賀慶

賀慶

[40] 賀慶は、 日本の異年号の1つです。

[41] 嘉慶の異表記と考えられています。

用例

宮城県下

日時事例

[44] 令和時代に至るまで、私年号研究の文脈で紹介した事例は知られていません。

千葉県下

日時事例

[14] >>9 に出現する中村胤幹は、同じ香取文書の嘉慶2年戊辰9月6日付のもの、 嘉慶2年12月付のものにも出現します。 >>11

土佐国

日時事例

[30] 令和時代に至るまで、私年号研究の文脈で紹介された事例は知られていません。

諸説

[45] いくつか用例が知られていますが、それぞれで検討されることはあっても、 全体として議論したものは見当たりません。

[49] 各用例は出現する文脈がまったく異なるもので、互いにまったく別個に生じたとみられます。

[46] いずれも比定年を示したものは嘉慶に同定することで一致しています。 根拠は必ずしも明示されているわけではありませんが、 干支年の一致、 の類似、 固有名詞の一致する他史料などから、 この比定で問題はなさそうです。

[47] の異表記の元号名は他にもいくつも知られており、 比定説を裏付ける傍証となると共に、前近代の表記慣習という視点での検討を促すものです。

[48] 文字の選択に意図を見出そうとする説もあります (>>18) が、 この利用状況からすれば、慎重になるべきと思われます。

研究史

[13] 幕末から明治時代に編纂された 香取文書纂 は、 嘉慶2年9月と康應元年の間に >>9 を配置しています。 >>2

[22] の史料集は、 嘉慶2年12月2日と康應元年の間に >>9 を配置しています。 >>5

[25] その他にも >>9 を紹介したり >>4、 参照したり >>3 するものがいくつかみられます。


[19] 昭和42年の日本私年号の研究は、 >>14 および嘉慶賀慶は同音で、 干支年も一致するので、同一の年号と考えられるとしています。 >>11

[16] それに先立つ昭和39年の論文では、同音異字の異年号表に掲載され、 やはり嘉慶と同定されています。 >>15 (が、結論だけで説明はありません。)

[18] としたのは、むしろこそ庶民のとって実感をもって受容しやすい文字だからにほかならない、 とされています。 >>11


[36] の史料集は、 >>28 を紹介しています。 >>8

[31] , の史料集は、 >>28 を紹介して、 「 ((嘉カ)) 」 (明朝体) と注釈しています。 >>7 /563, >>6


[42] 日本私年号の研究私年号ではないと判定したためなのか、 私年号の表などにも掲載はほとんど見られません。 >>43

[27] 中文維基百科の一覧は、 嘉慶の欄で 日本私年号の研究 を出典に 香取文書·嘉慶二年十二月付文書賀慶とすると述べています。 >>26

[39] SNS 投稿は、 >>37 を紹介しています。 >>1

関連

賀應, 賀吉, 賀永

メモ