[4] この書写經は、鎌倉時代中期のものと推定されています。 巻181の奥書に建長4(1252)年6月3日の延玄による校合の記録があります。 奈良県内のいくつかの寺社に分散して所蔵されている一部と考えられています。 >>33
[18] 令和8年4月現在、 >>8 は国立国会図書館デジタルコレクションの全文検索が不完全なので、 目視で一部を確認して検出できたものに限られますが、 >>3 と同系統の可能性があり、 しかも日付の入った奥書があるものは、他に次のものがあります。
[19] これら (とその他) を見ると、現存する巻が一部に過ぎないこと、 日付入奥書はその更に一部であること、 延玄の校合奥書があるものは少ないこと、 書写者の奥書があるものは更に少ないこと、 延玄の奥書と書写者の奥書の両方があるものは見当たらないこと、 がわかります。
[20] 延玄の校合は、巻数の小さいものから順に建長年間に行われえていることがわかります。
[21] ところが >>15 は暦仁の書写奥書で、延玄の時系列と矛盾します。 この巻は他の系統に属するものなのか、あるいは延玄の校合と書写は別の時間軸で行われたのか。 こうした事例がある以上、 >>3 を単純に延玄の時系列に当てはめるわけにはいきません。
があります。
01 金剛頂瑜伽護摩儀軌 唐釈不空訳 文保二年写 長元十年釈行円・寿保二年・承徳二年本奥書。ヲコト点附 一冊
[1] 平安遺文フルテキストデータベース - 検索, https://wwwap.hi.u-tokyo.ac.jp/ships/w09/search?keyword=%E5%AF%BF%E4%BF%9D%E4%BA%8C%E5%B9%B4&resultoption=%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%B3%E3%82%B9%E8%A1%A8%E7%A4%BA&page=1&itemsperpage=200&sortby=jc_date&sortdesc=false&sortitem=%E5%92%8C%E6%9A%A6%E5%B9%B4%E6%9C%88%E6%97%A5%EF%BC%9A%E6%98%87%E9%A0%86
1 寿永1年7月 位局申状、宜雖有御綺、教子寿保二年自大柳姫宮、賜永代一円之御 既収 4040 東寺百合文書ヨ 8/3068