源氏の始祖源満仲公が天録元年(970)多田の庄に定住され、満仲公の御家人中村三郎衛宗辰号を勘素という人(安庭家先祖)が、安庭家附近に派遣されて、安庭村を開かれ源氏源氏の守護神八幡の八幡神を川面一丁目森本氏宅西南附近に勧請、明白大明神として創建されたのに始まる。
[14] この他にも国立国会図書館デジタルコレクションで多数見つかります。
[16]
禄を録と表記した元号名やその他の単語は多々知られています。
現代的には別字とされていますが、前近代的な表記慣習の文脈で理解する必要があります。
[25] 天禄を天緑 (旧字体: 天綠) と表記した事例がままあります。
[22] 絵馬・現在七面・昭君・仲光・高野物狂, 廿四世観世左近 訂正, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1101390/1/45?keyword=%E5%A4%A9%E7%B7%91
天綠元年多田院を創建し、
[17] ほ, https://kiebine2007.amearare.com/tamakatuma.htm
天緑元年三月廿日辛酉、
[21] 長谷習俗誌, 坂本花恨 編著, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9574912/1/12?keyword=%E5%A4%A9%E7%B7%91 (要登録)
天緑元年六月十四日
[23] 坂東平氏一門 : 伝記, 鏑木清春, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12207029/1/13?keyword=%E5%A4%A9%E7%B7%91 (要登録)
[24] この他国立国会図書館デジタルコレクションで検索すると近現代にまま用例が見つかります。
[27] これまで具体的に検討したものは見当たりませんが、 いずれの用例も文脈から天禄であることは明らかと思われます。
[28]
禄を緑と表記した事例は他の元号等にもいくらか見られます。
[29] 天禄の場合、現在知られる用例はいずれも近現代に書かれたものです。 おそらくいずれも誤記・誤写・誤植ではないかと思われます。