[213] 日本の人形芝居, 堂本寒星, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1125715/1/30 (要登録)
一方、兵庫県の(福男レースで有名な)西宮神社の摂社に「百太夫神社」があります。例祭で舞われる「えびす舞」の台詞ですが、見たことも聞いたこともないので、大江時夫著「武居エビスの謎」から書き写しました。
「さて御目出たき戎(えびす)殿の生まれ月日をいつぞと問えば、福徳元年正月三日寅の一天(刻)まだう(卯)の刻になるやならずに信州信濃の武居が宮にてやすやす(安々)とお誕生なされたなされた」
これには、恵比寿様は「長野県の武居神社」で生まれたとあります。「武居」が「竹井」になるなど、人形浄瑠璃や門付の台詞などと微妙に異なりますが、「武居」で間違いないでしょう。長野県といっても各地に「武居」がありますが、諏訪大社上社の氏子とすれば、ここの「事代主命社」を強く推すしかありません。
最後にもう一つ、えびす様のお誕生日は福徳元
年正月三日と謡われています。
(楷書体フォント)
[222] 吉井良尚選集, 吉井良尚先生古稀勤続五十年祝賀会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/2965396/1/48 (要登録) 左
[253] 民俗芸能研究 (5), 民俗芸能学会編集委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/7959555/1/13 (要登録) 左上
鹿児島
鹿児島
[252] 夜須町史 下巻, 夜須町史編纂委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9576271/1/227 (要登録) 右
福岡県
[215] 近畿民俗 = Bulletin of the Folklore Society of Kinki : 近畿民俗学会会報 (18)(26), 近畿民俗学会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/6046000/1/20 (要登録) 左下
石見国
「福徳元年正月三日まだ卯の刻になるかならざるに信濃国武井宮の元安が木のもとで」
松江藩
広島 因島
[234] 家船民俗資料緊急調査報告書, 広島県教育委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9769128/1/61 (要登録)
[240] 広島県民俗資料 8, 村岡浅夫, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9573980/1/167 (要登録) 左
[236] いきなじまというところ : 生名島と久兵衛さんの増刊号, 森本正勝, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9768994/1/193 (要登録)
愛媛県 (因島の隣)
[214] 祭り風土記, 宮尾しげを, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9542658/1/40 (要登録)
関西
[211] 淡路の人形芝居, 広川清, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1055520/1/53 (要登録)
[224] 淡路島の民俗, 和歌森太郎, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9544744/1/191 (要登録)
[249] 兵庫教育 37(12)(420), 兵庫県立教育研修所, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/7924527/1/2 (要登録)
淡路島
3つめに紹介したいのが、明石海峡大橋が架かる淡路島の、淡路町
岩屋にある、石屋(いわや)神社の「恵比須ばやし」です。 その石屋神社では、毎年3月に、大漁を願い春を
告げる祭りが行われます。そのときに、神社の境内で恵比須舞が舞 われます。 昭和50年ごろまでは、人形座がエビスさんなどの人形を操っていた
そうですが、今は、地元の人がエビスさんや庄屋さんにふんして舞 います。そして、恵比須ばやしの謡い手と、その謡いに合わせて太 鼓や拍子木を打つ人がいます。次に挙げる歌詞は、今年3月10日(日 )にうたわれた恵比須ばやしです。 ◆ ────────────────────────── ◆
▼△▼ 恵美須ばやし ▼△▼
(岩屋恵比須舞保存会 「恵比須ばやし」台本より)
※<の記号は、歌詞の繰り返し。
さて、さても目出たし恵美須殿の生まれ月日は何時かと
問えば、福徳元年正月三日、寅の一天まだ卯の刻に
なるやならずに、淡路の国は岩楠が宮にて、やすやすと
ご誕生なされた、なされ、なされ、なされた。
◆ ────────────────────────── ◆
石屋神社の宮司さんがおっしゃった、「昭和20年代には、淡路島の
あちこちの神社で、エビス舞をそれは盛大にやっていたものですよ 」というお話が印象的でした。淡路島は海に面しているので、人形 芝居のエビス舞によって、大漁が願われたのでしょう。今では、淡 路島の中でエビス舞があるのは、石屋神社と人形浄瑠璃館だけです 。
[4] m-uta052, , https://www.eonet.ne.jp/~rekio/kayouken/backmumber/m-uta052.htm
[201] 民俗芸術 3(9)(33), 民俗芸術の会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1524799/1/20 (要登録) 右下
徳島県
[216] 近畿民俗 = Bulletin of the Folklore Society of Kinki : 近畿民俗学会会報 (19)(27), 近畿民俗学会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/6046001/1/19 (要登録) 左上
徳島市
[220] 柿島村史, 柿島村誌編集委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/2993276/1/217 (要登録) 左
徳島
[225] 浦庄村史, 浦庄村史編纂委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/2998251/1/309 (要登録) 左
徳島
[226] 貞光町史, 徳島県美馬郡貞光町史編纂委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/3022340/1/810 (要登録)
[232] 芸能 11(12)(130), 芸能学会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/2276325/1/17 (要登録) 右
徳島県 三好
>>209 阿波
[5] https://tufs.repo.nii.ac.jp/record/6456/files/acs082013_ful.pdf #page=7
阿波
西宮からえびすさんが 生まれ誕生はいつぞと問うなら まずは生まれは福徳元年正月三日 虎がいってんまだ卯の刻に なるよならずよ 信濃の国の竹井が森で 金の木陰で やーすこんがらしょと おいべっさんが御誕生なされた
[219] 神領村誌, 神領村誌編集委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/2996786/1/408 (要登録) 右下
徳島
[227] 諸国祭礼行脚, 宮尾しげを, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9545320/1/40 (要登録)
徳島
[233] 正月の行事 第3 (徳島県・三重県), 文化庁文化財保護部, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9546162/1/33 (要登録)
徳島
徳島県
[218] 七十七年の回顧, 高畠亀太郎, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/3008610/1/63 (要登録) 阿波
[2] 徳島県の祭り・行事調査報告書.pdf, https://www.pref.tokushima.lg.jp/file/attachment/1062114.pdf#page=168
[243] 徳島の研究 第7巻 (民俗篇), 石躍胤央, 高橋啓, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9575152/1/59 (要登録) 右
阿波、淡路
これに対して本稿では、16 世紀前半に西宮神社の神人として諸国を徘徊した祝福芸に由来す
る木偶(=人形)箱廻しの芸能と、出雲大社の神人に系譜を有すると推定される大黒人(大黒 舞)の芸能をとりあげ、その詞章と楽曲の分析を通して、門付け・祝福芸について、その「商 品としての芸能の具体的なあり方」の検討を目的とする。
本稿が、既述のように、徳島県三好郡の吉野川上流域の門
付け芸人によって伝承された木偶箱廻しと、1997 年からその芸人に実際に師事することでその 芸能を復活した「阿波木偶箱廻しを復活する会」(以下、「復活する会」)の記録と演唱を素材と するのは、
「三番叟まわし」詞章
阿波木偶箱廻しを復活する会 1)
(ここからそのまま恵比寿廻しに移行――引用者注)
西宮からえびすさんが 生まれ誕生はいつぞと問うなら まずは生まれは福徳元年正月三日 虎がいってんまだ卯の刻に なるよならずよ 信濃の国の竹井が森で 金の木陰で やーすこんがらしょと おいべっさんが御誕生なされた
1) この詞章は「復活する会」が調査の過程で記録したものをご提供いただいた。
これは、門付けにもよく来たが、ご祝儀もので、よく寄席などで、かくし芸で披露される。 ここでは、その祭文の全部を、多度津の藤岡清さんに聞かして貰ったものを書くことにした。
先づは芽出度や、西の宮の恵比須三郎左衛門の丈は、
生れ月日を何時ぞと問えば、福徳元年正月三日
寅の一天、まなわの刻(こく)に、成るや、成らさん、信濃の國は、
竹日(ちくひ)が森の木々の木陰(こかげ)で、安すやす御誕生なされ、
成され、成された。成された処で、氏子子供に、肴のことなら、鯛の浜焼き、
[203] 讃岐俗謡集, 笑門散人, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1233932/1/10 (要登録)
[217] 法勲寺村史, 法勲寺村史編集委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/2998191/1/233 (要登録) 左上
香川県
[235] 詫間町誌 : 新修, 詫間町誌編集委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9573069/1/497 (要登録)
香川県
[237] 財田町誌, 財田町誌編纂委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9572806/1/508 (要登録) 左
香川県
[238] 高瀬町誌, 高瀬町誌編集委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9573154/1/462 (要登録) 左
香川県
[241] 豊中町誌, 豊中町誌編纂委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9770490/1/480 (要登録) 右下
香川県
[244] 新編香川叢書 民俗篇, 香川県教育委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9574940/1/371 (要登録)
香川県
他には元来他の土地から家々を訪れていた門付芸が土着したものと思われる「大黒舞」「えびす舞」の例がある。一例ずつ歌詞を掲げる。
まずはめでたい西の宮の恵比須三郎左衛門尉は 生まれ誕生はいつよと問えば 福徳元年正月三日 寅の一点まだ卯の刻にやすやすと 御誕生なされた〈以下略〉(松山市泉町 恵比須まわし歌)
[3] データベース『えひめの記憶』|生涯学習情報提供システム, https://www.i-manabi.jp/system/regionals/regionals/ecode:2/50/view/6619
〈南予地方の恵比須舞い歌〉
先ず 先ず めでたい めでたい 西の宮の恵比須三郎左衛門の尉 ご誕生なされた なされた なされた 信ある人には福を与えて 福を守り 神々と祝い申せば お蔵も繁昌 麿が生まれは いっそと問えば 福徳元年正月三日 寅の一天 まだ卯の刻に やすやすと御誕生なされたなされた
[221] 愛媛民謡集, 愛媛県史編さん委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9544183/1/192 (要登録) 右下
[239] 長浜町誌, 長浜町誌編纂会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9769393/1/443 (要登録) 左上
[185] えびす信仰事典 - Google ブックス, , https://books.google.co.jp/books?id=glXcN9r6GhAC&pg=PA166&dq=%22%E7%A6%8F%E5%BE%B3%E5%85%83%E5%B9%B4%E6%AD%A3%E6%9C%88%E4%B8%89%E6%97%A5%22
えびす様の石像(勝山町)エビス石像. -166- 、家々を寿いだ。「まずはめでたやめでたや、西宮の恵比須三郎左衛門尉は、まろが生まれはいつぞと聞けば福徳元年正月三日は ...
[242] 信濃 [第3次] 31(1)(349), 信濃史学会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/6069832/1/7 (要登録)
愛媛
[248] 三善生活誌 第1輯 (肱川とむら), 常磐井忠伽, 森正経, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9576123/1/149 (要登録) 右
愛媛
[247] 愛媛県史 民俗 下, 愛媛県, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9774873/1/143 (要登録) 左下
[254] 土佐史談 (197), 土佐史談会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/7913140/1/15 (要登録) 左
高知県土佐清水市
[223] 上南部誌, 上南部誌編纂委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/3020954/1/403 (要登録)
和歌山
現定1口<柏木白光直筆サイン入り・BOOSTER限定版カバー>
【作品集『天と地 熊野をめぐる書巡礼』+ 作品名:恵比寿まわし歌(えびすまわしうた)コース】 1,188,000円
まずはめでたや まずはめでたや
恵比寿様が福徳元年 正月三日 とらの一天
まだ うのくにから やすやすやすと ご誕生なされた
なされた どっこい なされた なされた日には
【作品「恵比寿まわし歌」について】
伊勢の浜島にある宇気比神社(うけひじんじゃ)には、恵比寿神社があります。祀られているのは、必勝の守り神である「鼻欠け恵比寿様」。大漁を願う漁師たちが、夜密かに恵比寿様の像の鼻をお守りとして削っていったと言われています。
作品「恵比寿まわし歌」では、ネパールで梵字と仏画を学んだ柏木白光によって恵比寿様が描かれています。恵比寿様の周りに書かれているのは、「まずはめでたや、まずはめでたや」から始まる「恵比寿まわし歌」です。日本古来の福の神であり、漁業や商売の神として祀られてきた恵比寿様のとてもおめでたい作品です。
[191] 倭文麻環 巻之5,6, 白尾国柱 (斎蔵), 山本盛秀, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/899885/1/45
福徳元年正月7日、まだ巳の刻にもならないとき
[194] 徳川文芸類聚 第9, 国書刊行会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/945814/1/128 左下
「福徳元年正月三日まだ卯の刻に」
[198] 謡曲界 12(1), 丸岡出版社, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1531893/1/49 (要登録) 左上
「福徳元年正月三日まだ卯の刻に」
[202] 大日 (22), 大日社, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1595728/1/87 (要登録)
[205] 民政 7(1), 民政社, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1583468/1/56 (要登録) 左中央
[208] 辻風土記, 山下待夫, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1234829/1/278 (要登録)
[210] 木太刀 33(1), 木太刀社, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/2346896/1/27 (要登録)
[168] 日本国広島県広島市安佐南区沼田町阿刀神楽 (広島県指定無形民俗文化財) 恵比寿舞 >>97 (若田佳子)
そもそも恵比寿三郎殿の御誕生は何時ぞやと ふくとく元年閏(の)正月の初(の)三日 巳の年 巳の日 巳の刻に御誕生なされしが 産湯の次第も面白し
[175] ウェブ上では平成時代に確かに 恵比寿舞 が舞われていたらしいことはわかりますが >>174、 その内容まではわかりません。
[256] これ1例だけ他と系統が違いそう。ウェブ上にはこの系統のものがまったく見当たりません。 これはたまたまなのでしょうか。それとも本当に孤例なのでしょうか。
[261]
>>168 の三日巳年巳日巳刻はもともとは言葉遊びというか語呂合わせで出てきたのでしょうけど、
三寅
[187] えびす信仰というものは全国に広がっているようですが、ウェブ上でこの謡の痕跡が見つかるのは瀬戸内海と四国が中心で、その周囲にちらほらと見られます。 これは実際の地域分布なのでしょうか、 それともたまたまウェブ上で見つかるのがこれだけなのでしょうか。
[188] 瀬戸内海沿岸を除くと中国地方にはほとんどなく、 九州も鹿児島以外ほとんどない、 中心地の四国も高知県はほとんどない、 という分布はとても興味深いです。
[255] 西宮神社についての伝承であるにも関わらず、 西宮神社自体を除けば兵庫県本土や近畿地方にはぜんぜん分布していないのも不思議です。
[189]
各地域とも
「いってん」の解釈に苦労していそうな感じがしますが、
「一点」、点は時刻単位と解釈するのが妥当でしょう。
[258] 本項の通り西日本各地に分布していることは、明治時代以来数々の記録がありますが (ウェブで見つからないだけで近世にも記録はあるのではないでしょうか)、 その内容の考察がほとんどされていないのは不思議です。
[259] 「福徳元年」についても考察はほとんどありません。 民俗学はそれがいつかあまり重視していないし、 歴史学は民俗学的資料をあまり扱わないのでスルーされてきた感じですかね。
[170] この「福徳元年」は令和2年まで私年号研究分野では報告されていなかったようです。
[190] >>180 16世紀前半といういい感じのタイミング、なんだか気になりますね。
[263] 組み合わせとしては
が考えられますね。どれもそれなりの理屈は立てられそうですが、これといった確証は今のところなにもありません。
[267] 恵比寿と「福徳」というキーワードは「福徳元年」と関係ないところでもかなり強く結びついていて、 >>263 のどの起源だとしてもそれが発展して「福徳元年」伝承の元になった (「福徳元年」伝承から恵比寿と「福徳」の関係が生じたのではない) ように感じられます。
[260] >>259 でも弥勒元年の伝承は民俗学方面で一応言及はされてますし、 「弥勒元年」「福徳元年」みたいな表現が何なのかって民俗学的にも普通に興味持たれそうな題材ではないのですかねえ?
[262] このタイプのなんとか元年って他にはないんですかねえ?って聞いたら答えてくれる博識の学者さんはいそう。 でもそういう論文は出てこない。深掘りはされてなさそう。
[427] Xユーザーのわたわたさん: 「今日の演目は、改元の時に微妙に話題になった偽年号「福徳元年」が唱で出てくるぞ。 演目名は「恵比寿」 鯛釣らない。他地域で旗舞とか笹舞とかの演目名だったりする。 ちなみに笹は朝取れで新鮮。」 / X, , https://x.com/grata23/status/1545982773390819333
[10] 平成24年に 2ch に投稿した、福徳私年号と諏訪満隆と西宮とえびすの福徳元年を結び付けた投稿があります。
364 :名無しさん@京都板じゃないよ:2012/01/23(月) 16:19:13.59 .net
>>361 「西宮の恵比寿三郎左衛門尉は 福徳元年正月三日、信州の竹井が森の生まれ」…だろw365 :名無しさん@京都板じゃないよ:2012/01/23(月) 16:36:46.58 .net
はじめ諏訪三郎左衛門尉満隆、のちに諏訪三郎薩摩守満隆。 戦国時代の武将。諏訪頼満の三男。 福徳元年(1490年)信州の竹井ヶ森で生まれ。 天文15年(1546年)武田信玄に反乱を起こして切腹を命じられるが 脱走して放浪の旅へ。最後は西宮に落ち着く。
[11] 記載がこれだけしかなく、何らかの伝承なのか、誰かの学説なのか、 投稿者の妄想なのか、一切不明です。
天文一五年八月二八日(1546) 諏訪満隆、自害す、
[出典]
神使御頭之日記・天文十五年・○・諏訪郡茅野町・守矢真幸氏所蔵
[12] 天文15年に死去が通説。これを否定する学説や伝承は、 令和8年現在 Web検索では見つけられません。
[13] 令和4年にウィキペディアに興味深い変更が匿名編集者によって行われています。
2022年6月17日 (金) 02:32時点における版 編集 取り消し
126.133.17.130 (会話)
「受領名は薩摩国|薩摩守。」 → 「はじめ左衛門尉のちに薩摩国|薩摩守。」
不満を抱いて反乱を起こしたが鎮圧され切腹を命じられたが、脱走して生き延びた。
[14] 2ch の投稿と似たような記述ですが、出典等の記載は一切なく、 根拠は不明です。
2022年6月26日 (日) 12:57時点における版 編集 取り消し
松茸 (会話 | 投稿記録)
生年 → 「{{要出典範囲|延徳2年(1490年)|date=2022年8月}}」
不満を抱いて反乱を起こしたが鎮圧され切腹を命じられ
たが、脱走して生き延びた。
[15] 1週間後に別の編集者が変更しています。
... と扱いがばらばらですが、この変更の根拠は不明です。
2022年6月17日 (金) 03:18時点における版 編集 取り消し
126.133.17.130 (会話)
* 諏訪薩摩守 - 戦国時代、摂津国で三好氏に仕えた。
[19] 当該匿名編集者はほぼ同時に諏訪満隆を忍者の一覧に追加しています。 根拠は不明です。
南朝正平五年一二月一八日(1350) 足利直義、諏訪三郎左衛門尉跡代官の、摂津夛田院領同国善源寺東方地頭職を違乱するを停め、同院をして、之を安堵せしむ、
[21] 時代がまったく違いますが、諏訪三郎左衛門尉が摂津で地頭を務めています。 左衛門尉・摂津に結合されたのはこれが材料だったのでしょうか。
[22] 諏訪満隆は三郎ではありませんが、三男です。 そこで同一人物説が作られたのかもしれません。
[23] 想像される過程 :