嘉元

嘉元

元号名

異体字

[2] >>1 は1字目の嘉の異体字の上半分のみ残存の板碑。嘉元と推定されている。

[4] 千葉県史料 金石文篇 3 補遺, 千葉県企画部県民課, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9641996/1/46?keyword=%E4%B8%83%E4%B8%80%E5%85%AB (要登録)

𬻎元

喜元

[10] 嘉元が喜元と書かれたと思われる例が知られています。

用例

日時事例

[17] >>11 >>13 は日本安芸国の田所家の系譜資料です。 両者の内容には違いがありますが、共通の原資料が使われたと推定されています。 >>9


[24] 楷書で誤記と思われるが検討を要するもの :

[23] 明朝体の誤植の可能性もあるが検討を要するもの :

[29] 草書で、第1字はどちらかといえば㐂に近い字形のもの :

[27] >>26 草書。 第1字はどちらかといえば㐂に近い字形。 朱書で𬻎に近い字形に訂正されている。

諸説

[53] 嘉を使った元号名が喜と書かれた事例はほかにも知られています。 嘉と喜

研究史

[18] の書籍は、 >>16 を紹介して、 「喜 ((嘉)) 元2(1304)」 (明朝体) と注釈しています。 >>9 /36 この部分の初出は一九七八年五月 () の入稿とされます。 >>9

[19] 同書の付論は、 昭和57年出版時の加筆と思われますが、 >>15 >>16 を紹介して、 両書共通の誤記で、実在しない年号であって、 素材となった史料の誤記であろうとしています。 >>9

[20] つまり、喜元は嘉元の誤記と判断しています。 詳しい論証はなされていないものの、 系譜の前後の関係を見ても、大きな矛盾は生じていませんから、 自明とされたのでしょう。


[52] 私年号研究の文脈で紹介した事例は知られていません。

関連

[39] >>38 唐の乾元の誤り。誤植にしては似ていないが・・・。


[47] >>46 「後白河院喜 ((ママ)) 元二年」 (明朝体)

[48] 後白河天皇の元号だとすると保元か。

かうあん

かうあん三年きのとのみのとし

干支不一致

2年壬辰

メモ