満鉄史余話

満鉄史余話

[43] 満鉄史余話は、渡辺諒による満鉄を題材とした書籍です。

満鉄標準時について

[4] 満鉄標準時について 83ページ-97ページ, 74年10月17日付け。

[42] 概要:

  • [7] 日本では1873年1月1日に太陽暦採用と共に東京時を「国内一般の時刻の基準」とした。
  • [8] 明治28年勅令で台湾、澎湖島、八重山及び宮古島列島に西部標準時が適用された。
  • [9] 西部標準時実時刻の測定は、台北に測候所を置いてこれにあたらせた。
  • [15] 東清鉄道では露国哈尓浜時間 +08:26 を用いた。
    • [17] 1898年5月の東清鉄道建設開始頃までに測定していたと思われる。 満洲最初の科学的標準時である。
    • [16] 当初は鐡道建設運用のための標準時だったと思う。
    • [18] 露国の満洲支配が遼東半島まで及ぶようになると、 「軍事政治の標準時との時差の便、不便など眼中になかったのであろう」。
  • [13] 中国で1888年頃京奉鉄路が開通している。 1899年以後満洲にも延伸している。 その標準時は不明ながら、後年 +08:00 だったから、 当時も +08:00 ではないか。
    • [14] 中原時 +08:00 は中国の主要地域の標準時で、 日本軍が席巻した時も「ほしいままに動かそうとした形跡はない」。
  • [11] 満鉄営業開始1ヶ月半の標準時は文献からは不明。
  • [5] 満鉄第二回営業報告書に 「標準時ノ改定 明治四十年五月十六日午前零時より当会社ノ時刻ハ本邦西部標準時ニ依ルコトトセリ」 (表記は満鉄史余話ママ) とある。
    • [6]第一次十年史はじめ各社史その他の文献」にこの情報は含まれていない。
    • [10] 滿洲時間は、この西部標準時採用にはじまった。
    • [23] 満鉄自身の「イニシャティブ」に基づくものかどうか?
      • [24] 関東州満鉄附属地西部標準時がいつどのように施行されたのかわからない。
      • [25] 行政が用いる標準時が「中央政府の決定にまたねばならぬ事項であることも明らか」だ。
      • [26] 満鉄記録からは法令に基づき標準時改正したとは読み取れないが、 鐡道標準時が沿線行政標準時となるのが「必定である」から、独自決定とも思えない。
  • [29] 満洲国年表 (満洲国史編纂委員会、昭和31年) の大同2(1933)年2月6日条に「大同二年時憲書を各官衙学校に配布」とある。
    • [31] それ以前に標準時 +08:00 が決められたはずだ。
  • [27] 1935年3月23日に中東鉄道満鉄に譲渡されたとき、 満鉄と同じ標準時だった。
  • [30] 満洲国年表康徳3(1936)年7月7日条に 「満洲国の時間制を日本制採用に決定」とある。
    • [32] 「政治的にも経済的にも国の中枢を占める地帯の自然的条件に最も適当する東経一二〇度線を放棄して、国土の最東端の黒龍江省撫遠県の一角をかすめているのにすぎない東経一三五線に移ろうということを意味するのだから、よほどの理由が必要である。 例により高遠な政治哲学が提唱されたと思うが、真実は日本の軍事的要求が全部であったとみて間違いあるまい。」
  • [33] 昭和12年日本勅令で10月1日以降西部標準時が廃止された。
    • [34] これにより関東州と満鉄附属地も中央標準時となった。
    • [35] 満洲国全体としてもこの日以降 +09:00 を使う「法的措置が講じられたとみてよい」。
    • [36] 平井環氏によると、
      • [37] 社線だけの時代は大連の若草山観測所から標準時を受信し、 社内に流して時計の調節をしていた。
      • [38] 奉天に鉄道総局が置かれた頃から、 関東軍から標準時が送られるようになった。
    • [39] 「標準時改正以後のことではないかと思うが、 改正の中心理念が何であったかを示唆する話である」。
    • [40] 筆者の長女は改正当時吉林の小学校2年だったが、 前日に校長から時計を1時間進めること、 一生のうち何度もあることではないからよく記憶しておくことと指導された。 (筆者は本書執筆まで覚えていたが、長女は覚えていなかった。)

[41] 筆者が執筆当時入手できなかった資料と筆者の推測部分を比べるとあまり正確なことは言っていないので、 それ以外も出典つきの事実の記述以外は話半分に聞いておくくらいで良さそうです... 例えば関東州西部標準時採用と満鉄の標準時変更が同時であること、 大正時代のハルビン時間は +08:23 とされていたこと、 満洲国および関東州の標準時改正と西部標準時廃止に数ヶ月の差があることなど現在では明確になっている基本的な事実を知らずに本稿は執筆されています。

関連

[44] 渡辺諒滿鐵會報 101号 (昭和49・11・15) に満鉄標準時考などを寄稿しています >>45