[10] 私年号 - Wikipedia, , https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%81%E5%B9%B4%E5%8F%B7
私年号 異説 元年相当公年号(西暦) 継続年数 典拠・備考 宝寿 - 天文2年(1533年) 2 長野県佐久穂町出土経筒銘、『古今金工便覧』
石井良助『天皇 天皇の生成および不親政の伝統』p217
たとえば、甲斐、常陸、陸奥、相模、下総などで行なわれた福徳(元年が延徳二年に当たる)、薩摩地方で行なわれた福伝(元年が延徳二年に当たる)、甲斐、常陸、会津地方で行なわれた弥勒(元年が永正二年に当たる)、甲斐に行なわれた宝寿(元年が天文二年に当たる)のごときこれである。改元を奉じないで古い年号を用いた例もある。たとえば、文明三年を享徳二〇年と記したごときこれである(享徳と文明のあいだには、康正、長禄、寛正、文正、応仁がある)。
[659] 歴史の見かた, 和歌森太郎, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12148751/1/78 (要登録)
[20] >>227 は甲斐で使ったと書いており、 >>659 は甲斐や関東で使ったと書いている。
これらはいずれも福伝という出典不明の私年号を紹介する同じ系統の昭和時代の文献群に属し
(
[14] 福島の民俗 2, 福島市史編纂委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9538176/1/261 (要登録)
自ら彫られた不動尊(宝寿二年とか)を厄除不動尊と命名。時の天皇に献上した後、北畠顕家の家臣橘義
他の宝寿との関係は不明、誤記・誤植でないのかも不明