限りません。

[87] 書写奥書より、比叡山で書写されたものと推測されていますが、 いつどのような経緯で東国へ渡ったのかの研究は見当たりません。

諸説

[83] 関係する人物の活動期間から南北朝時代中頃と考えられています。

[84] それ以上に具体化したいろいろな説がありますが、 強い根拠を持たない推測によるものか、 伝言ゲームの結果であり、 現時点で範囲を狭める有力な材料はありません。

[85] 正嘉説は根拠不明で、時系列から成り立たないと考えられています。

研究史

[7] 古谷淸日光輪王寺慈眼堂經藏所蔵品の調査報告で、 未知の私年號眞賀の用例 >>6 を報告しました。 >>4

[8] 次のように述べています。 >>4


[41] の目録に >>6 が掲載されており、 奥書の日付が 「眞賀(正嘉カ)二年五月十七日」 とされています。 >>40, >>39 推定の根拠は示されていません。

[42] 昭和42年の 日本私年号の研究 は、 これは発音の類似から判定したものだろうとみています。 >>36 昭和39年の久保常晴の論文は、 時系列 (>>18) から成立しないと述べています。 >>17


[37] 昭和12年12月に日本国東京都浅草伝法院大蔵会>>6 が公開されました。 久保常晴はこの際に実見したとのことです。 >>36

[38] 当時発行の大蔵会展観目録にも掲載されている >>36 とのことです。 国立国会図書館デジタルコレクションで一般公開されている 大蔵会展観目録 は何冊かありますが、該当するものは見当たりません。 大蔵会京都の本家の他に東京などにもあったとされ、 京都の目録にはないので、東京大蔵会のものと思われます。

[18] 昭和39年の久保常晴の論文と昭和42年の日本私年号の研究は、 次のように推測しています。 >>17, >>36, >>43

[16] 所功の表は、日本私年号の研究を出典に「?」 としています。 >>15


[12] の研究報告 (要旨のみ記録され、詳細は不明) に、 次のようにあります。 >>207


[51] 日本私年号の研究以後の一覧表等では時期が次のように説明されています。 >>52

[71] いずれも日本私年号の研究からの派生と思われますが、 元の時期特定のニュアンスを無視して勝手に要約したり、断定化したり、 西暦年に換算した結果、 諸説に増殖しています。

[63] SNS 投稿で「僧侶らの内輪での私年号」 断言するものがあります >>61。 出典等の記載はなく根拠は不明です。

関連

[66] 時系列 :

メモ