延平

正平

[1] 正平は、 日本の元号の1つです。

元号名

延平

[10] 文化11年に刊行された年表 和漢年代広記大成 は、 貞和2年に「南朝延平」とあります。 >>9

[11] 正平の正が、字形が似て近くにある延元に引きづられて延に転じたのでしょうか。

元年

[5] 昭和42年の 日本私年号の研究 は、 私年号ではない私年号的諸資料の章で、 立項せず本文で、 長崎県史史料編一所収 佐須郡御判物帳 が貞治→貞徳, 正平→元年と誤っていることを指摘しています。 >>6

正二十

[588] 青森民友 昭和三十二年三月三十一日掲載 中山修験宗の文化物語 (36), 開米智鎧に, 「発掘資料の断片」 を根拠に 「正二十元年」 に云々との記述がありました。 >>586 p.148

[589] この表記が「発掘資料」に由来するものか、 開米智鎧または青森民友が誤ったものか不明です。 藤原明は「二十」の後に「平」の誤りかと注釈しており >>586 p.148、 「正平元年」を意味すると解したようです。

[590] ここにいう「発掘資料」とは、 和田家文書の偽造で知られる和田喜八郎が発掘した 「役小角墳墓」 で出土した文献です。 役小角研究で知られた郷土史家の開米智鎧 (-) は、 当時真書と信用していたようです。 現在ではそれらも墳墓自体も捏造と考えられています。

[591] 「二十」と「平」は字形が似ています。 原書 (偽文書) の字形がやや崩れていて見誤ったのでしょうか。

[8] 和田家文書の日時も参照。

1年ずれ

建徳

用例

[7] 板碑概説, 服部清五郎, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1918330/1/390?keyword=%E6%AD%A3%E5%B9%B3 (要登録)

関連

日本南北朝時代の元号

正平の一統

正平六年六月一日

メモ

[3] 回想のなかの図書館 : 中之島から宿院へ, 田島清, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12273880/1/41?keyword=%E6%AD%A3%E5%B9%B3 (要登録)

[4] 南北朝時代の記憶を680余年語り継ぎ、五條家ゆかりの人々が今年も金烏(きんう)の御旗の元に集う|五條家御旗祭【福岡県八女市】 – ローカリティ!, https://thelocality.net/gojyoukemihatamatsuri/

良成親王の文書も一通あります。正平9年は南北朝合一し、この年で年号は終わっているのですが、良成親王が書いた文章には正平12年や13年の年号もあります。これは、南朝再興の意志をしっかりと持ちながら、手紙を書き続けていると考えられています。そして、南朝はこの八女の地方に残って、違う生き方をしながら、色々な方たちが家臣となって住みつき、この地域を発展させていきました。