承久の乱

承久の乱

[3] 。 (ひとに(12)ふい(21)うち承久の乱。)

後鳥羽上皇、西面の武士を置いて武力増強。

源実朝暗殺後、鎌倉幕府は皇族将軍を要請。 後鳥羽上皇は拒否。

後鳥羽上皇、鎌倉幕府に攝津国長江・倉橋両荘の地頭罷免を要求。 北条義時は拒否。

後鳥羽上皇、北条義時追討の院宣

京都守護の伊賀光季を倒して朝廷方が挙兵。

鎌倉から北条泰時北条時房が上洛、圧勝。

処置

後鳥羽上皇, 隠岐に配流。土御門上皇、土佐 (後に阿波)へ。 順徳上皇、佐渡へ。仲恭天皇廃位、後堀河天皇が即位。 後高倉上皇 (後鳥羽上皇の兄) が院政。

六波羅探題を設置。北 北条泰時, 南 北条時房。

新補地頭を設置。上皇方所領3000箇所に、新補率法 (1223年) に 基づいて設置。

大田文 (面積・荘園領主・地頭名) を作成。 (北条義時が諸国の 国衙に命令。)

[4] こみっくがーるず 第8話「わんにゃんにゃんわんまつり」 - ニコニコ動画 () <http://www.nicovideo.jp/watch/so33248431>