永祖

永祖

[22] 永祖は、 日本の異年号の1つです。

用例

[23] 1例のみ知られていますが、異本により表記が異なります。

日時事例

[11] >>9, >>12, >>16 の写本と文書原本との字形の関係は定かではないのですが、 >>9, >>12, >>16 写本字形は明らかにであってではありません。

諸説

[25] 昭和時代新編会津風土記 を出典に、 異年号であると考えられ、次いで私年号的諸資料に分類しなおされたものです。

[26] これまでに知られている用例はその1系統のみです。そこで 新編会津風土記 の諸本を調べてみると、 Web 上で画像を閲覧できるもののうち、

... ことがわかります。

[30] また、少し前のには同じ文書群に属する「永禄十年丁卯」「永禄十二年」 の文書も収録されています。草書の字形>>35 とほぼ同じであり、翻刻本は 大日本地誌大系を含めすべての本がと読んでいます。

[46] 干支年および固有名詞 (>>40, >>41) より、 >>35永禄を意味すると断定できます。

[31] 諸本の系統関係を確認する必要はあるものの、現在判明しているこれらの情報を総合すれば、 大日本地誌大系 編纂過程で何らかの誤りによって1箇所だけ永禄永祖に転訛した可能性が高いといえます。

[45] 日本私年号の研究はたまたま誤りが混入した大日本地誌大系本を参照したため、 これを拾ったのでしょう。

研究史

[21] 新編会津風土記 翻刻本で、 >>35永祖︀として掲載されました。

[33] 昭和40年の久保常晴の論文では、 同音異字の異年号の表に永禄として収録していましたが、 説明はありませんでした。 >>32

[38] 昭和42年の 日本私年号の研究 は、 異年号私年号でなく私年号的諸資料として、 次のように述べています。 >>37

[44] 一字異音年号としてよさそうなのにそうしていないのは、 編纂資料の誤りと推定したからでしょう。

[8] 中文维基百科の一覧表は、 永祿において 日本私年号の研究 を出典に 新編會津風土記が誤って永祖とする、 としています。 >>7


[24] 日本私年号の研究私年号ではないと判定したためなのか、 その後の私年号研究の文脈ではほとんど紹介例が見当たりません。

関連

日時事例

[5] 西暦年より永祚誤植であることが明らかです。

[17] 宮城中世郷土史(伊達一族物語編), , https://tm10074078.web.fc2.com/date1000.html

御社名をめぐっては、一条天皇の時代、989年(永祖元年)、平安時代中頃、京都三条に住む刀匠小鍛冶宗近が、勅命で宝刀を鍛えるための霊水をこの水神宮で見つけ、無事鍛えることができた。

[18] 郷土歴史倶楽部, , https://www7b.biglobe.ne.jp/~tm1007/history14000.html

御社名をめぐっては、 一条天皇の時代、989年(永祖元年)、平安時代中頃、京都三条に住む刀匠小鍛冶宗近が、勅命で宝刀を鍛えるための霊水をこの水神宮で見つけ、無事鍛えることができた。

[19] >>17 >>18 は別サイトの別記事だが、同著者。

メモ