[6] 祭事など季節のイベントを元々の日取りから1ヶ月遅れて実施するものを月遅れ、 中暦といいます。
[7] 日本では旧暦から新暦への改暦により月が約1ヶ月移動したため、 従来日付により実施時期が定められていた行事の季節がずれてしまいます。 その対策として、主として
... の3通りの方法が採られています。3つ目の方法が月遅れです。
[11] 中暦と呼ばれるのは新暦と旧暦の中間、折衷案という意味合いでしょう。
[24] 月遅れ旧暦、月遅れの旧暦という言い方がされることも稀にありますが、誤りに近いです。 この言い方だと旧暦 + 1 月のように解釈されてしまいます。 月遅れは (旧暦日付 + 1 月) の新暦の日付であり、旧暦を遅らせたものではありません。
◆ことばの話767「ベガルタ仙台」
8月7日は、仙台の七夕祭り。大阪ではお盆は月遅れというか8月中旬ですが、七夕は7月7日です。仙台以外にも8月7日に、つまり月遅れの(旧暦=陰暦の)7月7日に行うところがあるかどうかは知りませんが、今年は8月6日、つまり昨日、仙台で七夕祭をしている様子を、各局のお昼のニュースで流していました。
何のことはない、旧暦の日付に「プラス一ヶ月した新暦」を仮の旧暦と見な すというものです。つまり旧暦 7/15なら、 旧暦 7/15 + 1ヶ月 → 新暦 8/15 (月遅れの旧暦) という具合です。「月遅れの旧暦」何ていっても全く旧暦とは違うものです が分かりやすいこと、新暦での生活と整合させやすいことから現在では広く 使われている方式です。
■ 月遅れのひな祭
明治の改歴のため万事、年中行事も月遅れの旧暦との対比が始まったのはここからでした。上巳の節句と呼ばれたひな祭りは旧暦では3月の終わりから4月の初めに行われていました。正に春の節句だったのです。新暦の太政官布告にはこのような年中行事も新暦に合わせるようにと書かれています。↓ それで3月3日という日が定着するようになりました。しかし地方によっては今でも旧暦に合わせて月遅れの雛まつりをしているところも少なくありません。しかし一方ではひな人形を早くしまわないと婚期が遅れるとかの迷信もあります。これは季節の節目が変わってもだらだらと出しておくことへの戒めとして伝わったようです。何の根拠もありません。
一、「諸祭典等舊歴月日を新暦月日に相当し施行致すべきこと」
初盆の期間は、通常のお盆と同じです。東京の一部は、7月15日のお盆(旧暦)。全国的には、新暦(月遅れの旧暦)8月13日~15日、16日お盆明けが多いです。
七月の十五、十六日=旧暦の七月十三日が盆迎え火、十五日が盆、十六日 が盆送り火。関西地方では現在でも八月十三日~十六日に一か月遅れ の旧暦でお盆を迎える。
記録に残るところ祭は陰暦10月11日から25日までの15日間行い11日から17日までが上忌で準備期間としての散祭(あらいみ)、18日から25日までが下忌で致祭(まいみ)とされ下忌の方が重儀で18日に神迎神事を行い境内に注連縄(しめなわ)を引き渡すと25日の神等去出(からさで)神事が終わるまで謹慎斎戒に服しました。
そして明治30年頃より陰暦10月を陽暦11月に改め上忌が無くなり下忌のみを執行することになり現在にいたっています。
祭日 新暦11月20日〜25日 【20日午後8時神迎え神事 25日 午後8時 神等去出神事(神送り)】
佐太神社で
は、現在月遅れの11月20日に神迎えが、25日に神送りが 行われます。
出雲大社など、主に出雲西部の神社では、神在祭を旧暦で行われるところが多いのですが、佐太神社では月遅れ。つまり、1月遅れで行われます。なので、毎年11月20日に神迎え祭を行って八百万の神々を迎え、11月25日の神等去出(からさで)祭で、全国各地へお送りされる事になります。
[22] 伝統的行事を月遅れにするかどうかは地域差、行事ごとの判断の違いが大きいです。
[13] 七夕のような場合、 全国的には日付をそのままグレゴリオ暦に移したものが主流で、 地方では月遅れで行われることもあります。
[14] お盆のような場合、 全国的には月遅れが主流で、 地域によって他の日取りとなっていることもあります。
[15] 十五夜のような場合、 グレゴリオ暦でも月遅れでもなく旧暦のままのことがあります (そうしなければ月の形状が変わってしまいます)。
[23] 正月のような場合、 全国的には日付をそのままグレゴリオ暦に移したものが主流で、 地方ではそれに加えて旧暦でも行うこともあります。 月遅れはまず行われません。
中暦(ちゅうれき)とは、新暦を1ヶ月遅れにした暦のこと。
[1] 月遅れ - Wikipedia ( 版) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%88%E9%81%85%E3%82%8C
やがて明治新政府が樹立し全国的に"新暦"が使われるようになりましたが、仙台の七夕は「お盆と、稲刈りでの豊作」の両方を祈るという意味を持っていたので、新暦ではタイミングが合いません。
そこで仙台七夕は、新暦と旧暦の間の「中歴(月遅れ)」における8月7日を採用しました。そして昭和3年(1928年)からは毎年、8月6・7・8日の3日間で開催されるようになったのです。
お盆を7月のままにしたというのは諸説があります。「こち亀」こと「こちら葛飾区亀有公園前派出所」では両さんが「江戸っ子は気が短いからお盆は早く済ませて、夏は海で遊ぶんだよ」と言っていますが、これはあとづけの理由でしょう。一説には東京というのは江戸時代から全国各地から人が集まってくる場所でした。そのため江戸のお盆は早く済ませて、8月のお盆は地方へ帰ってもらえるようにする、といった目的もあるようです。地方から東京へ来た人が、7月盆の風景を見るとどこか違和感があるのはそのせいでしょうか。
なんてことはさておき、一般的には3日を過ぎたら片付ける、ということ
が多いようですが、旧暦(4月3日)まで飾る地域もあるようです。
ということでその頃まで飾っても問題はありません。
[5] () http://www.asj.or.jp/geppou/archive_open/1973/pdf/19730104.pdf
昭和35年7月1日の「広報いわき」には、お寺も8月お盆に改めるとしている。新旧両暦を使っている生活を改めるためである。8月盆だと農作業に影響なく、子供の教育や諸般の行事にも有効だからだという。もちろん、この規定に村民が素直に従ったかどうかは疑問である。明治維新後に新暦(太陽暦)が導入されたとはいえ、旧暦(太陰暦)は農作業に適した暦だった。維新後80年異常たった当時の岩木村民でさえ、新旧両暦を使って生活し続けていた実態を考慮する必要があろう。
江戸時代の頃のお盆は、旧暦の7月14日と15日に行われていました。これは、現在の8月14日と15日にあたります。明治時代に入り、改暦によって現在と同じ西暦が使われるようになったため、改暦前(旧暦)の日付通りに現在の7月14日と15日にお盆を行うか、改暦に倣って西暦の日付である現在の8月14日と15日にお盆を行うかの違いによって、今でも7月と8月の両方にお盆が存在しています。
では、地方はなぜ変わらななかったのか? ほぼ1カ月繰り上げという突然の制度変更でしたので、新政府の意向が浸透していない地域や、地方の新暦の7月は、まだ農業が忙しい時期と重なることから、旧暦のお盆の時期をずらすことなく、8月15日前後に行われており、それが今でも続いているそうです。
[21] >>20 この説では旧暦でなく月遅れで実施している説明になっていない、というか旧暦と月遅れの違いがわかっていない?