保寿

保寿

[4] 北宇智村誌, 吉田寅蔵, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/3017356/1/62 (要登録)

保寿元年九月三日

異元号

[1] 大和文化研究 1(1), 大和文化研究会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/4418768/1/30 (要登録)

奈良県宇智郡北宇智村大字小和 小和御霊神社 神像

保寿元年 九月三日

旧説: 私年号 天文元年 1532 室町時代擬古作

昭和28年7月22日 奈良文化財研究所 調査 藤原時代

[5] 奈良県銘文集成, 土井実, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/2995180/1/362 (要登録)

保寿元年 九月三日

「天文元年にあてるという考え方もあろうが」

像 藤原時代頃か

像の形式、銘文の文字 天文よりもっと古い

(天文説の根拠は書かれていない。そう言っている人もいるが著者は取らない、という書きぶり)

(時期を明言しないが平安時代末に排列)

[7] 五条市史 上巻, 調査委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/3020942/1/200 (要登録)

保寿元年九月三日

保寿 私年号

略縁起によれば霊安寺から移したもの

縁起の近代の写本によると原本には嘉暦3(1328)年の年紀

像 中世末

[3] 五条市史 下巻, 調査委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/3020943/1/32 (要登録)

保寿元年 九月三日

通説では藤原時代末頃

模造的 室町時代半ば頃

私年号 宝寿 天文2年 1533 か

/91

宝寿元年9月3日

異年号 天文2年 1533

/361

私年号

/369

時期示さず

/385

保寿元年 九月三日

様式 藤原時代だが磨滅等から室町時代

私年号 宝寿 天文2年 1533 か

[6] 法学紀要 = Journal of the Law Institute (6), 日本大学法学部法学研究所, 日本大学法学部政経研究所, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/2805065/1/9 (要登録)

保寿元年 天文元年 1532

[9] 日本私年号の研究

[11] 奈良県史 - Google ブックス, , https://books.google.co.jp/books?id=alpMAQAAIAAJ&q=%22%E4%BF%9D%E5%AF%BF%22

57 ページ

O 天文元年(一五三三)八月九日保寿元年 1870 瑞景寺五輪塔地輪奈良市法蓮町八月廿一 1872 五條市御靈神社神像銘 1871 松井寺一石五輪塔五條市須惠一丁目梵道性禅 願主件久行梵道春右為. 1869 春日大社石灯籠奈良市春日野町三輪神社登道北、花崗岩、 ...

58 ページ

五條市大野町 8 五、側面九·八造立之公師僧敬意天文元年寿殊致精誠 1875 造立如右敬白「保寿元年」は私年号とみる。保のつく古い年号は「保安」「保延」「保元」的名加、「保寿」士見当在 S。「宝寿」という私年号があって、「天文元年」に相当するので、 ...

[12] 保寿(ほうじゅ)とは? 意味や使い方 - コトバンク, 精選版 日本国語大辞典,普及版 字通,世界大百科事典内言及, https://kotobank.jp/word/%E4%BF%9D%E5%AF%BF-1415591

[世界大百科事典内の保寿の言及

【異年号】より

,異年号が初めて現れるのは12世紀後半である。まず1167年(仁安2)に当たる保寿の年号は,平清盛の全盛時,平氏と藤原氏の対立を背景に,藤原氏の息災を願う者の使用するところ,

[13] 私年号(しねんごう)とは? 意味や使い方 - コトバンク, 日本大百科全書(ニッポニカ),ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典,精選版 日本国語大辞典,旺文社日本史事典 三訂版,デジタル大辞泉,世界大百科事典内言及, https://kotobank.jp/word/%E7%A7%81%E5%B9%B4%E5%8F%B7-74617

旺文社日本史事典 三訂版「私年号」の解説

私年号

しねんごう

狭義の私年号としては,平安末期の保寿が最初とされる。

[14] 私年号(しねんごう)|日本史 -し-|ヒストリスト[Historist]−歴史と教科書の山川出版社の情報メディア−|Historist(ヒストリスト), http://www.historist.jp/word_j_shi/entry/034456/

平安末期の保寿(ほうじゅ)(1167年頃)が狭義の私年号の最初とされる。 (山川 日本史小辞典(改訂新版), 2016年, 山川出版社)

[10] 私年号 - Wikipedia, , https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%81%E5%B9%B4%E5%8F%B7

私年号異説元年相当公年号(西暦)継続年数典拠・備考
保寿-仁安2年(1167年)?不明奈良県五條市御霊神社神像銘

[201] 昭和時代日本国奈良県の歴史研究者田村吉永 (-) は、 日本国奈良県五条市小和町御霊神社の女神像の墨書銘を紹介しています。 >>200

[15] >>200 に写真と翻刻があります。 写真はかろうじて元号名などが知っていれば読み取れる程度で紀年の大部分が判読困難です。 実物ならはっきり読み取れそうな感じが見て取れます。

[16] 墨書銘には「保壽元年九月三日造立之」などとあります。 >>200

[17] 国史辞典には「保寿元年継続一年後奈良天皇天文元年」とあります。 >>200

[18] 古今便覧には「保寿二年正月吉日明珍信豪」 とあって、明珍を天文弘治の頃で、よって天文3年とする説があります。 >>200

[19] 小林剛は藤原時代末の神像としています. >>200


[2] 愛知県史料叢刊 第7・8回 (瀬戸市内所在史料), 愛知県史料叢刊刊行会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9537287/1/39 (要登録)

保壽元年壬辰雪月十一日

雪月に注釈「十一」

(近くに天文元年)


[8] 仁安説により(中世)私年号の最古のものとしばしば紹介されています