日時事例
[7] 昭和52(1977)年の史料集は、 >>2 を紹介して、 「延久 ((文)) 」 (明朝体) と注釈し、 延久は延文の誤りと思われ、 延久5年は癸丑である、 と注記しています。 >>1
[8] 按ずるに、 文は前近代には非常によく攵のように書かれるため、 書き方によっては久とよく似た、あるいは久と区別のつかない字形となることがあり得ると考えられます。 ときにはそれをまったく久であると誤認したり、誤写したりすることもあったかと思われます。
文
攵
久