品川県ばかりでなく、新しく東京府に編入された宿村は、暫定的には方角的に、品川口とか板橋口、新宿口、千住口というように四宿の名称を使って分け、東京府内の各大区に分属させるといった処置をとっていました。
品川口は第1区から第4区までに分けられ、現在の品川区・大田区域の宿村が品川口に属していました。
この区分けは、もともと戸籍編製と関連してなされたため、土地の事情を無視してつくられた区画がかなりあり、早々に改変が必要となって、明治6年(1873)3月18日、新たに独立した大区小区制をとることになったのです。