表記揺れ

表記揺れ

[3] 言葉表記を巡っては、

... という2つの考え方があります。

[6] 現代日本語は後者、つまり単一の表記法を良いという考え方に強く傾いていますが、 完全に統一されているわけでもありませんし、 統一志向が強いにも関わらず、明文化され社会全体で共有されている規範が存在しません。 そのために結果として表記揺れは多く内在されていますが、それでも前近代日本語に比べると遥かに均質で単調です。

[7] 表記の多様性は学習コストを上昇させるために非難の対象となっています。 しかし適度に表記をバラけさせることで見た目の単調化を避け可読性を向上させる効果があることは色々な分野で指摘されています。

[8] また、現実に多様な表記が存在する以上、それを単一の規範に矯正することには、 そのための教育コストと校正コストを要することにも注意が必要です。 しかも特定の規範を強制することは表現の自由の侵害です。 言語が思考の道具である以上、言語を統制することは思想を制御することで、 「統一されていれば楽になるなあ」と気軽にのほほんと決められるものではありません。

[9] 要するにまったくの野放図で何でもありにしてしまっても意思疎通に支障が出ますが、 すべてをガチガチに統一するにも規範の制定と共有のコストが膨大になりすぎて非現実的で、 その中間のどの辺りを落とし所にするかという問題になってきます。

異体字選択

[2] Xユーザーの拾萬字鏡🐦さん: 「近世以前の和歌・俳諧を読んでいると、和歌や俳諧は様々の異体字や変体仮名を使って散らし書きすることによる芸術がそこに伴っていて華やかさがあるのだが、変体仮名や異体字なしの現代の短歌や俳句ってそれと比較して目で見る楽しみが減ってしまったと感じる。」 / X, , https://twitter.com/JUMANJIKYO/status/1741796179523047902

[1] Xユーザーの拾萬字鏡🐦さん: 「お米を運んでいるみたいなカワイイ「氣」は朝倉孝景刊『新刊勿聽子俗解八十一難經卷』(1536年)に出てくる。 この他にも「圖(図)」をいろんな異体字を混ぜて書いていたり、同資料内での異体字の混用を可とする当時の漢字文化を見ることができる。 https://t.co/87IZOmQpUo」 / X, , https://twitter.com/JUMANJIKYO/status/1741833208495501497

[14] 過剰な表記の統一で軋轢をもたらしている事案 異体字

異表記選択

[13] 俳諧に使われる漢字が面白い話【後編】|白玉庵, https://note.com/hakugyoku/n/na47f06947472

類語選択

[10] インターネットWeb標準化の世界でも一昔前 (平成前半くらいまで) は専門的概念が同じ仕様書内でいろいろな表現で記述され (修飾語がいくつもあるときそのうちのどれかを任意に省いたバリエーションがあったり、 品詞活用させたり)、 その結果ある語句とある語句が指しているものが同じ意味なのかどうか読者が理解できないということがよくありました。

[11] Web標準化の世界では HTML5 以来 (正確にはその少し前の CSSWG 辺りから) 専門用語はしっかり定義して利用のたびに相互参照するスタイルになって、 活用語尾が違っていたりしてもリンクを辿れるので同じ語であることが明確になりましたし、 おそらく編集者らの意識が変化したことで無意味な表記バリエーションはあまり見られなくなりました。

[12] 技術仕様は可読性よりも厳密性が重視されるべき世界で、文学的表記選択よりも意味が明確に伝わることが重要ですし、 複数形の違いなどの言語上不可避な表記揺れハイパーリンクという技術的方法で解決できるというわけです。

関連

過剰効率主義, 異体字, 検閲, マスゴミ, 言語差別

メモ