[16]
禄と録は、
現代では完全に別字とされていますが、
前近代にはしばしば混用されています。
皆辨其物而奠其錄,以書楬之,以詔上之小用賜予。(奠,定也。故書錄為祿。杜子春云:「祿當為錄,定其錄籍。」鄭司農云:「楬之,若今時為書以著其幣。」○楬,其列反。著,直略反,徐張恕反。)
... とあります >>2。つまり古い本文では録を禄と書いていたが、
杜子春は文意から録に直すべきだと判断しています。
[5] 中国哲学書電子化計画 は、
宋本廣韻: 《廣韻·入聲·屋·禄》禄:俸也 善也 福也 録也 又姓紂也 禄父之後。盧谷切 四十七。
[7] 力石村(ちからいしむら)とは? 意味や使い方 - コトバンク, 日本歴史地名大系, https://kotobank.jp/word/%E5%8A%9B%E7%9F%B3%E6%9D%91-3059400
文禄元年(一五九二)六月一一日の上杉景勝の朱印状(覚上公御代御書集)には「依于抽令嗣助次郎長範父子忠勤、肥州名護屋御陣御旅中、於信州食録知賜御朱印、今般於信州力石村・五妙村・舟山村出之候」とあって、力石村等の地をを家臣平田輔範に宛行っている。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」
[8] 国勝手(くにがって)とは? 意味や使い方 - コトバンク, 精選版 日本国語大辞典, https://kotobank.jp/word/%E5%9B%BD%E5%8B%9D%E6%89%8B-2032140
[初出の実例]「食録二百石とりし柄並恒ヱ門とか云し人ありし。国勝手にて上刕辺のことなるよし」(出典:洒落本・鄰壁夜話(1780)生霊死人をうらむ)
出典 精選版 日本国語大辞典
[9] 大洲秘録(おおずひろく)とは? 意味や使い方 - コトバンク, 日本歴史地名大系, https://kotobank.jp/word/%E5%A4%A7%E6%B4%B2%E7%A7%98%E9%8C%B2-3094865
第二―三巻に大洲藩士の家譜・俸録・役職と在任年・宗旨檀寺・屋敷・隠居記録など、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」
[10] 明治期岐阜県庁事務文書34 - 岐阜県公式ホームページ(歴史資料館), , https://www.pref.gifu.lg.jp/page/1363.html
士族卒録高取調書帳〈水損〉
[11] 福録寿, https://www.digital.archives.go.jp/item/1271691
宋画福禄寿(須賀川駅長禄禅寺蔵)の略図【彩色】
[13] 岐阜県史 史料編 古代・中世 補遺(目次)|岐阜県史 目次, , https://www.library.pref.gifu.lg.jp/gifuken-mokuji/gifuken/siryo_kodai_a.htm
1 嘉元4年6月12日 永嘉門院[瑞子女王]御使家知申状并昭慶門院
[憲子内親王]御領目禄案・・・・・・・・・・・727[12] 神寳什器並古文書等目禄 | NDLサーチ | 国立国会図書館, https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000136-I1970023484841945261
[15] https://ritsumei.repo.nii.ac.jp/record/12915/files/rb_122_mieda.pdf #page=7
すなわち「古記録」7 月 9 日条に、
「、是ハ上之御記禄也」
[14] データベース『えひめの記憶』|生涯学習情報提供システム, https://www.i-manabi.jp/system/regionals/regionals/ecode:2/49/view/6490
当社御田植祭のことは、貞治三年(一三六四)の古文書「記禄(ママ)」に見えるのを初見とするので、南北朝時代より既に行われてきた神事であることが知られる。
緑[25] ほとんどの用例は近現代のものであり、前近代的な識字環境の慣習的異表記というよりは、 単純な誤記・誤写・誤植に属するものの可能性が高いと思われます。
[18] null, https://kiebine2007.amearare.com/tuda21.htm
國家の官吏は宮廷から俸緑を受けるのではないから臣と稱すべきものではないのにさう稱したり、
[20] えびす講はご利益が多いありがたい祭り、軍服で釣り竿と鯛を持つえびす様の秘密 | LIFULL HOME'S PRESS, https://www.homes.co.jp/cont/press/reform/reform_00587/
構成メンバーも適当に選ばれたのではと思われる節があり、例えば出身母体別に見ても、えびす様は日本の神道から、大黒天・毘沙門天・弁財天の三柱はヒンドゥ教から、福緑寿・寿老人の二柱は道教から、布袋の一柱は仏教から選ばれている。しかも道教からの寿老人と福禄寿は、どちらもその本体は南極老人で同一神のため、実際は六柱しか存在せず、そもそも七福神ですらない。
[21] 東福寺、泉涌寺山内七福神めぐり・・・, , https://miyakoweb.web.fc2.com/toufukuji/higashiyama.htm
七福神(寿老人、弁財天、布袋、毘沙門天、恵比寿、大黒天、福緑寿)は日本、中国、インドの神仏が人々に幸運をもたらすとされています。
[22] 徳島県立文書館 - 古文書検索結果一覧, , https://web.archive.org/web/20250907083222/https://archive.bunmori.tokushima.jp/srch/srch_arch_result.php?p=1&komon_no=%EF%BE%90%EF%BE%82%EF%BD%B2&pno=1&rf=1
ミツイ00004000 目緑(録)(落札物件目録) 大正 満石家文書
[23] 東京国立博物館 - 展示・催し物 展示 法隆寺宝物館(法隆寺献納宝物) 書跡 古文書・古記録 作品リスト, 東京国立博物館 -トーハク-, , https://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=1946
古今目緑抄(聖徳太子伝私記) 2帖 鎌倉時代・13世紀 N-18