ローマ暦

ローマ暦

ロルムス王時代

[5] Romulus (ロムルス) 王時代 (紀元前750年頃) のローマでは、 1年を304日としていました。 304日とは不自然ですが、再寒期約60日間は不必要として参入されなかったという説があります。 暦法及時法

[6] 1年を次の10ヶ月に分けていました。 暦法及時法

n
月名
c
日数
n
Martius (マルチウス)
c
31
n
Aprilis (アプリリス)
c
30
n
Maius (マイウス)
c
31
n
Junius (ユニウス)
c
30
n
Quintilis (クインチリス)
c
31
n
Sextilis (セクスチリス)
c
30
n
September (セプテンベル)
c
30
n
October (オクトーベル)
c
31
n
November (ノーヹンベル)
c
30
n
December (デケンベル)
c
30

[7] 第5月以降は、月番号がそのまま名称となったものです。

ヌマ王時代

[8] Numa (ヌマ) 王時代 (紀元前710年頃)、 1年は355日に改められました。 これは12朔望月 = 354日余りに依るものとされています。 暦法及時法

[9] 新たなが年末に2つ追加され、1年は12ヶ月となりました。 暦法及時法

n
月名
c
日数
n
Januarius (ヤヌアリウス)
c
29
n
Februarius (フェブルアリウス)
c
28

[10] 既存ので30日だったものは、29日に改められました。 偶数が不吉という迷信に依るものといいます。 暦法及時法

[11] 回帰年で10日余りがあるため、 1年毎に22日または23日の閏月 Mercedonius (メルケドニウス) を Februarius の23日と24日の間に挿入していました。 暦法及時法

[12] ヌマ王以後共和政時代に Martius を年始としたのか、 Januarius を年始としたのかは議論がありますが、 一般人は従前の慣習により Martius を年始としていました。 暦法及時法

[13] ユリウス暦改暦の後 Januarius を年始としたのは、 ローマ建国紀元601年 (紀元前153年) 以来 Januarius を公務上の年始としたことに依るといいます。 暦法及時法

[14] その後ユリウス暦改暦されました。

メモ

[1] 暦Wiki/古代ローマ暦 - 国立天文台暦計算室 ( 版) <http://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/B8C5C2E5A5EDA1BCA5DECEF1.html>

[2] 暦Wiki/要素/1か月とは?/月の日数 - 国立天文台暦計算室 ( 版) <http://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/CDD7C1C72F1A4ABB7EEA4C8A4CFA1A92FB7EEA4CEC6FCBFF4.html>

[3] 古代ローマの暦_Via della Gatta ( 版) <http://www.vdgatta.com/note_fasti.html>

[4] ローマの古い暦- ( 版) <http://can.ifortune.net/wiki/wiki.cgi/calen/%e3%83%ad%e3%83%bc%e3%83%9e%e3%81%ae%e5%8f%a4%e3%81%84%e6%9a%a6>

[15] 紀元前153年 - Wikipedia () <https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%80%E5%85%83%E5%89%8D153%E5%B9%B4>

属州のヒスパニアで反乱があり、この年の執政官は、例年の3月15日よりも前に着任した。これは、以降の年の慣例になり、結果として、1月1日はローマ年の最初の日になった。