[9]
福安は、
日本の私年号の1つです。
[11]
唯一知られる用例があるのは現存最古の備前焼年号壷とされ、美術系の書籍で紹介されたり、
美術館の展覧会で展示されたりしているようです。
日時事例
- [22] 日本国岡山県赤磐市中島 千光寺 古備前四耳大壺
- [159] >>156 : 一〇〇
- [141] >>140 : 29
- [196] >>87 : 196
- [77] >>73 : 77
- [78] >>79 : 78
- [81] >>82 : 81
- [135] >>133 : 34
- [106] >>104 : 6
- [119] >>93 : 119
- [117] >>116 : 87, 88
- [377] >>97 : 377
- [380] >>101 : 380
- [103] >>102 : 377
- [113] >>110 : 25
- [48] >>6 : 註5
- [107] >>83 : 107
- [175] >>174 : 145
- [39] >>27 : A
- [57] >>7 : 博10
- [24] 日本国岡山県赤磐市中島 千光寺所有 >>1, >>2, >>7
- [23] 日本国岡山県岡山市北区 岡山県立博物館寄託 >>1, >>2, >>7
- [80] >>196, >>77, >>78 /50, >>116 : カラー写真 (解像度中の上) 字形の認識はやや難しい
- [136] >>135 : カラー写真 (中解像度) 判読困難
- [152] >>151 : カラー写真 (中解像度) 判読困難
- [150] >>149 : カラー写真 (解像度中の上) 判読は難しい
- [160] >>156 /243 : 白黒写真 (解像度上の下) 字形の認識はやや難しいが、他の写真よりはずっとわかりやすい
- [36] >>8 #page=43 : 白黒写真 解像度と白黒のため字形の認識が難しい
- [142] >>140 : 白黒写真 (解像度中の上) 銘文拡大写真あれども字形の認識が難しい
- [138] >>137 : 白黒写真 (中解像度) 判読困難
- [56] >>18 : 白黒写真 (低解像度) 判読困難
- [121] >>118 : 白黒写真 (低解像度) 判読困難
- [88] >>83 : 白黒写真 (中解像度) 判読困難
- [98] >>97 /322, >>102 /162 : 白黒写真 (中解像度) 判読困難
- [112] >>110 : 白黒写真 (中解像度) 判読困難
- [161] >>156 /243 : 拓本 白黒写真 (解像度上の下) 日付部分のみ 拓本としての白黒はよくわかる、
多くの文字の字形はよく観察できるが一部わかりづらい
- [164] >>162 : 模写 (拓本の字形を縁取りしたもの?)
- [28] 胴部 篦書銘
- [185]
「□歳次安元甲子年三月卄三日」
>>160, >>161, >>164
- [157]
「文安歳次元年甲子三月廿三日
石井原山之橋本坊之
常住物也
作者伊部村之
釣井衞門太郎 (花押)」
>>156
- [178]
「文安元年 歳次甲子 三月廿三日
石井原山之橋本坊之常住物
也
作者伊部村之釣井衞門太郎
花押」
>>177
- [165]
「石井原山之、橋本坊之、常住物也、歳次、文 (か) 安元年三月廿三日、甲子、作者伊部村之、釣井衞門大郎 (花押)」
>>162
- [154]
「石井原山之
橋本坊之
常住物也
歳次
□安元年三月廿三日
甲子
作者伊部村之
釣井衛門大郎花押」
>>153
- [109]
「石井原山橋本坊之常住物也歳次福安元年甲子三月廿三日作者伊部村之釣井衛門太郎花押」
>>108
- [139]
「石井原山橋本坊之常住物也、歳次[福]安元年、甲子三月廿三日、作者伊部村元釣井衛門太郎花押」
>>137
- [74]
「 歳次
福安元年三月廿三日
甲子」
>>77, >>78
- [84]
「 歲次
福安元年三月廿三日
甲子」
>>81
- [50]
「石井原山 歳次
橋本坊之 福安元年三月廿三日
甲子
常住物也
作者 伊部村之
釣井衛門太郎 花押」
>>48
- [34]
「石井原山之/橋本坊之/常住物也/歳次/福安元年三月廿三日/甲子/作者伊部村/釣井衛門太郎(花押)」
>>2
- [35]
「石井原山之
橋本坊之
常住物也
歳次
福安元年三月廿三日
甲子
作者伊部村之
釣井衛門太郎 (花押)」
>>27 #page=15
- [58]
「石井原山之
橋本坊之
常住物也
歳次 福安元年
三月廿三日 甲子
作者伊部村之
釣井衛門太郎
(花押)」 >>7
- [89]
「歳次福安元年一二月廿三日甲子」
>>107
[186]
銘文より、千光寺僧のために作られたものであることが知られます。
>>156
[187]
昭和時代初期の情報によると、「先年」、
備前金川の「某氏」が所有となっていたところ、
「葉上氏」が買い戻したのだ「と云ふ」とのことです。
>>156
つまり、いづれかのタイミングで外部に流出していたものが、
昭和5年までに千光寺に戻っていました。
[180]
文化財指定された有名美術品であることもあって、書籍に写真が掲載される事例も少なくないのですが、
銘文を拡大して掲載したものは多くありません。銘文が写っていても、
日付部分が見えないことも多いです。
[181]
字形がわかりやすいのは意外と昭和時代初期の古い写真や拓本です。
[183]
諸本で銘文が少しずつ違います。2次元的な配置をどう表現するかの違いと、
細かい解読の違いの組み合わせで多くの版が生じています。
[184]
日付部分の「歳次」と「甲子」がいろいろに表現されますが、
実際の写真や拓本によれば、書字方向「小」で、
「安元」の左右に配置されています。
>>160, >>161, >>164
[189]
第1字は、昭和時代初期には文と読まれつつも、疑問も持たれていました。
昭和時代半ば頃から福と読まれるようになり、令和時代に至るまで定説となっています。
[190]
写真や拓本によれば、第1字はよくわからない複雑な字形をしています。
多くの写真は、第1字の字形の観察が難しい角度で、読み解きが困難です。
比較的わかりやすい写真を見ても、どの常用字の字形とも判断しかねる状態です。
[191]
第1字の部分に >>164 はかなりの字画を読み取っています。
>>161 の拓本で白色の字形部分となっているのはそれより幾分少ないのですが、
>>164 が過剰に読み取り過ぎているのか、 >>161 が字形を十分に写しきれていないのか、
判断に困ります。
[192]
偏は、 >>164 によれば亲が少々崩れた字形のように見えます。
>>161 では/|のような字画と、その上部に何かがあったはずの読めない空間が見えます。
才や扌のような字形が想像されます。
[193]
旁は、 >>161 では下部がめのような形に見え、上部に線が伸びているようにも思われ、
あに近くも感じられますが、上半分と思われる部分がはっきりしません。
あだとすると安でしょうが、め第1画のように\画が斜めに入っていて、
あのように上部からつながってはいません。
>>164 はこれらとは全く異なる、よくわからない字形として読んでいます。
[194]
字形を忠実に再現しようとしているのであろう >>161 と >>164
でこれだけ解釈が違ってくるのですから、実物の字形は相当に曖昧なのでしょう。
[195]
この字形を文と読むのは難しそうに思われます。文と比してあまりに複雑で、
文の点画と重なりそうな線がほぼありません。可能性があるとすれば、
文を繁化した異体字でしょうが、該当しそうなものは見当たりません。
[197]
この字形を福と読めるのか、は判断がとても難しいです。
>>164 の字形だと、福と読むのは無理でしょう。
>>161 の字形だと、上部の不明な領域が多いので、福と読む可能性も捨てきれません。
>>161 の右下のめのような部分が田と解釈されているのでしょうが、
一般の崩し字の字形例だともう少し違った筆の動きをするようで、
この形で田とみて良いものか判断が付きません。
偏は礻または示かその崩れた字形が想定されるところですが、
それにしては丨が少し右に寄りすぎているとも感じられます。
[12]
現在では「福安元年」と読まれていますが、
字形の詳細も、それをなぜ福と読むべきなのかも、
Web 上で公開されている情報が見当たりません。
福と読まれた最初は、
地元の研究者の論文か自治体の調査報告書などで残っている可能性はありますが、
後続の資料からそれを引用した事例も見当たらず、
いつ誰が判断したのか現段階ではまったく不明です。
[204]
なによりもまず詳細な字形の調査を行い、銘文の読み方を確定させる作業が最優先で行われるべきです。
[205]
福安と読まれる前も含め、ほとんどすべての資料が共通して文安と解釈しています。
文安元年との解釈に基づき、古備前の最古の銘文を持つ壷として、
その史料価値が高く評価されています。
[206]
これは少々危険な状況です。元々は文安と読まれていたので、その前提のもとでは、
これを紀年銘によって編年と暦年代を結び付ける示準となる史料として扱うのは妥当です。
ところが独立した史料から実年代を決定できない福安の異年号と読むなら、
もはやこのような扱いは認められるべきではありません。
[207]
当用例が現存最古の文安年間の銘文であることを前提とする編年に基づく年代判定は、
循環論法的な構図に陥っている危険性があり、再検証を要します。
[200]
公年号で「□安元年」となるのは、文安のみです。
[208]
「□安元年」「甲子」の□以外の文字はすべて明瞭です。
もしこれが公年号であるなら、文安以外では有り得ないことになります。
しかし、□が読めず、文と解釈することが出来ない以上、
公年号であることを前提とするのは危険です。
[209]
異年号とすると、すべての甲子年が候補となります。
[13]
意図的な改変か否かは十分議論されていないように見えますが、検討の必要があるでしょう。
[59] 文安の誤記説 (>>15) もあまりしっかり検討しているようには見えませんが。
[158]
の史料集は、
>>22
を紹介し、
「文安」と読み、
文安元(皇紀2104)年としています。
固有名詞の検討を行っていますが、
元号名については何も言及がありません。
>>156
伊部焼の時代を徴すべき好個の資料であると評価しています。
>>156 /134
同年同編者の通史でも「文安」と読まれています。
>>177
[155]
の書籍は、
>>22
を紹介し、
「□安」と読みつつ、
岡山県金石史で永山卯三郎が干支年から文安元年と推定したことに触れ、
年号銘ある備前焼で最古のものと云われているとし、
伊部焼陶印集 下巻を参照しています。
>>153
[163]
の書籍は、
>>22
の模写を掲載し、
「文(か)安」
と読んでいます。
>>162
[171]
,
昭和36(1961)年の書籍は、
>>22
を紹介し、
「文安元年」
と引いています。
>>170, >>172
[218]
の論文は、
「(文か) 安甲子元年」
と読んで、
文安と読めば云々、と書いています。
>>217
確定ではないことを尊重しつつも、その仮定の元で自論に組み込んでいます。
- [156]
岡山県金石史, 永山卯三郎, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1173755/1/94?keyword=%E6%96%87%E5%AE%89%E5%85%83 (要登録)
- [177]
岡山縣通史 下編, 岡山縣, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/3457926/1/498?keyword=%E5%8D%83%E5%85%89%E5%AF%BA (要登録)
- [153]
陶磁 9(4), 東洋陶磁研究所, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1516106/1/26?keyword=%E6%96%87%E5%AE%89%E5%85%83 (要登録)
- [162]
日本古陶銘款集 中国・四国篇, 陶器全集刊行会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1256871/1/84?keyword=%E6%96%87%E5%AE%89%E5%85%83 (要登録)
- [170]
特許と商標 11(3), 弁理士会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/1586213/1/23?keyword=%E6%96%87%E5%AE%89%E5%85%83 (要登録)
- [172]
備前陶史, 目賀道明, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/2499718/1/64?keyword=%E6%96%87%E5%AE%89%E5%85%83 (要登録)
- [217]
陶説 (215), 日本陶磁協会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/7912202/1/41?keyword=%E5%8D%83%E5%85%89%E5%AF%BA (要登録)
[143]
昭和37年4月3日、
>>22
は岡山県重要文化財に指定されました。
>>108
[76]
国立国会図書館デジタルコレクションで令和8年現在閲覧できる書籍では、
昭和時代中期の動向が確認できません。文化財指定された時期であり、
そのための調査が行われたはずですから、もしかするとその際に
「福安」
の読みが提唱されたのかもしれません。
[188]
の書籍は、
>>22
を紹介し、
「福(文)安元年銘(1444)」
と説明しています。
>>140
[49]
の書籍は、
>>22
を紹介し、
福安元年甲子は文安元年であり、
「福(文)安元年(1444)」であるとし、
「年代を決める基準資料として極めて重要なもの」
と評しています。
>>87, >>73
[105]
,
の書籍は、
>>22
を紹介し、
「福(文)安元年(一四四四)」
と説明しています。
>>145, >>104, >>144
[137]
,
の史料集は、
>>22
を紹介し、
「□安元年」
と読み、
□は福と読めるが、
安や干支や様式からと思われる、
と説明しています。
そして、古備前在銘壺で最古で、室町時代の発展期の代表作として価値は高いと評価しています。
>>136, >>169
[134]
の書籍は、
>>22
を紹介し、
「福(文)安
元年(1444)」
と説明しています。
>>133
[148]
の書籍は、
>>22
を紹介し、
「福(文)安
元年<1444>」
と説明しています。
>>147
[120]
の書籍は、
>>22
を紹介し、
福安という年号はないので様式などから作だろう、
と説明しています。
>>118
- [140]
中国地方の古陶 : 古備前・亀山焼, 五島美術館, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12741048/1/5?keyword=%E7%A6%8F(%E6%96%87)%E5%AE%89 (要登録)
- [108]
岡山県文化財目録 昭和49年度版, 岡山県教育委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12416602/1/72?keyword=%E7%A6%8F%E5%AE%89 (要登録)
- [87]
日本の陶磁 古代中世篇 第3巻 (越前・珠洲・信楽・備前・丹波), 責任編集: 楢崎彰一, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12867474/1/85?keyword=%E7%A6%8F%E5%AE%89 (要登録)
- [73]
日本の陶磁 古代中世編 第6巻 (信楽・備前・丹波), 責任編集: 楢崎彰一, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12683319/1/58?keyword=%E7%A6%8F%E5%AE%89 (要登録)
- [82]
日本の美術 43, 小学館, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12416842/1/63?keyword=%E7%A6%8F%E5%AE%89 (要登録)
- [116]
世界陶磁全集 3, 座右宝刊行会 編集, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12705583/1/61?keyword=%E7%A6%8F%E5%AE%89 (要登録)
- [79]
日本の陶磁 古代・中世篇 6 (信楽・備前・丹波), 楢崎彰一 責任編集, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12684615/1/132?keyword=%E7%A6%8F%E5%AE%89 (要登録)
- [145]
日本陶磁全集 9, 編集委員: 佐藤雅彦 [等], , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12423301/1/53?keyword=%E7%A6%8F(%E6%96%87)%E5%AE%89 (要登録)
- [137]
岡山県の文化財 2, 岡山県教育委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12706891/1/139?keyword=%E5%8D%83%E5%85%89%E5%AF%BA (要登録)
- [133]
日本やきもの集成 9, 満岡忠成 [ほか]編集, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12423730/1/9?keyword=%E5%8D%83%E5%85%89%E5%AF%BA (要登録)
- [147]
古陶磁のみかた : 歴史と鑑賞, 林屋晴三, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12709840/1/85?keyword=%E7%A6%8F(%E6%96%87)%E5%AE%89 (要登録)
- [118]
文化誌日本岡山県, 講談社, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12872987/1/77?keyword=%E7%A6%8F%E5%AE%89 (要登録)
- [169]
山陽町史, 山陽町史編集委員会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9576185/1/166?keyword=%E6%96%87%E5%AE%89%E5%85%83%20%E5%8D%83%E5%85%89%E5%AF%BA (要登録)
[51]
の地域史は、
銘文を「福安元年」とし、
のものとした上で、
備前焼最古の年号壺であり、福安とも文安とも云われ議論の
的となったが、現在では文安と決定した。
... と説明しています。 >>6
[55]
写真には
「文安元年3月23日釣井衛門太郎」
銘四ツ耳大壺
... と説明があります。
>>6
[52]
文意がよくわかりませんが、ともかく福安は文安に比定されると決着した、
ということなのでしょう。地元の関係者などで議論されたのでしょうが、
その詳細は不明です。
[94]
の図録は、
>>22
を紹介し、
としています。それ以上には説明していません。
>>93
[90]
からの図録は、
>>22
を紹介し、
福安は文安の音写とみられ、
文安元年はに当たると説明しています。
>>83, >>97, >>101, >>102
[92]
の書籍は、
>>22
を紹介し、
正式の年号に福安はないので、
文安の音写と判断しても作風に不自然さはなく、
の作と考えられる、
と説明しています。
また、
>>22 や他の壺を「定点」とし他の壺の年代判定を行っています。
>>91
- [93]
日本の陶磁, 東京国立博物館, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12708964/1/61?keyword=%E7%A6%8F%E5%AE%89 (要登録)
- [83]
日本の陶磁 : 特別展図録, 東京国立博物館, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12676964/1/147?keyword=%E7%A6%8F%E5%AE%89 (要登録)
- [101]
室町時代の美術 : 特別展, 東京国立博物館, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/13232118/1/176?keyword=%E7%A6%8F%E5%AE%89 (要登録)
- [97]
室町時代の美術 : 特別展図録, 東京国立博物館, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12653447/1/446?keyword=%E7%A6%8F%E5%AE%89 (要登録)
- [102]
室町時代の美術 : 特別展図録, 東京国立博物館, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12759586/1/224?keyword=%E7%A6%8F%E5%AE%89 (要登録)
- [91]
日本陶磁の一万二千年 : 渡来の技 独創の美, 矢部良明, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/13209393/1/155?keyword=%E7%A6%8F%E5%AE%89 (要登録)
[115]
の書籍は、
「福安元年 (一四四二) 」
としています。
>>114
[21]
、
>>22
は、
国指定重要文化財に指定されました。
>>1, >>2
[29]
日本国岡山県赤磐市のWebサイトは、
文化財として
>>22
を紹介しています。
福安を私年号と見られるとし、
干支年と様式「など」からと考えられている、
と解説しています。
>>1
[30]
日本政府の文化庁のWebサイトは、
文化財として
>>22
を紹介しています。
福安は該当する年号がないとし、
私年号には公年号を吉祥文字に置き換える例があるとして、
干支年と様式からと考えられる、
と説明しています。
>>2
[31]
更に、製作年が明確な基準資料であると位置付けています。
>>2
すなわち、比定年は断定的に確実なものと理解しているようです。
[42]
その他美術品や文化財としての
>>22
の紹介でも、
福安を文安としたり、
「福(文)安元年」としたり、
私年号と述べたりする説明が見られます。
>>149, >>4, >>151, >>5, >>18, >>7, >>19, >>66, >>70, >>71, >>72, >>132, >>146
[15]
Google Books で探すと文安の誤りかとしている美術系の書籍もあるようです。
-
[149]
やきもの大百科 第2巻, ぎょうせい, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/13237700/1/27?keyword=%E7%A6%8F(%E6%96%87)%E5%AE%89 (要登録)
- [4] https://dl.ndl.go.jp/pid/7962393 (非公開)
日本の美術 (236)
雑誌
至文堂 編[他] (ぎょうせい, 1986-01)
全 4 件の該当箇所
10: 也」とあり、福安元年三月廿三日の記
40: 四耳大壺もその一例。福安元年(文安元年のことであろう。一四四四)の年紀と橋本坊の什物であったこと
44: 古陶館·三四耳大壺(福安元年銘十五世紀備前高六三·〇cm)千光寺·····一四 17 自然釉大壺常滑(十五世紀高四二·二cm
45: 古田四耳大壺及び銘(福安元年銘岡山県山陽町千光寺伝世高六三·〇cm)千光〓会三自然釉大壺備前(十五世紀
- [151]
図説日本の歴史 33, 河出書房新社, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12205638/1/9?keyword=%E7%A6%8F(%E6%96%87)%E5%AE%89 (要登録)
- [18]
岡山県史 第5巻 (中世 2), 岡山県史編纂委員会 編纂, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/9576640/1/248?keyword=%E7%A6%8F%E5%AE%89 (要登録)
- [146]
年史, 箱根美術館, MOA美術館, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/13242262/1/30?keyword=%E7%A6%8F(%E6%96%87)%E5%AE%89 (要登録)
- [70]
古陶の譜 中世のやきもの ‐六古窯とその周辺‐ | 茨城県陶芸美術館 Ibaraki Ceramic Art Museum, https://www.tougei.museum.ibk.ed.jp/viewer/info.html?id=112
- [19]
岡豊風日 : 高知県立歴史民俗資料館だより, 高知県文化財団, 高知県立歴史民俗資料館, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/10375441/1/1
#page=3
[1] 備前四耳大壺/赤磐市, , https://www.city.akaiwa.lg.jp/bunkazai/ichiran/shitei/kuni/1970.html胴の銘文にある福安元年は私年号とみられるが、甲子の干支、壺の形態などからみて、文安元年(1444年)と考えられている。
[2] 国指定文化財等データベース, https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/7266画賛・奥書・銘文等 : (篦書銘)
「石井原山之/橋本坊之/常住物也/歳次/福安元年三月廿三日/甲子/作者伊部村/釣井衛門太郎(花押)」
銘文中の「石井原山」とは現在でも千光寺の山号として用いられており、「橋本坊」は千光寺の一塔頭であった。「福安」の年号については該当する年号がないが、私年号の中には永仁を永福、延徳を福徳と吉祥文字に置きかえる例もあったことや、甲子の干支、壺の形式の特徴からして、文安元年(一四四四)のことと考えられる。
寄進先、製作年、作者等が明確な基準資料であり、中世備前焼の歴史を研究する上でも極めて貴重である。
[7] R2_report.pdf, , https://okayama-kenbi.info/kenbi/wp-content/uploads/2021/09/R2_report.pdf#page=47| 博10 | 重文 | 壷(古備前四耳大壷) | 1 | W44.8×H62.8 | 福(文)安元(1444)年 | 銘
「石井原山之
橋本坊之
常住物也
歳次 福安元年
三月廿三日 甲子
作者伊部村之
釣井衛門太郎
(花押)」 | 千光寺
(県博寄託) |
[100]
の書籍は、
公的年号とは別に私的に一地域だけで使われた私年号の一例として
>>22
を紹介し、福安元年は私年号で、
干支年と様式が時代に合うなどの理由でであると説明しています。
>>99
[38]
の論文は、
>>22
を
「文(福)安元 (1444)
年」 >>27 #page=15
「福安元 (144) 年」 >>27 #page=15
と紹介しています。
また、次のように述べています。
>>27
- [44] 「備前最古の年銘陶器として周知」
- [40] 使用者である千光寺僧個人の一過性発意か、
地域の寺院や周辺で使用されたか詳らかでない。
- [41] 作者も能筆の識字層で、私年号の創案者の可能性もある。
- [45]
類例と合わせて、
文安 → 福安,
天正 → 天王,
正元 → 正見の1字置き換えとするなら、
- [46] 前2者は寿(嘉)字のもつ招福除災効果の増幅を意図したと見られる点で、
私年号の最大公約数的要件を満たしているといえる
- [47] 千々和到のいう「使われない私年号」に属する
- [53] 招福除災の俗信を基盤に、地域の民衆文化の創造と発揚を考える素材となろう
[54] >>45 の部分は、おおむね千々和到の私年号解釈をなぞり、
それが商人にも拡大されると言っているのです。
「最大公約数」などよくわからないことを言っていますが、
千々和到説の枠組みに包含できる、
というくらいのことでしょう。論理的には少々怪しげですし、
あくまで千々和到説が成り立つなら、という前提のもとでの話です。
私年号研究史
[111]
の書籍は、
>>22
を紹介し、紀年銘のある最古の備前四耳壺であり、
福安は私年号で、
干支年からと考えられる、
としています。
>>110
[32]
に仏国で、
に日本で開催された展覧会に
>>22
が出展されました。
>>3
[33]
その図録では、
「福[文]安元年[1444]」
のものと説明されていたようです。
>>3
[124]
の、
平成時代を代表する私年号研究者である千々和到の論文では、
>>8
が紹介され、それらの私年号は
- [125] 刻んだ作者が元号 (ここでは公年号のこと) の存在を知らなかったとは考えられない
- [126] むしろ知りながら何らかの祈念の気持ちを込めて自分の作品に私年号を刻み込んだというべきだろう
- [127] 元号を積極的に否定する意志があったとまでは評価できない
- [128] 僧侶たちの間で、自分にとって記念すべきことがあり、
祈り・願望があったとき、元号と違うめでたい字を含んだ年号を用いることが、
案外しばしばあったのではないか
- [129] こうした年号は、ごく限られた集団や個人の間でしか使われなかったであろう
- [130] 広く使用されたものでない孤立した私年号の使用例は、
多くこうしたものではないか
... と述べました。 >>123
[64]
千々和到の系統の私年号の表の多くや、所功の私年号の表などに掲載がみられます。
みな文安に比定しています。
>>63
[65]
千々和到の表では文安から福安への1字置き換えを指摘しています。
>>63
[61]
日本語版ウィキペディアの表には、
初期から掲載されています。
で継続年数不明としています。
>>62
[69]
中文版维基百科の表は、
福安を
>>8
を根拠にで継続年数1年としています。
>>68
[96]
その他、銘文のみの紹介のもの :
- [122]
岡山地名事典, 岡山地名事典刊行会, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12191527/1/191?keyword=%E7%A6%8F%E5%AE%89 (要登録)
- [95]
木村コレクション古備前図録, 岡山市教育委員会社会教育部文化課, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12750065/1/48?keyword=%E7%A6%8F%E5%AE%89 (要登録)
- [219]
日本学術資料総目録 1988年度版.美術工芸篇, 朝日出版社, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12657053/1/815?keyword=%E5%8D%83%E5%85%89%E5%AF%BA (要登録)
[168]
とのみ紹介するもの :
- [212]
原色版美術ライブラリー 第112, みすず書房, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/2466718/1/12?keyword=%E5%9B%9B%E8%80%B3 (要登録)
- [214]
日本の工芸, 中川千咲, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/2500691/1/78?keyword=%E5%9B%9B%E8%80%B3 (要登録)
- [213]
日本陶磁の伝統, 小山富士夫, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/8799402/1/254?keyword=%E5%9B%9B%E8%80%B3 (要登録)
- [216]
Museum (416), 東京国立博物館, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/4429804/1/19?keyword=%E6%96%87%E5%AE%89 (要登録)
- [215]
原色図典日本美術史年表, 集英社, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12416677/1/128?keyword=%E6%96%87%E5%AE%89 (要登録)
- [167] 月刊状況と主体 (185), 谷沢書房, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/2207957/1/78?keyword=%E6%96%87%E5%AE%89%E5%85%83 (要登録)
- [173]
日本美術工芸 (637), 日本美術工芸社, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/2281735/1/30?keyword=%E6%96%87%E5%AE%89%E5%85%83 (要登録)
- [174]
日本美術全集 第11巻, 大河直躬 [ほか]編, , , https://dl.ndl.go.jp/pid/12866524/1/73?keyword=%E6%96%87%E5%AE%89%E5%85%83 (要登録)
[211]
とのみ紹介するもの :