徳応

徳応 (『嘉吉物語』)

[43] 徳応は、 日本の異年号の1つです。

元号名

[41] 読みは、 「とくおう」 (歴史的仮名遣い: 「とくをう」 >>40) です。

用例

日時事例

[13] 第一類や第二類にはミセケチなどがないのに対し、 第三類はミセケチや書き入れで様々に改変されており、 第一類・第二類では年号に疑問が挟まれなかったのに対し、 第三類の書写者や校訂者が疑問を抱いていたことが知られます。 >>1 #page=49

[16] 内容は、文和年間の史実を記述したものです。 書写時期より、文和2年が原型で文和3年は誤写と考えられます。 何度か繰り返された争乱であり、史実としては3年が誤りとも言い切れません。 >>1 #page=50

[44] 第三類本の成立は遅くても天正年間とされます。 >>1 #page=6 第一類、第二類の成立はそれよりも前ですが、現存本は近世のものです。

日時事例

諸説

[48] 該当の年号を諸本は

... と様々に表記しています。

[56] 史実としては文和年間の出来事と考えられており、 これを正しく叙述したのだとすれば、文和2年ないし文和3年が祖本の原記述だったと考えられます。

[57] しかし文和とそれ以外とは、字形発音も違いがありすぎて、 単純な誤写・誤伝で説明するのは難しいです。

[58] かといって改竄するような動機も思い当たりません。

[59] 昭和時代和田英道は諸本を調査し状況を整理しましたが、 なぜこのようなバリエーションが発生したのかの根本的原因までは特定できていません。 その後もこれを説明した文献は見当たりません。

[60] 第三類の祖形が徳応だとすると、これは日本の公年号ではないので、 他の記録等からの混同や誤校訂とも考えられません。

[61] 私年号徳応は、奇遇にも嘉吉元年ではないかと考えられていますが、 嘉吉物語の徳応3年は嘉吉年間とは遠く離れた時期で、 直接関係しているようには思えません。 嘉吉物語諸本の成立地はともかく作中の舞台地は畿内であり、 私年号徳応のみられる東国と離れています。

研究史

[47] 近世の研究者らは 嘉吉物語 諸本の書写・校訂に当たって徳応を不審に思い、 他の元号の誤りと考えてそれぞれに訂正したようで、 それらが現存諸本の差異として残されています。


[45] の論文は、 嘉吉物語 の諸本の系統を分析するものですが、 諸本の相違点の1つとして徳応の日付を検討しています。 >>1


[46] 私年号研究の文脈で言及した事例は知られていません。

関連

[2] 中世東国私年号徳応との関係は現在のところ知られていません。

メモ