ボチカレフカ

ボチカレフカ

[1] ベロゴルスク - Wikipedia ( 版) <https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%AD%E3%82%B4%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%82%AF>

1858年のアイグン条約で清領からロシア領になったこの地に、1860年、ヨーロッパ・ロシアからの移住者がアレクサンドロフスコエ(Алекса́ндровское)という村(セロー)を建てた。1893年にはその近くにボチカレフカ(Бочкаревка)という村が新たに建てられた。1913年、アムール鉄道(アムール川北岸を通る、シベリア鉄道のロシア国内線)の路線および駅の着工に伴って両村は大きくなり、1923年には合併してアレクサンドロフスク(Алекса́ндровск、あるいはアレクサンドロフスク=ナ=トミ Александровск-на-Томи)になった。

[2] 新聞記事文庫 : 大阪朝日新聞 1919.2.4-1919.2.5 ( 版) <http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/ContentViewServlet?METAID=10091784&TYPE=HTML_FILE&POS=1&LANG=null>

一月十三日、在ボチカレーヴォ守備隊よりもマザノワ救援の為羽仁特務曹長の率いる一小隊を差遣せしが該小隊は十三日午前ボチカレーヴォ北方三十六基の村落に於て約六十名の敵と衝突し攻撃の後之を撃退し敵十名を仆し俘虜八名及若干の小銃弾薬を鹵獲せる同隊には損害なし