[11]
乹は乾の異体字であり、当時の書記慣習により、
特に意図なく使われ得たと考えられます。
[15] 詳細情報なく、銘文の全体や現況などは不明です。
[16] 昭和時代後期に司東真雄の書籍で異年号の一種行仮借年号の1事例として紹介されました。 >>4, >>5
[18] 此れ以外に私年号研究の文脈で取り扱った事例は知られていません。
[19]
なお、一般的に異体字として扱われる字形差に過ぎないため、
史料集等の翻刻では特に注釈なども無く通用字体である乾に置き換えられる可能性が高いと考えられ、
>>12 以外にも用例は存在しているかもしれません。
[7] 正安4(1302)年11月21日、 乾元に改元されました。 後二条天皇の代始改元です。
[8] 乾元2(1303)年8月5日、 嘉元に改元されました。
[20] 群馬県史 資料編 8 (中世 4 金石文), 群馬県史編さん委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9644240/1/433?keyword=%E8%88%88%E7%A6%85%E5%AF%BA (要登録)
[3] の自治体史が、 乾元の異年号の板碑があるとしています。 >>1
[9] 乾元は公年号であり、本書の他の部分にも公年号の乾元の記述があります。 ここでの異年号がどういう意味なのかはよくわかりませんが、 他の板碑の年代の説明には西暦年が注釈されているのに対し、 乾元には注釈されておらず、公年号ではないと見なされているように思われます。
[6] 乾元 (日本) - Wikipedia, , https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%BE%E5%85%83_(%E6%97%A5%E6%9C%AC)