[16] 異本では永寿でなく壽永となっています (>>11)。
[13] 諸本のうち1系統のみに出現し、他の系統では壽永とされているため、 単純な誤写と考えられます。これが昭和時代に通説化し現在に至っていると考えられます。
[9]
群書類従新校本は、昭和4年5月付けで宮内省図書寮所蔵古写本で校勘したと記載しており、
永壽に「
[11] の論文は、 三十六人歌仙伝 諸本のうち、 群書類従本とその派生と思われる東北大学所蔵のうちの1本が含まれる (A) 系統が永寿とし、 それ以外の (B) 系統が寿永としている、 とまとめています。 >>2
[35] 紀元編は、 広記を引いて、東鑑に寿永を寿久ともあるとし、 これを訂正しています。 >>37
[38] 昭和42年の日本私年号の研究は、 私年号でなく私年号的諸資料の本文中 (単独立項なし) で、 >>35 を紹介しています。 >>37 昭和39年の論文も立項なしは同様です。 >>18
[1] 芸文 16(6), 京都文学会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/3547685/1/14?keyword=%E5%A3%BD%E6%B0%B8 (要登録)
壽永9 壽永1の誤りか
[3] 阿波国徴古雑抄, 小杉榲邨, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1918662/1/247?keyword=%E5%A3%BD%E6%B0%B8