なお、この「治承」は「じしょう」と読む。実は、私はながく「ちしょう」と読んでいて恥をかいたことがある。とはいっても、そんなことは学術としての歴史学にとってはどうでもよいことであることはいうまでもない。
[10] 宋の玉海に、治様があります。 >>12
[13] 昭和42年の日本私年号の研究は、 私年号でなく私年号的諸資料の本文中 (単独立項なし) で、 >>10 を紹介し、 治承だろうと指摘しています。 >>12 昭和39年の論文でも立項されていないのは同様です。 >>14 理由は述べられていません。
日本中世の延長年号